第十四章 アッシュール・アシュラ・アッシューラ
大豪傑アッシュールとアンニュイ、ジョルジュとが相見える
眩いばかりに美々しい戦士がいた。
彼女の名はアッシュール・アシュラ・アッシューラ。
生まれながらの超人であった。
南大陸の中央にある広大な、大草原&大沙漠地帯の騎馬民族やベドウィンなど猛者が多い地域を駈け廻る遊牧騎馬民族アカーメネッシュの族長の娘であった。 金粉を帯びたような褐色の滑らかな皮膚はきめが細やかで、シルクのように艶々となめらか。
その全体に、ぎらぎらした黄金の曼陀羅の刺青が彫ってあって、金泥のごとく濃い。
その身の丈は4.47キュビット(約2メートル。1キュビットは44.8センチメートル)。
体軀に相応しく豪放磊落、十一歳の頃には既に四キュビット近い身の丈で、怪力、豪快、剛猛さは早くも周辺地域に鳴り響いていた。
現在、二十七歳、しかし、見た眼は十代の頃と全く変わっていない。生まれながらに神に愛されたアッシュールは十七歳以降、歳を取らないかのようであった。美と強さ。輝かんばかりの生命の謳歌である。
その上、何もかもが弩級に派手であった。
頬や眼窩、額などに彫られた刺青は同じく金でありながらも、細く繊細で、糸のような金線が精緻細密に繁縟で複雑な文様を描く。
彼女の神的な崇高さを莊嚴していた。
眸は金色、輪郭が濃くはっきり縁取りされたウジャトのような眼、蝶々の羽ばたきのように上下するような長い睫毛は時に双眸を翳し、くっきりした太いキャラメル色の眉とさほど離れていない。
双眸はモルフォ蝶の羽根が青く反射するように強烈に、ぎらぎらとしている。いつも強く睜かれ、眼尻が長く牽き延ばされ切り込んでいた。獅子の眼差し。
中央に高い鼻梁を聳やかし、若鷲のようだった。顎は古典ギリシャの大理石の彫刻のようだ。
豊穣なる明るいカフェラテ色の髪は、蜂蜜のような黄金のラメの霧を帯びて大きくカールし、あふれんばかりに盛り上がって、長く背中を覆う。全てが燦々とし、光輝に満ちていた。金剛石のように。
金の鎖で鼻翼に通した金のリングと瓔珞のように垂れ下がるピアスとを繋ぐノーズティカをしている。
黄金のチェーンで金鎖の頭冠輪と繋がり、耳朶には長く垂らした耳飾り、首飾りはいくつもの宝飾で幾重にもなっていた。
贅肉のない筋骨隆々たる精悍な肉体は、見るからにしなやかそうな、強靭さを持ち、強く濃い褐色のなめらかな皮膚に被われ、太陽のような生命力を迸らせていた。火口奔る生命の滾々と湧き上がる。
鎧はクリムゾン(濃く晰かな赤で、青みを少し含み、やや紫がかった色。ケルメス属のカイガラムシから作られる染料の色)、オレイカルコス※製で、軽くて柔軟、鏡面のように艶光りする表面の硬度は高く、まったく傷つかない。靭度も強く、衝撃への耐性も高い。まさしく強靭であった。※オレイカルコスはこの世界では最も軽量で強靭な金属である。
右腕の肘から手首までの部分に小型の楯をベルトで留め、彫りの入った大剣を持ち、左手で海神ポセイドンのような、或いはシヴァ神のトリシューラのような『三叉屰』(又は、三叉戟。穂の三つある戟)を持つ。
鎧兜は黄金色に燦然たるオリハルコン製で、楯には龍神の紋が浮き彫られ、ルビーの双眸で敵を睨む。
脛当ては眩く、精緻な神獣の浮彫に満ち満ちていた。
百キロ近い大剛剣を小枝のように振い、半神半人の古代英雄のごとく強く、数百の豪傑たちをたちまち薙ぎ斃す。
彼女が十四歳のとき、父は結婚相手を決めた。
強大化巨大化しつつあった、范族の若き王、羅范、十七歳である。
