1章-9 欲望の国
アレックスは手に紙袋を抱え、広場のベンチに座っていた。
「美味いな。」
アレックスはまだ温かいパンをガツガツと食べていた。朝食を食べたばかりだと言うのに紙袋一杯にパンを買ったのである、隣に座っていた補佐役のクラウドは呆れたような目で見ていた。
「何だ、そんな目で見てもやらんぞ?」
「要りません。よくそんなに入りますね。体重増えても知りませんから。」
アレックスが次のパンを手に取った時であった。男女がもめ合うような声が聞こえた。声のする方を見てみると貴族服の男がパンの入った籠を持った少女に詰め寄っていた。広場中の視線がそちらの方に集まる。
「今日こそは私のものになってもらう。」
貴族服の男が少女の腕を掴む。少女は腕に下げていた籠を落としてしまった。そしてそのままパンが籠からこぼれる。
「やめて下さい!!」
「私と結婚すればこんな生活ともおさらばできると言うのに、一体何が不満なんだ!!」
男の頭に血が上りつつあった。少女は必死に周りに助けを求めるような視線を送るが、目の合った人々は目を逸らす。アレックスは大剣を手に取り立ち上がったが、クラウドがそれを制止する。
「見れば分かる通り、あれは貴族です。ここは私達の管轄外ですから手を出すことは許されていません。」
アレックスは少しクラウドの方を見ると、またベンチに座った。こうして見守ることしか出来ないようだ。
「おいこら、勝手に商品を食べるんじゃない。」
広場に砂埃まみれの黒い外套を纏った青年が入って来た。隣に連れていた馬が少女の落としたパンを食べている。
「黄色人種で西の民か。アレックス様、あれには絶対関わらないで下さい。」
青年は黒いオールバックで顔はこの国では珍しい黄色の肌をしていた。そんな青年が貴族服の男に近づいていく。
「田舎者だからあまり知らないが、都会ってのはこんな所で求婚をするものなのか?」
「何だ、おまえ!私の邪魔をするのか!」
貴族服の男が青年に近寄った時であった。青年の連れていた馬が男を蹴飛ばした。
「うちの馬がすまないね、だけど食べ物を粗末にしちゃいけないな。」
男が居た場所には潰れたメロンパンがあり、馬はそのパンを食べ始める。青年は痛がってうずくまる男を見て笑った。
「すまないねお嬢さん、これがパンのお代だ。釣りは要らないよ。」
青年は少女の手に貨幣を握らせる。少女は青年に頭を下げた後、籠を拾って何処かに逃げて行った。すると何処から騒ぎを聞きつけたのか兵士達が集まって来た。そして青年と貴族服の男が連れられて行く。
「貴族に手を出したんです、仕方の無いことです。」
「あれはどう考えても貴族が悪いように見えたのだが?」
「これがこの国の実情ですよ、身分こそが正義なんです。」
アレックスは釈然としなかったが、クラウドの言葉が正しいように感じた。先程連れられて行った青年が無事であれば良いが…。アレックスは次のパンを取り出し、口に入れた。
「どうしたトリ―?」
狼の長とトリ―は広場の横を歩いていた。そんなときトリ―が広場の方を見ていた。何やら揉め事があったらしい。貴族服の男が黒い外套の青年に近づいて行っているところであった。
「砂まみれの汚い外套だのう、西の乞食か何かか?そして、あの肌の色…。何か面白いことが起きそうじゃのう。」
狼の長はしわまみれの顔で笑みを浮かべる。その時、青年の連れていた馬が貴族を蹴飛ばした。そしてその青年は街の兵士に連れられ何処かに姿を消した。
「おお、怖い怖い。八つ裂きの刑か、それとも絞首刑か。」
狼の長は城の方に向かって歩き始めた。トリ―は少し広場の方を見た後、長を追って行った。




