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あなたに微笑む  作者: 朝里 樹
第二章 旧友たち
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第二章 旧友たち (2)

 それからは、適当に時間を潰して過ごした。約束の時間に近づくと、僕は電車に乗って、待ち合わせ場所へ向かった。

 電車を降り、改札を出る。居酒屋は駅のすぐ側だ。時間は六時十五分前、彼らはもう来ているだろうか。

 駅から少し歩くと、『四季』という名の看板が見えてくる。それが僕の目的の店だ。その看板の前に、見慣れた三つの人影があった。僕を見つけて手を振ってくる彼らを見て、僕は自然に微笑んだ。そんな風に笑ったのは、何週間かぶりのように思える。


「久しぶりだな~穗村」

「ああ大隅も」

 最初に声をかけてきたのは大隅健(おおすみけん)だった。少々大柄な体型に、人のよさそうな顔、短く刈った髪と、その姿は僕の記憶のなかの彼の姿とほとんど変わらない。ただ少し老けた感じはする。

「ほんと久々ね。元気してた?」

「おかげさまで」

 大隅の隣に立つ、ショートカットの女性の名は秋野恵美(あきのめぐみ)。いや、去年結婚したから苗字は富永(とみなが)に変わったのか。一年たった今でも富永恵美という名前には違和感がある。みんなそうなのか、彼女はもっぱら現在も「秋野」と呼ばれている。目が大きく、それなりに愛らしい顔をしているのだが、男勝りでキツイ性格が災いして学生時代は色恋沙汰には縁がなかった。そんな彼女も結婚したというのから、時の流れは早いものだ。

「顔色が少し悪いね、大丈夫かい?」

「相変わらずだね中津川」

 会うなり僕の体調を気にしてきた眼鏡の彼は中津川優斗(なかつがわ)。一浪して医学部に入った彼はこの中で唯一まだ学生だ。細身で小柄なのも昔のまま。今日は忙しいなかを来てくれたのだろうと思うと、少し彼に申し分け無くなる。


「いらっしゃいませ」

 『四季』と書かれた暖簾(のれん)(くぐ)ると、すぐに若い女性店員が僕らを出迎えた。この店はあまり大きくは無いが、安く美味しいご飯が食べられるとそれなりに有名で、混む時間帯だと予約していなければ入れないこともある。

「予約していた大隅です」

 大隅が店員に言った。彼女はその名前を確認すると、僕らを奥の小部屋へと案内する。通されたのは畳の和室で、低いテーブルの周りに、左右二つずつ座布団が並べられた部屋だった。ちょうど四人用らしい。

「ではごゆっくり」

 店員はそう言い、厨房の方へ戻って行った。僕は靴を脱ぐと入り口から見て壁側の座布団に腰を下ろした。その隣に中津川、向かいに大隅、そして斜め前に秋野が座った。

「やっぱたまに集まるのもいいよな~、穗村。仕事はうまくいってるか?」

「うん、ぼちぼちだね」

 大隅の問いに僕は曖昧な返事を返す。大隅は昔から僕らのリーダー格で、大きな体に似合わず細かなことに気を配るのが得意だった。何か大きなことをするときはいつも彼が中心で、みんなを引っ張っていた。そのためか、僕が社会に出てから僕のことを親のように心配してくれるところがある。それに彼は高校を卒業してすぐ働き始めたため、多少の先輩意識があるのかもしれない。

「会っていきなり仕事の話はやめましょうよ。とりあえず何か飲もう。みんな何がいい?」

 そう言うのは紅一点の秋野。彼女は彼女で世話焼きな部分がある。僕は彼女の言葉に少し救われた気がした。仕事の話はしたくなかった。もし本当のことを言えば彼らは心配するだろうし、かといってこの三人に嘘をつくのは嫌だった。それなら最良の選択は何も話さないことだ。僕はメニューを広げ、飲み物の欄を見ながら秋野に「じゃあ桃のチューハイで」と言った。

「俺はビールね」

「僕はアップルジュースで」

 大隅、中津川が後に続けて言う。僕はあまり酒自体が好きではなく、甘く、アルコールの少ない酒ばを飲むだけで十分だった。酒に弱いせいもある。逆に大隅と秋野はビールを盛大に飲むことを好み、特に秋野は酒に強い。また中津川は全く酒が飲めない。こういう風に自由な注文ができるのも、仕事の関係ではなく気ごころが知れた仲だからだ。

「相変わらず統一感のない連中ね~。まあいいや、押すわよ」

 秋野はそういうと、店員を呼ぶためのブザーボタンを押した。すぐに店員がやってくる。

「ビールの大が二つに桃チューハイ一つ、あとアップルジュース一つで」

「ご注文は以上ですか?」

「はい」

「かしこまりました」

 店員は注文を書き取ると、部屋から退出した。僕らはその飲み物が来るまでに、注文する食べ物を選び始める。

「私これ食べたい」

「餃子?お前口臭くなるぞ」

「うるさいわね」

 メニューの一口餃子を指差した秋野に大隅が突っ込んだ。この二人の関係は昔から変わらない。最初はふざけているのだが、だんだん二人とも本気になって、喧嘩になる。それを止めるのは僕や中津川、そして里奈の役目だった。

 中津川が間に割って入った。

「まあまあ二人とも。僕はとりあえず焼き鳥かな。塩で。穗村は何がいい?」

「フライドポテト」

「腹いっぱいになるだろう」

 大隅の突っ込みがはいる。懐かしいその感覚に思わず笑みがこぼれる。

「いいじゃないか、お腹減ってるんだよ」

「はいはいあんたたちそこまで。後は私が適当に頼むから」

 秋野が言った。リーダーが大隅なら、親分は秋野といったところか。誰も彼女の言うことには逆らえない。みんなのまとめ役だ。そして頭の良かった中津川は頭脳役。考えるのは彼に任せるのが一番だった。もっとも良い答えを導いてくれるのは彼だったから。僕らは五人で自然に自分の役割を認識し、動いていた。五人でいて初めて僕らは完璧だった。でも今はみんな離れ離れだ。そして一つの大事な一角が失われている。それにはみんな気付いているだろう。僕らはもう完全にはなれない。どんなに僕らが頑張ろうともその一角を補うことはできないからだ。でも彼らはそれを乗り越えた。完全でなくても生きていけるように自分自身を変えた。僕だけそれが、できないでいる。

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