過去の亡霊
「それにしても本当に色んな種類の道具が置いてあるんですね」
オーラがケースに視線を走らせながらそんなことを呟いた。歩はそれを聞くと振り返り、服の内側に着込んだボディアーマーの調子を触って確かめながら応える。
「扱いに困るものを引き取っていたら、いつの間にかこんな感じになってたんだ」
「ほえ〜」
「それにしたってこの数……一〇〇以上はあるぞ……」
「それだけ歩様はお人好しだということです」
その発言にオーラとラプラがうんうんと頷くのを見て歩は冷や汗をかく。三人の様子を見たシノエが大人のお姉さんの色気むんむんで妖艶に微笑んだ。
「あらあら。随分と信頼されているようですわね。歩様?」
「からかわないでくださいよ。そんなつもり、こっちには全く無いですから」
自分の目的のために協力しているに過ぎない。彼らをここにつれてきたのもその方が生存確率が上がるからだ。自分の世界を見つけるまで、歩は死ぬわけにはいかない。だが、シノエは相変わらず微笑んだままだ。
「変わらないのですね。貴方は」
そう言うと彼女はすっと歩の背中に寄り添ってきた。
「いつまで経ってもわたくしのことをシノエと呼んではくださりませんし」
「ちょ、ちょっと……」
「はい?」
焦る歩とは対照的に、彼女は余裕の表情だ。そんな二人を見たオーラとラプラが、少女とは思えない凶悪な雰囲気で吐き捨てんばかりの勢いで言い放つ。
「けっ! そういうのは二人きりのときにしてほしいものですなぁ? ねぇラプラさん?」
「そうだな。さすがの私も後も見せつけられるとだんだん落ち込んできた気がする……」
「ちょっ!? ち、違う! 違うんだ!」
それぞれ人間性とメンタルにダメージを負い始めているふたりから発せられた負のオーラに本格的な焦りを覚えた歩は慌てて訂正しようとした。が――それをシノエに邪魔される。彼女はほんのり上気した頬に手を当てながら蠱惑的に体をくねらせ、陶然とした態度で言い放った。
「まあ、わたくしったらなんてはしたない真似を……歩様、わたくしを罰してくださいまし」
「ほぉ〜ん、ほぉおおぉ〜ん……」
その様子を見て、更に仲間外れ感を覚えたのかオーラの負の気配が濃くなる。
このいたたまれなさに泣きそうになった歩が、なおも態度を崩さないシノエに向かってもはや泣きそうになりながら言った。
「シノエさん……」
「はい?」
「背中をクナイで突き刺すの止めてください……」
「あら」
そう言うと彼女はさっと身を翻し、寄り添うふりをして歩の背中に突き刺していたクナイを指で器用に回転させてみせた。
彼女は相変わらず熱っぽく体をくゆらせながら、両手を頬に添えて言う。
「歩様の疲れを取るために、ツボを押していたのですわ。気づかれてしまうとはわたくしもまだまだですわね」
「いや明らかに痛かったんですけど!?」
「気づかなければ永遠にリラックスできる魔法のツボなのです」
「死んでるよね!?」
パーカーを貫通して内側に着込んだ防御の呪符が山のように貼られたインナーが見えていた。
さっきから色んな意味で生きている心地がしなかった。ため息をつきながら空いた穴の部分をフードで隠し振り返るとそこには、
「ずごごごごごご……」
目元まで暗くなった表情の少女がどこからともなく湧き出たグラス入りのコーラを飲み干し、虚無を吸い込んでいる姿と、自分を羨ましそうに見つめる紫色の視線があった。
その様子を見て、歩は表情を驚愕に染める。
「え!? これでも!?」
「羨ましいな……」
「マジで!?」
「ずごごごごごご……」
イマイチ彼女らの嫉妬ポイントがわからない歩だった。
■■■■
