第117話 誰なんだよ
「アレは俺であって俺じゃない何かだ」
「テメであってテメェじゃない何か? じぁ誰なんだよ、そりぁ」
アンヘルは嫌そうな顔で、缶詰の中の非常食をつまみあげる。半分溶けた干し肉がとろりと崩れた。
「うげェ」
「完全に腐ってるな」
「ああ? 誰のせいだと思ってんだ。テメェだろ、全部腐らしたの」
アンヘルは、けっと吐くような素振りをしたした後、そのまま鼻を摘まんで干し肉を口に入れ、飲み込んだ。
「まっず」
「感謝しろよ。俺が腐らしてやったんだ。元々は毒と寄生虫まみれで食えたものじゃなかったんだからな。感謝しろよ」
「ウルセェよ、ちび」
アンヘルが上から頭を小突かれる。彼よりはるかに小さい俺は衝撃でぺちょりと潰れ、並べていた缶詰の山の中に頭から突っ込んだ。
「やったな! ちびだと?! 誰のせいだと思ってんだ!? お前らがバカ丸出しで俺を攻撃したせいだろうが! 背中からバカスカ撃ちやがって! この薬中どもが!」
「あんなのどう見てもテメェの方が敵だろうが! 百人が百人そういうっての!」
「知るか! 反省しろ、これでも喰らえ!」
アンヘルの肩の上に飛び乗って、口と、鼻の穴に腐り肉を突っ込む。悶絶し、吐き出そうとした彼の顎を蹴り上げ、絶対に吐き出せないように呑み込ませる。トロッとした肉を流し込まれ、アンヘルは涙目になりながらも俺を振り払った。
「まず、うぇ、くさ! テメェ!ぶっ殺す!」
「やってみろよ。やれるもんならな!」
俺とアラカルトとの戦いの余波でぐちゃぐちゃになっていた広間のような場所でアンヘルと睨み合う。アンヘルの頭の上に巨大な拳が浮かび、ぺしょりと潰した。
「ちょっと喧嘩するなよ、友達なんやろお前らはさ」
晒し一枚を巻いた貧相な肢体の女が抱えていた大量の缶詰をガラガラと落とす。赤い短髪でまるで少年のような見た目の女。彼女はアンヘルをぐりぐりと潰しながら俺を見ていた。
「なんで俺だけなんだよ」
「それは……あないな小さい生き物に攻撃したら可哀想だろ」
「可哀想!? ナイクが? ネェよ……おい、ナイク、テメェはテメェでなに感動してんだ!」
「人生ではじめてだ。可哀想っていわれて手を止めてもらえたのは。【賢者】様いいひとだな」
【賢者】ヱ
討伐隊の決起会であった美少年だ。【歴史学者】よろしく、女になってるが、こういうの流行ってるのだろうか?
「お前ら、そのまま食べたのか? アホやろ。ありえない」
【賢者】が短い杖の先でぽんっと腐り肉を叩くと、腐りは一瞬で元の綺麗な干し肉に戻った。
「おおー」
「マジかよ」
「普段は使わないスキルやけど役に立ってよかったわ」
撒き散らされた毒と腐敗で、生き物の気配が完全になくなった第一階層の片隅。
【賢者】と【槍聖】。探し物のために討伐隊本隊と別れたふたりと、彼らによって発見され助けられた俺は非常食を前に休息をとっていた。
久しぶりの文明的な食事に感謝しながら次々に頬張っていく。アンヘルに「ひとりで食い尽くすつもりか」と殴られながらも10缶以上を腹に流し込み、パンパンに膨れたままごろんと横になった。
数刻前、俺はこのふたりに助けられた。粉々に砕かれ、毒の膿の上に落ちて、這い上がる力もなく膿の中に沈みかけた俺を救ったのが彼らだった。
「俺は本件における悪戯な女神様の名代、名を【賢者】ヱ・アラライラ・ディエンゴ。悪戯な女神様のお心添えのもと、フリカリルト嬢より我が兄とともに本討伐隊の総指揮を拝命任った」
意識を取り戻した俺の目の前にいたのは、この艶やかな赤い髪の中性的な容姿の女と、それを護衛しているアンヘルだった。
「貴殿に質問の拒否権はない、正直にこたえろ。偽装も沈黙も女神様への叛意として処理させてもらう。ちいさいの。お前は誰や?」
