第116話 夢と魔法と幸せを(2)
「〈謗ィ逅?ゥコ髢〉」
【探偵】がパチンと指を鳴らし、空間が閉ざされる。幾十もいた周囲の亜人どもが消えて、耳が痛くなるような静寂に包まれた。
捕まえられた。
確かこれは【探偵】の〈推理空間〉。一切の加害行為を禁止した空間を作るスキル。
明りすら曖昧な不可思議な空間で、俺の上を大きな影が覆う。仰ぎ見える【探偵】と【毒見】の顔は【高貴人】特有の作り物のような美しさで、人間としての面影は残しつつも、どこか歪で、怪物じみて見えた。
「「【死霊陦師】」」
【探偵】と【毒見】の二匹の声は人魚のビブラートのように、細微な狂いもなく重なって聞こえる。
「「久しブりヤな」」
「もきゅ?! もっきゅー?!(なぜ俺だとわかる?! 見た目全然違うだろ?!)」
「「もきュ?ってなんですカ」」
俺の反論に対し、二匹は意味が分からなさそうに目を合わせあって首をかしげた。
「「よリにもヨって【星幽】か、六禁すら麼にスるなんてアラカルト様のお考えはヨうわかラン」」
「もきゅ?(というかなぜ話せる?)」
【毒見】に両手を掴まれて、プラリと持ち上げられる。パタパタと足をばたつかせ必死に暴れるも、相手は亜人のなかでも特に強力な【高貴人】、びくともしない。
「もきゅー、もきゅー!?(やめろ! はなせ?!)」
「「なんでまだ通じないのでしヨう?モきゅ? 女神ノ言語阻害は消えたはず」」
「「女神様も嫉妬ぶこうてかなんわ。ワイらすら魔物扱イや。同ジ女神の子やっちゅうの二」」
「もきゅきゅ!(はなせって言ってるだろ!)」
「「私たチハ子ではなく麼ですヨ」」
逃げようとして、〈隠匿〉や〈叩きつけ〉を使おうするが〈推理空間〉の中では発動することなかった。必死に伸ばしてもどこにも届かない足が、無様に空をきる。
【探偵】たちは、亜人と化してはいるが、どうにも記憶も、能力もそのままのようだ。いや、そのままというにはいささか強すぎる。
人間としての記憶と能力をもったまま異なる生物になったの方が正しいか。
吊り上げられて揺れながらも、それでもなんとか【毒見】の手を蹴飛ばそうと暴れる。
「もきゅ!もきゅ! (お前!心まで【毒婦】に下ったか!)」
「「なぜ喋レない振リスるの?」」
「もきゅぴぅ (何を言われようが俺は本体の足はぴっぱらないぞ)」
「「兄さんはそんな可愛いマスコットではない。そうやろ、【死霊術師】ナイク・ウィークロア」」
な、なんていった今。
「ナ、ナイク・ウィークロア?!」
ウィークロア……過去の厄災、落城の【死霊術師】ウィークロアを冠したあまりにも酷い名付けだ。
いままで散々なあだ名をつけられてきたが、これだけは許せない!
「一緒にするな!」
誤魔化すことも忘れて反論すると、つまんでいた汚いものを捨てるようにビタンと落とされた。
「「生存を確認。本物デす」」
「「アラカルト様に伝えなアかんな。【死霊術師】ハまだ生きている」」
ペチョリと床の上でつぶれながら見上げる。
目の前の二匹の【高貴人】はまるで危険な魔物に相対しているように警戒してこちらを睨んでいた。
「も、もきゅぅ……(し、しまった)」
【探偵】がパチンと指を鳴らし、瞬時に〈推理空間〉が解ける。
まさかもう既に敵に囲まれているか?
咄嗟に身構えた俺の目の前に現れたのは、亜人の群れ……ではなく視界一面に広がるこの街の姿だった。マルチウェイスターの街ほど大きな街、虚色の空を何十何百もの竜の群れが飛びまわり、灰色の地面にはぞろぞろと亜人たちが群れを成して歩いている。
俺たちは街の中心になる遊園地の、そのど真ん中の高い塔の上から街全体を見下ろしていた。
「「ようコそ、【死霊術師】ナイク・ウィークロア」」
二匹はまるで紹介するように両手を広げ街を指し示した。
「「ここは狭間ノ街」」
「「夙夜の【毒婦】アラカルト・ソラシド・マルチウェイスターの創リし、夢のよウな現実の世界」」
〈推理空間〉ごと移動したのだろうか。
なんのために?
