妖怪が出た4
登場人物
段下:旅館のオーナー
三木:旅館の執事
中尾:T大学超常現象研究会1年生 男
植松:T大学超常現象研究会2年生 女
白石:T大学超常現象研究会2年生 女
灰谷:T大学超常現象研究会3年生 女
ロバート:T大学超常現象研究会3年生 男
五島:T大学超常現象研究会4年生 男 風呂場で妖怪と遭遇 曽山のよき理解者
曽山:T大学超常現象研究会4年生 男 風呂場で妖怪と遭遇 研究会のリーダー
二人は長く湯に浸かることはなく、さっと温泉から出た。時刻は20:30を回っていた。温泉から出ると、そこに白石と植松が立っていた。
「曽山さん。」
姿が見えるとすぐに白石が駆け寄ってきた。
「出たんですか?」
どうやら二人の声は外まで聞こえていたらしい。
「あぁ、出た。肝試しの時間まではちょっと早いがみんなを集めてくれないか?」
曽山が言うと白石と植松は、分かりました!と元気良く返事をすると客室の方へと走っていった。
「おい、肝試しの時間までは、って、まさかやる気なのかよ。肝試し。」
五島が曽山に近づいて小声で話しかけた。
「それはみんな次第だ。とりあえず集めて風呂でのことを話そう。」
曽山がいたずらっぽく笑いながら五島に答えた。
「話すって…そんなの絶対、あいつらやるっていうだろ。」
曽山は今度は五島の問いかけには答えずにエントランスへと歩いた。五島は曽山の後ろをついて歩いた。二人がゆっくりとエントランスに歩いてくると既にメンバーは集まっていた。そこに、三木もいたが、灰谷はいなかった。
「灰谷さんは寝てるそうです。」
二人が歩いてくるのを見ると、程よい距離になったところで植松が言った。
「お二人は妖怪とお会いになられたとか?」
三木が尋ねた。曽山は怪訝そうな顔をしたが、
「はい、温泉で。会ったというか、正確には襲われました。」
「なんですって!!?」
曽山が答えると三木がすごい剣幕で驚いた。
「お怪我などはございませんでしょうか。当館でそのようなことが…誠に申し訳ありません。」
「あ、いえ。怪我はしていないので大丈夫です。それより三木さん、何故ここに?」
「皆様お集りの際に妖怪が出たらしいという話をしながら集まられておりましたので、つい、気になりまして。」
「なるほど。そうでしたか。」
曽山は一瞬逡巡したが、
「まぁまずはみんなに温泉であったことを話すよ。」
と切り出し、温泉で妖怪に会ったこと、矢で射られたこと、「去れ。次はない。」と言われたこと、妖怪の移動スピード、矢が消えたこと、など、かいつまんで話をした。
「なるほど。つまり現状こういうことですね。灰谷さんが見た妖怪と曽山さんがご覧になった妖怪は別物の可能性がある。どちらの妖怪も武器を持っていて危険。みんなを集めた議題は、それでも肝試しをやるか?というところですか?」
ロバートソンが曽山に問いかける。
「正にそういうことだね。いや、正確にはそういうつもりだった。かな。」
「お。肝試しやめることにしたのか?その方が賢明だと思うぞ。」
曽山の言葉に、即、五島が反応したが、
「えー!自分だけ会ってやめるなんてずるいですよ!」
と白石が反発した。
「馬鹿野郎!お前、そういうけどな、ホント怖かったんだからな。マジであれ危ねーよ。」
五島がかなり強めに白石をたしなめると、白石は仏頂面で黙った。だが、曽山は、
「二人とも、やめろ。違うんだ。まず、肝試しをやめろというつもりはない。だがその前に、肝試しをする意味がなくなるかもしれない。」
集まったみんなが怪訝そうな顔をする中、
「三木さん、っすか?」
と中尾が曽山の顔を覗き込んだ。すると今度は全員が中尾の顔を覗き込んだ。
「あぁ、おれも三木さんが気になっている。」
曽山はそう言うと三木の方を向いた。すると厨房から段下も出てきた。
「三木さん、私が気になっているのは、夕食前の三木さんの対応と今の三木さんの対応の温度差です。お伺いしますが、灰谷が見たという妖怪は三木さんなのではありませんか?」
はぁ!?と白石が大きな声を上げたが、曽山に対して失言だったと思ったのかすぐに下を向いて小さく咳ばらいをすると頬を赤く染めて恥じらった。
「いえ、違います。」
三木は短く答えたが、段下が口を挟んだ。
「三木くん、どちらにしても時間の問題だろう。構わないよ。」
