妖怪が出た5
登場人物
段下:旅館のオーナー
三木:旅館の執事
中尾:T大学超常現象研究会1年生 男
植松:T大学超常現象研究会2年生 女
白石:T大学超常現象研究会2年生 妖怪オタク 女
灰谷:T大学超常現象研究会3年生 よく寝る 女
ロバート:T大学超常現象研究会3年生 男
五島:T大学超常現象研究会4年生 男 悲鳴を上げた 曽山のよき理解者
曽山:T大学超常現象研究会4年生 男 風呂場で妖怪と遭遇 研究会のリーダー
3人は獣道をとにかく駆け上がった。分かれ道の分岐点となった地点を通り過ぎるとすぐに三木と白石が見えた。
「三木さん、白石!」
「曽山さん、今のは!?」
「多分五島だ。三木さん、旅館の中の声がここまで聞こえるということは?」
「分かりません。ただ普通の場合はありません。おそらく外からじゃないかと。」
曽山は話しながらも坂道を駆け上がっていた。白石と三木は呼びかけに足を止め曽山との会話に努めた。その間に曽山が追いつくと、曽山も一瞬足を止めた。
「2人は旅館に戻って。俺は行き止まりになってる道の方へ行ってみる。」
「承知しました。くれぐれもお気を付けて。」
頷き見送る三木の返事を待たず、曽山はまた駆け出していた。曽山に少し遅れて走ってきたロバートソンと中尾はゼェゼェと息を切らしている。
「曽山先輩、速すぎっす。」
「あの人、元陸上部だから。」
2人は少し休んだ後、走ろうとしたが、三木に止められ、4人で歩いて戻ることになった。
「お気持ちはわかりますが、なるべく大勢で一緒にいた方が良いかと存じます。」
先を走った曽山は追ってきた植松と会っていた。
「あれ?曽山先輩!?五島さんは?」
「いや。俺はすれ違ってない。お前は旅館から追ってきたのか?」
「はい。」
「と言うことはやっぱりあの行き止まりの道を行ったんだな。」
「行き止まりの道?」
「気付かなかったか?途中左に折れる道があったはずだ。俺が来た時はそっちの道の方が目についたくらいだったが。」
「あ、私はあらかじめ段下さんにルートを教えていただいていたんです。なのでなるべく道の右側を歩いて。」
「なるほど。わかった!俺は五島が行ったと思われる別れ道を行ってみる。後ろから4人来るから、お前は4人と合流して一緒に旅館へ戻るんだ。」
2人は勢い良く会話をすると、植松の、はい!という返事を合図にパッとまた走り出した。
植松が少し道を下るとすぐに4人と合流した。
「あれ?由美?」
白石が前から植松が下りてくることに気付く。
「どうしてここに?」
待っていたはずの植松がこんなところまで来たことに対する当然の疑問だった。
「中尾くん!」
植松は驚きのあまり白石の問いとは関係なく呼びかけた。だがその後に続く言葉が、問いの答えに繋がっていった。
「無事だったのね!怪我は?」
一同は状況を飲み込めず、ポカンとしている。まるでおかしなことを言ったかのような目で見られた植松は慌てて、
「え?だって、悲鳴が聞こえて。」
と釈明した。ここに来てみんな合点がいったという顔になり、
「あ...あれ、旅館まで響いちゃったんすね。なんか申し訳ない。」
と、中尾が状況を説明した。
「ところで五島さんは?」
姿の見えない悲鳴の主が気になったロバートソンが、中尾のジョークが生み出したホンワカとした空気感を一掃した。
「あ。それが...。」
今度は植松が状況を説明した。
「そんな。じゃあ、おれのおふざけのせいで...?」
中尾が頭を抱えて困惑する。
「とにかく、一度旅館に戻りましょう。立ち話をしていても仕方ありませんから。」
三木が年長者らしい落ち着いたところを見せ、メンバーを導いた。皆、そわそわしながらも、来た道を登った。
その頃曽山は最初の分かれ道のところまでたどり着いていた。
「おそらく五島はこっちに。」
呟きながら右へと曲がる道を進む。先ほどまでの道と比べても荒れ果てた道は普段使われていないことを示していた。
「なんで五島はこんな道を進んだんだ?」
また呟きながら進むと、向こうから五島が歩いてきた。
「五島!」
良かった。と安堵しながら駆け寄ると、五島が呟いた。
「良かった。気をつけろ。妖怪...」
ふらふらっと曽山に倒れかかる五島を両手で抱きかかえるように支えた。
「ぐあっ!」
五島が小さく声をあげた。
支えた曽山も違和感を感じ、その手を見ると、明らかに濡れていた。倒れかかった五島はズルズルと倒れかかった。曽山は再度五島を支えた。背中に刺さった矢が視界に飛び込んできた。
「五島っ!!!」
思わず曽山が叫んだが、反応はない。
「くそッ!!」
