暗黒の異世界
時間は少し遡り、ノブナガたちが奈落に落ちた頃。
「ノブナガさん!!」
壁の向こう側へと消えたノブナガを追うように、エリーナも壁の穴を跨ぐ。
だが、その先が底の見えない奈落である事に気づくと、踏み出した足を引っ込めた。
「ノブナガさん……」
奈落を覗き込むエリーナ。
暗くて何も見えないエリーナは“ストレージ”から普段つけているメガネを取り出し、暗視と望遠機能を使って覗き込んだ。
それでノブナガが無事に落下しているのがメガネに映り、ほっとするエリーナ。
「スフィさん、飛翔モードをお願いします」
(うん)
“衣化”しているスフィは一度光の粒子となって霧散し、またエリーナに纏われるように再構築する。
そして出来上がったのが、空を連想させるような水色の衣。
“衣化”の[+飛翔衣]である。
エリーナは何の躊躇いもなく、奈落へと飛び込む。
一瞬の浮遊感、その後にエリーナは通力を操作して飛翔する。
まだ飛ぶ事に慣れていないエリーナはゆっくりとだが、着実に奈落の底へと下りて行っている。
1分ほど下りた頃、エリーナはようやく奈落の底にたどり着いた。
が、そこで見たものに驚愕する。
「の、ノブナガさん!!」
部屋の中心で、黒い膜に足を取られていた。
そのすぐ傍にいたネルラも足を取られていた事は疑問だが、それよりもまずノブナガを優先しようと駆け寄る。
「っ、エリーナさん!!来ちゃダメです!巻き込まれます!!」
それをノブナガに止められるエリーナ。
「で、でも!!」
「俺の事はいいです!それよりっ、みんなを集めてください!!アレは……っマズいです!!」
それでもノブナガを助けないエリーナだったが、ノブナガの必死な叫声に足を止めてしまう。
必死に叫びながもノブナガが意識を向けていた方へと視線を向ける。
そこには、見え辛いがヘビの魔族以外に誰かがいた。
エリーナも知っている、青年が。
忘れるはずもない、深く記憶に残っている顔。
見間違えるはずもなかった。
何度も城内で見たのだから。
(アレはっ……いえ、あいつがーー“魔王”!!)
焦った様子のノブナガに納得するエリーナ。
ノブナガを助けるか、“魔王”と対峙するか。
エリーナの中で2つの選択肢が出現する。
だが、エリーナの決断は早かった。
なぜなら、エリーナはノブナガを信じているから。
助けたいという想いは強くあるが、それをグッと堪えてノブナガに強く頷いてみせた。
そして、ノブナガとネルラは黒い膜の中へと消えていった。
ノブナガとネルラが消え、間も無くすると黒い膜も消える。
エリーナはノブナガの帰還を心の中で願うと、上階層にいる仲間たちに念話を飛ばす。
『こちらエリーナっ。緊急事態です!魔王が現れました!!至急来てください!!』
『ッ!?ま、魔王!?何でこんな所に魔王が!?』
『説明は後です!早く来てください!!』
『魔王』という言葉に全員の驚愕が念話から伝わってくる。
とりあえず、来て欲しいという念を込めてエリーナが急かすと数秒後に、エリーナの傍に3つの空間の穴が出現する。
そこから出てくるのはもちろん、ザンたちと分身体のノブナガである。
「エリーナっ。魔王ってどういう事よ!?」
「あれ?ノブナガさんはどうしたんスか?」
とりあえず、今までの事を端的に話すエリーナ。
カクカクしかじか……
「本体が黒い膜に呑み込まれた……なるほど。だから、本体とのリンクが切れたのか」
「分身体のリンクを切らすなんて、一体どこに飛ばされたんだ?」
「わからない。最後に送られてきた光景も黒だったからな」
何やら分身体たちで話している模様。
ただ、こうしてノブナガの分身体が消滅せずにいるという事は、きっとノブナガは無事なのだろう。
