if外伝01 闇落ち
外伝では人が死にます
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ラカシンポート上空にミラージュドラゴンが現れ、破壊の限りを尽くし全てが失われたあの日から5年が経とうとしていた。
アレスはあの日以来近隣の森深くに潜み機をうかがっていた。定期的に雨を降らせることで森の繁りを維持し、見つからないよう細心の注意を配りながら自身の鍛錬に励んでいた。自滅を望んでいるかのような異常なほどの鍛錬と研究。その果てに、アレスはついに魔法の深奥を覗く。
「こ……れだ。これこそが、俺の求めていたものだ」
アレスは、魔法の力が個人の生み出せる力を超えていると感じていた。巨大な岩を破壊できる力が、本当に自身の身体から生み出されているのだろうか。アレスは研究を始めるにあたり、魔力は自身が作り出す力ではなくどこかから流れ込む力であると仮定した。
そのどこかとの繋がりを求め研究を進める。そしてついに、魔力回復のメカニズムを発見した。体内のただ一箇所、後頭部の首元、天柱と呼ばれる個所に外界からエネルギーが流れ込んでいた。エネルギーの流入速度は人によって違い、これが魔力の回復スピードである。また流入するエネルギーを身体に貯めこめる量が個人の魔力量である。
アレスの魔力量は常人より多い方である。ただし、常軌を逸するほどのものではない。魔力の回復スピードも常人並みだ。アレスの魔法の威力が高いのは、ひとえに魔法を基盤に落とし込む過程で、まるで歴戦の戦士のように使い慣れ発動効率が高まるためである。
ところでアレスは5年間の鍛錬にて個体加速を使いこなすに至った。それは、対象を人や物の個の単位ではなく、部位を対象とできるほどであった。すなわち、魔力の回復源である自身の天柱に絞って個体加速をかけることで、もはや無尽蔵に魔力が回復していく────。
「機は熟した────今こそ、復讐の時」
深緑の長袖シャツに黒いズボンを身に着け、随所に基盤を仕込み長剣を腰に下げて準備したアレスは、隠れ潜んでいた森の中の洞窟を抜け出した。飛翔の魔法を使って一気に高層へ飛んだアレスは、そのままドルゲンローグの首都を目指す。
ドルゲンローグはラカシンポートを滅亡させた後、東へ西へ勢力を伸ばし、四方に戦争を仕掛けていた。ドルゲンローグの軍事力は強大だ。ただし内政は荒れていて経済は潤っていない。
ドルゲンローグは攻めとった都市の住民を殺して回る。もはやなんのために戦争をしているのか、周辺国の誰もわからない。ただ敗ければ蹂躙されることだけがわかっている。そのために抵抗は字義通り必死である。
経済の衰退と周辺国の最後の一兵まで戦う必死の抵抗により、ドルゲンローグの侵略は一時期の勢いを失い一進一退の様相を呈していた。
「ドルゲンローグの兵をすべて殺してやりたいところだが、現実的じゃないな。誰を殺せばいい」
《政治家》
ラカシンポートに侵攻する決定を下したのは当時の政治家たちであろうから、政治家を殺していけば復讐は成るだろうか。あるいは軍隊のトップを上から消していってもいいのかもしれない。
しかし個人を少しずつ削り取っても国の混乱と衰退は招くだろうが、それだけだ。アレスは怒りのあまり目的を忘れている。結局のところ、誰に復讐したらいいのかわかっていないのだ。ドルゲンローグという国が瓦解するまで、彼らの復讐は終わらない。
「個体加速.3」
飛翔はそれだけでも速く飛べる魔法だが更に加速し、中途の都市は視界の端にも捉えず一息にドルゲンローグの首都に到達する。そこでアレスが見た物は────禍々しい漆黒の大地にそびえ立つグロテスクな巨城だった。
「なんだありゃ……。黒い樹に纏われているのか?ああいうデザイン?」
《ドルゲンローグの首都に城はなかったはず》
ドルゲンローグという国の在り方は、かなり特殊なものだ。過去、帝王と呼ばれる者がいてその時代に王城はあったが王が打倒されたときに王城も破壊され、帝国が終わり連邦国となった。地方を統治する者はいるが中央を統治する者はない。国家の行く末は集権装置において政治家による多数決で決められる。代表者はいないため権限は各担当者に細分されている。当然政治家は国民投票によってのみ選ばれる。
つまるところ、独裁が起きにくい構造となっている。こういった政治機構において侵略がなされるというのは、国民の多数が侵略を是とするよう洗脳された状態であるということだ。洗脳でないならば元来の国民性がみな邪悪であるということだが、そんなことがあるだろうか。
まともな国民にとっては、独裁国家であればどれほどマシだっただろう。それは独裁者を処刑すれば済んでしまうのだ。国民が多数の邪悪を選んでしまう状態にあるのは根が深い。
「さてどうする……?」