叫びながら、の脇に自分の肩を入れ抱えた。五島の足は引きずっていたが、気にせず旅館への道を歩いた。荒れた道に落ちている枝や木の葉が五島の足に引っかかり急ぐ曽山の邪魔をする。
「五島!死ぬなよ!」
声をかけながら歩いた。分かれ道を通り過ぎ旅館の方へ少し進むと、植松とロバートソンが旅館の方から走って戻ってきた。どうやら先に旅館の方へ進んでいたらしい。
「先輩!」
「五島さん!」
2人が発した言葉は違ったが、2人とも五島を引きずり歩く曽山の姿を見て何が起きたかを理解していた。
「ロバート、五島の右肩を支えてくれ。」
曽山はロバートソンに自分が支えていない方の肩を支えるよう促すと、一度足を止めた。ロバートソンの準備が整うと再び歩き出した。
「五島さん、大丈夫ですからね!もう旅館に着きますから。」
植松が必死に声をかけ続ける。一行は林道を抜け旅館前の整地にたどり着いた。そこには、しゃがみこんで肩を震わせる中尾と落ち着かせようと声をかける三木が2人でうずくまっていた。
「中尾くん。」
曽山が声をかけると中尾は顔を上げた。中尾は曽山とロバートソンが運んできた五島の姿を見ると大きな喚き声を上げて介抱していた三木の手を振り払い立ち上がった。
「中尾くん!」
もう一度声をかけようと大きめの声を曽山が上げたが、中尾に聞こえた様子はなく、そのまま吊り橋の方へと走り出した。
「中尾様!!」
三木が慌てて後を追うが、学生の足と中年の足だ。追いつくようには見えなかった。次第に中尾の喚き声が聞こえなくなり、三木が何か声をかけ続けているのがぼんやりと聞こえるようになった。そのうちその声も聞こえなくなった。
3人は五島をうつ伏せに寝かすと、背中の傷をあらためた。背中に突き刺さった矢傷からおびただしい量の血液が流れ落ちている。衣服はびっしょりと赤に染まりあっという間に周囲のコンクリートにもシミができた。
「これは...」
ロバートソンが何かを言いかけたが口をつぐんだ。何を言いたいのか他の2人も理解していたが、それは言わずに、
「五島さん!」
と植松は繰り返し声をかけ続けた。
「中尾は悪くない。悪いのは、俺だ。」
植松の声が虚しく響く中、曽山が小さく、しかし強く言った。2人はハッとして曽山の方を見た。暗がりにも曽山の顔色は悪く見えた。
「最初に五島を支えた時、確かにおれの手に硬いものが触れた。なんだこれは?という違和感があった。あれは、多分、この矢だ。」
曽山が小さく息を吸い、間を開けた時、
「待ちなさい!!」
という三木の大きな声が響いた。植松とロバートソンは驚き、声がした方、吊り橋の方を、ビクッと見たが曽山は意に介さず言葉を続けた。
「矢に触れた時、刺さっていた矢がずれてしまったんだ。それで出血量が...」
そこで曽山は顔を伏せた。
「曽山」
小さな声が確かに聞こえた。3人とも声の主、五島の頭を見た。ロバートソンが五島を抱え起こそうとする。
「曽山、おれは大丈夫だ。お前のせいじゃない。」
曽山がかすれるような声で小さくそう言った時、
ひゃああああああ
と甲高い裏声が響いた。
「次から次へと!なんなんだよもう!!」
ロバートソンが取り乱して大声を出す。だが、手はしっかりと五島を抱え起こし、支えた態勢を崩してはいない。
「おれは大丈夫だ、曽山、あっちを見てこい。」
五島が軽く微笑みながら曽山に話しかける。
「無理するな。無理に喋らなくて良いから、大丈夫なら旅館に運ぶから。ちょっと痛むかもしれないけど頑張れ。」
曽山はそう言うと、五島を抱え起こそうとした。
「三木さん!」
植松が吊り橋の方から中尾をおぶって走ってくる三木を見つけた。
「皆さま!早く旅館へ!!」
三木が何度も後ろを振り返りながら旅館へと走っていく。先ほどまで獣道を息を上げながら歩いていた人と同一人物とは思えないスピードだった。有無を言わせぬ迫力に押され、曽山とロバートソンが五島を支えると植松も続き一行は旅館へと入った。入るや否や三木が大急ぎで施錠し、厨房の奥から鎖を運んできて取っ手をがんじがらめに巻いた。
「三木さん、何があったんです?」
三木の様子を見ながら五島をソファーに寝かせた後、曽山が聞いた。
「まずは中尾様の容体を!」
三木が旅館に入り、曽山たちが入る前に入り口のドアの横の壁に寄りかかるように座らせたのだろう。入り口には中尾が座っていた。どう考えても鋭利な刃物で斬りかかられたものと思われる傷跡が首筋にあり、その傷は致命傷のように思われた。
「中尾!」
曽山が叫び、走って歩み寄ったが反応がない。曽山は頬を叩き、中尾の反応を見たが応答はなく、中尾を抱きかかえた。するとハッとして抱きかかえた手を離し、その手を見た。腕まで赤く染まった服を見て中尾の背中にも酷い傷があることをみんなが悟った。
