岩鎧猪と新たな力
冒険者ギルドへ戻ったハルたちは、受付カウンターへ向かった。
「お帰りなさい。調査はどうでしたか?」
受付の女性が顔を上げる。
ハルは、森の奥で見つけた幻影猫の親子について説明した。
「なるほど……子どもを守っていたのですね」
受付の女性は報告内容を書き留めていく。
「街の近くに現れた理由も、それなら説明がつきそうですね。こちらでも情報を共有しておきます」
「できれば、むやみに襲わないように伝えてもらえると助かります」
ハルがそう言うと、受付の女性は頷いた。
「分かりました。目撃情報があった場合も、まずは慎重に対応するよう伝えておきます」
「ありがとうございます」
報告を終えると、受付の女性は記録を確認し、報酬の入った袋を取り出した。
「今回の調査依頼の報酬はこちらになります」
差し出された袋を受け取り、中を確認する。
「おお……!」
ハルの表情が少し明るくなった。
異世界に来てから、自分の力で稼いだお金だ。
その重みを感じながら、ハルは袋を大切にしまった。
「これで、少しは余裕ができたな」
「そうね。ちゃんと働いた分の報酬だもの」
リリアが微笑む。
ハルは少し考えてから、彼女へ向き直った。
「リリア、これ」
「何?」
ハルは袋からお金を取り出し、リリアへ差し出した。
「この前、借りてた分。返すよ」
リリアは少し驚いた顔をした。
「もう返すの? 急がなくてもよかったのに」
「いや、ちゃんと返しておきたかったんだ。いろいろ助けてもらったし」
ハルは照れくさそうに笑う。
「ありがとう、ハル」
リリアはお金を受け取った。
「これで借りはなしだな」
「ふふっ。そうね」
ハルはほっと息をついた。
これで、少しずつ自分の生活を整えていける。
そして、今のハルには何よりも必要なものがあった。
「よし。次は買い物だ」
「買い物?」
「ああ。そろそろ、ちゃんとした調理道具が欲しくてさ」
ハルはギルドを出ると、街の商店が並ぶ通りへ向かった。
まず立ち寄ったのは、鍋や刃物などを扱う道具屋だった。
店内には大小さまざまな鍋や、見慣れない形の調理器具が並んでいる。
ハルはひとつずつ手に取り、重さや使い勝手を確かめていった。
「……これがいいかな」
手に取ったのは、少し深さのある鉄鍋だった。
大きすぎず、持ち運びにも困らない。
これなら肉を焼くだけでなく、炒め物や煮込み料理にも使えそうだ。
「それにするの?」
リリアが尋ねる。
「ああ。これがあれば、作れる料理が増えるからな」
「ふふっ。どんな料理を作ってくれるのか、楽しみね」
「期待しててよ。今まで作れなかった料理にも挑戦できそうだからさ」
ハルは嬉しそうに鉄鍋を眺めた。
その時、店の壁に掛けられた刃物が目に入った。
大小さまざまな短刀が並んでいる。
ハルはその中から、手に馴染みそうな一本を手に取った。
刃はそれほど長くないが、しっかりとした作りで、柄も握りやすい。
「これも買っておこうかな」
「短刀? 武器も必要なの?」
リリアが尋ねた。
「うん。いざという時に身を守るためにも必要だと思って。それに、魔獣を解体したり、食材を切り分けたりするのにも使えそうだし」
ハルは刃の状態を確かめながら答えた。
「確かに、武器にも調理にも使えるなら便利そうね」
「うん! これなら魔獣を捌く時にも役立ちそうだし」
ハルは短刀を購入することにした。
さらに店内を見回していると、木製のスプーンやフォーク、小さなナイフなども見つかった。
今までは焼いた肉を手で持って食べることが多かった。
料理を作る道具だけでなく、食べるための道具も少しずつ揃えたい。
ハルは値段を確かめ、スプーンとフォークを数本ずつ購入した。
「これで、食事も少しは快適になりそうだ」
「料理のことになると、本当に楽しそうね」
リリアが笑う。
「だって、せっかく美味しいものを作っても、食べる時に不便だったらもったいないだろ?」
ハルは買った道具を大切にしまった。
次に向かったのは、食料品を扱う店だった。