段下がそう言うと、曽山は今度は段下に向かって言い寄った。
「なぜ矢を射ったのです?あそこまでする必要があるとは到底思えません。」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは誤解です。」
今度は三木が口を挟んだ。メンバーの方はおおよそみんなこの会話の意図が理解できたようで、各々ソファーに座り成り行きを見守る構えだ。
「確かに私共は、妖怪が出る旅館、という噂に乗って時々自ら妖怪としてお客様に見ていただくことがございます。最初は噂先行だったのですが、「噂を聞いて来ました。」というお客様が次第に増えていき、お客様の数もどんどん増えていきました。旅館が繁盛するなら、と思い、我々自身が妖怪に身を扮することで、その噂の拡張を計りました。すると客足はさらに伸びました。毎回というわけではありませんが、時々お客様に私共が扮した妖怪を遠目に見てもらうことで客寄せをしていたのは事実でございます。」
白石が、やっぱりそういうことかと言わんばかりに大きくため息をついた。
「ただ、今回、お客様方がご覧になられました、温泉での妖怪は私共ではございません。」
下を向いた白石が目を輝かせて頭を上げたのは言うまでもない。
「宜しいですか?風呂場に妖怪が出た。や妖怪に矢を射かけられた。は遠目に妖怪を見た。とは明らかに種類が別の噂になってしまいます。好奇心で客足が伸びるよりも実害が出そうで客足が遠のくことの方が心配でございます。何より、その時間私共は厨房奥の控室に二人でおりました。証明の仕様もございませんが、その妖怪は断じて私共ではございません。」
「やはり、そうでしたか。」
曽山が最初から分かっていたといわんばかりにそう言ったので皆驚いて改めて曽山の顔を覗き込んだ。驚いたメンバーを見て曽山は
「だってそうだろう?夕食前の時の三木さんは妖怪が出たと客が言ってるのに落ち着き払って料理の配膳をしていた。「それはよくあることです。」あるいは「知っていましたとも。」そう言わんがごとくだった。でも今回は妖怪が出た話の真相を聞きにわざわざ僕ら二人が来るのを待っていた。しかも矢で射かけられたことに関しては過剰な驚きを見せた。これはつまり、いつもは自分たちが妖怪をしているが今回の妖怪騒動は自分たちではない。というところに結論を落ち着かせるのが一番理にかなってる。」
「さて、そこでみんなに質問だ。肝試し、やるかい?」
一度言葉を切ると曽山はメンバーに問いかけた。
「はいはいはい!もちろんやります!」
白石がいの一番に答えた。
「そうか。じゃあ俺も行こう。」
曽山はそう言うと他のメンバーに対して
「強制というわけじゃないんだ。比喩じゃなく、文字通り、命がけになる可能性がある。部屋で休んでいてくれても構わない。灰谷もこのまま休んでてくれて良いわけだしね。」
順番に顔を見ながらゆっくりと話した。最初に答えたのはロバートソンだった。
「僕は行きますよ。」
つられるように中尾も
「じゃあおれも行きます!」
と答えた。
「おれは…ここにいるよ。やっぱり温泉であった妖怪を思い出すと足がすくむ。」
五島が下を向いたまま言うと、
「あ、私も、ここに残ります。やっぱ怖いし。」
と植松も残る側になった。
「了解。じゃあ行くメンバーでルートを決めよう。三木さん、この辺りの地図というか歩けるルートを説明してもらえませんか?」
「本当に行かれるのですか?今までご案内した妖怪肝試しとは何か話が違いますし、できればおやめになられたら。」
と三木が返したが、
「いや、旅館のご迷惑にはなりません。僕らが行きたくて行くんですから。」
とロバートソンに言われて、
「でしたら私も参ります。どのあたりを回られますか?」
あきらめた表情で三木が答えた。すると、
「ちょっと待ってください。行くとこって夕方案内してもらったとこじゃないんすか?」
ルート決めをしようとしている流れに中尾が突っ込んだ。
「中尾くんは鋭いのかそうでもないのかよく分からないな。」
笑いながら曽山が言った。
「妖怪は三木さんがやっていたんだから、あのルートは適当か、もしくは三木さんが出没しやすいルートなんだよ。」
と横から五島が説明した。なるほど!と中尾が明るく合点した後、歩くルートを決めた。風呂場から曽山が最後に妖怪を見た地点を目指して、そのあたりに最も近い歩けるレベルの茂みまで行ったら戻ってくるということになった。
