第一話 贖罪の始まり
命が尽きるその瞬間が、じりじりとにじり寄ってくる感覚。脳が理解することを拒み、他人事のように自分を俯瞰する感覚。
一人の男が立ち尽くしている。
突然宇宙へ放り出されたみたいに、何も理解出来ず、何も見えず、何も掴めず、何も得られず、何も成し遂げず、何も、何も、何も、何も、何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何もかも。
——断頭台の上にて。
***
沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かんでくる。輪郭が徐々に鮮明になってゆく。カーテンの隙間から差した微々たる光が、意識を覚醒させる。
「ふわぁぁ……っ」
大きなあくびをしながら目を擦った。ここから沖田晴也の一日がスタートするのだ。
ベッドから身体を起こしてリビングへ向かう。台所では母が職人の手つきでささっと弁当を完成させている。
「おはよ」
母が片手間に挨拶を投げかけてきた。それに対して静かに頷き椅子に座った。
暖かいおにぎりと味噌汁、それとサラダがテーブルの上に並べられていて、俺はブルーライトを浴びながらそれらを平らげていった。
朝食を終えてからはゆっくりと支度を進めて、仕方なく玄関へ向かう。
「いってらっしゃい」
「いって……きます」
ぼそぼそと答えて重いドアを開けた。
ガチャ、と鍵を閉める音を後方から聞き取り、振り返らず歩みを進める。
何気ない日常。見知った道、見知った人、見知った空。
いわゆる通学路を、重い足取りで一歩一歩踏みしめていく。
坂を登った先の視界にバス停が映る。その後すぐにバスも視界に入ってきた。
憂鬱だあ、憂鬱だあ……
いつも通り愚痴をこぼす。もちろん心の中でだ。実際に口から発したところで、それを拾ってくれるような人間はこの沖田晴也の周りにはいない。
そう、沖田晴也は友達のいないありふれたぼっちなのである。自信のなさや劣等感、孤独感で潰れそうになりながら、彼は満席のバスに乗り込んだ。
先述の通り当然、沖田晴也は学校でも常に一人だ。正直、気分が地の底へ落ちる事だってあるが、何度も何度も経験している故、メンタルの立て直し方は理解している。
授業中は自作の小説の構想を練り、休み時間はスマホで漫画を読む。昼食は黙々と終わらせて、午後も以下同文。
退屈な高校生活三年間で確立された、沖田晴也の日常である。
帰宅してからは受験生らしく机に向かう。華々しい大学生活に想いを馳せながら、くたびれた脳をなんとか動かし、やけに重たい頭は重力との戦いを繰り広げている。
もうそろそろ日を跨ぐ頃だろうか、睡魔により意識は朦朧としていた。
少しずつペンを握る手の力が緩んでいき、いよいよ頭は重力に負けて机とくっついた。
「まだ……まだ勉強しなきゃ……駄目……なの……に」
段々と思考がサービス終了へと向かっていることすら認識できなくなり、視界は漆黒に包まれて彼の意識は奈落へ沈んだ。
***
ふいに、背中に馴染みのない冷たい感触を感じた。
「やべっ、寝落ちして——」
——は?
知らない天井だ。灰色の無機質な、質素な天井。横になっているのだろう。椅子に座ったまま寝落ちしたはずなのに——
瞬間、沖田晴也の脳内ではあらゆる可能性が浮かび上がってきた。
寝ている間に何処かに運ばれたのか?誘拐された?まだ夢の中なのか?忘れているだけで昨夜に何かあったのか?
あらゆる可能性に対して答えを突きつけるために辺りを見回す。
体を起こして目に入った光景はあまりに非現実的だった。
「は……マジで何処だよ……ここ」
教室の四分の一くらいの広さの質素な部屋だ。
飛び込んだら真っ二つになってしまいそうな古びたベッドと小汚いトイレ——のようなもの、壁に取り付けられた小さい机が部屋の中に存在している。二本の備え付けられており、部屋は薄暗い。だが、特筆すべきは——
「俺、いつの間に犯罪者になっちまったんだよ」
頑丈な鉄柵が物々しい空気を纏って我が身の自由を奪っていた。
「嘘だろ……この沖田晴也、誓ってこれまでの一八年間法に触れたことはない……はずだぞ?」
がやがやと牢屋の外からの雑音が聞こえる。看守が点呼でもしているのだろうか、機械的に番号を呼ぶ声が響いている。耳を傾けた。咀嚼音が聞こえる。他の囚人が食事でもしているのだろうか。耳に意識を注いだ。カサカサと音がして部屋の隅に視線を向けると、小さな虫が這いずり回っている。耳鳴りが聞こえる。キーンと鈍く、尚且つ高い音が頭蓋の奥で響いている。
「……」
耳がさっきから密かに捉えていた違和感を、意識が突然強く掴んだ。
——あ?
「っ……!!」
自分の置かれている状況を把握するのに必死で、なぜか
気づけていなかったことにたった今気づき、絶句した。
「なんだよ……この声……誰の声だ!?」
これまでの人生で一度も聞いたことのない声が、自分の喉を通って外界へと発信されていることが今更判明した。
意識は、『違和感』を意識した。すると、連鎖的に違和が掘り出されてきた。
「それに、髪の色も、長さも、体の感覚だって——」
違う。何もかも違っている。
服装だって白黒のストライプへと早替わりしている。囚人服といえばコレ、といった感じだ。また、よく見ると右足首に足枷がはめられており、鎖の先には鉄球が繋がれている。これでは走る事は困難だろう。
元の自分との共通点を発見することのほうが難しいほどに、全て違っている。
まるで誰かの身体に憑依したかの様に———
「おいおい……笑えねえ冗談だな」
呆れた様な口調でそうこぼしてしまった。
沖田晴也は生粋のオタクである。アニメ大好きゲーム大好きラノベ大好きのオタク。だからこそ結論に行き着くのは早かった。目を覚ましてからの状況全てを鑑みるに——
「もしやこれは……」
息を大きく吸う。
「憑依するタイプの異世界転移じゃねえかああ!!!」
そう叫ばずにはいられなかった。自分は異世界に転移したのだという実感を確固たるものにするためには。
投稿頻度は未定です。
探り探りやってきますのでご承知下さい。