乾燥した香草や木の実、見慣れない穀物などが並んでいる。
ハルは店主に尋ねながら、基本的な調味料を探した。
「塩はありますか?」
「もちろん。料理に使うなら、こっちだな」
店主が小さな袋を取り出す。
ハルは中身を少しだけ指につけ、味を確かめた。
「……うん。これなら使えそうだ」
さらに、肉料理に合いそうな乾燥香草と、辛味のある粉末状の調味料も少量購入した。
買い物を終え、店を出る。
ハルの手には鉄鍋と、いくつかの小袋、そして新しく買った道具があった。
「これで、料理の幅が広がるな」
「私も、ハルの料理を食べるのが楽しみだわ」
リリアが微笑む。
「そう言ってもらえると、作りがいがあるよ」
ハルは嬉しそうに答えた。
道具を買い終えたところで、リリアが口を開いた。
「そういえば、次の依頼はどうする?」
「ああ。もう少し稼いでおきたいし、ギルドに戻って探してみよう」
二人と一匹は、再び冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの掲示板には、さまざまな依頼書が貼られている。
薬草の採取。
街道の護衛。
魔獣の討伐。
その中で、ハルは一枚の依頼書に目を留めた。
「岩鎧猪か……どんな魔獣なんだ?」
依頼書には、岩鎧猪の素材採取と書かれていた。
「岩鎧猪ね。外皮が硬くて、討伐には少し工夫が必要な魔獣よ」
リリアが説明する。
「そんなに硬いのか?」
「ええ。頭部から背中、肩にかけて岩みたいな外皮に覆われているの。普通の剣じゃ、簡単には傷をつけられないわ」
ハルは依頼書を見つめた。
「……ちなみに、肉は食べられるのかな?」
「そこが気になるのね……」
リリアが苦笑する。
「もちろん食べられるわ。肉は脂が乗っていて、美味しいらしいわよ」
「……それは気になるな」
ハルの目が輝いた。
「よし、この依頼にしよう」
「決まりね。それじゃ、さっそく出発しましょう」
「ああ!」
ポチも嬉しそうに尻尾を振る。
「ワン!」
こうして、三人は岩鎧猪の討伐依頼を受けることになった。
* * *
街を出て、森へ向かう。
しばらく進むと、地面に大きな足跡が残っているのが見つかった。
「これが岩鎧猪の足跡か……」
ハルがしゃがみ込む。
足跡は深く、周囲の土も大きく抉れていた。
リリアは地面に残された大きな足跡を見つめた。
「深く踏み込んでいるわね。かなり体重があるみたい」
足跡は森の奥へと続いている。
「これを追えば、見つけられるかもしれないわ」
「ああ。よし、追ってみよう」
ハルたちは足跡をたどり、森の奥へと進んでいった。
しばらく進むと、前方から地面を踏み鳴らす重い音が聞こえてきた。
ハルたちは足を止め、音のする方へと目を向ける。
木々の向こうに、大きな魔獣の姿が見えた。
頭部から背中、肩にかけて、岩のような硬い外皮をまとった魔獣――岩鎧猪だった。
「……でかいな」
ハルが思わず呟く。
岩鎧猪は三人を見つけると、低く唸った。
次の瞬間、地面を蹴り、猛然と突進してきた。
「来るわよ!」
リリアが叫ぶ。
「《風歩》!」
ハルはスキルを発動し、横へ飛び退いた。
岩鎧猪がすぐ横を通り抜ける。
その勢いは凄まじく、後方の木々が大きく揺れた。
「うわっ……! 今の、まともに受けたら危なかったな!」
ハルは距離を取りながら、岩鎧猪の動きを観察する。
リリアが横から斬りかかった。
キンッ!!
剣が外皮に弾かれ、硬い音が森に響く。
「くっ……! やっぱり硬い!」
岩鎧猪はすぐに向きを変え、リリアへ突進した。
「リリア!」
ハルが声を上げる。
リリアは横へ跳び、間一髪で突進をかわした。
岩鎧猪は勢いを殺しきれず、太い木に激突する。
ドンッ!!
木が大きく揺れた。
それでも、岩鎧猪は倒れない。
「……あの外皮、相当頑丈だな」
ハルは息を整えながら、岩鎧猪を観察した。
背中も、肩も、頭部も硬そうだ。
正面から攻撃しても、リリアの剣は通らない。
なら、どこを狙えばいい?
