決戦の始まり
ノブナガが単目の巨人へ向かって走り出したと同時に、エリーナたちは隠し通路の入り口へと向かう。
突然出現した巨人にパニックを起こしている人民たちの流れに逆らいながら道を進んだ。
砦と帝城のちょうど中間ぐらいのところまでやって来ると、建物と建物の間の裏路地へと入り込んだ。
「ここです」
「ここって、ここ?」
エリーナに連れられた場所に、ザンは目を点にして指差す。
そこは何の変哲もない、たくさんのゴミが転がっている場所。
というか、完全にゴミ捨て場だった。
ザンの言葉にコクリと頷いたエリーナは転がっているゴミをかき分ける。
すると、ゴミで見えなくなっていた地面にマンホールが出現した。
「地下水路?」
「に見せかけた隠し通路になってるの」
「地下水路に見せかけた隠し通路ッスか……それってあんまり意味なくないッスか?」
逃亡犯などの逃げ場として、地下水路は定番と言える場所だろう。
隠し通路を隠れ場所の定番に見せかけるのは、確かにカモフラージュとして意味をなしていないように思える。
そんなカレンの言葉をさらっと無視し、マンホールの蓋を開ける。
下へと降りる梯子が現れ、それを伝って下へ。
ザンが“フラッシュ”を唱え、下を照らしながら降りる。
それほど長くない梯子を降りると、そこは暗い洞窟のような場所だった。
“フラッシュ”の光以外の光はなく、灯火もない。
「こっちです」
暗い通路をエリーナが先導する。
「それにしても、ノブナガさん大丈夫でしょうか?」
「確かに……あんな大きな魔物に1人で大丈夫なの?」
「んー、大丈夫なんじゃない?数千年前はわたしを使った“剣聖”1人で倒せたし」
「なら大丈夫ッスね!というか、ドラゴンの自分をボッコボコにした前科があるスから問題ないッスよ!」
最後の方のカレンの表情は、どこから遠いところを見つめながら乾いた笑みを浮かべていた。
見つめているのは、土下座した己の過去のようだ。
それを察した全員は、静かに視線を外した。
そのタイミングで、アリンカが目を鋭くする。
「みんな、待って。探知に引っかかった。まだ遠いけど3人……いや5人はいるわ」
「あー、やっぱり待ち伏せされてたかー」
「予想通りッスねー」
どうやら、“気配探知”で5人の気配を捉えたらしい。
想定内なので、特に慌てた様子はない。
「とりあえず、気配を消しながら進みましょう」
そう言い、“ストレージ”から“気配遮断”のアーティファクトを取り出して起動させる。
これでもし、相手が探知系のスキルを持っていても気づかれないだろう。
それでも慎重に隠し通路を進んでいくエリーナたち。
途中で、ノブナガから単目の巨人を倒したという念話が届いた以外、特に何事もなく進んだ。
もうすぐエリーナが言っていた通路の集合地点に到着する。
が、そこに近づくにつれ、エリーナたちの耳に反響した声が入ってきた。
その声は近づくにつれて、明確になっていく。
「本当にここであっているんだろうな、ズーリ」
「だから、さっきから言ってるでしょ?可能性が高いのがここなだけで絶対ではない、って」
「絶対でなくては困る!我らが必ず化物を殺らなくてはならないのだ!」
「落ち着きなさい、ナヴォツ。あなたの言っている事は確かだけど、死に急ぎだけはダメよ。確実に仕留める計画が台無しになる」
「わ、わかっている!」
道の陰から顔だけを覗かせると、メガネをかけた男と黒肌の女がなにやら話していた。
その2人以外にも、男女5人が傍に仕えていた。
『みんな、あいつら全員魔族だよ』
『“獅子”、“烏”、“犀”、“鰐”、“蟷螂”、“避役”、“鱏”』
『まさか、魔族が待ち伏せしてるとわね。どうする?』
ザンとスフィがナヴォツたちの正体を看破した。
念話で会話をし、どうするかを問いかけるアリンカ。
魔族数人ならまだしも、7人となるとエリーナたちでは微妙なところだ。
このまま忍び寄って奇襲を狙うのもありだが、城への侵入に失敗してしまうリスクを犯したくはない。
