第四十話 『面接というのは、いわば双方向の選考である(上)』
俺と妹であれこれと細々したことを片付け、事前の準備を進めているうちに、ついに面接当日を迎えた。今、俺たち二人は会議室にいる。
「緊張するなぁ。人を面接するのなんて初めてだよ」
妹は俺の隣で、いかにもOLらしいスーツ姿で座っている。わざわざ体に合うサイズのものを買ってきたのだが、小柄なせいで、どう見ても子供のおままごとにしか見えない。
ちなみに俺も、スーツ一式にネクタイを締め、髪をオールバックにしている。
「そうだな。俺たち自身、面接された経験すらないのに、いきなり面接官になっちまったわけだからな」
目の前に積み上げられた大量の履歴書を見る限り、今日はかなりの人数が応募してくるらしい。
これも全部、前のニュース報道のおかげだな。
「今日って、何か具体的な選考基準とかあるの?」
「うーん、とりあえず能力がありそうで、学歴や職歴もそれなりにあって、受け答えも悪くない人……って感じかな? 人はたくさん来てるけど、採用できる枠には限りがあるから、一回の面接で全部決めるのは難しいよ。今日はあくまで簡単な面接にして、明らかに不適任そうな人をまず落としていく。二次面接では、もう少し厳しく見ればいい」
ここで言う「見た目」というのは、顔立ちや容姿のことではない。あくまで第一印象の話だ。
初対面で感じた印象が悪い相手とは、その後もなかなか円満な関係を築きにくい。
もちろん、付き合っていくうちに印象が変わって、仕事では頼れる仲間になったり、気の合う親しい友人になったりすることもある。実際、そういう例もないわけではない。
「なるほど、つまり直感で決めるってこと? 印象がいい人は、とりあえず残しておく感じ?」
「そういうこと。そもそも議員なのは玲のほうなんだから、玲と気が合いそうな人を選んだほうがいいだろ」
俺が秘書として自分なりの好みや基準を持っているとはいえ、人事を決める以上、やっぱり議員である玲の意見は尊重するべきだろう。
「わ、私が決めるの? 毎日三食何を食べるかまで兄貴に決められてる私が? もしこんな大事なことを私が決めていいなら……これからは、そういう細かいことも兄貴は私の言うことを聞いてくれるよね?」
彼女は最初こそ戸惑った様子だったが、何かを思いついたように、にこにこと笑った。
さっきまで面接そのものに難しさや居心地の悪さを感じていたはずなのに、気持ちを切り替えるや否や、これをきっかけに俺へ家庭内での立場を逆転させようと挑んできたのだ。
恐るべし、我が妹。
「そんなに俺が束縛の強い兄貴みたいに言うなよ。生活のことで、別にそこまで制限してるわけじゃないだろ」
「あるよ。食べ物。食べるものに関しては、全然私の言うこと聞いてくれないじゃん」
「そりゃ、お前がジャンクフードばっかり食おうとするからだ! 花も恥じらう乙女が、そんな食生活を続けてたら、絶対に引きこもりのだらしないデブみたいになっちまう。お前、顔がそこそこ可愛いこと以外に大した長所もないんだから、太らせるわけにはいかないだろ」
別に俺が何でもかんでも口を出したいわけじゃない。ただ、放っておいたら、あいつの食の好みに任せている限り、間違いなく丸々と太ってしまう。
玲の取り柄なんて、可愛さと見た目くらいしかない。
もともと頭がいいわけでもない。これといった長所もない。
そこへ体型まで崩れたら、いよいよ何が残るのか。
学校でも人間関係に失敗し、そのまま自暴自棄になって引きこもる。
そして四十歳になっても、兄である俺に養われ続ける。
……そんな並行世界の未来を想像してしまうと、俺は本気で恐ろしくなった。
「……兄ちゃん? なんで私の顔を見ながら固まってるの? なんか失礼なこと考えてない? ……あれ? 今、私のこと可愛いって言ったよね? えへへ。……じゃなくて! ちょっと待って! 今のって、私には可愛い以外に何も取り柄がないって意味じゃない!? 兄ちゃんのバカ! 殴る! 殴るからね!」
玲は怪訝そうな顔で俺を覗き込み、俺の目の前で手をひらひらと二度振った。どうやら、ぼんやりしていた俺の意識を現実に引き戻そうとしているらしい。
俺から「可愛い」と言われたことで、最初は嬉しそうにしていた玲だった。
しかし、少し考えれば、それが実は「可愛い以外には何の取り柄もない」という遠回しな悪口だったことに気づく。
そのことに気づいた玲は頬を膨らませ、俺に向かって小さな拳を振り回しながら、ぷんぷんと怒っていた。
……なるほど。反応が遅すぎる。俺が遠回しにこいつをディスってたことに、こんなに時間が経ってから気づくとは。やっぱりバカだな、こいつ。
「別に。兄貴はちょっとぼーっとしてただけだ。……そうだ、玲。将来、四十歳になっても家に引きこもって無職のままなんてことにはなるなよ。兄貴はお前を養ってやらないからな」
俺は好きなように俺をぽかぽかと叩かせながら、そんなことを考えつつ、玲に釘を刺しておいた。
「仕事? そんなの心配いらないよ。私、議員だもん。これからもずっと議員を続けるつもりだから」
彼女は、まったく発育していない平らな胸を張って、誇らしげにそう言った。
確かに、玲の言っていることにも一理ある。
この先も選挙のたびに当選し続ければ、仕事に困る心配なんてない……ってことなのか?
「そんな先のことは、まず今の任期をちゃんと終えてから考えろよ」
俺は容赦なく水を差した。




