“調理師”の母と元奴隷の少年 その何か章
「何度だって邪魔してやるよ。屑魔族」
そう言ったノブナガは冷たい視線を滑らせ、魔族の姿の特徴を見る。
そして、頭の中にそれに似たものが浮かんだ瞬間、納得するように頷いた。
「なるほどな。お前、コウモリか」
「ほぅ、一瞬で見破りますか」
自身の天紋を一瞬で看破したノブナガに賞賛の言葉を送るコウモリ男。
しかし、その顔は賞賛するにしては怒りが滲み出過ぎているが。
「なぜ、私が現れるのがわかったんです?」
「現れる事はわからなかったさ。俺はただ、店内に入る不届き者がいないかを見張る為に居たんだから」
そう、もうお気づきかと思うが、今レプランにいるのはノブナガの[+多重分身]体である。
本体は今も軍の拠点を目指して砂漠を歩いているところだ。
そんなノブナガは、このレプランを出る前に分身体を残して行ったのだ。
お店に不届きな者が侵入しないかの見張り番用に。
決して、自分への恨みを晴らす為にターサを襲ってくる奴が現れるなんて思っていなかった。
が、それが今回はファインプレーだったようだ。
「なんて運のない……」
「あ、でもお前の存在はわかってたよ。どんな奴かはわからなかったが、あのG野郎以外にもう1人魔族がある事だけはわかってた」
「参考までに伺いましょう」
どっからどう見ても、ダメージを回復する為の時間稼ぎだが、ノブナガは敢えて乗る人だ。
「簡単だよ。変造魔法の発動条件。地下室にあった変造魔法の資料によると、今回魔法陣を発動させる起動キーは特殊な音だ。だが、あの地下室には音を発声させるような物はなかった。それが開発されたという記録もない。なら、どうやって魔法陣は起動させられたんだろうな?」
「…………」
「答えは単純明快。音を発声させるようなスキルを持った奴が他にいる。そして、お前の存在に気づく。簡単だろ?」
「参ったね。やはり、あの時“バーサーカー”を使ったのは間違いだったようだ。おかげで、コックルも失った」
コックル……おそらく、ノブナガが魔石すら残さず燃やしたあんちくしょうな魔族の名前だろう。
ノブナガはあんまり思い出したくないので、あっそと軽く流す。
「コウモリには音を出せる器官があるって聞いたことがある。スキル名は“超音波”ってところか?」
「そこまで見抜かれていましたか……」
まさかのスキル名まで当てちゃったノブナガさん。
ノブナガが心の中でちょっと奇跡を感じちゃった。
「もうイイだろう?お前ももう回復しただろ」
「それに気づいていながら私の話に乗ってくる辺り、随分と私を舐めているようだ」
壁に手をついて立ち上がるコウモリ男。
鋭い爪をノブナガに向けて構える。
対するノブナガは拳を握り、“格闘術”の構えを取る。
いつもの剣は、店内では振り辛いのだ。
そうして、構え合ってから数秒。
先に動き出したのは、コウモリ男だった。
弾かれたように飛び出したコウモリ男は一直線にノブナガへと迫る。
しかし、ノブナガの間合いに入る寸前のところで翼を打って急転。
その矛先を未だに座り込んでいるターサに向けた。
一対一の戦いでは絶対に勝てないと悟っていたコウモリ男は、当初の予定通りにターサを人質に取ろうと考えていたのだ。
構えていた鋭い爪をターサに向ける。
が、その前には、ノブナガがターサとコウモリ男の間に入っていた。
人外な動きで不意をついたはずなのに、ノブナガの対応が早すぎる事に目を剥くコウモリ男。
「目の動きがあざと過ぎるんだよ」
小声のように呟いたノブナガは、右拳に“金剛”を集中させ、さらに“豪腕”を発動する。
鋼の鉄鎚となった右拳が、向けられた爪に向かって放たれる。
勢いよく殴られた拳は、鋭い爪を粉々に砕き、そのまま右腕を吹き飛ばした。
「くっ」