でも、無視して通るのも無理。
完全に行き詰まってしまった。
エリーナたちが次の行動を決めあぐねていると、ナヴォツたちの方に動きがあった。
「ーーーーナヴォツ、どうやらハズレを引いたみたい。化物たち、地上で正面突破しようとしているわ」
「なに!?本当か!?」
「えぇ。きっちり5人いるわ。行くわよ!」
ズーリに急かされ、エリーナたちとは違う通路へと走り去る魔族たち。
最後までエリーナたちに気づく事なく、ここの守りを開けていった。
反響する足音が遠退き、ついに聞こえなくなった。
「……行ったみたいッスね」
「うん。ノブちゃんが地上でしっかり引きつけてくれてるおかげだね」
「ノブナガさん、大丈夫でしょうか?………………うん、大丈夫ですね」
「エリーナ、その自問自答はさすがに酷いわ」
どうやら、エリーナさん、つい心配で漏らした言葉が問題ですらなかった事に自分で気づいたようだ。
エリーナも大概、ノブナガの周囲の空気に毒されてきたようだ……
「それよりも、先に進もう」
「そうね。気配ももうないし、今のうちに城に入るわよ」
「うん。みなさん、こっちです」
一同は暗い通路を歩き始めた。
エリーナの先導で先へと進み、階段を上る。
階段を上り切ったところにある扉を開けたその先はーー帝城の中、エリーナの部屋だった。
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時間は遡り、エリーナたちが隠し通路を進んでいる時。
「分身体よし。“セルブ・サテライト”よし。武器よし」
地上から帝城に入る為の唯一の入り口、一本橋が見える裏路地に身を潜めているノブナガは最終確認をしている。
ノブナガの目の前には、外套を羽織りフードを被ったノブナガの[+多重分身]体が4人いる。
剣や杖を持っているのは、エリーナたちに扮する為だ。
戦闘はノブナガ本体がするので、黙って立っていればそれらしくは見えるだろう。
そして、遥か上空に飛ばした“セルブ・サテライト”を確認。
改良が施された“セルブ・サテライト”は姿と魔力を隠蔽状態にする事も可能。
しかも、仲介してくれる機体を使えば1キロという範囲をさらに広げられ、最大で約4キロをカバーする事ができる。
それを空間魔法で上空に転移すれば、エリーナたちに何かあってもどうにかしてくれるだろう。
最後に黒剣を確認したノブナガは「問題なし」と頷き、
「行くか」
黒剣を抜剣した状態で裏路地から出る。
周囲にはさっきの巨人騒ぎのせいで騎士以外の民はいない。
何も気にせず、堂々と暴れられるのはいい事だ。
ゆっくりとした足取りで一本橋へ。
その入り口には檻のような門と警備であろう2人の騎士がいた。
その騎士もゆっくりと歩くノブナガとその後ろを歩く分身体たちに気づく。
訝しげな顔をした後、2人で一言二言言葉を交わすとそれぞれ武器を抜いて構えた。
ノブナガが声の届く範囲までやって来ると、張り詰めた声で言い放ってくる。
「おい!そこの者たちっ、止まれ!!」
「武器を仕舞い、城に何用か言え!!」
未だ襲って来ない辺り、まだ自分たちが一般人である可能性を残しているように思える。
間違って民を傷つけない為なのだろう。
その対応は、民を守る騎士らしい行動。
だから、
「俺たちは“奪還者”。ここにいる“魔王”を倒す為に来た。あなたたちには悪いが、少しの間眠っててくれ」
ノブナガの中の良心が少し痛みながらも、右手を突き出したフィンガースナップ。
ストックしていた風の中級魔法“ストーム・タンク”が[+遅延発動]し、見張りの騎士と門を吹き飛ばした。
門は湖の中に落ち、2人の騎士は橋の縁の壁にぶつかって昏倒した。
“気配探知”と“魔力探知”で周囲を探知。
門を吹き飛ばした時の破壊音が、都市内に散らばっていた騎士や帝城の詰所にいる騎士たちに聞こえたらしい。
ぞろぞろと集まってくるのがわかる。
門を吹き飛ばしたノブナガは、急ぐでもなく歩き出す。
橋は一直線だが、500メートルぐらいで結構長い。
