第二話 断頭台
「それにしてもどうしたもんか……」
転移早々頭を抱えた。自分は誰なのか、何故ここにいるのか、そもそもここはどこなのか。まだ一つも分かっていない。ただ言えるのは、ここから動くことはできないということ。だからこそどうしようもないのだ。
「とりあえず周囲の状況を確認しよう」
先ほどから遠くからではあるが、囚人や看守と思われる声は聞こえていたり、咀嚼音も聞こえているため、誰かがいるということは確かだ。
俺は重い足枷を引きずりながら鉄柵へと近づく。
牢屋の正面にはひたすら壁が広がっており、空が恋しくなるだけだった。自分の牢屋の左右にもいくつか牢屋があるが、角度的に中に人がいるのかは確認できなかった。ならば、聞いて確認すればよいではないか。
「おーい、誰かー!いるんだろ!?返事してくれ!話したいことがあるんだ!」
自分が置かれている状況を知りたいなら人に聞くのが一番手っ取り早いだろうと考え、声を上げた。
数秒の静寂が流れ、俺なんかは取り合ってもらえないのか、と諦めた瞬間だった。
ライオンの様な強大な存在感を持った低く、重い声が静寂をぶち破った。
「オイ、さっきから聞いてりゃ、何を訳のわからんこと言ってんだ?飯が不味くなんだろうがよォ」
咀嚼音の正体が判明したが、その声の主の姿形は分からない。ただ只者ではないことはわかる。まるで心臓を大きな手で握られている様な緊張感を覚えて額に汗が伝う。
「あ……あの……いや、えっと」
そういえば俺は今までの人生、まともに人とコミュニケーションをとってきていなかった。いざ人と会話——それも得体の知れない奴となれば、うまく言葉を発せられないのは当然とも言えるだろう。だが今はそんなこと考えている場合ではない。何か聞かなければ。
「アンタの……名前はなんだ」
「あ?何言ってんだァ?ショックで忘れちまったか?まあ死期が近い奴ならそういうこともあんのかもしんねぇか」
男は一人で納得し、続けて言葉を発する。
「俺の名前はストロン・ゴーティル、周りの奴らからは『破壊のストロン』なんて呼ばれてる男さ」
「ちょっと待ってくれ、さっきだ、さっき、なんつった?死期が近いだって?」
どうしても聞き逃せない情報があったため、聞き返した。
——死期が近い?
おそらく今の自分の立ち位置は囚人なのだろう。ということはもしや——
信じたくない可能性が頭いっぱいに膨らんだ。いや、まだ断定するのは時期尚早だろう。問題は彼——ストロンがなんと答えるかだ。
「お前、それも覚えちゃいねぇのか、フッ、そりゃとんだ災難だな!クハッ」
他人事だと言って一蹴するような乾いた笑いを吐き出しながら、彼は続ける。
「今日が死刑執行日だぞ、お前」
「かンわいそうになァ〜お前」
思ってないだろ、とツッコミたい場面だが、そんな愉快なアイデアは一切脳内には存在しえなかった。そんな余裕はなかった。
「」
ただ口を開けて愕然とするしかなかった。頭が真っ白になり、思考が一斉に停止する。
信じられない、信じたくない、今すぐにこれは悪い夢なのだとネタバラシして欲しかった。だが、そんなことはなく——
「は、は?俺は……死ぬのか?今日……?」
「あァ、そうよ、お前は今日死ぬんだぜ、残念ながらな」
——嘘だろ?異世界転移はもっと愉快なもんなはずだ。転移早々死刑宣告なんて聞いたことがない。誰がそんな悪趣味な転移をさせたのだ。全く不透明な原因に苛立ちを覚えたが、それ以上の死への恐怖心が、感情を支配していく。
「——嫌だ」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!嘘だって言ってくれ!死にたくないんだ!俺はまだ十八だぞ!?未来ある若者をそんな簡単に殺すなんて許されるわけない!」
「まずだ!前提として俺はなんっにもしてねぇんだよ!なんっにもしてこなかった!なんっにも成し遂げてこなかった!!なんでそんな俺が裁かれなきゃいけねぇんだ!!」
涙と鼻水を垂らしながら感情を剥き出してとにかく叫んだ。誰に向かって叫んで訴えているのかも分かっていないが、それぐらいしか今の自分に出来ることはなかった。
「そんな事、俺に言うんじゃねぇよ」
「俺が裁くんじゃねぇんだし」
なんだ、こいつは。俺が転移する前にもこいつとの関わりは確実にあったはずだ。なのに何故、これほどまでに残酷に、他人事として投げ捨てられるのだろう。
「——俺を」
「あァ?」
「助けてくれよぉ……」
鉄柵にもたれながら今にも潰れそうな弱々しい声で呟いた。
「お前……」
コツコツコツ、コツコツ、コツ、足音が響いている。段々とその音は大きくなっていく。足音が響いている。
ストロンの答えは聞けず、足音が目の前まで辿り着いた。
足音が残響した。
鉄柵の向こう側には頑丈な甲冑を纏った強面が、かがり火に照らされながら立っていた。
「——ぇ」
息が漏れたのと同時に、強面は口を開いた。
「——時間だ、ついて来い」
何の時間かは流石に察しがついた。だが抵抗しても勝てる相手ではないと本能的に理解し、逆らわずに言いなりになるしか選択肢がなかった。
「——」
強制連行されている最中、自分が元いた牢屋の一つ隣に一人の大男が見えた。乱暴にかき上げられた赤黒い髪とその佇まいから、この巨漢がストロンだと察した。
彼はその巨大な肉体に見合っていない小さな食べかけのパンを握っていて——哀しそうな顔を、していた。
***
重い足を引きずりながら階段を一歩一歩上がっていく。階段の先の眩い光に目を細める。まさに天国への階段だな。と現実逃避でもするかのように訳の分からないことを考えながら死へと歩みを進める。
久しぶりに見上げる空は眩しかった。俺を嘲笑うかのように、皮肉にも雲ひとつない青空である。
俺は断頭台へ登る。
断頭台の上からはたくさんの顔が見えた。俺が処刑される瞬間を一目見ようとわらわらと集まった大衆。無性に腹が立った。
「ただいまより、レイス・アーノルドの処刑を執り行う!!」
今まで何人の命を奪ってきたか分からない程の傷を抱いた斧を握っている男により、残酷な言葉が放たれた。
俺はこいつに殺されるのか?
つーか俺の名前、レイス・アーノルドなんだな。
脳が死を受け入れようとしていない。
そんなことお構いなしに、断頭台の上に頭を押さえつけられた。
「死ぬ」
何度も何度も強く、繰り返した。
想像以上に筆が進んだので投稿。
次回もまだ未定ということで。