「ちいさいの?」
「テメェだよ」
アンヘルに指差され、自分の体を確認した後、俺はゆっくりと貴族流の礼をした。
「俺は一次隊隊長【槍聖】ナイク。この度はこの腐敗の海に沈み、死ぬ定めであった私を見つけてくださり、まことにありがとうございます。このような姿にて失礼いたしますが、ヱ卿へ、俺が見てきたもの、すべて共有させてください」
こうして俺はダンジョンに巻き込まれてからの出来事すべてふたりに伝えた。ダンジョンにはいった瞬間から夢の中に囚われ一次隊はほぼ壊滅したこと、抜け出した先にあったこの一階層が竜と寄生虫まみれであったこと、悪戯な女神の【分霊】メメちゃんの思惑で【毒婦】アラカルトとの戦いになったこと。そして一次隊の生き残りを俺の心臓とともに先行させたこと。
彼ら曰く、俺たち一次隊はダンジョン侵入の時刻になった瞬間に消息を絶ったらしい。
先遣調査隊と一次隊が事実上何の報告もないまま消失し、事態を重く見た討伐隊は一時作戦を中断し、原因がわかるまでダンジョン入り口の調査を行うこととした。
【錬金術師】たちはいくつもの予測と推測を考えたが、結局はダンジョンの〈隠匿〉のせいで内部の状況がわからず、結論はでなかったらしい。
調査のために一日、二日と時間が過ぎ、その間、何度も魔物が湧き出して、その度に何人もの市民たちに犠牲がでた。さらに悪いことに討伐しても討伐しても湧き出てくる魔物の数は減るどころか増えつづけた。放置しても事態は徐々に悪化していく。調査の猶予はないと判断したフリカリルトは、不測の事態に耐えるため討伐隊の戦力をひとつにまとめ、〈隠匿〉が弱まった隙をついて全員でダンジョン内に侵攻することにした。
その結果は俺も知っての通り。討伐隊は魔王討伐のために用意していた王国最強の魔道具、当たった敵を確実に破壊し尽くす魔弾、【勇者】のこころを俺を撃ち、木っ端みじんに破壊したのだった。
「さて、腹もふくれたことやし、行方が分からなくなってしまった【勇者】のこころの捜索に戻ろうか」
1缶だけで食事を終えた【賢者】は休むことなく、すっと立ち上がった。
「俺もこのちびもまだ食ってる途中だぞ」
「【勇者】様を見つけないかぎり、討伐隊には魔王を討伐する手立てはない。休んどる暇はないんだよ」
アンヘルは少し不満そうに立ち上がりつつ俺の脇をつかんだ。
「まてヱ、こいつから提案があるそうだ」
「彼?」
アンヘルが隠れて缶詰を漁っていた俺を赤子のように持ち上げて掲げる。ガキ扱いしてくるアンヘルの小指を反対方向に折り曲げて拘束を逃れつつ、こちらを疑わしそうに見ていた【賢者】の目をまっすぐ見返した。
「【勇者】のこころの場所に検討がある。先行している1%俺を探せ。そこが合流地点だ」
「1%? さっき言っとったお前の別の破片だったな。それはお前に【勇者】が撃ち込まれる前に切り離したものだろ? どないしてそこに【勇者】のこころがある? まるで意味が分からない」
六大貴族の一門であり、女神教総本家、国王よりも権力を持つとすらいわれる【賢者】ディエンゴ家。その目の前で〈隠匿〉と〈纏骸〉を解いて、手のひらを掲げる。
ちいさな、ちいさな、肉片。ぐちゃぐちゃになった腎臓ひとつのせて。
「これが今の俺の真の姿、討伐隊が赭腐竜と呼び、撃ち殺した【槍聖】、その破片だ」
すぐ元の人型に戻ると、【賢者】が顔をしかめている横で、アンヘルもばつが悪そうに虚空をにらんでいた。
「その時点でちょっと理解できないが一応続きを聞こうか」
「前提として、今、討伐隊が考えている作戦はすでに破綻している」
二人に向かって大きく頭を振る。
「現状、第一階層全体にかかった〈隠匿〉のせいで討伐隊はお互いに連絡がとれないが、【賢者】様の他にも【勇者】のこころを探している討伐隊のメンバーは沢山いるで間違いないか?」
