偽薬!? 活躍! 囮役!?? ~4日目の4~
長い一夜はまだ長い。
ここにすべてを込めすぎたんだ……
「え? いや、でも銀玉って言っても、パチンコ玉はただのニッケル────」
「マコちゃんダメ!」
「え──!?」
ナルくんの叫び声に私が驚いた途端、死霊の群れが、明らかにザワッとどよめいた。
「ち……ッ!」
カコウさんが私に向け、思いっきり舌打ちする。
えええ、私なんかした?
「痴れ者が。そんなことは承知の上。敵に銀だと信じ込ませておけばこそ、向こうで勝手に消滅してくれるものを」
えええ、そんなプラシーボ効果!?
「……ソウカァ……銀デハナカッタノカァ……」
「……ヨクモ騙シオッタナァ……」
ひぃぃ! なんか死霊の怨嗟の声が聞こえるんですけど!?
そりゃ怒るよね! 騙されて死んで(?)たんだから、怒るよね!
とりあえずゴメンナサイ!
敵も味方もゴメンナサーイ!
「チュン!」
委員長が叫ぶや、カコウさんが死霊たちの頭上に向かって、何かを投げた。
──鏡?
あれも、ナルくんが買ってた……
直後に、委員長が空中でそれを撃ち抜いた。
銀色の破片がバラバラと、雨のように降り注ぐ。
すると、それを被った死霊たちが、一斉に苦しみ悶えて溶けてゆく。
「ふはは参ったか! 今度のは本物の銀だぞぉ!」
カコウさんが次々に鏡を投げ、委員長が撃ち砕いてゆく。
まるでクラスター爆弾だ。なんと恐ろしい。
「痛ッ! いたたたたたッ!」
舘屋さんにッ! 舘屋さんに刺さってるー!
「あいつ、まだ、あんなところをウロチョロと……クズめ」
「あんた、人の血、流れてる!?」
「ルナ。鏡が切れた」
「構わん! 敵はもはや寡兵! ナサニエル、ゴーッ!」
委員長が号令をかけるや、ナルくんが水鉄砲を捨てて、鎗を手にした。
そして、もう片方の手で、板チョコをバリバリと平らげてゆく。
「委員長、カコウさん、マコちゃんを頼みますよ」
ナニ言ってるのかサッパリ分かんないよッ!
「貴様が本気を出すのならな」
カコウさんは黙って顎で「行け」と示す。
なんでアンタら言葉分かるの!? ちょっと嫉妬するんだけど!!
ゴクン、とナルくんはチョコを呑み下してから──
「マコちゃん、すぐに戻るから」
チョコ塗れの口元のまま、駆け出していった。
小さな背中が、グングン遠ざかってゆく。
それが……私がナルくんを見た、最後だった。
──なぁんてシリアスな展開になるわけもない。
「聖なる父と子と精霊……に呪われし、強壮なる暗黒の使者の御名の下に命ずる。我が行く手を阻みし、下賤にして不遜なる者どもよ……滅べ! アヴェ・サンターニ!」
冒涜的な祈祷文を唱えて、ナルくんが鎗を一閃させる。
ドッカーン!
まるで爆発が起きたかのように、三〇体くらいの死霊が一気に吹っ飛んだ。
「──ッて、舘屋さん(とチビ舘屋さんたち)も一緒に吹っ飛んでるー!」
「あいつは不死身だ。気にするな」
「それで全部許されると思うなぁー!」
「南無、第六天魔王!」
ズガーン!
「イア、ハスター!」
バッコーン!