彼もまた范族の族長の息子であったが、彼が五歳の頃、一族は狂族に滅ぼされ、彼は孤児となった。
だが、その後もたった独りで生き残る。
尋常ならざる膂力で狼の群れを殺して喰らい、生き延びたのである。
七歳のとき、狂族の族長に一対一の戦いを挑み、苦笑嘲笑を背に、誰もが羅范が殺されるものと思って、見る中、体格さをものともせず、豪傑である狂族の族長、魁を殴り殺した。
掟によって、狂族の族長となったが、納得しない元族長の配下や親族が羅范を殺そうとしたが、動物以上の直感力を持つ彼は、事前に暗殺計画を全て察知し、全員を素手で殺した。
当時既に砂漠の遊牧騎馬民族を統合しつつあった新興勢力の長で、未だ十七歳とは言え、数年後には全騎馬民族を史上初めて統一し、膂力皇帝と称された人物であった。
そのように称されたのも、その魁偉、身長11.1キュビット(5メートル)、筋骨隆々で二十数トンの大岩も軽々持ち上げる怪力、眼に止まらぬ速さ、敵の動きを読む眼力、直感力、下記の匂いを嗅ぐ察知力、技の巧み、ほとんど神にも近い異能、超絶の剛腕一つで、すなわち、個人の物理的力だけで皇帝になった男である。数千の兵もものともしなかった。
アッシュールは玉の輿を喪ったと言えるが、そんなことなど、これっぽっちも想わなかった。何ら価値のないことだと考えている。自由であることが尊かった。打算的な考えを浅ましいと思うタチであった。
結局、断っても父が聞き入れないと知ると、考えもなく、いとも簡単に出奔した。
そして、戦場を駈け廻り、傭兵として大いに稼ぎ、豪奢に暮らした。
戦場を駈け廻る彼女の軍馬は神獣である龍馬である。
龍と馬との間に生まれ、龍の種類、馬の種類によってさまざまなバリエーションがあるが、いずれのタイプもいかなる状況・条件にも関わらず、一日で千里から七千里を走った。個体差がかなり大きい。
アッシュールの龍馬は一日七千里(28,000キロメートル)を翔走した。
矢が雨霰と降り注ぐ。だが、それらはすべてアッシュールの遙か後方に落ちた。速過ぎて捉え切れないのだ。
「しゃあーっ」
怪鳥のような叫びととともに、大剛剣を振るって、高さ十メートル厚さ三十センチメートルの鉄の扉を斬り裂く。裂けるときの音が凄まじい。
まるで落雷だ。
一気に突破すると、眼に止まらぬ速さ。城内は殺戮によって血の海と成り果てる。籠城していた千の兵士は数名しか生き残れなかった。
「安心しろ、私はアッシュール、この名は聞いていよう。手向かわなければ、非戦闘員は殺さぬ」
だが、そのとき、アッシュールは四階建ての石葺の急傾斜の屋根の上に、夕陽を浴びて龍馬に乗った誰かがこっちを見ていることに気がつく。
「何者」
一気に龍馬で駈け上がり、屋根の石葺を龍爪で踏み割って立った。
その人物は腕を組んでいる。アッシュールを待っていたかのふうであった。
言う、
「見事な腕前だな、アッシュール」
アッシュールは長身の相手の上から下まで睨めつけた。
長身とは言っても、アッシュールよりは十センチメートルほど低いが。
清楚、と言うよりは質実剛健で、アッシュールのような派手さはなかったが、美々しい女性騎士である。初見であっても、見紛うはずもなかった。
「貴様はジョルジュ・サンディーニ」
「お見込みのとおりだ。お初にお眼に懸かる」
「ふ、何用だ。なぜ、ここにいる? どちらが強いか決めるためか?」
「ふ。いったい、何のために、そんな面倒をしなくちゃならない? するはずもない。
答が既にわかっているのに」
「大層な自信だ。自惚れはいかな武人の身をも滅ぼすと知らぬらしい」
