第四章 いつか見た世界 (5)
「昔はよく二人で桜を見に行ったよね。正くん、覚えてる?」
「幼稚園から小学生ぐらいのときだっけ?」
僕が言うと、里奈は嬉しそうな顔をして、頷いた。
「そうそう。そんな子供のときから見てるんだもんね」
里奈はそう言って小さく笑った。
「ねえ正くん、大学が決まってないんなら私と同じところ受けてみない?良い学部があるかは分からないけど」
「うん、考えておくよ」
里奈も彼女なりに僕のことを心配してくれているのだろう。里奈と同じ大学、それもいいかもしれない。地元から離れることにはなるが、彼女が一人離れるのも心配だった。
「でもさ、正くんは画家になるんでしょう?」
里奈が言った。急な話題転換に不意を突かれて、僕は絵を描く手を止め、里奈の方を見た。彼女は僕に向かって、悪戯っぽく笑う。
「なんで急に?」
「将来のこと話してるのに、一回もその単語が出てないなと思って」
「大学とはあんまり関係ないからね」
「でも諦めたわけじゃないんでしょう?」
念を押すように問われて、僕は頷く。
「うん、まあね」
そう言ってから、僕は照れ臭くなって彼女から目を逸らした。里奈クスクスという笑い声が聞こえた。
「ならいいの」
そう言って、彼女は立ちあがった。空は既に夕焼けに染まっており、オレンジ色の光が里奈を照らしている。夕凪で風はない。
「そろそろ行こう。メグちゃんも中津川君も帰ってくるころだろうし」
「そうだね」
僕も立ち上がり、未完成のスケッチブックを閉じた。
僕と里奈が海岸まで戻ってすぐ、秋野と中津川が帰って来た。僕たちはバーベキューの準備をして、二人が買ってきた肉や野菜、魚介類などを思い思いに焼いて食べた。昼間の食事もおいしかったが、こちらも格別だった。やはり、気心の知れたこの五人でわいわいと騒ぐのは楽しい。
食後はそこらから集めた流木を重ね、焚き火をした。風もなく、小さく上がる炎を五人で囲む。空を見上げると、狭い宇宙のように星空が広がっている。
五人は同じように空を見上げ、誰も口を開かない。それぞれ思うことがあるのだろう。星空と海が作り出す不思議な空間に僕らは魅せられたいた。
流れ星がひとつ、夜空を駆けた。それが合図だったように、大隅が話し始めた。
「こんなことができるのも、これが最後かもな。みんなでこんな馬鹿やるのもさ」
「やあね、なんか湿っぽいじゃない……」
秋野が言った。
「これからはみんな別々のところへ行くからね」
中津川が言った。確かに、高校が違う今でも会う機会は減っているのに、大学に進学するなり、就職するなりすれば、さらにその機会は少なくなるだろうと、僕も思う。
「そんなことないよ。今みたいには会えないかもしれないけど、みんなで時間を決めて集まろう。年に一回でも」
里奈が言った。少し涙声だった。
「うん、そうだよ。永遠の別れじゃないんだしさ」
僕が言った。これからはみんな、別々に違う進路へ向かう。高校のときのように、みんな同じ町に留まるわけではないかもしれない。過ぎてみれば大したことではないのかもしれないが、今の僕らには何にも増して重要なことだった。
「ああ、正志の言うとおりだ。俺たちはずっと五人だぜ」
大隅が言った。秋野が続けて口を開く。
「臭いこと言うわね」
「みんなに胸を張って会えるようになりたいね」
と中津川。
「ええ、きっとみんな」
里奈が言う。そこに僕が続ける。
「今日みたいに楽しく、いつかね」
そのまま、僕らは語り合った。月が沈み、朝陽が海の向こうに昇るまで。




