クエスト20 おじーちゃん、教会のベッドから『AFO』再開
メニューよりフルダイブVR‐MMORPG『星霊幻想記~アイテールファンタジア・オンライン~』のアイコンを選択し、クリックすると――瞬時に世界が切り替わる。
[フレンド:みはるん☆さんからメッセージが届いています!]
[フレンド:スィフォンさんからメッセージが届いています!]
[AFO運営からメッセージが届いています!]
瞼を開くや視界の隅に流れていくインフォメーション。……ふむ。二人はともかく運営からもメッセージ? と内心で首を傾げ、そっと身を起こす。
半身を持ち上げたことで掛けられていた質素な白い布がハラりと落ち、自身が寝かされていたのがどこかの寝台の上だったと知る。……はて? ここはどこかの?
見てわかるのは、窓から差し込む月明かりが唯一の光源で、年代物だろう木造家屋の一室。寝かされていたのが簡素なつくりの寝台で、儂が強制ログアウトとなって放置されたアバターを回収した運営直轄のNPCがおそらく運びこんだのだろう。
視界の右上端に浮かぶ自身の居場所を示すインフォメーションには[ここは、アイギパン 星霊教会 宿舎の一室です]とある。
ふむ、『教会の宿舎』ということは神官NPCの住まう場所か。……しかし、寝台に寝かせるにしても鎧やローブを脱がせるでもなく、靴まで履いたままというのはどうなのだ?
もっとも、プレイヤーは『一定時間でアバターや着ているものが清潔となる』仕様なので掛けられていた布やシーツに汚れは無い。ゆえに、現実世界でなら『着の身着のままで土足もそのまま』というのは問題じゃろうが、AFO内であればアリなのか。……まぁ着ている服や靴を勝手に脱がすのも問題じゃろうし、仕方ないのかも知れんのぅ、と納得することに。
さておき、とりあえず現在の時刻を確認し。今の、AFO内での時刻が深夜の0時すぎなのを見て、思案。……できれば世話になった『山林を駆け抜ける風』に礼を言いに行きたくはあったが、さすがにこんな時間とあっては誰かに会う、というのは難しいか。
……ふむ。では、冒険者ギルドはこんな時間でもやっているのかのぅ?
プレイヤー御用達の施設であるし終始開いているとも思えるが、AFOの時代設定によっては24時間営業は難しいようにも思える。できれば素材アイテムを早めに売り払いたかったのじゃが……まぁ行ってみればわかるか。
なんにせよ、まずはメッセージを確認してからかのぅ、と。寝台に腰かけ、とりあえず≪メニュー≫とコマンド。眼前に表示されたウィンドウから≪メッセージ≫の項を選択し、新たに表示された受信したメッセージを記すウィンドウのなかから美晴ちゃん、志保ちゃん、そして運営の順に内容を見ていくことに。
『みはるん☆:おじーちゃん、大丈夫? PKKかっこよかった! また遊ぼうね』
『スィフォン:ミナセさん、今回はお疲れ様でした。私もみはるんも大丈夫です。またAFOでお会いできるのを楽しみにしています』
フ、と。思わず笑みを浮かべ、二人のメッセージを二度、三度と読んでしまっている辺り、儂もまた孫たちに甘いと言わざるをえんのぅ。
果たして、二人のメッセージの末尾にはそれぞれの通信端末のだろうアドレスが書いてあったが……現実世界で現在時刻は朝の4時すぎ。さすがに今すぐに返信するよりもある程度常識的な時間になってから返信するべきじゃろう、と。いったんは置いておくとして、運営からのメッセージをサッと一読。
その内容は――要約すれば、『善徳』と『悪徳』の説明のようだった。
曰く、このAFOではプレイヤーの行動によって、それぞれの数値が積まれていき。厳密に『なにをしたらどれだけ増すのか』、『今、どれだけ積み重なっているのか』などの確認などはできないらしいが、儂らと敵対したPKたちのように頭上の三角錐が赤く表示されるとカルマが多いとされ、この世界にとって『害悪』という扱いとなり。赤いシンボルのプレイヤーは街に入れず、『教会』での復活は不可能、と。だいたいこちらに来るまえに小春から聞かされたものと違いはなさそうだった。