ナルくんが鎗を振る度に、凄まじい衝撃波のような何かが発生し、大量の死霊が一度に薙ぎ払われ、消滅してゆく。
「奴め……あれだけの力を今まで隠していたのか」
絶句する私の横で、委員長も眼を丸くしている。
「え……ナルくんが戦うのって、初めてなんですか?」
「いや。だが、あいつは毎度毎度怠けてばかりで、いざ決戦となっても、まるで消極的な動きしかしてこなかった」
あ、そういえば、五十川さんもそんなこと言ってたな。
「せっかく、私が秘蔵の〈逆十字剣〉を与えてやったというのに、まるで研鑽も積まず、自堕落な日々を送っていた。それがいつの間に、あそこまで扱えるように……」
「……ギャクジュウジケン?」
「見て分からんのか? ナサニエルの握っている、悪魔の祝福を受けた呪いの剣だ。普通の〈十字剣〉はT字型の柄に、長い直刀の刃が付いているが、〈逆十字剣〉はそれらがまるっきりひっくり返っている。それゆえに〈逆十字剣〉」
「いや、あれって〈十文字鎗〉──」
「救いようのない馬鹿か貴様は!? あれが鎗に見えると言うのか!?」
「その言葉、ラッピングして返してやる!」
「なにぃ! ならば、こちらはそれをさらに香典返しにしてやる!」
「返し返すな! ていうか香典返しは技じゃねぇ!」
「ふッ、まあいい。どうやら、貴様を仲間に引き入れたおかげで、ナサニエルもようやく《風雲風紀委員会》の一員としての使命に目覚めたようだからな。奴の此度の罪も、それで帳消しにしてやろう。本来なら懲罰(恥辱刑)ものだ」
「え……ナルくんがなにしたんです? やる気出してくれたじゃないですか!?」
──ていうか恥辱刑ってなに!?
まさか、前に私が喰らいかけた、打ち股獄門のことか!?
「今回の作戦はそもそも、事件の首謀者を撃破するだけでは終わらない。奴に攫われた被害者の軟禁場所と安否を特定し、救出することこそ肝要。貴様が狙われていると判明してからは、故意に誘拐させたのち、水京からのタレコミなり、ドクター虻内の占術なりで居場所を割り出す手はずだった」
「おい! やっぱ私はダシかい! ちょっとは悪びれろやソコ!」
「が、ナサニエルは独断で貴様の警護を続けた。それゆえ、貴様を攫わせるのに苦労した。水京が機転を利かせたおかげで、なんとか目論見通りに運んだのだがな」
ええい殴りたい!
この変態鬼畜痴女と、あの変態鬼畜露出狂を今すぐ殴りたい!
「まぁ、結果オーライ。この上、こちらの勝機も揺らぐまいし、ナサニエルが本格的に戦力になると確定した以上、些細なこと。ふッ、私は寛大なのだ」
「自分で言うな!」
「奴の力を引き出した意味では、貴様の功績は大きいな。ふふふ、礼を言おう」
「あ……いえ……」
うーん、こいつに改まってこう言われても、まったく嬉しくない。
人徳って凄いなぁ。
「この恩はいったん忘れておく」
「忘れんな! 一生忘れない、って言うとこでしょソコは!」
「はぁ? なんのことだ? この役立たず」
「しかも忘れんの早ッ!」
なんて阿呆な遣り取りをしていると。
「ルナ。まだ何匹か来る。アタシが止める」
カコウさんが地を蹴って走った。
なおも迫り来る死霊たちに真正面から突っ込み──
「アチョーッ!」
怪鳥音を上げて、先頭の一体に鋭いキックを叩き込む。
その一撃で、死霊は木っ端微塵になった。
うええッ、力押しで死霊倒しちゃったよ!?
今までさんざん重要視されてきた《降魔の力》とか呪術とかはなんだったんだよ!?
「ホアチャー! アタタター!」
カコウさんの拳と脚が、次々に死霊たちを叩きつぶしてゆく。
その左眼は、あの血のような赤に染まって、そしてギンギンに光り輝いていた。
「ふふふ……やつめ。『燃えよドラキュラ』を観たおかげで、テンションが弥増しに昂ぶっているな。すっかりなりきっておるわ」
「小学生か!」
「流石は私のチュン。戦う姿は、誰よりも美しい」
もうやだ。怪しすぎるよ、この変態女。
しかもカコウさんはカコウさんで、激しい体捌きにあわせてお胸が揺れる揺れる……
「あーもう!」
「あーもう!」
私のヒステリックな悲鳴に、変態の甘美な叫びが重なった。
「可愛くてしょうがない! 今すぐ、あの乳揉んでやりたい!」
「黙れッ!!」
「そうだッ! チュンの胸は俺のモンだー!」
唐突に、そう叫びながら、私たちの背後の草むらから虻内先生が飛び出してきた。
脇目もふらずに、大暴れするカコウさんに突撃する。
──バァン!
そして委員長に後頭部を撃たれ、カコウさんのローリング・ソバットを喰らって、いまだ多数の死霊がひしめく戦火の渦中に呑み込まれていった。
あはは、アホだアイツ。
ていうか脈絡ねぇなー。何しに来たんだ?