「お前もな」
「いいぞ、貴様から打って來い」
「そうか、まあいい。お試しだ。そう言えば、私もかつてそういうふうにやられたことがあった。折角の言葉。遠慮はすまい。では」
音よりも速い『銀月の剣』の一撃を、
「ふぬっ」
と、際疾く剣で受けたアッシュール。
受けたそのまま流れで円を描くように体を捌き、大剛剣を掴んだ腕を一直線に伸ばして突く。
ジョルジュはさらりと躱し、
「ふむ、なるほど」
などと言う餘裕を見せた。
瞬時も置かず、アッシュールの剣がジョルジュに迫る。
「ふふ」
後ろに飛んで躱しながら、ジョルジュは『銀月の剣』を振るい、
「銀月よ」
そう咒すると、光の弧がアッシュールを襲う。
「ふっ」と鼻を鳴らしてノーズティカを揺らし、剣で空間を牽き裂くように、「裂っ」と叫ぶ。
『銀月の剣』の光の円弧が破れ砕けて裂け散り墜ちた。
その衝撃で石葺の屋根が崩れ、建物ごと崩壊し始める。
二人とも龍馬で、ひらりと宙に飛んで、別々の建物の屋根の上に着地した。
その両者に声を掛ける者がいる。
「貴殿ら、そのくらいにしたまえ。街を壊す気か」
声の方を振り向く。ジョルジュが苦笑し、
「アンニュイ」
アッシュールもすぐにわかった。
「ふん、そちらがジャン・マータか。なるほど、たった二人で傭兵隊を始めたという噂は本當らしいな」
「知っているなら、話も早い」
「まさかと思うが、これは勧誘ではないだろうな?」
「まあ、そのようなものだ」
さらりとジョルジュが応える。
「手荒な勧誘だな。もっとも、優しくされても〝うん〟とは言わぬが」
「そう思ったよ、じゃあな」
ジョルジュが言って背を向け、去り逝こうとし、アッシュールも背を向けるも、再びアンニュイが止め、
「待て、それでもよいが、まあ、話を聞きたまえ。武を極め、大道を興すは、さぶらい(侍)の務め」
「何を今さら、そのようなことを。正道を説くことができる身か、我ら傭兵の分際で」
「傭兵であろうが、聖騎士であろうが、大道を為すは人の務め」
「倫理・道徳の講義か? 私はまったく興味がない。倫理なきと言われようとも、意に介さぬ。義勇兵や聖騎士など、眞っ平御免だ」
「義兵や聖騎士などのつもりはない。そのようなものでは儲からぬ」
「ほう、急に俗っぽくなったな」
「それを俗っぽいなどと言う紋切り型、杓子定規、形骸的思考こそ眞の戦士にあるまじき」
「変わった奴だ。儲かるとか儲からぬとかいう話が俗であるという考えに異論を唱えるなど、お前くらいなものだ。
くだらぬ議論。さて、もういいか? 私も暇じゃない」
「義は尊いが、義勇兵は眞を求道するとは言えぬ。世俗の大義に縛られる。超越的ではない。世俗の倫理に縛られては、眞へ至ることはかなわぬ。神のために」
「ほう、ならば、獣欲の傭兵はよいと言うか。笑止」
「傭兵が皆、貪欲とは限るまい、多くはそうだとしても。私が知る限り、貴殿はそうではあるまい。どんなことも心掛け次第だ。かたちではない」
「ふふ。世辞で落とす気か? 卑劣で浅はかな。さらに笑止」
「貴殿同様、我らもなみの傭兵たらんとする気は毛頭ない。
眞を求道し、大義を尽くす」
「どうやって」
「死中に活を求め、存在の眞を極め、その求道の究竟として大敵を斃すという大義を全うする」
「大敵か。ふ、大敵とは神聖イ・シルヴィヱ帝国か」
「それもある。永遠の時の間には無限に敵があらわれる。湧くように、次から次へとだ。永遠に闘う、永遠の生命を以って」
「それなら、面白い話を聞いたことがある。
いらふの名は聞いたことがあるな?」