加えて、カルマの減らし方――つまりは、『善徳』の数値の増やし方が書かれていたりもしたが……要約すれば、『他人に迷惑をかけない』や『モンスターを倒す』、『依頼をしっかりと果たす』といったもので。これなら普通にプレイしている限り、儂や美晴ちゃんたちのシンボルが赤くなるような事態には早々ならないじゃろうし、仮に『シンボルが赤くなってしまった場合でも対処法はある』として記憶の片隅にでも置いておくことに。
ともあれ、開いていた≪メッセージ≫にフォーカスを合わせて『クローズ』とコマンドし。眼前に浮かんでいたウィンドウを消してから、次に≪インベントリ≫とコマンド。
眼前の、インベントリ内のアイテムをリスト表示するウィンドウを眺め、一時期よりかなり少なくなった武器類に顔をしかめる。……あのときの戦闘でかなりの数、壊してしまったからのぅ。そして、代わりとばかりに増大した『小兎の革』や『小兎の角』の総数が52個もあったことに苦笑を禁じえない。……PK討伐時のドロップに加えて美晴ちゃんたちがログインするまで3時間近く兎をさばいていたわけじゃからなぁ。さもありなん、と言ったところか。
武器防具類は、とりあえず美晴ちゃんたちと合流するまでは放置で。スモールホーン・ラビットからのドロップアイテムは常時依頼『小兎5羽討伐』のことを念頭に50個を売却。これにフォレスト・フォックスからだろう森狐系のドロップアイテムも5つ刻みで25頭分は売るとして。残りは、これまた二人と合流するまで放置で良かろう。
……ふむ。そう言えば最後の一戦だけで【スキル】ほか何やらいろいろ得ていたような?
とりあえず、≪ステータス≫とコマンドし。現れたウィンドウを覗けば、〈戦士〉のレベルが上がっていたのでSPを1つ消費して『敏捷』の値を2へ。次いで、戦闘を主眼にした【スキル】のセットを変更。以下の通りにした。
『 ミナセ / 戦士見習いLv.11
種族:ドワーフLv.5
職種:戦士Lv.6
性別:女
基礎ステータス補正
筋力:2
器用:5
敏捷:2
魔力:0
丈夫:1
装備:見習い冒険者ポーチ、見習いローブ、小兎と森狐の毛皮鎧
スキル設定(3/3)
【強化:筋力Lv.1】【収納術Lv.4】【暗視Lv.1】
控えスキル
【交渉術Lv.4】【盾術Lv.2】【斧術Lv.6】【槍術Lv.1】【剣術Lv.1】
称号
【時の星霊に愛されし者】【粛清を行いし者】 』
途中、NPCと出会うようなら【暗視】を【交渉術】に代えるとして。考えるべきは、やはり、称号の項か。
取得インフォメーションのタイミングから察するに、どちらもが十中八九、あのPKたちとの戦闘経験によって得たものじゃろうが……この手の未知の項目に一切の説明文が無いというのは、いささか不親切が過ぎんかのぅ。
あるいは、こういった事柄を調べられる施設ないし【スキル】でもあるのか。いずれにせよ、あとでNPCの誰かにでも訊いて調べねばならないかの。
ともあれ、まずは冒険者ギルドへ。素材アイテムを売るのは勿論、冒険者ギルドでやっているという『アイテム預かりサービス』――アイテムを預けたり引き出したりに一回一回100Gかかるらしいが、どの街の冒険者ギルドからでも預けたものを出すことができるシステム――を利用して、武器防具ほかインベントリに大量の物品を抱えている現状を脱せねば何もできん。特にデスペナルティ――HP全損でインベントリ内のアイテムをすべてその場に吐き出してしまう仕様のことを考えれば戦闘が怖すぎる。
もっとも、さすがにすぐさま全力戦闘というのは過労で意識を失った身では反省が足りんようで。やるにしてもあまり脳に負荷をかけんよう加減せねばならんが……さて、どうなることか。
とりあえず、≪マップ≫を呼び出しながらゆっくりと立ち上がり。部屋を出て、さっさと教会の外へ――
「――おや、おはようございます、ミナセさん」
呼びかけに立ち止まり、振り向く。
神官だろうか。金の髪に眼鏡の長身痩躯の優男が一人、笑みを浮かべて立って居た。