「ノブちゃんの事はとりあえず置いといて。今はあっちだね」
「えぇ。あれが、魔王なのね」
アリンカの言葉で、一同が同じ場所に視線を集める。
古びた扉の傍に空間を超えて現れた黒とも紫ともとれるような髪色の青年。
空間を超えて現れたのはサランだけでなく、後ろから3人がサランの背後に並び立った。
「我が名は“魔王”サランだ。久しいな、アブリーの娘よ」
「っ……覚えていたんですね」
「当たり前よ。城ではお前と“王妃”が厄介だったのでな」
「ーーやはりっ、あなたがお母様をあんな目に合わせたんですかっ?」
「ーーーーそうとも」
「っ!!」
エリーナは今まで放った事のない憤怒を漏らす。
“ロードオベーロン”を握る力が強くなる。
それを間近で見ていたザンたちは、普段のエリーナとは違う雰囲気に驚いている。
「ほお、我に抗うか。それは楽しい事だ。だが、あの少年がいない今、我々魔族と対峙できるか?」
エリーナの反応に愉快そうに笑うサラン。
そして、クグゥを含めた4人の魔族がサランの前に立ちはだかる。
ヘビ、ハチ、ウナギ、カメ。
それぞれが、その天紋にあう特徴へと変化する。
対するエリーナは“ロードオベーロン”を構え、ザンは魔剣、アリンカは“天下五剣”を“ストレージ”から取り出し、カレンは[+部分変化]で竜爪と翼を出現させた。
ノブナガの分身体の方は“A”ノブナガが黒剣、“Z”は魔法杖、“K”は短剣を取り出して構える。
“奪還者”と魔族が互いに睨み合う。
張り詰めた空気が、ダンジョンの最深部の部屋に流れる。
そして、戦闘の幕が切って落とされた。
**********************
一方、黒い膜に呑み込まれたノブナガは、
「……ここどこ?」
何も見えない場所に立っていた。
周囲一帯が真っ暗な上に風ひとつ吹いてこない、薄気味悪さを感じる場所だった。
独り言で呟いた声が木霊ように響き渡る。
「ここは、人間族が住んでいる世界、人間界とは別の世界よ」
「うおあ!」
突如、すぐ傍から声が返ってきた事に驚いた声を上げるノブナガ。
慌てながら“フラッシュ”を詠唱し、周囲を照らした。
すると、ノブナガから少し離れた所にネルラが立っている事に気づいた。
「ネルラもあの膜に巻き込まれたのか」
「…………えぇ、そうよ」
ノブナガが思い出したように呟くと、ネルラはなんとも微妙な顔をして言う。
そんなネルラに首を傾げるが、今はそれよりも聞かなければならない事があるので聞いた。
「それで、さっき言ってた事だけど……別の世界ってどういう事だ?」
「まんまの意味よ。ここは人間界とは違う別世界ーー異世界なのよ」
「異世界……?こんな何もない所が?」
ノブナガは“フラッシュ”の数を増やし、目に見える範囲を照らすように上空へと飛ばした。
ようやく見えるようになった世界は、無だった。
木や葉っぱと言った自然物が無ければ建築物も見えない。
地面も砂漠の砂のように不安定な足場である。
これは、世界というにはあまりにも、生きていない。
そう感じた、ノブナガ。
「この世界は、“魔神”が破壊した世界。かつては、人間族とは違う別の種族が暮らしていたのよ」
「っ!?じゃあ、今度は人間界を同じように破壊する気なのか!?」
「さあ?精霊界は精霊が居なくなるほど破壊されてないし、もしかしたら支配だけで終わるかもね」
(それでも支配は目論んでるのか……)
ノブナガは改めて周囲を見渡す。
何度見ても何もない。
自然も、建築物も、地面も、死体も、何もかもが塵に還されたかのように何もないのだ。
本当にこれが“魔神”によるものなのだとすれば、
(止められるのか……?俺に)
世界を塵に還るほどの神に、ノブナガは勝つ事が出来るのか?
