ユリエスの家庭事情
「それで、そっちはどんなんだ?」
「噂のことはまだ、話に上がってないよ。いくら入学の成績が良かったとはいってもまだ一週間ちょっとだから」
自分のことをこなすだけで周りを見る余裕はなさそうだ、と苦笑するユリエスに、こっちも似たようなもんだと同意する。
「比べるわけじゃないけど、月科は貴族のほうが多いかな。今のところ何事もないけど」
「どんな身分でも学園内では平等、とは言っても遅かれ早かれ出てくるだろ」
「そうだね。薬草学のときの、覚えてる?」
明らかに溢れるだろう水を入れていたり、紫色の煙を生み出した奴らのことは覚えてる。ただ、顔は思い出そうとしても出てこない。
「回復薬完成させなかった三人組か」
「一人が貴族、という名を振りかざすタイプのようでね」
「くっついてるんなら、同じようなもんだ」
「まあ一人は改善の余地がありそうなんだけど。それはいいとして、僕のことを知ってるようなんだよね」
疲れたように深く息を吐いたユリエスの眉間にはわずかな皺が寄っている。
あ、これは本気で面倒くさいと思っているときの表情だ。
ユリエスはいつでも穏やかな笑みを絶やすことはない。仮面をつけているんだと言われても納得するくらいには、笑みが崩れない。
俺や師匠の前ではこうして笑顔以外の表情を見せるが、それだって回数が多いわけではない。
貴族の、しかも侯爵家次男として産まれたからには俺なんかには想像もつかない苦労もしてきたんだろう。時々、思い出したかのようにポツリポツリと零れ出る言葉には何の感情もこもっていなかったから。
四つ離れた兄がいること、そのスペアとして育てられていたこと、兄よりも魔法の扱いが下手だったために兄が魔法学園に入学する年に魔法省に押し付けられたこと。
そこまでならユリエスはまだ両親のことを親だと思えていたのだと、けれどそう思えていたのはここまでだった、と。
俺と同い年だったからか、ユリエスは師匠預かりとなった。
もともと魔法のことに関しての知識があったからか、ユリエスは師匠の下でどんどんと成長した。俺、という規格外が近くにいたのも本人曰く刺激になったらしい。
とにかくも、これで兄より魔法の扱いが下手だなんて言わせない、と両親に送った手紙に返事はなかった。代わりのように貴族の間で聞こえるようになったのは、ラングート侯爵家次男は表に出れるほどの裁量もなく引きこもっている、という噂。
兄からの手紙でそれを知った時のユリエスの様子は、もう酷かった。
この国で貴族子息が十二歳にもなって社交界に顔も出さない、というのは何かあると探られるのと同じことだとは言え、手紙の返信もましてや迎えに来ることもなく、突きつけられたのは自分がいらなくなったのだという事実。
今になってユリエスの功績を知った向こうから一方的に手紙は送られてきているが、返事をしている姿など一度も目にしたことがない。
魔法学園を卒業し、今や各地を飛び回っている兄とは頻繁に連絡取ってるんだけどな。
あの人は純粋にユリエスを心配しているし、ユリエスも慕っている。俺のこともユリエスのついで、じゃなくてきちんと見てくれる数少ない一人だ。
「ラングートの出来が悪いほう、って久しぶりに聞いたよ」
「んで、どうするんだ? 言われっぱなしにしておくのか?」
「しばらくはそのまま様子見するよ。ちょっと気になることもあるからね」
にこり、とお手本のような笑顔を見せたユリエスの眉間からは、さっきまでの皺が消えている。
「相手が悪かったよなぁ」
一度、家から見放されたはずのユリエスは今もラングートを名乗っている。
どう話をつけたのかは知らないが、師匠が一緒についていったからにはユリエスにとって不利になるなんてことは絶対にない。
「せっかく入学したんだ、やれることはやっておかないとね」
来週、薬草学でまた一緒になるだろうその三人組、せめて顔だけでも見ておいてやるか。
きっと遠くないうちに笑顔の裏に隠された牙にかかってしまうだろうから。