「……ふむ。『おはよう』という時刻ではないと思うが。おはようございます」
ペコリ、と。頭を下げながらそれとなく周囲を確認。
ここは、礼拝堂だろうか。たくさんの座席と、月明かりを透かす一層豪勢なステンドグラス。頭を上げるついでに、あらためて視界の端に浮かぶ現在地を示すインフォメーションを確認すれば……うむ、やはり『礼拝堂』か。
「ときに、おまえさんとは『はじめまして』でもあったと思うんじゃが、どうかの?」
「ええ、はい。はじめまして、ミナセさん。私は運営直轄のNPCです」
気軽に『ジャッジさん』とでも呼んでください、と。男はじつに嘘くさい、柔和な笑みを浮かべて言った。
「ほほぅ。運営直轄の、のぅ」
ちらり、彼の頭上の三角錐を見て。その色がNPCを示す緑なのを確認し、どうやら彼は『共通語』を用いる特殊なNPCなのだと認識する。
……てっきりNPCは全員、『遺失言語』のみを用いており、【翻訳】や【交渉術】などの『知らない言語の意味を理解できるようにするスキル』を介さねば普通は意思疎通ができない設定なんだと思っていたんじゃがなぁ。
「ふむ。なるほど、つまりおまえさんが儂をこの教会に連れてきた、と?」
小春曰く、儂のアバターは運営直轄のNPCが回収した、と言う。それは後日、余人を交えず運営側の者が儂と話したいから、らしいが……こやつが儂に用があるという者かの? と、僅かに瞳を細め、訝しむように見上げる儂に「いえいえ」と。彼はなぜだか少し慌てたふうに早口で否定し、
「ご心配なく。ミナセさんをお運びしたのは黒豹の女性の獣人です。我らが星霊さまの聖名に誓って、私などは決して意識を失っていた貴女様に触れていません」
きっぱり、と。それはそれは至極真面目な表情で告げる彼に、内心で目を白黒し。別段、『触れたかどうか
』を疑っていたわけではなかったんじゃが……まぁ儂としても娘がデザインしたアバターをむやみやたらに触られても面白くはないし、良しとするか。
「ふむ。では、その敬虔な信徒さまが儂に何かようかの?」
閑話休題。さっさと訊きたいことへと話題を戻す儂に、彼は「そうですね。とりあえず、腰掛けてお話しませんか?」と。やはり内心をうかがい知ることの難しい、作り物じみた笑みを浮かべて返し。まるで『ついて来い』とばかりに背を向けて歩き出すのだった。
「端的に申しますと、私はあくまでも代理でして。お話は『天上の方』同士でお願いします」
果たして、彼が案内したのは教会内の応接室のような場所で。儂とジャッジさんはテーブルを挟んで向かいあうように座り、あらためて彼の言葉をうかがった儂に彼はそう返し。
対して、「……『天上の方』同士?」と、その不可解な表現に首を傾げたが、彼はわずかに瞳を細めるだけで答える気は無いようで。
「では、ちょっと失礼して。――『コール・ゴッド』」
おそらくは何かのアーツないし魔法か。その宣言に合わせて彼が淡いエフェクト光に包まれるのを見るとはなしに見ながら、さきに出されたままじゃったテーブルのうえのお茶らしきものに手を付ける。……はて? これは何の茶葉かのぅ? と、新しい疑問に内心で首を傾げていると、
「――お待たせいたしました、水無瀬さま」
果たして、『ジャッジさん』と名乗った男がそう口を開く頃には、彼の頭上の三角錐がいつの間にか同じプレイヤーを示す青へと代わり。
纏う雰囲気や口調も変わっていて、さきに使用していたアーツらしきそれと『天上の方同士』といった発言がどういった意味をもっていたかを察した。
「あらためて、はじめまして。私はこの『星霊幻想記~アイテールファンタジア・オンライン~』の運営責任者であり、代表取締役でもある――」
「待った」
そっと、『彼』の名乗りを遮り。手にしていたカップをテーブルに置いて、
「儂はプレイヤーの『ミナセ』で。おまえさんは神官の『ジャッジさん』、ということでいかせてくれんか?」
なんとなく、『彼』の正体を悟り。この会談が何を目的としたものかを察して、苦笑する。
「い、いえ……ですが、今回の水無瀬さまの件は――」