ハルは岩鎧猪の脚へ目を向けた。
太い脚も岩状の外皮に覆われているが、関節部分だけは覆われておらず、むき出しになっていた。
「……待てよ」
ハルは目を凝らした。
岩鎧猪が再び向きを変えた。
その動きに合わせて、岩に覆われた背中の下から、柔らかそうな腹部がわずかに見えた。
「リリア! 脚の関節を狙え! あそこなら、外皮に邪魔されずに攻撃できる!」
「分かったわ!」
リリアは剣を構え直す。
しかし、岩鎧猪は再び突進の構えを取った。
「ポチ、頼む!」
ハルが声をかける。
「ワン!」
ポチが一気に駆け出した。
岩鎧猪の正面を横切り、注意を引きつける。
岩鎧猪はポチを追って突進した。
だが、ポチは迫る巨体を紙一重でかわす。
岩鎧猪はそのまま走り抜け、急停止しようとして足元を滑らせた。
「今よ!」
リリアが駆け出す。
岩鎧猪が体勢を立て直す前に、リリアは横へ回り込んだ。
剣が脚の関節を捉える。
ガッ!
岩鎧猪が苦しそうに鳴いた。
「効いた……!」
ハルは目を見開く。
傷ついた脚に力が入らず、岩鎧猪の身体が大きく傾いた。
それでも、岩鎧猪は倒れまいと残った脚で地面を踏みしめる。
「まだ踏ん張るのか……!」
岩鎧猪は怒りに満ちた唸り声を上げ、リリアへ向き直ろうとした。
しかし、傷ついた脚ではうまく体勢を立て直せない。
「ハル、下がって!」
リリアが叫ぶ。
岩鎧猪が最後の力を振り絞り、ハルへ突進してきた。
「《風歩》!」
ハルはスキルを発動し、地面を蹴った。
巨体がすぐ目の前を通り過ぎる。
「……危なかった!」
岩鎧猪は勢いを殺しきれず、前脚を踏み外した。
次の瞬間、巨体が大きく傾き、横倒しになる。
岩に覆われていない腹部が、ハルたちの目の前に露わになった。
「今だ! お腹を狙って!」
ハルが叫ぶ。
リリアは迷わず踏み込んだ。
岩鎧猪が起き上がろうともがく。
だが、傷ついた脚では身体を支えきれない。
リリアは剣を構え、露出した腹部へ狙いを定めた。
「これで終わりよ!」
剣が腹部を捉えた。
岩鎧猪の身体が大きく跳ねる。
やがて、巨体は力を失い、ゆっくりと地面へ沈んでいった。
森に静けさが戻る。
「……終わったのか?」
ハルが息を吐く。
「ええ。もう動かないわ」
リリアは剣を下ろした。
ポチが岩鎧猪の周囲を歩き、問題がないことを確かめる。
「ポチもありがとう。助かったよ」
「ワン!」
ハルは岩鎧猪を見下ろした。
硬い外皮。
強烈な突進。
そして、脚の関節と腹部という弱点。
正面から力任せに戦っていたら、苦戦どころではなかったかもしれない。
「特徴を見極めて、戦い方を考える……か」
ハルは小さく呟いた。
魔獣を理解することは、料理だけでなく戦いにも必要なのだ。
「よし。せっかくの食材だ。ありがたくいただこう」
ハルは気持ちを切り替えた。
* * *
森の中で安全に調理できる場所を見つけると、ハルはさっそく準備を始めた。
購入したばかりの鉄鍋を取り出す。
「……ようやく、鍋が使えるな」
ハルは嬉しそうに鍋を眺めた。
「そんなに嬉しいもの?」
リリアが尋ねる。
「もちろん。今までは焼くくらいしかできなかったからな」
ハルは買った短刀を取り出した。
これまでは、魔獣の肉を扱う時も、使える道具がほとんどなかった。
だが、今は違う。
「よし、まずは解体からだ」
ハルは短刀を使い、岩鎧猪の肉を切り分けていく。
硬い外皮を避けながら、肉のつき方を確かめ、食べられる部分を丁寧に取り出していった。
「……思ったより、しっかりした肉だな」
刃を入れるたび、肉の弾力が伝わってくる。
料理人としての経験を頼りに、余分な部分を取り除き、調理しやすい大きさに整えていく。
「その短刀、使いやすそうね」
リリアが作業を見ながら言った。
「ああ。解体にも使えるし、いざという時には身を守るためにも使える。買っておいてよかったよ」
ハルは短刀をしまい、切り分けた肉を鉄鍋のそばに置いた。
肉には白い脂がほどよく入り、表面にも艶があった。
「これは……美味しそうだ」
料理人としての感覚が刺激される。
ハルは肉を食べやすい大きさに切り、軽く塩を振った。
さらに、購入した香草を少しだけ揉み込む。
「何を作るの?」
リリアが覗き込む。
「まずはシンプルに焼いてみるよ。肉そのものの味を確かめたいからな」
ハルは鉄鍋を火にかける。
鍋が温まったところで、岩鎧猪の肉を並べた。
ジュウウウッ……!
