5話 空の騎士(3)
「欲しかったらもらっていいよ」
「あめって、なんですか?」
聖くんの言葉に、生まれて初めてアメを見たあたしはそう言う。魔界にそんな食べ物はなかったんだ。
「お嬢ちゃん、アメ食べたことないのか!」
城兵のおじさんがそう言って驚く。
「アメはな、舐めて食べるお菓子だ。お嬢ちゃんは果物で好きな味はあるか?」
おじさんがポケットから取り出してアメをたくさん手のひらに乗せる。
「おかし……」
あたしが呟くと、聖くんが好きなフルーツは何? と訊いてくる。
「……ぶどうとイチゴがすきです」
そう言うと、葡萄と苺だな。手ぇ出して。と言うおじさん。聖くんをあたしは見上げる。聖くんが頷く。あたしはおじさんに恐る恐る近づいて手を出した。
「佐倉様と分けて食べな」
そう言って小さなあたしの手に、4つのアメを笑顔でくれる。
「ありがとう……ございます」
まだまだ人間にお礼なんて言っていいのか、幼いあたしには分からなかったから、戸惑いながらお礼を零す。お礼を言ったのは、おじさんの笑顔に影響を受けたのかもしれない。幼いあたしにはもちろん分からなかったけど。
「そういえばお嬢ちゃん、名前は?」
そう言われて、あたしは再び聖くんを見上げる。「教えてあげていいよ」と聖くんに言われて、――アメリアです。とあたしは名乗った。
「そっか。良い響きの名前だな。おじさんは竜郎。よろしくな、アメリアちゃん」
そう言って、おじさんは笑いながらあたしの頭を撫でた。あたしは不思議な感覚がして。
(人間なのに……へん)
おじさんが悪い人だと思えなかったあたしは、人間にもいい人がいるの? と思った。
「……ねえ」
聖くんの声に、あたしとおじさんは聖くんを見る。
「柚葉って、家にいる?」
「桜咲様なら、任務には出られていないとのことなのでいらっしゃると思いますよ」
聖くんにそう答えるおじさん。
「ありがと。――行くよ」
そう言われて、おじさんのその手から離れると、聖くんの側に行く。そしておじさんの方を見るとペコリとお辞儀をした。
「じゃーな。アメリアちゃん」
おじさんが手をふる。あたしも小さく手をふり返す。そしてあたしと聖くんは進んで行く。
――それは、その時だった。ん? 聖じゃねえか。と言う声が後ろからして。
――その出逢いは、必然だったのかもしれない。
ふり返れば、紺碧――ううん。青空色の髪をした騎士が、そこにいたんだ。
「空の……きしさま……」
あたしは絵本の騎士と、その姿を重ねながらそう声を漏らしてしまうんだ。
すると、ん? 嬢ちゃんは空の騎士って本を知ってんのか? と白を基調とした鎧に身を包んだその人が零す。
「アレ、モデルになったのオレなんだよなぁ」
そう右手を腰の横にやりながら続ける騎士に、あたしは目を丸くする。
(ほんものの空のきしさま……?)
あたしは目の前の騎士を見ながらそう思う。すると、帰って来たんだ。そう聖くんが騎士を見て言った。
「お前なぁ。大変だったんだぞ。捕獲でも討伐でもなく魔族を追い返しちまうから」
「……その話、今しないでくれる。アメリアに聞かせたくないから」
騎士の言葉に、そうやって聖くんは幼いあたしを気遣って言うんだ。
聖くんはいつでもあたしを気遣ってくれた。ホント、感謝しきれないくらいに。
「アメリア? その小さい嬢ちゃんのことか?」
「そうだけど。質問とかは全部紫桔舞に聞いて」
「……聖。何度でも言うが、お前は説明を省きすぎなんだよ」
『――なら言うけど、アメリアは魔族の姫であいつら魔族の追っ手が追ってたのがアメリア。何で俺が一緒にいるかはもう言わなくても解るよね』
聖くんがわざわざ念話で話したことにあたしは気づかない。騎士は念話で説明されると、そういうことかよ……と口にして。
『後の質問は全部紫桔舞にして』
そう、念話で最後に聖くんに言われると、騎士は踵を返す。行ってしまう。そう思ったあたしは、あの! と声を出していた。
聖くんがあたしを見て、騎士がふり返る。
「あの……あなたがほんものの、空のきしさまなんですか……」
そう口にすれば、騎士の口元が緩んで笑む。
「ああそうだ。オレが空の騎士のモデルになった、ルーカス・アズールだよ。よろしく嬢ちゃん」
「あ、アメリアですっ」
そう名乗る幼いあたし。人間に良い人なんているはずないと思っていたのに、不思議とその人には、自然に名前を名乗れたんだ。
今なら言語化できる。その騎士さまは、青空みたいでポカポカした人だと。
これが、空の騎士と呼ばれる、ルークおじさんとの出会いだった。




