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アフターテイルズEP2:遁走赤ずきん  作者: 羽野ゆず
EP2:遁走赤ずきん
18/18

現実02→童話01―またまた転移

 市民係に配置されて三年。

 これまでに色々なお客さんを見てきた。「市長を出せーっ!」とわめきながら殴りこんできた人や、生活保護の申請が通らず泣きわめく人、謎の爆破予告を残されたり(これは警察署に通報しました)。

 騒動のたび職員が右往左往して対応するのけど、そういった場に亜蘭くんが居たことが、私にとっては意外だった。

 

 庁舎から歩いて行ける場所にフレンチレストランがある。

 洒落た外観と内装で、女性とカップルに人気がある店だ。地元産野菜にこだわったメニューはどれも本格的で創意に富んでいる。


「ねえ、先日さ」


 本日のコースは、アンチョビのバーニャカウダー、アボカドとチーズがのったカナッペ、小鍋で湯気を立てている南瓜のポタージュ。

 トマトのゼリー寄せを食べた亜蘭くんは、ちょっと微妙な顔をして、


「先日?」

「ほら、親子っぽい女性二人が怒ってたじゃない。教育委員長に伝えておけ、とか怒鳴ってさ」


 ああ、と彼はさりげなく視線をそらした。

 午後七時を過ぎたレストランは、会話と食事をゆっくり楽しむのに程良く混んでいる。


 テンパりが代名詞の私と違って(これはこれで情けないけども)、亜蘭君がテンパるところなんて見たことがない。

 そもそも私が彼に惹かれた理由もこれだったように思う。

 新卒採用されて入庁当初は意気込んでいたものの徐々にペースダウンしていった私や前園と違い、彼は最初から気負っていなかった。かといって、意気消沈している様子もなく、ただ正確に誠実に職務をまっとうしていた。一貫してフラットだった。 

 誰が仕事ができるorできない、はデリケートな話題だから皆あまり口にしないけど、先輩たちからは明らかに“出来る人材”として扱われていた。

 だから、ああいう修羅場(、、、)に当事者でいたことに驚いてしまったのだ。動揺した、という方が正しいかも。


「なにかの苦情?」

「まあ、うん」


 応じる亜蘭君の口は重い。

 二人でいるときは基本的に仕事の話はしない。私たちが付き合い始めたころに設けたルールである。

 だから三日間は我慢した。が、彼が受けたという苦情の内容を私はどうしても知りたかった。


「僕、スクールバスの担当なんだけどさ」

「うんうん」


 ふわり市はスクールバスの運行を運送業者に委託している。

 委託というのは簡単に説明するなら、「あなたにお任せするね」と市が専門業者に仕事を託すこと。具体的な業務内容は委託元の市が決定する。

 亜蘭くんが行っているのは、どの学校にどの生徒をどのようなルートで乗下車させるか。ようするに配車だ。誰を乗せるか、の決定権も教育委員会にある。

 シャンパングラスをゆっくり傾けながら、亜蘭君は気だるげな口調で話す。


「相談に来たのは、小学三年生の児童をもつお母さんとお祖母さんで」

「やっぱり親子だったのね」

「その児童は、通学距離的にはスクールバス利用の対象じゃないんだけど。両親が共働きで帰りが遅いのに、放課後児童クラブは18時までしか預かってくれない。お祖母さんは在宅しているけど、自動車の運転ができない。だから児童クラブから家までスクールバスで帰りだけでも送ってくれないか、って」

「ふうん……18時か。小学三年生がひとりで出歩くのには、ちょっと遅い時間だね。冬は真っ暗になる時間帯だし」

「とりあえず回答は保留させてもらっているけど、対応するのは難しいと思う」

「ルート的な問題?」

「いや。部活終わりの中学生を送る最終便に乗ってもらえば、ルート的には問題ない」

「じゃあ、どうして?」


 事務局側は彼女たちの要望に対して難色を示したのだろう。だってあれだけ怒っていたもん。

 彼女たちの味方をするわけじゃないけど、ルート的には問題ないのに、なぜ?