「それじゃ行ってくるね。」
曽山が言うと、
「申し訳ありませんが、そのルートでは私の足では歩けないと思いますので、私もここで待たせていただきます。お怪我のないように行ってらっしゃいませ。」
と段下が言葉通り申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ、僕らが行きたくて行くんですから。」
とロバートソンが言うと、それに軽く会釈をし
「三木、何かあれば皆さんを頼むぞ。」
と強い語調で言った。
扉を開けると割と強く冷たい風が吹き荒れていた。だが、風よりも勢いよく、肝試し班が飛び出していった。「お足元危ないですからもう少々ゆっくり。」という三木の声が聞こえた。
「寒~い。」
居残り班の植松が、肝試し班を見送って扉を閉めたあと、ソファーに戻りながら言った。段下と五島も一緒にソファーに戻り座った。
「コーヒーでも入れてまいりますね。」
と段下が厨房に下がると、五島と植松はしんと静まり返ったエントランスロビーで二人静に座って待った。
「植松、魚のハーブのやつ、ありがとな。」
結局五島は夕食の白身魚のムニエルを植松に食べてもらったのだ。
「いえいえ、こちらこそいただいてしまって。超おいしかったですよ!」
と明るく植松が返したが、今一つ会話が続かない。二人とも他のメンバーが心配だからなのか、一緒に行かなかったことをどこか悔いているのか、そのまままたロビーは静けさに包まれた。カチャカチャという食器の音とともに段下がコーヒーを運んでくると、二人はお礼を言い熱いコーヒーをすすった。
「しかし凄い風でしたね。妖怪以前に、皆様お怪我無く帰ってこられると宜しいのですが。」
と段下が言ったが、二人は「はい」と返事をしただけで会話は続かなかった。しばらく三人で静かにコーヒーを飲んでいたが、静寂を切り裂く悲鳴が鳴り響いた。
あああああぁあぁぁあぁぁ!!!!!
「中尾の声だ!」
言うや否や五島は立ち上がると、ソファーを後にして玄関へと向かった。
「五島さん!」
植松も後を追う。
「お二人とも危のうございます!」
段下も後を追う。段下が外に出たときには既に五島の姿は見えず、植松が何とか見えるところにいた。
「植松様!」
段下は大きな声で呼びかけた。植松は呼びかけに反応し、後ろを見た。段下が必死に追ってくるのが見えたので植松はそこで止まって段下を待った。
「懐中電灯でございます。今どき携帯の明かりもあるかとは思いましたが、こちらをお持ちください。」
段下はぜいぜいと息を切らしながら植松に懐中電灯を手渡すと
「皆様が向かわれたルートは、旅館の壁伝いにそこの角を曲がってけもの道を基本的には右の林沿いに進む道でございます。迷われませんよう、お気を付けください。」
「走らせてしまい、済みません。私も後を追いますが、見つからなければ戻ってきますので、段下さんも中で少し休まれてください。」
植松はそう言うと、林に向かって走っていった。
――時間は少しさかのぼる。
「妖怪さん、いるかなー。」
ウフフフ。とオタク感丸出しで白石が上機嫌に林の道を小走りに進んでいく。
「白石様。お足元が悪いですからもう少々ゆっくり。」
三木が声掛けをするが白石の足がペースを落とす様子はない
「お足元危ないですからもう少々ゆっくり。」
三木がさっきより大きな声でもう一度叫ぶように言うと、ようやく白石が立ち止まり後ろを振り向いた。
「白石、待て。」
と曽山が言うと、白石はその場に止まった。
「犬だな。」
ロバートソンがボソッとつぶやくと中尾が爆笑した。
「白石、冗談や盛り上げじゃなくて、俺は実際に矢を射られてるんだ。もう少し慎重に行こう。」
曽山に言われ少しの間白石も周りと歩調を合わせていたが、みんなで歩く肝試しってなんだかなー、などと文句を垂れていた。少し歩くと前方に分かれ道が見えた。
「お!」
と白石が言ったが皆まで言う前に三木が、
「この道の左は行き止まりでございます。右の道を。もう少し行ったところに分かれ道がございます。その道は少しすると合流しますのでそこでなら別れられます。」
と、先を遮った。白石は一瞬下を向いたがすぐに上を向いてさっきまでよりペースはやめに歩き始めた。分かれ道にはすぐにたどり着いた。