一本橋の幅は馬車が通る事を見越してか、馬車2台が余裕をもって通れるぐらいの幅がある。
これぐらいの幅があれば、戦闘するの問題ないだろう。
ノブナガがゆっくりと歩いているうちに、帝城の方からと都市の方からも騎士がぞろぞろと現れた。
一直線の橋で完全な挟み討ち。
手練れが多いのか、ノブナガを警戒を緩めない目で見ていた。
各々が武器を構えている。
対するノブナガは気配の[+特定探知]を使って、ざっとした人数を数えていた。
「5百、は少ないか。だいたい千人ぐらいか」
ノブナガが心の中で「5千はいないみたいでよかった」と付け足したのは言うまでもない。
ノブナガはわざとらしく分身体たちに下がっていろ風のジェスチャーをする。
千程度であれば、ノブナガ1人で十分である。
「やゃゃぁぁぁああああああ!!」
瞬間、未だに武器を構えていないノブナガに大剣を振り下ろしてくる少女がいた。
その華奢な身体には似つかないほど大きい剣が鋭く振るわれ、ノブナガを斬り裂いた。
少女が「獲った!」と確信した表情をする。
が、すぐにその表情は凍りついた。
なぜなら、ノブナガがその大剣を素手で受け止めていたからだ。
スッと上げられた左手が少女の大剣を親指と人差し指でがっちりと掴まれていた。
その手には“金剛”の魔力の鎧が薄く纏われている。
大剣を受け止めたノブナガは大剣もろとも少女を放り投げた。
ノブナガの力に抗えなかった少女は綺麗な放物線を描いて湖へ。
バシャアンッという水飛沫を上げて落下する。
そんなちょっとしたギャグのような光景だが、確かな開戦の狼煙にはなったらしい。
近接戦闘タイプの騎士が雪崩のように迫って来る。
狭い場所で全員が一斉に襲いかかって来るという愚行は犯さず、微妙にタイミングがズレていた。
1つずつ回避していては、永遠に追撃が来そうだ。
なので、
「“放電”」
ノブナガを中心に放たれる、紫の電気。
“鰻”のスキルが発動し、前線を駆けていた騎士たちに炸裂。
瞬間的に盾や武器で防いだ者もいるが、電気故に感電する。
前線の騎士たちが麻痺し、ばたばたと倒れ込んでいく。
突然倒れた仲間を踏まないようにしたせいで、ノブナガに迫っていた足を止めてしまった。
そこにノブナガが攻める。
都市側にいる騎士たちに迫り、ノブナガは黒剣を薙ぎ払う。
斬り殺さないように加減をし、相手の騎士を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた騎士はそのまま湖へ。
返す剣で隣にした騎士も湖に叩き飛ばす。
その間に他の騎士も体勢を立て直し、ノブナガに武器を振るう。
隙間なく振るわれた武器たちをノブナガは“結界構築”で防ぐ。
(んー、剣で1人ずつ湖に落とすのも効率が悪いか)
「我が剣に宿れ風。その刃は荒れ吹く疾風の剣ーーハリケーン・ソード」
“属性付与”を唱え、黒剣に風が纏われる。
強く跳躍して包囲を抜けると、背後を獲った騎士に向かって振るう。
瞬間、暴風が荒れ吹き、ノブナガの視界にいた騎士たちが例外なく吹き飛ばされ湖に落ちた。
ノブナガの背後に襲いかかった騎士も、ノブナガが振り向きざまに振るった疾風の剣によって吹き飛ばされた。
さらに左手を突き出し、
「旋風・荒れ吹く・渦・吹き飛び・毀つーー“ストーム・タンク”!!」
渦巻く風が騎士の群れに着弾。
騎士たちが冗談のように舞い上がって橋外へ。
流れるような動きでしゃがみ、地面に左手を付く。
「“錬成”」
“錬成師”の必須スキル“錬成”、正確にはその派生スキル[+遠隔錬成]を発動する。
逃げ出そうとしていた騎士たちを止める為、都市側に繋がっている橋をパージした。
強制的にパージしたせいで、巻き込まれた騎士たちもいて湖へと落ち、ギリギリ足を取られなかった騎士たちは、腰を抜かしたように座り込んで後ずさった。
普通の跳躍では到底届かない距離に、絶望感を覚えたのだろう。
決して敵わない敵を前に、逃げる事も出来ないのだからそう感じるのも無理はない。