黒い樹の根は街にも広がっており昼間だというのに全体が暗く見える。明らかに異質な都市を見てアレスが困惑に動けずにいると地上から何かが飛んでくる────。人が迫ってきていることにアレスが気づいた時にはすでに攻撃されていた。個体加速を発動したままだったアレスは間一髪で飛来した攻撃を避ける。
「あぶな……。なんだ?」
「あれー、外れちゃいましたぁ?」
発したのは、水着のような衣装を身につけ4本の杖を腰に携えた鈍い赤髪の少女だった。背丈は低く顔はあどけない。ツインテールが幼さを引き立たせているが、しかし胸は豊満でくびれがあり、へその下をはじめとし全身所々に紋様が浮き出ている。なんともアンバランスだがそれ以上に赤髪を分けて生える一本の黒い角が最も象徴的だった。
「……悪魔か?」
《間違いない》
「とぉんでもない。ちょっと角の生えた普通の女の子ですよぉ」
無意味にとぼけた少女は、続けて呪文を詠唱する。
「存れよ、存れよ。水よ存れ。集いて穿て遠き虹。水弾!」
少女は腰に下げていた4本の杖のうち、底に青い宝石の付いた杖を手に取りアレスを攻撃した。しかし詠唱の必要な攻撃はテレフォンパンチのようなもので、いかに弾速があろうとアレスにとって避けるのは容易い。
「最初の不意の一撃は危なかったな。でも後は大したことない」
アレスは余裕で避けつつそのまま攻撃魔法を発動する。
「対象記憶。水の投擲」
アレスが言い終わらぬうちに、限界まで小さく凝縮された水球がもの凄い速度で放たれ、少女の額に穴をあけた。
「────存れよ、存れよ。闇よ存れ。集いて穿て遠き星。混沌の磊塊!」
巨大な黒い塊がアレスに向かう。倒したと思い油断をつかれたアレスは回避行動を取るも攻撃の巨大さもあって避けきれない。発動していた結界魔法で逸らすことに成功し直撃は避けたが右腕が消し飛んだ。少女の額に傷はなく、何事もなかったかのようにきれいなままだ。
「いッ……なんだよ、どうなってる……」
痛みをこらえ問いかけるが解は得られない。なんとか答えろと喚くと《あ……おそらく土と闇の混合魔法で……》とわざと焦点をずらした答えが返ってくる。そうじゃないだろとまたも喚くも答えはない。
「一人で騒いでどうしたのぉ?痛い痛いでちゅかぁ?」
少女は耳元で囁く。アレスは痛みをこらえるのに必死で、近くに寄られていることにまったく気づいていなかった。怖気立ち距離を取ろうとするが、鳩尾を少女の拳が鋭くえぐる。
「ぉげっ……」
吹き飛ばされたことでアレスはむしろ安堵する。痛みと苦しみは大きいが、恐怖と焦燥で感覚は麻痺していた。少女は距離を詰めず余裕の表情で空に立つ。頭を貫かれて平気でいられる理由はわからない。幻かとも思ったが、物理的に殴られていることがその可能性を打ち消し、アレスを更に困惑させる。
「遅れましたけど、自己紹介しておきますねぇ。うちはドルゲンローグ防衛軍総司令、メーデス・ハリロッティといいます。よろしくぅ」
「ハッ。…総司令自ら…出迎え頂けるとは…感激だね…!」
アレスはなんとか声を絞り出す。虚勢を張らなければ痛みと恐怖でどうにかなってしまいそうだった。右腕からは血が流れ続けている。いつ気を失ってもおかしくはないだろう。万能の治癒神術はもちろん持ってきているが、魔法陣が大きいため基盤にできていない。一度陣を描いた紙を広げて拡大展開魔法陣を利用する必要がある。
「────やるしかないか」
「なんですかぁ?」
またも耳元で囁く、メーデス。アレスは反射的に体をひねりメーデスのえぐり抜く拳を回避した。水の投擲は右腕に仕込んでいたのでもう打てない。左腕に仕込んだ攻撃魔法は────
「炎弾の速射!」
速度に比重を置いた炎系攻撃魔法である。触れると爆発するので貫通力はないが殺傷力は高い。弾幕でメーデスは見えていないが、アレスの攻撃は見えずとも正確に当たるので撃ち続ける。普通の相手ならばとっくに肉片まで燃え尽きている頃合いだが、近づいてくる爆裂音に嫌な予感を拭えずアレスはただ一心に撃ち続けた────。
「痛いですねぇ」
煙幕から飛び出してきたメーデスは撃たれながらもアレスに接近する。爆炎の真ん中にいたはずのメーデスは服こそ燃えているものの身体に怪我はない。髪さえ無事である。杖は4本とも防御の光を輝かせ変わらず腰に下げられていた。
あっけに取られるアレスに拳の届く距離まで近づいたメーデスはとても楽しそうに笑いながら乱打し、アレスが落下するまで殴り続けた。
「単身乗り込んでくるだけあって、なかなかの使い手でしたねぇ……。うちじゃなかったら危なかったかも」
アレスが飛翔する魔法を維持できなくなったと思い込んだメーデスは、落下するアレスを見送り呟く。
アレスは追撃がないのを確認すると魔法陣を描いた紙を左手で胸ポケットから取り出し、広げて身体の下に滑らせる。地面に激突する直前に再び飛翔を発動し、拡大展開魔法陣を起動する。