「中尾...」
ロバートソンが小さく言ったが言葉は後に続かなかった。植松はむせぶようにすすり泣き、白石も泣いているようだった。
「三木さん、何があったのか、教えてください。植松、悪いが灰谷を呼んできてくれ。」
曽山が中尾を抱えたまま伝える。曽山の顔が上がることはない。
「私なら最初からいますよ。」
灰谷の声がしてハッとそちらを皆が見た。
「みなさんが戻って来るより結構前に段下さんが部屋に来て起こしてくれたんです。緊急事態かもしれないから、と。」
「そういえば、段下さんは?」
涙をぬぐいながら白石が尋ねる。
「私を起こした後しばらくは一緒にいてくれたわ。コーヒーか紅茶でも入れましょうか?って厨房に入られて、今はまだ厨房にいるんじゃないかしら。」
灰谷が淡々と答える。あまり動揺していないのか、いまいち現実感がない状態なのか、なんとも捉えようがない。段下は自分が呼ばれたことに気づいたのか厨房から出てきた。
「では皆様お揃いですので、私と中尾様が吊り橋の方へ走った後何があったのかお話しいたします。」
様子を伺いながら三木が話し始めた。
「中尾様は最初ひどく怯えた様子で何を言ってもお耳に届かないような状況でしたが、走りながら次第に落ち着きを取り戻し、最後には私の方を振り向いて普通に話してくださいました。『どうしよう、おれのせいで五島先輩が』と。私は、大丈夫ですよ。まだ曽山様と会話されていましたから。と励ましました。中尾様としばらく話して戻ろうかとした時に現れたのです。妖怪が。」
一度息を溜め、再び語り続けた。
「その妖怪は不可思議なことに包丁を持っておりました。その包丁で私共に襲いかかると、とっさに中尾様が私をかばい、自らを盾にされました。中尾様が逃げようと傷を抑えながら立ち上がり、屋敷の方へ走ろうとした際、妖怪は飛びつき、中尾様の背中を刺して私をおいて逃げようとしました。私は思わず、待て!と叫び追いかけました。妖怪は吊り橋に乗ると凄まじいスピードで向こう岸へ走り抜けました。そして、私がまだ乗っている吊り橋の縄に包丁をかけ、吊り橋を切り落としたのです。私は叫び必死にこちら岸へ戻りました。そして中尾様を背負って旅館まで歩いたのでございます。」
「吊り橋を落としたってそんな。」
状況に落胆する中、灰谷が
「とにかく119番に電話しましょう。五島さんはもちろん、中尾くんもまだ間に合うかもしれないわ。」
落ち着いてそう言った。
「段下さん、ここは圏外なので、旅館の電話をお貸しいただけますか?」
灰谷は続けてそう呼びかけた。 段下は慌てて厨房へと走って行った。曽山が灰谷に何かを言いかけたが、何も言えず、また下を向いた。段下はすぐに厨房から戻って来た。その表情は暗く、何かをためらうかのようにも見えた。逡巡の後、段下は重苦しく言葉を紡いだ。
「皆様…電話線が、切られております。」
ゆっくりとした段下悲しげな言葉とは裏腹に、ロバートソンがものすごい勢いで立ち上がった。
「なんだと!?ふざけんなよ!!」
その勢いのまま厨房に走っていくとしばらくしてガシャーンと大きな音が鳴った。それから少ししてロバートソンがショボショボと戻ってきた。
「ホントに、電話が繋がらなかった。」
そう言うと、床に座り込んだ。誰も口を開くものがなく、停滞した空気が旅館に沈み込んだ。
「みんな、一旦シャワーでも浴びてきたら?五島さんと中尾くんは私が見てるから。」
灰谷が落ち着いて小さくそう言った。
「灰谷!てめぇ!よくそんな…」
ロバートソンはまたも勢いよく大声をぶつけたが、その声は徐々に勢いを失っていった。メンバー全員がそしてロバートソンも、よく分かっていたのだ。誰かや何かに当たり散らしたところで状況は何もよくならないということを。
皆は自分の衣服や状況を改めて確認した。誰もが血を体に付け、ズボンには泥が飛び散り、お世辞にも綺麗とは言いがたい姿だった。
「確かに、灰谷の言う通りだな。一度部屋のシャワーを浴びてもう一度ここに集合しよう。今後のことを話そう。」
曽山がそう言うと誰が頷くでもなく、静かに立ち上がり、皆、自室へと戻って行った。
サスペンスっぽい話になって参りました。
今はもう少し先の話を書いているのですが、この部分を書いていた頃想像していたお話から少しずつぶれてきました。
漫画さんや小説家さんが「キャラクターが勝手に動いてあらすじがずれていく」という話をされているのに対して、「そんなわけないでしょ!自分で考えてるんだから!」と思っていたのですが、本当にそういうことってあるんですね。最初に考えていた着地点にたどり着けるのか...困ってます。