ノブナガは心の中でハッキリと呟いた。
ーー無理だ。
と。
今やノブナガの天紋は27つ。
ステータスは最早人が至れるような数値をしていない。
完全なチートマスター。
ノブナガに敵う者なんていないだろう。
だが、それを自負した上でも、“魔神”の力はその更に上をいっているのだ。
ノブナガが絶句するのもおかしくはない。
しばし、その何も言えない気持ちでありたいノブナガだったが、急がなければならない事を思い出した。
「とりあえず、ネルラ。俺はネルラの後を追って元の世界に戻るなんて回り道をするつもりはない。今すぐ帰り道を教えろ」
そう、ノブナガがこの世界にいる間にも、仲間たちは戦っているはずだ。
“魔神”ほどではないにしろ、あの“魔王”の気迫は本物だ。
残ったメンバーやノブナガの分身だけでは太刀打ちできない可能性だってある。
だから、一刻も早く戻らなくてらならないのだ。
ネルラが出口を知られない為にノブナガをまく、という可能性が考えられたノブナガは、そんな暇はないと一蹴して問いかけた。
世界が違うせいか、さっきから念話を送ってもまったく届かない。
分身体たちともリンクが切れ、情報の一切を共有できない状態だ。
早く戻らねばならない。
「帰る方法なんてないわ」
だが、ネルラから予想外の言葉が返ってきた。
「え?それは嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ。こんな何もない所でノブナガをまけるだなんて思っていないんだから、嘘をついても仕方ないでしょ?」
「…………それだとネルラも帰れない事になるんだが?」
「えぇ、そうよ。ノブナガも、そしてわたしも帰る事は出来ないわ」
そんなネルラの言葉を聞いたノブナガは恐る恐るというように言う。
「それじゃあ、あの魔王はそれを承知で自分の娘を巻き添えにしたのか……?」
「…………えぇ」
ネルラは少し表情を暗くしながら、コクリと頷いた。
それを見て、呆気に取られるノブナガ。
(人1人の為に娘を切り捨てたっていうのか?そんな簡単に切り捨てられるものなのかよ……)
片手で目元を覆い、無意識に歯を噛み締めた。
どうしようもない気持ちが、心の中でぐるぐると巡る。
少しの間、その感情に耐えるように止まっていたノブナガだが、気持ちを切り替えてネルラに問う。
「じゃあ、どうやって“魔王”は俺たちをこの世界に転移させたんだ?」
「“魔神”から与えられたアーティファクトで、よ。なんでも、精霊界にある“異界の門”の術式を使って作ったらしいわ。もちろん、1つの世界に限定された使い捨てのアーティファクトだけどね」
「“異界の門”……」
聞いた事がない名詞にノブナガはつい復唱する。
名前が厨二ぽくてカッコいい、なんて思っていない。
例え、目の奥がキラキラと光っていたとしても、ないったらないのだ。
話の部分を繋げるに、精霊は世界を渡る時に“異界の門”を使って世界間を移動するらしい。
竜人族のように“時空魔法”で行き来しているようではないようだ。
「とりあえず……空間は開かれる。我が虚空の前に開門するーー“開門”」
試しに、ノブナガは空間に穴を開ける魔法を発動させる。
いつもなら、現在地と目的地の間にある空間に開けられた穴が出現するのだがーー何も起こらなかった。
「……やっぱりダメか。世界の隔りを越えるのに、空間魔法じゃ弱過ぎる」
理に干渉している以上、決して弱いわけではないのだが、それでも『世界を越える』のに空間魔法は適用されないようだ。
となると、残された手段は1つしかない。
「時空魔法……それなら世界を超えられるはずだ」
時空魔法。
竜人族なら誰もが使えると言われている、この魔法しかない。
だが、
「空間魔法と時刻魔法の組み合わせ、それはわかってるんだけどな……」
セインズ村を旅立ってからも“時空魔法”について研究していたノブナガだが、未だに完成に至れていない。
何か足りたいピースがあるのか、はたまたもともと何かが違うのか、その答えがまだ出ていないような難問である。
とりあえず、ノブナガは“ストレージ”からソファとテーブルを取り出し、さらに周囲に八点遮断結界を張る。
そして、さらに“ストレージ”から取り出された物はベリンの魔法の本と紙とペン。
魔法の本の“時刻魔法”の部分を開き、紙にペンを走らせた。
「何してるの?」
「人間界に戻る為の魔法を作り出す。寛ぎたかったらソファに座ってもいいぞ」
興味深そうにノブナガの手元を見ながら言うネルラの言葉に、ノブナガは紙から一切視線を晒さずに言う。
今のノブナガは、“時空魔法”を作る為の“魔法構築”にほとんどの処理能力を使っているのだ。
他人を気にしている暇など、ノブナガにはない。
どうやら、ノブナガが集中しているらしいと察したネルラは邪魔しないようにソファに座る。
しばらくの間、暗黒の世界にペンが走る音だけが響き渡った。




