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ハンカチを使うとき

放課後、図書室へ行った。

私と和泉先輩がよく一緒に勉強していたスペースに。和泉先輩はそこで一人で本を読んでいた。真面目な顔をして源氏物語を読んでいる。


「和泉先輩…」


声をかけると和泉先輩は目線を上げてにこりと微笑んだ。


「野菊ちゃん……気持ちの整理はついた?」

「……先輩のせいです。」


唇を尖らせると和泉先輩はふふと笑った。


「僕の足跡ついてた?」


こくりと頷く。

和泉先輩は知っていたのだろう。私のよっちゃんに対する恋が終わっていたことを。和泉先輩に対する恋が始まっていたことを。


「では責任を取らなくちゃね。……好きだよ、野菊ちゃん。」


和泉先輩は私を引き寄せると瞼にそっとキスした。


「私も好きです。和泉先輩。」

「東吾って呼んで?」

「東吾先輩。」



***

私と東吾先輩は晴れて恋人同士になった。交際は何もかも順調。たった数ヶ月しか一緒じゃなかったのに、もう何年も付き合っているみたいにしっくりと来る。

夏休みも二人で楽しく過ごした。お互いの宿題を図書館でせっせと片付けて、長い夏休みを満喫。プールにも夏祭りも行った。水着も浴衣も好評で、意中の男性から「かわいい」って褒められる体験をした私もご満悦。飛び切り楽しい毎日を過ごした。すっかり青春模様。ただし、東吾先輩と一緒の志望校に行こうとしたら、結構な学力が必要なことが発覚してしまい、泣く泣くお勉強も頑張っている。東吾先輩と一緒にお勉強するのは楽しいけどね。東吾先輩も「自分の復習にもなるから…」って言ってくれるし。

秋も冬も一緒に過ごした。中学の文化祭なんて特に面白いものでもないけれど、一緒にクラス展示を見て回ったり。冬は二人でスケートにも行った。私は上手く滑れなくて翌日は太腿が筋肉痛になって東吾先輩に笑われた。ボーリングでは東吾先輩の華麗なガターぶりも拝見したし。バレンタインには東吾先輩に合わせてちょっと甘みのあるチョコレートにもチャレンジした。

一学年あがって、私の上履きのラインは青になり、東吾先輩は緑になった。二人で3階の図書室から中庭を見た。


「今年も雪柳の季節だね。」

「真っ白…なんだか懐かしいな。」

「中庭に行ってみようか?」

「そうですね。」


東吾先輩と一緒に階段を下りていく。2階の階段の踊り場に差し掛かったところで東吾先輩の背中が消えたことに気付いた。

あれ…?

イリュージョン?

ちょっと混乱したが、気が付くと踊り場の隅に学ランを着た男の子が体育座りをしていることに気付いた。さっきまであんな子いなかったような…

よく見ると泣いているようだ。上履きのラインを見ると臙脂…一年生だな。

懐かしいな…去年の今頃、私もああやって泣いてたんだっけ。不意にポケットに入れっぱなしのハンカチを思い出した。東吾先輩が私に差し出してくれた水色のチェックのハンカチ。確かきれいに洗ってアイロンをかけてポッケに入れておいたのだ。東吾先輩は「いつか使うべき時使って」などと謎めいたことを言っていた。

私は男の子にハンカチを差し出した。


「使う?」


男の子は顔を上げた。涙でボロボロの…幼い東吾先輩だった。自分でも何を言ってるかちょっと混乱しているが、顔立ちは東吾先輩そのものだ。東吾先輩によく似た弟がいるならそれかもしれないけれど、そんな話は聞かない。東吾先輩は一人っ子だ。幼い東吾先輩はハンカチを受け取って涙を拭い始めた。

私は黙って隣に座った。そして今こそ、東吾先輩が言っていた「使うべき時」だったのだと確信した。

幼い東吾先輩に寄り添って座っていると東吾先輩がぽつりぽつりと今さっき失恋した旨を伝えてきた。小学校の頃、好きになった女の子がいて、ずっと好きだったけれど、言わずにいた。でも今日機会があって思い切って勇気を出して、告白。だけれど「いいお友達でいたいな」などと笑顔で振られてしまったらしい。なんとも脈のなさそうなお返事だ。


「今は今だけしか見えてないから辛いんだよ。いつか将来、昔はあんな恋してたっけ…って懐かしく思う時代が来るよ。それにはこれから先、色んな体験をして、成長して、大人にならなきゃならないけれど。ある人が私に失恋に効くのは時間と新しい恋だって教えてくれた。今は君の心は大好きだった女の子の足跡で踏み場がないけど、時間という新雪が降ればまた新しい足跡がつくんだよ。」


それを教えてくれたのは君だけれどね。と内心呟く。


「先輩も失恋したことありますか…?」

「うん。去年。ガッツリ失恋して、まさに君と同じ格好で泣いてたんだよ。そうしたらね、私にもハンカチを差し出してくれる人がいたの。私の話を聞いてくれて、心を軽くしてくれる人がいたの。だから私もそういう人になりたいと思ったの。」


東吾先輩が泣きながら笑った。


「それは霊験あらたかな恋のハンカチ。いつか、あなたも、自分のように心傷付いて泣いている人がいたら、そのハンカチで、そっと慰めてあげて?いっぱい話を聞いてあげて?そんな風に成長して?優しくて格好良い男の子がおねーさんは好きです。」


東吾先輩は「約束します…」と言いながら泣いていた。


「あなたの心にも新雪が降りますように…」


私は東吾先輩の腫れぼったい瞼にキスをした。


「踏んだ!」

「!?」

「君の心は今一歩おねーさんが踏みました。」


東吾先輩は笑った。


「また会えますか…?」

「来年になったら。」


私は優しく東吾先輩を撫でた。


「あの…お名前を伺っても…」

「野菊だよ。東吾先輩…来年待ってるから。」


もう一度東吾先輩の瞼にキスをして立ち上がって背を向けると、前方に3年生になった東吾先輩の背中が見えた。振り返ると座り込んで泣いていた1年生の東吾先輩は消えていた。

私はそっと東吾先輩の手を取った。


「野菊ちゃん?」

「東吾先輩…ハンカチ、使うべき時が来たので、使ってきました。」

「そっか…」


東吾先輩が微笑んだ。

卵が先か、雛が先か、それは誰にも分らない。だけれどずっとこうなる運命だったのだろう。

真っ白な雪柳の咲く頃に、白い心に足跡一歩。





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