「展開…万能の治癒神術……」
怪我の程度は良くない。右腕の欠損も快復はできるが30分はかかるだろう。もちろんこれでもかなり早く、通常は欠損快復は時間がかかりすぎて術師の魔力が保たず現実的ではない。じわじわと快復することがわかっているだけだ。
アレスはゆっくりと着陸し、快復しながら周囲を見渡す。────兵がいる。軽鎧に身を包み槍を立てて整然と並んでいる。しかし並んでいるだけでアレスに槍を突き出す者はいない。
「……なんだ…こいつら…おかしいぞ。総司令とやらに戦闘を任せきりで、自分たちは何もしない…?そんなバカな兵があるかよ」
《それだけじゃない。見て、火傷している》
「……確かに。見える限り全員が同じように火傷しているな」
この国は暑さが厳しいので兵たちも胸や腰を鎧で重点的に守る他は丈夫そうな服を着ているだけであり、兜も小さめで顔や腕などは肌を露出している。その見える限りで肌には火傷痕がある。ただれていたり水ぶくれがあったり……と、皆一様に怪我をしている。良く見ると額に薄っすら小さい痣もあるようだ。
「全員で火事にでも飛び込んだのか?」
《来たよ》
「まさかぁ……死んでないだけでなく、腕も生やせるなんてねぇ」
「あ゛?」
アレスが自身の右腕に目をやると確かに、右腕が元に戻っている。もちろん破けた袖が戻るわけではないから素肌だが、怪我一つない綺麗な腕がそこにあった。まだ万能の治癒神術を展開してから1分も経っていない。
「……ど────」
アレスは「どういうことだ」と言おうとして飲み込んだ。そしておもむろに立ち上がり、飛翔を使って空に逃げる。いま兵たちが何もしてこなくても、地上にいるよりは有利が取れるはずと思っての行動だ。メーデスとは使っている魔法も違う。空中戦はアレスに分がある。
メーデスは兵から鎧を剥ぎ取り空歩を使いゆっくりとアレスを追う。跳躍を強化することで一気に距離を詰められるが、魔力を温存する戦略だ。
「攻撃の通じない敵に、何を使えばいい?」
《……》
アレスはとりあえずの牽制に炎弾をゆるく撃つ。今度は爆炎で見えなくなるのを防ぐため連射はしない。炎弾の速度は速いが単発であればメーデスは容易に避けられるようだ。
「避けるのか…。ダメージを受けないなら当たっても良さそうだが」
《!!────負荷分散だ!》
「なんだそれ?」
《聞いたことがある。あらかじめ契約した人間に自身のダメージを均等に割り振る魔法。昔、唯一の使い手が亡くなって以降使える人はいなかったはずだけど……》
「────無敵かよ。それは、死んでてもダメージをなすりつけられるのか?」
《いや、物とは契約できないから、たぶん……》
たぶん。だがアレスにとっては一筋の光明だ。種が割れればただの手品でしかない。本体の負傷は転嫁されてしまう。しかし、死者にはダメージが分散しない。ならばアレスの取るべき戦法は────。
「対象!兵たちをすべて!記憶!」
「雨乞い!」
雨乞いは空中の水分をかき集めて雲を作りただ雨を降らせるだけの魔法である。しかし雨粒を硬く速く、威力を調整することでアレスにとっては必殺の広範囲魔法となる。
対象の魔法によって雨粒一つ一つが正確に兵を穿つ。兜を貫通し、頭蓋を破壊し、血と混じり合った脳漿をぶちまけて倒れていく。兵たちは始め静かに整然と並んでいたが、ついには叫び逃げ惑う。ざあざあと降る雨を避けるのはどんな達人にも不可能だ。さらに範囲内の雨粒は対象の効果で自身を狙って向かってくる。
兵は奇声を発して走り回り、噴水のように血を噴き出し死んでいく。阿鼻叫喚の地獄絵図。この惨状を笑う者がいるならそれは地獄の鬼に、違いあるまい。
「────クハハ……クゥハハハハハハハハハ!ハーッハハハハハハ!」
「ヒィ……やめ、やめてェ…あぁぁ……」
アレスは高らかに笑う。もはや、メーデスは見えていない。アレスが雨を降らせ始めたのを、メーデスはついにおかしくなったかとただ笑って眺めていただけだった。たった数分前の事をメーデスは後悔し、そして兵たちと同じように血の噴水を頭から上げて地上に落ち、それから二度と立ち上がらなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
多くの兵を殺し、軍の司令官を殺し、政治家と地方の統治者を殺して回っても気が済まなかったアレスは、この復讐に終わりがないことに気が付いた。軍人も政治家も、ドルゲンローグの国民に過ぎないのだ。いなくなれば誰かが代わりを務めるだけである。
そしてアレスは一つの選択をした。────してしまった。
ドルゲンローグの人たちは畏怖の念を込めてこう呼んだ。殺戮の鬼神、アレス。ドルゲンローグの空には今も高らかな笑い声と共に雨が降る────。
「クゥハハハハハハハハ!」




