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0-2話 深海都市《アビス》へ

ひたすらに、ただひたすらに、海中を泳ぎ続けるスイちゃんにしがみつき続け、息を吸うためにスイちゃんと唇を重ねる。


時々瞼を開くと、暗い海の中で、見えるものは何もない。

海面の光ももはや見えず、光が届かないほどに深いらしい。


水の冷たさも水圧もあまり感じず、海面近くとあまり変わりはなかったのはずっと疑問だったが、スイちゃんの深海泳ぎ自体が説明不可能な不思議現象なので、もはや受け入れるしかないと考えていた。


(きっとスイちゃんのおかげなのだろう)

俺はただスイちゃんに身を委ねるしかないのだ。


依存と深海の闇は、人の(=俺の)心に恐怖心を生む。


(もしここでスイちゃんを失ったら、どうなってしまうのか)


その答えは明白だ。


恐怖心から思わずスイちゃんの胸に顔を埋める。

体を少し下にずらして彼女の胸の谷間に顔を埋めたときに、スイちゃんの体がピクッと反応したのが分かった。


嫌がられるかな、と思った。

(しまった! スイちゃんに拒絶されたら・・・。手を離されたら・・・)

逆に恐怖心が募る。


しかし、押し退けられたり、抵抗されることはなかった


むしろスイちゃんのほうが、離すまいとしてグイグイと力を加えてきた。

でも痛くはない。顔には柔らかい胸が当たり、どこまでも沈む深さがあった。


(受け入れてくれた)

柔らかく、暖かく、トクンットクンッと鳴る鼓動に安心する。


スイちゃんの、大きくて柔らかい、けれど張りがある乳房。

気がつけば恐怖心は消え、いつまでもこうしていたいとさえ思えた。




 ***



どれくらいの時間が経ったのだろう。

半分眠ったような心地の中でスイちゃんの胸と唇を往復し続けていたが、

やがてスイちゃんの泳ぎ方に変化があった。


ひたすらに距離を稼ぐ泳ぎ方ではなく、速度を落とし、到着の準備を始めたようだ。

目的地を見つけたのは明らかだった。


俺はぼんやりとスイちゃんの胸から顔を上げて、薄目を開ける。


暗い海の底に、明るく輝く街が見えた。


大きな泡のドームの中に、何千という建物が立ち並び、高層ビルや高速道路のような物まで見える。

暗い海の中に輝く街は、山の上から眺める街の夜景のようだった。


スイちゃんはその泡のてっぺんの、真ん中らへんにある空港のターミナルのような建物に入るようだ。


何も知らない俺が〈空港のターミナルのような〉と表現したのは、その建物から何艇もの潜水艇が出てきていたからだ。

潜水艇は、ジャンボフェリーのように大きな物から小舟のように小さな物まで多数あり、四方に飛んで、いや海底を進んでいく。

俺とスイちゃんとすれ違う艇もある。


ターミナルから下方の街に向かって、数本の大きな道が伸びていて、その道は明るく照らされている。

人の出入りが多いようだ。海側と同様に潜水艇が行き来していて、それが「水の道」であることが分かった。


人(?)が単体で通れる出入り口もあるようだ。人々(?)は巨大な泡の外周に出て、近くで何か漁や養殖をしているように見える。

スイちゃんはその出入り口に向かって泳いでいる。


その「人」というのは、人間と区別のつかない者も居れば、明らかに人ではない、ヒレや水かきのある半魚人も多数いる。

みな、酸素ボンベなどは身につけていない。

いったいどういう仕組みなのか、スイちゃんと同じように自由に海底を泳げるようだ。


あらゆる物に目を奪われていた俺は、スイちゃんと最後の一呼吸を交わして、ターミナルへと入っていった。



 ***




巨大泡の上にあるターミナルは横に少し出っ張っていて、その出っ張りの下側に出入り口がある。

下から上へ入ると、しばらくして水から顔が出た感覚がして、室内プールのような場所に出た。


「ぷは!っはぁ、っはぁ、っはぁ」


海水の中の長く暗い旅を終えて、

海面から顔を出して、

俺は依然スイちゃんにしがみついている。

「着いた?」

「はい。アビスです」

そう言うスイちゃんの笑顔には、ホームタウンに帰ってきた安堵感があるようだ。

水に濡れた髪がおでこに張り付いている。


「ありがとう」

「何がです?」


彼女のキョトンとした目ではなく、その唇に目がいってしまう。

ずっと吸い続けた唇が名残惜しい。


(最後にもう一度だけ・・・。いや無理だ。理由がない)


諦めた。


思わず抱きしめる腕に力が入る。


「行きましょう」



プールの端。浅瀬になった場所から上がるらしい。

陸地に上がる頃にはスイちゃんと体が離れてしまったが、手は引いてくれている。


水から出ると、スイちゃんの体から海水が滴り落ちる。

服は体に張り付いて、そのラインがはっきりと分かる。

安産型のお尻。腰のくびれ。大きな胸。


歩くたびにその胸が揺れ、そのたびにその柔らかさを思い出してしまう。


(最後にもう一度だけ・・・。いや無理だ。理由がない)


諦めた。


思わず握る手に力が入る。





 ***


ターミナルからはタクシーに乗った。タクシーとは車ではなく、小型の潜水艇だ。

運転手は半魚人で、魚っぽい顔をしている。

水の道を通って、巨大泡のドームの中へ入ると、その先にはまたいくつもの大きな泡があるのだった。

大きな泡の一つ一つの中に何百もの建物がある。


何もかもが驚きであり、同時に、その何もかもを素直に受け入れることができた。

スイちゃんの深海泳ぎの時点ですでに、何もかもを受け入れる気持ちになっていたから。


「すごいね。海底にこんな大都市があるなんて」

「リタン国の首都ですからね」

「泡の一つ一つが町になってる」

「それぞれのドームに役割があるんですよ。住宅街や商業特区、工場地区、農場、兵舎」


兵舎があるのか。

王国と言っていたから、軍があって当然だろう。


「僕らはどこへ行くの?」

「王宮です」


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