歩は、背後の扉が開く音が聞こえて振り向いた。
「やあ歩。相変わらず君の回りは退屈しなさそうでいいね」
「それ褒めてますか?」
鞘に収められた『焔の呪いが込められた剣』を腰に下げて万全の状態のはずが、何故かげっそりしている歩のもとにフィリップとエレインが現れる。そばに控えようとするシノエを手で制しながら、彼は淡く微笑んだ。
「ああ。昔みたいで懐かしいね。私達のために戦ってくれていた時のことを思い出す」
「あの頃みたいな、かっこいい顔つきになっているわ」
甘いお菓子を噛みしめた子供みたいにくしゃっとした笑顔を浮かべる二人に、なんとなく背中がむず痒くなって歩は頭の後ろを掻く。
「自分の為ですよ」
「君はいつもそうやって一歩引いた立場を気取るね」
「でも結局情が湧いちゃって、どんどん深入りしちゃうのよね!」
「怒りますよ?」
仲良く「ねー」と顔を見合わせる夫婦に向かって歩はわざとでも怒るべきか迷う。そんなことをするとまた仲良く「またまた〜」とか言われて指を指されるので悩みどころだ。
結局社畜メンタルで乗り切ることにした歩に、エレインが尋ねてきた。
「歩は準備ができているようだけれど、あの娘たちは――?」
無言で歩が退き、視界を空ける。エレインが聞いてきた彼女たちは、いまケースの前で見学ついでに魔道具を物色している最中だった。
「シノエさん、この剣は?」
「魔術によって刀剣に変化させられた、数百年前の人間でございます。精神を崩壊させずに人間に戻す方法を現在模索中です」
「……これは?」
「歩様が魔物を封印した巻物でございます。魔物は砂状の肉体を持っていて、無秩序に人を襲う特性を持っていますわ」
げっそりした表情になったオーラと、ひたすらおろおろしているラプラをみて、夫婦の雰囲気が少し愉快なものに変わる。
「まぁ、ここにあるものはそう簡単に扱えるたぐいの代物ではないから」
「でも懐かしい。五元忍軍の娘達もはじめはああだったのよね」
あのときの思い出をさも和やかだったように語れるのは、この夫婦くらいだろう。彼らの様子に呆れながらも歩はオーラたちに歩み寄る。すると、へなへなになったオーラが倒れ込んできた。
「アユムさん、なんか殺意が高すぎるんですけど……」
「私達に扱える気がしない……」
「うん、なんかごめん……」
三人で暗い顔をしていると、背後で猛烈に嫌な気配が膨らんだ。それを感じ取った次の瞬間、ガラスが割れる音。その場に居た全員が音の方向をみた。
そこには、
「――っ!? あれは!?」
ガラスケースが大量に鎮座する空間に、肉の泡が弾けるような笑い声がこだました。宝物庫上空に現れたのは、巨大な角を生やした筋骨隆々の肉体を持つ、牛頭の悪魔だった。
いきなり現れた怪物は、ギラギラした瞳をこちらに向けながら叫んだ。
「フハハハハ!!! ついに! 遂にこの時がやってきた! この悪魔メルベラ復活だ!」
そして地上の歩に向かって怨嗟がありありと浮かんだ声色で告げる。
「待たせたなヨシザキアユム! あの時の借り! 我をあの窮屈で退屈な箱の中に閉じ込めた恨み、晴らしてくれるわ!」
それを聞いて、なんだか胡散臭いものを見るような瞳でオーラが聞いてきた。
「……って言ってますけど、アユムさんどうなんですか?」
それに歩は、とても気まずい気持ちで言った。
「ああ、えっと……ごめん、マジで覚えてない……」
それを聞いた牛頭の怪物は、数秒言葉を失ったあと、不自然なエコーがかかった声を別方向に震わせながら叫んだ。
「き、貴っ様ぁあああぁああぁあぁあっ!!!」
「あ、泣いてる」
無慈悲な巫女の言葉のナイフで、悪魔の心は更にずたずたになった。