困惑している俺をよそに、二匹は再び互いに手を取りあい言葉を続ける。
「「ここでは全ての命が平等で、永遠で、美しく、強く」」
「「ここでは全ての命が万別で、儚く、ありきたりで、弱く」」
二匹は代わる代わる、踊るように前に出た。
「「その全てが幸せに満ちている」」
「幸せ……」
「「そや幸せ。【死霊術師】、兄さんもコこでなら皆ト平等になれる。」」
「「そう幸せ。【死霊術師】、あなたもこコでなら誰からモ差別されることもなく、普通の人二なれる」」
【毒見】につけられた邪神の耳飾りがシャランと音をたてて揺れた。
「「共に麼にナりましょウ」」
手をつないだ二つの魂は、癒着するようにひとつになっていた。
その境目はドロドロに溶け、握手を求めるように差し出された手から、目には見えない糸が引く。
俺は思わず後退りして、そのまま彼らに背を向け走って逃げた。
「「ナぜニ逃ルんや? 【死霊術師】?」」
「「待ちなサい」」
胴体ほど太い〈バレット〉で、背中を撃ち抜かれる。脆い骨は粉々に砕け、ぷちっと湿った破裂音と一緒に俺の小さな腕は捥げて吹き飛んだ。
「もぎゅーー!」
肉片がゴミのように散らばり、残りの体は粘母のようにビタンビタンと跳ねながら床の上を転がった。
二匹の【高貴人】は音もなく、一瞬で転がる俺の元にたどり着くと、俺の目線に合わせるように屈んで、ちぎれた腕を優しく俺に手渡した。
「「ごめんナさい、【死霊術師】ともあろう方がこんなに脆いとは思わなかったの」」
【毒見】から受け取った腕をくっつけながら二匹を睨みつける。
逃げきるのは不可能。
相手は【高貴人】で、俺は普通の人間の、しかも1/100。基礎的な身体能力に差がありすぎる。
「「大丈夫、恐れないで」」
助け起こすように再び手が差し出される。
どうなるのかはよくわからないが、手を取ってしまえば俺も【探偵】達同様このダンジョンに取り込まれてしまう気がした。
「「ここデは強さは罪にならヘん、ただ強いという理由で恐レられ、虐げられルことも」」
「「より大キな苦痛を負わされるコともないノ」」
「「この街では兄さんは、ひとりでアラカルト様ト戦う必要なんてなイんや。その小さくて、可愛い姿でタだもきゅもきゅ言っててえエねん」」
「「さぁ、共に麼にナりましょウ」」
彼らのいう通り、俺の夢は普通になること……
六禁として、すべてから嫌われ、拒絶される人生より、弱く、小さく、しょうもない謎の生き物として生きる方が普通かもしれない。
「普通……でも……」
「「意地張らなくてええで。俺らも同じや。兄さんも、弱くて、だからこそ何もしなくていい今の姿に居心地の良さを感じていたんちゃうんか?」」
確かに彼らの言うことは正しい。【死霊術師】を捨て、何でもない脆弱な存在になればしょうもない存在にはなれる。なれる……のだ。
だが俺は差し出された手の指に噛みついた。
「もきゅ!もっきゅもきゅ! もっきゅ!!(嫌だね! 確かに敗北を妥協し、与えられた安寧に縋ることは普通かもしれない。だが俺は拒絶する! 俺は普通の人間になりたいんだ! ただ弱いだけじゃない。自分の心で、悩み、悲しみ、笑い、みっともなくてもあがく。それが人間だ。一緒にするなよ、化物ども!!)」
咬みちぎろうと、数万に分裂させた歯を突き立てるも一切通らず、そのまま俺は振り払われた。軽すぎる体が吹き飛んで壁に激突する。
くらくらする全身を持ち上げて、二匹を睨みつける。
二匹は少し呆れたように首を横に振った後、静かにこちらを睨み返した。
「「従わヌなら力ずくで」」
この体であまり消耗はしたくないのだが仕方ない。
「もきゅー!(お前ら出番だ!)」
本体ではなく、1%俺についてきた内なる死霊たちに呼びかける。
その数僅か10人。
「もっきゅ!(〈全篇重奏〉)」
『でばん?』
『もきゅぅ!だよ』
『みんなで、もきゅぅ!』
『もっきゅもきゅもきゅ もっきゅもきゅ』
『もっきゅもきゅもきゅ もっきゅもきゅ』
『もっきゅもきゅもきゅ もっきゅもきゅ』
『もっきゅもきゅもきゅ もっきゅもきゅ』
〈もっきゅもきゅ〉のデバフを撒き散らかしながら、【毒見】の顔にとびかかる。
組みついた瞬間、背後でパチンと音がして、一瞬空間が歪み、再び【探偵】の〈推理空間〉が展開された。
『もきゅ?(あれ?)』
『もきゅもゅ?(効果なくなちゃった)』
このスキルの中では攻撃はできない、それでも必死にしがみつく。小さな手で髪を掴み引きはがされないように耐えた。
【毒見】と、そして【探偵】が振りほどこうとして俺の手や足を掴んだ。