脂が溶け出し、香ばしい音が響く。
肉の表面が焼け、香草の香りが広がっていく。
「……いい匂い」
リリアが思わず呟いた。
ハルは肉の焼き色を確かめ、頃合いを見て裏返す。
溶け出した脂を利用しながら、じっくりと火を通していく。
やがて、肉の表面に美味しそうな焼き色がついた。
「よし……できた!」
ハルは肉を皿代わりの大きな葉に移した。
脂の甘い香りと、香草の爽やかな香りが漂う。
ハルは買ったスプーンとフォークも取り出し、食べる準備を整えた。
「いただきます」
ハルはフォークで肉を押さえ、短刀で食べやすい大きさに切ってから口に運んだ。
噛んだ瞬間、肉汁が広がる。
「……うまい!」
脂はしつこくなく、肉にはしっかりとした旨味がある。
塩と香草だけのシンプルな味付けが、岩鎧猪の肉の美味しさを引き立てていた。
「これは当たりだな……!」
ハルの顔が自然とほころぶ。
リリアも肉を口に運んだ。
「本当……! 外見からは想像できないくらい柔らかいわね」
「だろ? この脂、かなりいいな」
ポチも待ちきれない様子で、ハルの足元に寄ってきた。
「はいはい。お前の分もあるよ」
ハルが肉を差し出すと、ポチは嬉しそうに食べ始めた。
「ワン!」
「気に入ったみたいね」
リリアが笑う。
ハルも笑顔で頷いた。
「こんなに美味しいなら、もっといろんな魔獣を食べてみたくなるな」
その時だった。
ハルの胸の奥が、じんわりと熱くなった。
「……この感じは……!」
ハルは胸元に手を当てた。
熱は胸の奥から身体の隅々へと広がり、全身を包み込むような感覚へと変わっていった。
身体の奥で、何かが目覚めようとしている。
そして――。
その瞬間、ハルの頭の中に、聞き覚えのある声が響いた。
《スキルを獲得しました》
《岩甲を獲得しました》
「……っ!」
ハルは息を呑んだ。
「また、新しいスキル……!」
岩鎧猪の肉を食べたことで、《魔獣喰らい》が反応したのだ。
「ハル? どうしたの?」
リリアが不思議そうに顔を覗き込む。
ハルは頭の中に響いた声を思い返しながら答えた。
「スキルを獲得したみたいなんだ」
「えっ? 本当に?」
リリアが驚いた声を上げる。
ハルは自分の両手を見つめた。
《岩甲》。
名前から考えると、岩鎧猪の硬い外皮に関係する能力なのだろうか。
「……試してみよう」
ハルは右腕に意識を集中させる。
「《岩甲》!」
すると、腕の表面が淡く光った。
次の瞬間、皮膚の一部が岩のような質感へと変化する。
「おお……!」
ハルは目を見開いた。
恐る恐る、硬化した腕を指で叩いてみる。
コツッ。
まるで石を叩いたような音がした。
「すごい……本当に硬くなってる」
リリアも目を丸くしている。
「身体を硬くするスキルなのね……。これなら、攻撃を受ける時にも役立ちそう」
「ああ。うまく使えれば、戦い方も変わりそうだ」
ハルが意識を緩めると、腕は元の状態へと戻った。
まだ、どこまで硬くできるのか、どれほどの攻撃に耐えられるのかは分からない。
けれど、新しい力を手に入れたことは確かだった。
《身体強化》。
《風歩》。
そして、今回獲得した《岩甲》。
それぞれ違う力が、少しずつハルの中に積み重なっていく。
「……もっと、いろいろ試してみないとな」
ハルは新しいスキルに思いを巡らせた。
魔獣を食べることで、少しずつ強くなっていく。
その不思議な能力の仕組みは、まだ分からないことだらけだ。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
新しい魔獣との出会いは、新しい味との出会いであり、新しい力との出会いでもある。
ハルは残った岩鎧猪の肉に目を向け、笑顔を浮かべた。
「よし。次は、どんな魔獣に出会えるかな」
異世界での旅は、まだ始まったばかりだった。
更新が遅くなり、申し訳ございません。
不定期ですが、引き続き読んでいただけると嬉しいです。