「謝罪が必要なのは、むしろ年甲斐もなくはしゃぎ過ぎて皆に心労を与えた儂の方じゃからのぅ」
軽く肩をすくめ、あくまで『彼』に謝罪の言葉を告げさせないようにする。
「ゆえに、おまえさんらは誇るだけで良い。儂に、そして多くの者に『時間を忘れて熱中させるゲーム』をつくったのじゃからな」
そして、
「……加えて、言わせてもらえば、じゃ。正直なところ、この姿のときの儂を『それ以外』として扱うのはやめてくれんか?」
客観的に見て、現在の儂はようやく年齢が二桁に届いたかどうかの童女で。『ドワーフ』の特徴として耳の先がとがっているのと印象的な赤い髪をした、基本が仏頂面である儂が纏ってなお愛らしい姿で……。
デザインしたのが娘で。強く勧めてきたのが孫とは言え、そんな愛くるしい童女のアバターを儂のような枯れかけの爺が纏っているというのは……どうなんじゃろうな? 儂なら眉を顰めるんじゃが……。
「え、ええと……。それは、つまり――」
「儂は単なる一プレイヤーの『ミナセ』で。おまえさんは神官の『ジャッジさん』、と。……おまえさんにも責任や立場などはあるんじゃろうし、悪いとは思うんじゃがのぅ」
ほれ、たとえ内情を知っている相手だろうとアバターが童女じゃろ? なのに『中身』を相手取る対応をされる、というのはなぁ……、と。遠い目をして告げれば、ようやくジャッジさんの中身だろう『彼』も理解したのか苦笑し、「わかりました。では、それで」と言って軽く肩をすくめて見せた。
「……はは。しかし、神官の『ジャッジさん』として、では話せることが無くなってしまいますね」
ふむ。
「なんにせよ、儂としては一介のプレイヤーでしかない儂や、儂の友人のために『ジャッジさん』が動いてくれたことはとてもありがたいと思っている。ゆえに、そちらの謝罪の言葉をさえぎっておいて勝手ではあるが……儂からの礼の言葉を受け取ってほしい」
助かった、ありがとう。そう、軽く頭を下げて会談を終わらせようとする儂に『彼』は苦笑を濃くし。「……では、最後に一つだけ」と、ジャッジさんはそう断ってから立ち上がり、儂に向けて手を伸ばしながら、
「ミナセさん。あなたにとってこのゲーム――いえ、この『世界』は楽しんでもらえるものでしたか?」
その問い。その微笑みに、
「ああ。とても楽しませてもらっておるよ」
儂も立ち上がり、差し出された手を握って告げる。
「……では、な」
「はい」
果たして、それで短すぎる会談は本当に終いとなり。
儂は男に背を向け、さっさと部屋を出ようとし、
「……良きAFOライフを」
そんな儂に、頭を下げて告げる『彼』に片手を上げて応え。当初の予定通り、そのまま冒険者ギルドへと向かう。
そして、
「ふむ。ドロップアイテムの買取だけで3075G、か。これで所持金が3745Gとなったわけじゃが……」
さっそく溜まりに溜まっていた素材アイテムの清算を済ませたわけじゃが……まさか、さきの『山林を駆け抜ける風』を雇った3000G分をこれだけで回収できるとはのぅ。最後に『あれ』に延々と兎狩りをさせられたのもこうなれば良かった、のか?
……否。それはない、か。なにせあの長期戦で壊した武装の買取総額に、あれによって皆に要らん心配をかけたことを思えば『良かった』などと軽く思えんな。
もっとも……懐かしい声を聞けたことに関してだけは良かったと言えるが。
さておき、まずは纏う防具を未使用の『小兎と森狐の毛皮鎧』と交換し。『山間の強き斧』に貰った『手斧』の耐久値回復用に、1つ100Gの『耐久値回復薬』を買って、使用。予備の武装と残った『HP回復ポーション』を幾つか『ポーチ』に入れ、1回100Gの『預かりシステム』を利用してインベントリ内を空にすれば、準備完了。
「――さて、行くかの」
呟き、歩き出す。
向かうは、最初に選択可能な街のなかで、唯一、海辺に隣接する街――『キルケー』。
そして、そこから向かえるという洞窟の一つ――『蒼碧の洞窟』。その奥に居るというプレイヤーに会って、話して欲しい、と。儂はこのAFOへログインするまえに小春に頼まれていたのだった。




