閑話 四 国屋礼嗣の憂鬱
時間は黄泉平坂の調査から戻ったところに遡る。本部に戻った国屋は眼鏡を外して、椅子にもたれかかって座った。眉間を揉みほぐしながら考える。
(――江角にはああ言ったけど、今回のは結構きつかったな……)
国屋の眼鏡は補助である。
ただし、見る力を強化するのではなく、弱体化させるものであり、国屋を守るためのものだ。周囲にはあえて見る力を強化するものだと告げているが。
その眼鏡を通して見ても、今回の地獄からの使者は相当強力だった。かつては名のある武者だったとすぐに推察できるほどであり、江角の首が無事だったのはまさに紙一重、皮一枚でなんとかつながったようなものだ。国屋は素直に江角の悪運が強いことに感心していた。
「いやあ面白い子が入ってきてくれたもんだ」
口はよくなさそうだが、上下関係には厳しく、運動能力も高い。警察官としての適性もあり、生活安全課に所属していたことから市民の生活にも寄り添える。適性がなさそうであれば、春の異動で元の部署に返すつもりだったが、すっかりその気はなくなっていた。
「国屋さん、すごくだらしない顔してますよ」
呆れたように言う上乃木に「多少はいいじゃない。ここには僕と上乃木しかいないんだし」と国屋は言い返す。上乃木は国屋の眼鏡の本来の力を知っている数少ない職員だ。
「体調はもういいんですか」
「ああ、うん。少し休んだから大丈夫。元々僕はタフなんだよ」
「それはよく存じていますが」
普通は人間に似せた式神を二体作ればそれなりに消耗する。片方は国屋自身であるため問題ないが、もう片方は江角を模しており――他人を模したものを作るのは骨が折れるのである。
「ただで、というわけにはいかない技術でしょう。本当に大丈夫ですか」
「確実に寿命は削れてると思うよ。突然死したらごめんね」
「それをそんなに軽く私に謝られても困ります」
ちゃんと皆さんにも伝えておいた方がいいんじゃないですか、と言った上乃木に国屋は「まあ人はいずれ死ぬし、いいんじゃないかな」と返した。
「そうですかね」
江角はこの話を聞いたら怒るんじゃないですか、と上乃木は言う。国屋は笑って「どうかな」と返した。
――自分の命でなんとかなることなら安いものじゃないか。
そんな考えが、国屋の根底にはずっとある。本心からそう思っているのだ。
その考えを見透かしたかのように上乃木は言う。
「せめて、誰かを近くに置いてください」
「……考えておく」
「考える気がない発言はやめてくださいね」
UPIの職員は皆、優しい。しかし、時々その優しさが国屋には重たい。
(みんな、僕に対して優しくていやになっちゃうねえ)
傍若無人な上司なんて、適当に煙たがって反発だけしてくれればいいのに。