「よし。じゃあ別れようか。どっちが遠回りとかありますか?」
曽山が三木に尋ねると
「左が遠回りでございます。私は申し訳ありませんが、もう息が上がり始めておりまして、できれば右側を行かせていただければ。」
と三木が答え
「私も右でーす!妖怪が見えた地点に近い道が右ってことですもんね。」
と白石が続いた。
「じゃあ必然的におれが右だな。ロバート、中尾くん、左でお願いできるかな?」
曽山の言葉に二人は頷いたが白石は
「どういうことですか?」
と不服を申し立てた。
「お前と三木さん二人じゃ三木さんに申し訳ないし、お前に気を遣う役はおれたちに申し訳ないということだろう?」
とロバートソンが言えば、
「そういうこと、さ、行こう。」
と曽山も白石を小ばかにしたような言い方で続けた。良いですよ良いですよー。とふてくされながら白石は林の奥へと進んでいった。
「じゃ、またあとで。」
曽山はそう言うと白石の後を追った。あとを追ったが曽山は白石には追い付かず少し離れたところで白石と同じペースで歩き始めた。
「曽山様?」
三木が不審そうに曽山に問いかけると、
「白石は一人で歩いた方が肝試しの緊張感を楽しめるでしょう。私が襲われた妖怪は弓やを使っていましたから、もし遠くから射られるのであればすぐ近くにいても少し離れていてもどちらにしても庇うことはできませんし、このくらいの距離感がベストかな、と。」
と、三木に笑いかけた。
「それより三木さん。」
曽山は真面目な顔になって
「出るのは妖怪じゃなくて人という可能性はありますか?」
と質問を返した。
「いえ、私は今ここにおりますし、段下は足が悪くこの道を繰るのは難しいでしょう。」
と三木は答えたが、曽山は首を横に振った。
「すみません、言葉足らずでした。三木さんと段下さんの他にこの辺りに住んでいる人はいませんか?」
あぁ。と三木は意図を理解したように、
「そういうことでしたら、この山のもう少し下ったところに別荘みたいな小屋があります。ときどき人が来て猟を楽しんでいるようですが、今のところ面識はございません。」
「猟、ですか…。」
曽山は少し間をおいて
「山を下ったところということはつり橋の向こうですか?」
と尋ねた。
「いえ、つり橋の向こう側は、山の下の町までほぼ何もありません。皆様が通ってらした道のような景色が広がっております。猟師の小屋があるのは今いるこちら側、旅館の裏側でございます。夜間でしたので、お風呂から見えたか分かりませんが、こちら側は山の斜面と
渓谷になっており、切り開かれておりません。人の住む町に行くためには、つり橋の向こうから山をぐるっと迂回しなければなりません。ただ、その途中の斜面に一つ小屋があるんですよ。どうやってその小屋に入っているのかよく分からないのですが、時々明かりがともっているのが見えることがあります。」
「そうですか。猟師の小屋。」
曽山が次に何か言いかけた瞬間。
あああああぁあぁぁあぁぁ!!!!!
中尾の悲鳴が響いた。
「三木さん!戻るのと先を行くの、今からだったらどちらが近いですか?」
曽山の判断は早かった。
「話しながら来てしまいましたのではっきりとは分かりかねますが、恐らくは前です。」
三木も少し逡巡したが前方を指さしてはっきりと答えた。
「分かりました!」
というと曽山は走り出してすぐに白石に追いついた。白石に二言三言声をかけると、また走り出しあっという間に姿が見えなくなった。白石は曽山とは反対に、ゆっくりと三木のところまで戻ってきた。
「曽山さんが、三木さんと一緒に旅館に戻るようにって。」
白石は若干ふてくされ気味だ。またしても妖怪が自分のところではなく他のところに出たのが気に食わないのだろう。
「では、戻りましょう。こちらです。」
白石は、そりゃあ来た道を戻るわけですから、わかります。と言ってスタスタと三木の前を行った。
「白石様。」
三木が少し怖い声で言った。白石は足を止めたが、振り返りはしなかった。すると、
「先ほどは私嘘を一つつきました。曽山様を弓で射かけたのは私ではない、と。」
「え?」
白石はそう言うとゆっくりと振り向いた。白石が振り向くと三木は大きくジャンプし一歩で白石の眼前に寄った。白石は悲鳴さえ上げられずその場に座り込み
「じょ、冗談、ですよね?」