「もきゅ!(これを待っていた!)」
【毒見】と【探偵】、その両方と触れた。
「もきゅ?」
【毒見】と【探偵】の目を覗き込みながら俺はそう訊ねた。
【探偵】と初めて出会った際、その特殊なスキルを目の当たりにした当時の俺は、攻撃ができないことへの対策をあらかじめ考えていた。
この〈推理空間〉の内側ではスキル発動や、単純な暴力も禁止。できることは思考、発声、いくつかの身振り手振り、そして呼吸。だがこれは不可解な現象でもあった。身振り手振りは物理動作としては攻撃行為と相違なく、呼吸や発声もやり方次第で攻撃に転用できる。
ここから予想できる仮説は一つ、〈推理空間〉の中で禁止されている攻撃ではなく、攻撃という概念であるということ。
つまり禁止されている攻撃とはスキル発動者の主観に基づく認知的な分類である。攻撃という概念が【探偵】が理解できる物理及び魔術的加害行為のことを指すならばその定義から外れる行為、事前にも攻撃と定義できず、攻撃受けている最中も攻撃であることを理解できないものは攻撃とは認識されない可能性がある……
今の頭ではよくわからないが、やり方は覚えている。
二匹に触れながら訊ねる。
「もきゅ?(力が欲しいか?)」
「「何言ってる?」」
「力が欲しいか? 死を拒絶する【死霊術師】の力が」
「「力?」」
「弱さが許される世界にこだわる必要のない、圧倒的な力が」
言葉の意味を理解しようと一瞬、二匹が止まる。
それは、〈推理空間〉にいるので攻撃はされないという油断の招いた隙だった。
「迷ったな! それで充分! 寛大なナイちゃんは迷えるお前たちに〈恩寵〉を授けよう」
〈恩寵〉!
強制的に〈恩寵〉を渡し、ぴょんと飛んで逃げる。
発動と同時に〈推理空間〉が崩れた。
「「やらかシタ!」」
【探偵】がパチン、パチンと何度も〈推理空間〉を発動しようとするも発動することはなく、何度も繰り返し鳴らしたその指は、腐ったように根元からぼろりと落ちた。
【探偵】が自らの指を、そして俺をみて何かをいおうとするが、その言葉は声にならず、ぐちゃりと口が潰れた。
話そうとする度に、歩く度にバラバラに砕けていく。
こちらにむけて伸ばした手はついぞ俺に届くことなく塵に消えた。
「な二? 何ガ?」
【探偵】が完全に崩れ去り、一匹になった【毒見】に笑いかける。
「もきゅ〜(教えない~)」
〈恩寵〉は相手の信仰を上書きし、俺のスキルを一つ授けるスキル。
【死霊術師】のスキルをもらうと聞いて欲しくなるのは死の回避だろう。そう誘導した。
バラバラになっても死なない力、〈纏骸〉は、簡単に言ってしまえば、【死霊術師】の他のスキルと併用でしか使いこなせない仕様であった。
「もきゅ(流石に耳飾り持ちは上書きできないか)」
「私ひとリでもッ」
〈隠匿〉
〈推理空間〉が無いなら俺もスキルが使える。意気込む【毒見】の首に再び組み付き、即座に眼球から脳を刺し貫いた。指から脳をすべて喰い尽くし確実に殺す。
マナとは意志の力。故にステータスの上昇値は性格に依存し、その人が重要と思う要素に振り分けられる。マナによる防御力は身を守るという意志を形にしたものであった。ありとあらゆる脅威から身を守る力であり、それは皮膚という外敵から内臓を守るための体組織に力を与えた。力を生み出すためにある筋肉でも、外を知るためにある感覚器官でもなく、その多くが皮膚や、髪といった体を守るための部位に与えられる。
「もきゅもっきゅ! もきゅ(どれほどマナを込めても目を固くすることはできない。まばたきよりも素早く刺し貫けば、弱い力でも命を奪うことができる。ナイちゃんの小さいころからの得意技だぞ)」
バタンと倒れた【毒見】の中身を平らげ、満足してため息をつく。
「ごちそうさまでした!!」
殺した二匹【高貴人】の死体の前で、得意になってぴょんぴょんと小躍りした。
こんな小さくなって、どうなることかと思ったが意外と戦えるな。
敵が油断してくれる分、ある意味本体よりも戦いやすいかもしれない。
そんなことを考えつつ、肉体を離れた二匹の魂に話を聞こうと手を伸ばした瞬間、彼らの魂は、再び、目の前の肉塊に立ち戻った。
空っぽになったはずの【毒見】の身体がうねるように脈動したかと思うと、針金のように立ち上がり、直立する。
「「言わンかったか?」」
「「コこでは命は永遠」」
脳を喰いつくしたはずの【毒見】も
全身が自壊し崩れたはずの【探偵】も
造り直されるように、まるで何事もなかったかのように再生していく。
「「ここは誰も死ナナい夢の国」」




