File.38 普通メイド
File.38 普通メイド
「――――――す、好きだ! 付き合ってくれ!」
「えっ!?」
魔王にさらわれてしまったお姫様を、孤軍奮闘の活躍で助けに行かれた勇者様。
魔王を倒しつつ、あちこちで勇者としての活動を行って、エルフの村や人魚の国など人種の差別を越えて愛される、全ての者達から愛し愛された勇者様。
そんな勇者様が求婚したのは魔王にさらわれてしまって助け出された姫でも、エルフの威信をかけて一緒に戦った狩人でもなく、魔法学園で優等生として現れた幼馴染の魔女でもなくて――――国王様に仕えるただのメイドにしか過ぎない私、ヒメルダでした。
☆
城下町の酒場。
――――私は幼馴染の魔法剣士、シェリーと一緒に酒を囲んでいた。
「で、件の勇者様に求婚されたメイドはこんな所で、私なんかと酒を飲んでて良いんですか?」
「良いのよー。シェリーと飲む酒が一番気持ち良いし」
そう言って、私は酒を一杯飲む。うん、とっても美味しい。
「でもヒメルダ。勇者様に自ら求婚されたんだから、嬉しいとか言う気持ちないの? あの人、別にブサイクとか性格美人とかではなく、本当の意味で心身共にイケメンだったはずよ」
「それは……嬉しい」
「だったら、受けておいた方が良いんでは?」
シェリーの言う通り、求婚を受けるのも手だと思う。あの人自身には別に求婚を断るような要素は無いし、国に仕えているメイドとは言ってもそこは普通に女の子。結婚願望が無いと言う訳ではないですが。
「けど、周りが……」
「あぁ、周囲が許さないパターンね。確かに今のヒメルダの状況はそれに近いわ」
国の宝石姫とまで呼ばれたサファイア姫。
全てを狙い落す弓の名手、エルフのシンシア。
魔法の神童にして神の頂に到達した魔導師グレイ。
3人とも勇者の事が大好きな女達であり、その美貌と技量は折り紙つき。この3人が今はトップ争いで勇者の妻の座を狙っているでしょうが、この3人が揃って身を引いたとしてもその後も多くの者達がその座を狙ってやってくる。
「私がそこに収まるのは、遠い先と言う話。そもそも私、勇者様と会話した事なんてほとんどありませんので」
「ほとんどね。その間に仲良くなったと言う可能性は?」
シェリーに言われて思い出す私。
(そう言えば、顔と髪が今まで見た事がないくらい綺麗だと、初めて会った時に言われたような気がする)
顔に関してはさほど醜い訳では無くて、どちらかと言うと美しい部類に入るだろうがそれでも、あの3人に比べたら全然だと思う。普通である。
けれども、髪の事を褒めてくれたのは彼が初めてだったかも知れない。
「この赤い髪を褒めるなんて、ね。ただの赤毛なのに」
「あぁ……そう言えば、勇者って赤が好きだったわよね」
「えぇ。赤が好きですよ、あの勇者様は」
勇者様は赤ければ、赤いほど好きと言う方で。
マントや鎧を赤く染めるのに飽きたらず、伝説の黄金の剣まで真っ赤にしてしまったと言う逸話から、別名『赤の勇者』とまで呼ばれるくらい赤が好きだった。好きだったとは思うけれども、
「髪が好きな赤だからって、求婚するバカはいないわよねー」
「ですわよねー」
私とシェリーは笑いながら、2人で酒を飲む。
「そう言えば、その3人の髪の色は?」
「確か、全員赤ではなかったはず……」
私の記憶が正しければ、サファイア姫の髪は金色、シンシア様の髪は緑色、そしてグレイ様の髪は黒色だったはず。全員赤では無く、私の髪は勇者様の好きな赤い色。
「「…………」」
ぐ、偶然でしょう。
例え王様が赤いメイドドレスを私に着せたり、苦に一番赤い唇と赤い髪の持ち主だとしても、
(好きな色だからって結婚を申し込みます、普通?)
それが本当に勇者が私に結婚を決めた理由だと知るのは、その翌日のお話。