「騒ぎとしてはこんなものか。重力は輪廻する。すべては重軸に集うべしーー“重束”」
自分の作り出した戦状にふむふむと頷きながら、襲い来る色とりどりの魔法を超小型ブラックホールで吸引する。
「そろそろこの数も鬱陶しいな」
面倒くさそうに呟くと、ノブナガはまた左手を突き出す。
そして鳴らされる、フィンガースナップ。
もし、ここにエリーナたちがいれば、その顔をムンクの叫びのように歪めていただろう。
もちろん、[+遅延発動]するのは水の上級魔法“アクアウェイブ・ダイブ”だ。
橋の上で局所的な洪水が発生し、ノブナガや分身体たち以外は綺麗さっぱり湖へと流された。
最終的に橋の上に立っていたのは騎士は誰もいなかった。
周囲を見渡し、「ま、こんなものか」と頷くノブナガ。
「見つけたぁぁぁぁああああああ!!」
突然、そんな叫声がノブナガの耳に入って来る。
瞬間、ノブナガに途轍もない衝撃波が襲いかかる。
咄嗟に“金剛”を纏い耐え凌ぐが、完全には抑えきれなかった。
ダメージとまではいかなかったが、数歩後ずさる。
少し驚いたように目を剥き、声のした方を向く。
そこには、男女6人がいた。
騎士のように装備もなく、纏っている雰囲気も軍の騎士たちとは違う。
それすなわち、
「あんたら、魔族か?」
「いかにも!俺は四天王が1人、ナヴォツ!!貴様を倒しに来た!!」
「同じく四天王が1人、ズーリ。わたしたちの王に、手を出させないわ」
ナヴォツとズーリが代表して前に出て名乗ると、全員がその姿を変える。
人の姿から魔族の真の姿へと。
「ライオンに黒い鳥……カラス?、それにサイ、ワニ、カマキリに、それはエイか?」
特徴からそれを看破すると、ナヴォツが胸を張って言う。
「そうだ!俺は貴様を許さん!ザクロムとクグゥ、それに他の者たちを殺した!!俺たちの仲間をよくもっ、よくも殺ってくれたな!!此の期に及んで、今度は我らが王にまで手にかけようとする貴様をっ、俺は絶対に許さん!絶対に俺たちが貴様をころーー」
長々と続くナヴォツの言葉の途中、突然ノブナガの剣が振るわれた。
ノブナガの右斜め後ろに向けて振るわれた黒剣は空を斬った。
否、ノブナガの剣が斬ったのは空だけではない。
次の瞬間、地面にぼとりと何かが落ちた。
また次の瞬間には、まるで今この瞬間に色が付けられたかのように現れ、地面と一体化した。
ちらりと視線を動かしてみれば、そこには緑の肌に背中から生えた尾ひれ。
傍には大きい目玉と長い舌が口から垂れ出ている、これまた緑肌のもの。
それらはすぐに消滅し、大きな魔石が転がる。
視線を戻してみれば、ナヴォツを含めた全員が驚いたような呆然としているような顔をしていた。
「な、なぜ、わかった……?」
「?なぜわかったって?感知に引っかかっただ」
「感知、だと……?」
「確かに気配にも魔力にも引っかからなかったが、電流や電場、熱線には引っかかったからな」
人間族は持っていない感知系のスキル、“鮫”の“電流感知”、それに“鰻”の“電場感知”に“蛇”の“熱線感知”。
最初は“気配探知”と“魔力探知”だけしか使っていなかったのだが、ナヴォツの話が長いうえにわざとらしかった為に感知スキルを発動したのだ。
結果、気配と魔力に引っかからない誰かが忍び足でノブナガに近づいているのがわかったのだ。
もう、ノブナガから隠れたいのであれば、気配や魔力はもちろん、肉体の電気や熱すらも隠さなくてはのだ。
「今の容姿的に、天紋はカメレオンか?」
とりあえず、剣の間合いに入って来たので斬ってみたのだ。
案の定、人ではない魔族だったので内心ホッとしたノブナガさん。
もし、間違っていたら再成させればいいし、というのがノブナガさんの心情であった。
なにはともあれ、ノブナガを殺す為の作戦は失敗した。
魔族たちの間で、絶望の空気が流れる。
ノブナガが魔族にかけられた言葉が、まるで悪魔の言葉のようにも思えた。
「で、次はどう来るんだ?」