 

「対応できるのに、助けてあげないの……?」

 

 そのとき、亜蘭くんは今まで私が見たことのない、悲しげで寂しそうな顔をした。

 


「――公ちゃん」


 行儀悪くフォークでついていた紫野菜のババロアを指される。


「二人の時は仕事の話はしない約束でしょ」

「……うん」


 そのとおりです。けど――。

 ふわり君襲撃事件も、あれだけ騒ぎだったのに、彼は無闇に探ろうとしなかった。大変だったね、って優しく一言だけ。きっと、私が自分から話すタイミングを待ってくれているのだろう。


「ごめんね、亜蘭君。飲もう」


 カチッとグラスを合わせる。幸い明日は祭日だ。

 幸い残業もなく、暦どおりに休める素晴らしさ。勢いづいてシャンパンを飲み干すと、忍び笑いをした亜蘭君が追加で注いでくれる。そのまま彼は自分のグラスにもシャンパンを注ぎ足した。

 いつもは酔わないよう慎重に飲んでいるのに、めずらしくペースが早い。

 酔いつぶれないようしっかりしなきゃ。

 決意したのに、先にダウンしてしまったのはやっぱり私の方だったみたい。




 ひかえめな雨音で、目が覚めた。

 亜蘭くんのベッドだ……。あのまま彼のアパートに泊めてもらったのだ。


「いけない。家に電話」

「着信があったから出ておいたよ。あとで送り届けるからって、伝えておいた」

「……ありがと」


 亜蘭君はもう普段着に着替えていて、ベッドの脇であぐらをかいていた。

 どうやら瞑想中らしい。彼いわく瞑想は、思考力や記憶力を伸ばすのに最適なのだという。老化を遅らせたり、若返り効果?もあるらしい。良いことづくめだからやった方がいいよ、と薦められたけど継続できていない私。

 今もこうして布団のなかで、彼が瞑想している姿を眺めているだけだしね。


「そういえば、マリア課長の妙な噂をきいたよ」

「ん?」

「僕たちが入庁する数年前に、部下の若い女性が行方不明になったんだって。職務中に消えたから失踪したってことになっているらしいけど」


 マリア課長の部下が失踪? そんな話、初めて聞いた。

 職務中に消えたなんて、どういうシチュエーションだったんだろう。市民係の先輩の前田さん辺りに聞いてみようか。


 ふーっ、ふーっと。

 亜蘭君が規則正しい呼吸をしずかに繰り返している。呼吸音を聞いているうちに、私はまた眠くなってきた。起きたばかりのくせに。


「あ、それと。玄関に、十字架のペンダントが落ちてたから、公ちゃんの鞄に入れておいたよ。でもたしかあのペンダント、交番に届けたんじゃなかったっけ」

「……」


 十字架(クロス)のペンダント。

 なんで? 勉強机の引き出しに鍵をかけて厳重にしまってきたのに。マジでやばくない? やばいっしょ。セフィーレスさんのことも含めて、心配をかけるのは嫌だから亜蘭君には黙っていたのに。

 そうだ、お祓いどうしよう……だめ、眠くて頭が働かない。んー……。


 二度寝、最高!





 背中に冷たい感触がした。

 ツルツルとしている。

 ん?


 ばさり、と何かが落ちた気配。

 事務員なら誰もが馴染みのある、紙の束が床に落ちた音だ。よくやっちゃうんだよね、私。特に予算作成時期で忙しいとき、デスクの上が資料でいっぱいになって……。


「っ!!!」


 続いて、誰かの息をのむ気配。

 花っぽい模様が描かれた天井から視線を移す。全体的に落ち着いた色調。デスクと椅子と……まさに事務室のよう。

 ていうか、いま私がいるの机の上じゃん!

 アンティーク調の机から慌てて降りたところで、目が合った(、、、、、)

 

「キミチャン……」


 独特のイントネーション。

 そこに、亜蘭君がいた。違う、これはアラン王子だ。今度ははっきりとわかった。

 王子はきりっとした瞳を大きく見開いている。

 頭の先からつま先まで、ぞわぞわっとした感覚が走っていった。


 これはもしかして、また(、、)……? またなの?


「うわっ、ぎゃあっ!」


 だいぶ遅れて、私は下着姿であることに気づいて悲鳴をあげた。


 また来ちゃったんだ。こっち(、、、)に!!

 ていうか――私の恰好(、、)

 必死に身体を覆い、涙目になって情けないうめきを漏らす。


 最初がスウェットで、次が下着って。スパルタすぎるでしょ!

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