第91話 選択の余白
街の喧騒が、やけに遠く感じた。
誰も口を開かないまま、路地を抜ける。
足音だけが、妙に響く。
「……離れるぞ」
ガイウスが低く言った。
異論は出ない。
——あの場に、これ以上いられなかった。
⸻
宿に戻る。
扉が閉まった瞬間、ようやく空気が緩んだ。
「……はぁ」
メイラが大きく息を吐く。
「何あれ」
「意味分かんないんだけど」
ライラが壁にもたれたまま言う。
「分かりたくもないわよ」
ガイウスは腕を組み、短く言った。
「あいつは“敵”じゃない」
「もっと厄介だ」
沈黙。
その意味は、全員が理解していた。
セリスは、自分の手を見る。
何もない。
だが——
(……あの時)
確かに、“何か”が起きた。
アルベルトの手を、拒絶した。
空間が、裂けた。
そして——傷を与えた。
(私が……?)
理解が追いつかない。
「……セリス」
メイラの声。
顔を上げる。
「大丈夫?」
短い問い。
セリスは、少し迷ってから答えた。
「……分からない」
「何が起きたのか」
「自分が何なのか」
沈黙。
否定はできない。
ガイウスが言う。
「一つだけ確実なのは」
視線が向く。
「あいつは、お前を“処理対象”として見た」
言葉が、重く落ちる。
処理対象。
人ではない。
選別されるもの。
「……うん」
セリスは小さく頷いた。
「利用か、排除か、って話ね」
ライラが続ける。
「どっちにしてもロクでもない」
「……でも」
セリスは首を振る。
「それを決めるのは、あっちじゃない」
一拍。
「……はずだった」
最後が、少し弱くなる。
メイラが静かに問う。
「揺らいでる?」
セリスは、すぐには答えられない。
観測局。
アルベルト。
どちらも、自分を“分類”した。
神か。
人間か。
悪魔か。
そのどれでもない“何か”。
「……選べるのかな」
ぽつりと落ちる。
ガイウスが即答する。
「選べる」
短く、断定。
「選べなきゃ、お前はもう終わってる」
荒いが、まっすぐな言葉。
セリスは、少しだけ息を吐いた。
「……終わってない、か」
「少なくとも、あいつはそう判断した」
ライラが言う。
「だから“保留”なんでしょ」
その一言で、現実が戻る。
保留。
つまり——
まだ“決まっていない”。
⸻
「……報告」
セリスが口にする。
全員の視線が向く。
「公爵に」
ヴェストファーレン公。
今回の任務の起点。
皇太子との接触も、その命令だった。
「……そうね」
メイラが頷く。
「本来はそれが最優先」
「問題は——中身ね」
沈黙。
セリスは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「……全部、話す必要はある?」
ライラが即答する。
「ないわね」
「むしろ危ない」
ガイウスも頷く。
「内容次第じゃ、お前の扱いが変わる」
その一言で、空気が締まる。
セリスは確認するように言う。
「……例えば?」
メイラが整理するように答えた。
「まず一つ」
指を立てる。
「観測局の評価」
「“神・人間・悪魔の境界にいる”ってやつ」
一拍。
「これをそのまま出したら——」
「あなたは“人間”じゃなくなる」
言葉は静かだったが、意味は重い。
セリスの指先がわずかに強張る。
「……二つ目」
メイラが続ける。
「アルベルトの判断」
「“価値がある”って評価されたこと」
「保留されたこと」
「完成しろって言われたこと」
ライラが肩をすくめる。
「これ出したら、向こうも同じ判断するわよ」
「利用するか、管理するか」
ガイウスが短く言う。
「どっちにしても自由はない」
沈黙。
「……三つ目」
メイラが最後に言う。
「あなたの力」
「さっきの、あれ」
少しだけ言葉を選ぶ。
「空間を切ったような現象」
「アルベルトに傷をつけたこと」
一拍。
「これが一番危険」
セリスの呼吸が、わずかに乱れる。
自覚があるからこそ。
「制御できてない」
「説明もできない」
「再現もできない」
メイラははっきりと言った。
「そんなもの、報告したらどうなると思う?」
答えは、誰も口にしなかった。
だが、分かる。
——管理されるか、排除されるか。
そのどちらかだ。
⸻
長い沈黙。
セリスは、自分の手を見る。
(……これ)
まだ、何なのか分からない。
でも。
(渡したくない)
理由は説明できない。
けれど、はっきりと思う。
「……送る」
顔を上げる。
全員を見る。
「報告はする」
メイラが問う。
「全部?」
セリスは首を振る。
「違う」
はっきりと言う。
「選ぶ」
一拍。
「皇太子との接触は報告する」
「帝都の警戒も」
「でも——」
息を整える。
「観測局の評価はぼかす」
「アルベルトの判断も出さない」
「私の力は——書かない」
沈黙。
その決断は、明確だった。
ライラが小さく笑う。
「いいじゃない」
ガイウスも頷く。
「筋は通ってる」
メイラは少しだけ考えてから言った。
「……分かった」
「文面はこっちで整える」
「曖昧にする部分は調整する」
セリスは頷く。
「お願い」
⸻
「送るタイミングは?」
ガイウスが問う。
セリスは即答した。
「今夜」
「帝都を離れたことも含めて、すぐに送る」
判断は早い。
迷いは、もうない。
⸻
火が、小さく揺れる。
セリスはその光を見つめる。
(選んだ)
何を見せて、何を隠すか。
誰に委ねて、どこまで握るか。
それを、自分で決めた。
遠くで、かすかに鐘の音が鳴る。
帝都の方向からだ。
そのどこかに、あの男はいる。
(……次に会う時)
アルベルトの言葉がよぎる。
「完成していろ」
セリスは、ゆっくりと目を閉じる。
そして——小さく呟いた。
「それも、私が決める」
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