「見つけ次第、先に進んだ本隊と合流する手はずになっている」
そう答えた【賢者】に対し、ゆっくりと指をむけた。
「それはどうやって? この〈隠匿〉のなかでどうやって第二階層へ先行した本隊を目指すんだ?」
「また〈隠匿〉が弱まった瞬間に……」
「ヱ、それは無理だ。ありゃ、あれだ。【毒婦】アラカルトの〈隠匿〉をコイツの〈隠匿〉で相殺してただけだろうよ。その証拠に【勇者】のこころを撃った途端に、弱まっていた〈隠匿〉が元に戻った」
ふたりによると俺を撃った直後からまたダンジョンへの認知障害は元の状態に戻ったらしい。今はお互い少しでも離れたら合流することすら困難なレベルだという話だ。正直な所、本隊も無事ではないだろう。
「六禁の〈隠匿〉を相殺だと……ちいさいの……お前、本当に誰なんだ? 〈隠匿〉にあの姿、まさかとは思っていたが、やっぱりお前こそが六禁……」
アンヘルが俺の首根っこを掴み、プラプラと前に差し出す。
「こんな雑魚そうなちびが、六禁なわけないだろ」
「【賢者】どのは多分勘違いしてる。俺は【槍聖】だ。六禁じゃない。もちろんアラカルトともつながってない」
「いや、どう考えても……」
「あまり知られてないが実は【槍聖】には巨大化スキルと分裂スキルがあるんだ、なぁそうだろアンヘル」
「そうだな、あんまり知られてないが、な」
そう言いながらアンヘルが吹き出し、ゲラゲラと笑う中、俺は二人の前で小さな腕を掲げた。
「俺のスキルの話はおいておこう。話を戻すと俺を吹き飛ばした【勇者】のこころがどこかに行ってしまったというのなら、それは俺の肉片の中に残っている可能性が高い。巨大化してたからな。要は【勇者】は俺のどこかの部位と一緒いる可能性が高い。心臓か、肺か、胃かもしれない。どこかは知らないが、どこだったとしてもすべての俺が同じことを考える。先行した俺を探せ、そこが合流地点だ。集まるであろう他の部位も、ここのように討伐隊と同行しているかもな」
【賢者】は納得したように頷いてから、即座に首を横に振った。
「騙されないぞ、それは可能性だ。【勇者】のこころと一緒におるお前の別パーツが無事でそこに向かっとる保証がない。お前のように膿に沈んでるかもしれないだろ!」
「それはさっきアンヘルが言った通りだ。俺は〈隠匿〉を相殺できる。もしそこに【勇者】がこなかったとしても俺が10%もあればアラカルトの〈隠匿〉に対抗して残りの俺を探せる」
フリカリルトと違って理詰め喋って通じる相手でもなさそうなので、分かりやすいように一言で言おう。
「要は、バラバラになった俺たちが集まれば【勇者】のこころも見つかる、そして俺たちが向かっているのは先行した1%俺の所ということだな」
「【槍聖】君、わ、わかった?」
【賢者】が困惑した顔でアンヘルに助けをもとめる。
「こいつは大丈夫だ。いい奴じゃねぇけど悪人でもネェよ。信じていい」
「まぁお前がそういうなら信じるよ」
【賢者】は納得したような、納得していないような何とも言えない顔でゆっくりと頷いた。
「テメェは相変わらず、口だけは達者だな。で、さっきの話の続きだが、テメェのそのもう一つの分身はなにがヤベェんだよ」
「最初に放出した1%、最前線にいるであろうアレは俺であって俺じゃない、俺の中の最も異常な部分、それを寄せ集めて作った特別製だ」
「テメェなんて全部異常だろうが」
アンヘルのツッコミを無視して下を指さす。
「アレは理性も優しさもとっぱらった俺の本質そのもの。俺にもアレがどう動いているのか見当もつかない」
「やっぱ大丈夫じゃネェかもな……」
アンヘルは呆れたように首を横に振った。