あはは、と空笑いをしながら精いっぱいの現実逃避をした。
「冗談でございます。」
三木が笑いながら言った。白石が唐突に真顔になると、三木は大慌てで
「白石様は怖いものがとてもお好きなようでしたので、せめてと思いまして。本当は最初の妖怪姿を白石様にお見せできていればと、だいぶ後悔していたのでございます。」
と早口で喋った。白石は、ふぅとため息をつくと安心した様子で立ち上がり、
「そういうことでしたら、私が好きなのは超常現象なんですよ。物理的に怖いやつはノーサンキューです。」
と笑い返した。あぁ、もうマジ怖かった。ここで死ぬのかと本気で思いましたよ。と相変わらず文句を言いながらも今度は早歩きではなく三木の隣をペースを気遣いながら歩いている。何気に、三木の前を歩くのがいまだに怖いのかもしれない。そんなときだった。
ぐああぁぁぁあああぁあああ
とまた悲鳴が響いた。
――またしても時間は少しさかのぼる。
中尾とロバートソンは特に何を話すでもなく静かに道を歩いていた。ロバートソンはひたすら周りを観察しながら歩いている。こちらの二人は懐中電灯がないので、携帯の明かりだけが頼りだ。そういう意味では一人前を歩き続けた白石はだいぶ夜目が効くのだろう。来る途中の車の中で雰囲気が大事と言っていた通り、携帯の明かりさえ出さずに歩いていた。ふとロバートソンが中尾の足元に出っ張った木の根っこに気付いた。
「中尾。」
ロバートソンに呼び掛けられると中尾はびくっと体を震わせて立ち止まった。ロバートソンは少し間を置いた後
「なんだ、びびってるのか?」
と聞いた。
「び、びびって、ないっすよ。」
そう言った中尾の唇は闇夜の暗がりでも震えているのが分かる。
「ふ。ははは。いつも明るい中尾が怖がってると面白いな。そんなに怖いなら旅館に残ればよかったのに。」
「ビビってないですってば!」
中尾はおもむろに立ち上がり、スタスタと歩いた。ロバートソンは今までとペースを変えずにマイペースに歩いたため少しの距離が開いた。しばらく歩くと
あああああぁあぁぁあぁぁ!!!!!
と中尾の悲鳴が響いた。あまりの声の大きさにロバートソンもビクッとかなり驚いたが速足で中尾を追った。進むと中尾が道に座り込んでいた。中尾が見ている方向に目をやると草むらからぼんやりと光が出ている。
「中尾、大丈夫か?」
ロバートソンの呼びかけに中尾が頷く。
「で、出たな!!なんだこの光は人魂か!?」
興奮気味にロバートソンがそろそろと歩み寄ると、中尾が普通に立ち上がり、ロバートソンの横を通り抜けた。草むらに手を突っ込むと挙げた手に携帯を握っていた。携帯の光を自分の方にあてると
「で、出たな!人魂か!」
とおどけた様子でロバートソンの物まねをした。ロバートソンはしばらく固まっていたがやがて笑い出した。
「これはやられたな。」
ロバートソンが中尾の頭をポンポンと叩くと、
「へへー、大成功っす。」
と中尾が満足げに笑った。
「ただ、今の悲鳴逆ルートにも聞こえたと思うぞ。オレはともかく、白石に期待させた罪はひょっとしたら重いかもしれないな。」
意地悪そうにロバートソンが笑うと中尾の顔がみるみる青ざめていく様子が、携帯の光でよく分かった。
「ロバート先輩、おれ、妖怪より白石先輩の方が怖いっす。」
ぶははとロバートが豪快に笑っていると、逆側から曽山が走ってきた。
「どうした!大丈夫か!?」
ロバートソンと中尾は顔を見合わせると、
「どうした!大丈夫か?」
と二人呼吸ぴったりに曽山の物まねをした。曽山が何が起こったのか分からないという表情で二人を見やると、
「大慌てじゃないですか。悪ふざけですよ、中尾の。」
とロバートソンが説明した。少し間をおいて見るからに曽山の緊張の糸が切れ、
「勘弁してくれよ~。」
と曽山らしからぬ情けない声を出した。だが、ひざに手をつきふぅと息を吐くと、
「この先にも妖怪はいなかったし、戻るか。今の悲鳴で三木さんと白石には先に戻ってもらったんだ。」
ぐああぁぁぁあああぁあああ
大きな悲鳴が鳴り響いたが、
「二番煎じっすね。」
と中尾が笑った。だが残りの二人は真剣な表情になった。
「五島さんは旅館に残ったはずだ。」
何故、外から五島の悲鳴が?その疑問から、三人は顔を見合わせるとけもの道を上へと駆け上がった。
物語がだいぶ動いて来ました