「むろんだ、ペパーミント・グリーンの双眸を持つ東洋人、死に神にも等しい暗殺者だ。
かつては大華嚴龍國(龍梁劉禪)の特殊部隊『非』の外人部隊にいたが、退任後に暗殺される外人部隊の運命に抗い、史上唯一生き残っている『非』の外人部隊退任者だ。
その腕前は、尋常ならざる暗殺者の追撃を躱すうちに、さらに上がって、もはや人間の域ではないと聞く。
しかも、その技、流儀というべきか、それが依然として未知であるということだ。
それを最も畏れるべきであろう。
決して、噂だけではない。噂ばかり大きくて実はさほどでも、ということはよくあるが、彼女に限っては、残念ながらそうではない。
いらふがやったという確たる証拠はないが、顕かにそうであろうと思われる数々の痕跡があるからだ」
「そうか。さすがに詳しいな。
最近、いらふが龍馬に跨って、私を訪ねてきた。
どうやって私の居場所がわかったかは、遂に言わなかったが」
「ふう、人気者は忙しいな、アッシュール」
ジョルジュが揶揄して言うと、アンニュイは美しく微苦笑し、
「茶化すな、ジョルジュ。
アッシュール、貴殿の話を聞こう」
眼を鋭くし、アッシュールは言う、
「話の内容は、簡単に言えば、情報収集だった。私は知っていることを語った。
私にとっても恨みのある仇敵のことだった。いらふは、その仇敵から史上稀有なる聖剣を守護する話、同道するかと訊いてきたが、断った。
宗旨に合わなくてな。ふふ」
「ふうん、気紛れな奴だな」
ジョルジュが小バカにしたように言うと、アッシュールは尠しムキになって言い返し、
「弱肉強食の修羅場が好きなのだ。強い者が強いことには意味がある。摂理だ。
それはどうでもよい、いらふの奴、最近、レオン・ドラゴ=クラウド連邦のイースと再び会ったという噂がある。恐らくは、今回もイースに依頼されて動いているのであろう。
私はクラウド連邦は好きではない。
聖アカデミアと直結しているからだ。世界に数ある聖都を束ねる総本山、その中枢である聖学園都市アカデミアと直結しているからだ。クラウド連邦はアカデミアの守護者を名乗って憚らない。
ふふ、寺や教会などは、私の性には合わない」
それを聞いて眉を顰め、アンニュイは、
「そうかもしれぬ。そうかもしれぬが、まあ、貴殿のごとき英雄が杓子定規な」
「杓子定規? また言うか」
「そう、杓子定規だ。
寺や教会は奔放な武闘派と合わぬという考え方は定型的だ。
それはともかく、なるほど、貴殿の仇敵とやらの察しはつく。もし、それが當たりであれば、我らがいずれ闘うべき相手とも一致する。
独りで立ち向かうのは危険だ。あの強さは超弩級だ。数々の英雄が屠られている。あいつにとってはそれが趣味の狩りなのだ。
かつては、どこの国にも属さず、契約も結ばぬのが常で、そもそも人間ではないあいつが今、神聖帝国と手を結んでいるという情報も得ている。
イ・シルヴィヱがまたもや征服を企んでいることは明らかだ。
いらふがクラウド連邦と、ともに動く理由も、それであろう」
「他者の趣味に文句をつける気はない。
私も戦場が生きる意味だ。ふん、ビッグ・ハンティングか。
当然、報酬はあるんだろうな」
「むろんだ」
「いいだろう。
ただし、条件がある。
一段落したら、お前たちと一戦交えるという褒美を得たい。それが貰えるなら、参加しよう」
ジョルジュは微笑した。
「わかった。私も条件を附す。勝負は真剣を使って行う」
「むろんだ、我らにとっては、改めて言うまでもないことであろう」
そう言って、アッシュールは哄笑した。
次回は、ダルジェロの登場