骨が粉々になる事はなかったが、それでも右腕があらぬ方向へと曲がってひしゃげていた。
痛みがコウモリ男の動きを止めようとするが、どうにか左腕を動かして翼を打って後退した。
椅子やら机やらを倒しながらも、なんとか着地するコウモリ男。
「まったく鋭い人だ。これは逃げの一手ですね」
「逃すわけないだろ」
「でしょうね。なので、ちょっと爆弾を。……ターサさん」
顔一杯に脂汗をかきながらノブナガと話していたコウモリ男は、その視線をノブナガの背後にいるターサに向ける。
突然話しかけたれた事に身体をびくんと震わせるターサ。
「あなたは10年前、息子さんを失った。しかし、よかったではないですか。奇跡の再会が出来て」
「………………え?」
「あなたの息子さんはとんでもない化物になって帰ってきたみたいですよ」
最初はコウモリ男が何を言っているのかわからない様子のターサ。
しかし、次に紡がれた言葉とその視線で、まさかと目を剥き、その目をノブナガへと向けた。
そんな視線を背後から感じながらも、ノブナガは肯定も否定もしない。
ただジッと視線をコウモリ男に固定して射抜いていた。
「それ信じられませんよね?だって、あなたの息子さんは紋無しだったにも関わらず、10年経った今は複数の天紋を持っている化物なんですから」
コウモリ男はターサの心を追い詰めるように言葉を紡ぐ。
ターサが味わった絶望を思い出させようとする。
おそらく、夜にでも店の前にコウモリを配置させて、それで聞き耳を立てていたのだろう。
その時に、ノブナガとターサの事を知ったに違いない。
「ほ……本当に……?本当に……ハヤト、なの?」
ターサは縋るような目でノブナガに問いかける。
自分の息子なのか、と問わずにはいられない。
それでも、ノブナガは目玉1つ動かさない。
そんなノブナガを好機と見たコウモリ男は、さらに煽る。
「自分の息子が化物だと知った感想はどうですか?大層ショックでしょうね。なんせ、自分が生んだせいで酷い人生を送り、今では化物です。さぞ、あなたの事を恨んでーー」
「ペチャクチャと、よく回る舌だな」
ノブナガの右つま先が地面をトントンと2回ノックする。
瞬間、“闇魔法”で待機させていた“ブラック・バレット”が[+遅延発動]し、黒球がコウモリ男の身体を穿いた。
完全な不意の攻撃を喰らったコウモリ男は苦悶の声を漏らしながら吹き飛び、そのまま扉を突き破って外へと消えていった。
見えなくなったコウモリ男を“気配探知”で捉えておきながら、ノブナガは後ろを振り返った。
そこには、ノブナガに縋るように手を伸ばしているターサがいる。
しかし、その手は何かを恐れているのか、ノブナガに触れる寸前のところで止まっている。
そんなターサに対し、ノブナガも恐れるように目が泳ぐ。
だが、ノブナガはターサの目から恐れているものが何かを瞬時に理解した。
その恐怖を知っているからだ。
なんせ、自分と同じ想いなのだから。
ノブナガが拒絶されるのを恐れているように、ターサも息子に拒絶されるのを恐れているのだ。
ノブナガが母親というものを否定するのが、恐かったのだ。
それがわかったノブナガは少し可笑しく感じた。
例え、10年以上会っていなくても、思考パターンが同じだなんて……似た者親子だな、と。
「……ターサさん、俺はあなたの息子……だと思います。正直、何も確証はありませんし、まだ俺も心の整理がついていません。でも……」
その恐怖はノブナガも味わったもの。
だから、ノブナガは心の準備ができる間があった自分から切り出さねばと思ったのだ。
自分の想いの丈を言わなければ、と思ったのだ。
「俺は母親を恨んだり、拒絶したりしません。だから、守ります」
自身の正直な気持ちを口にするノブナガ。
しばらくノブナガの顔を見続けていたターサは、頰に涙を流し、寸前で止まっていた手を伸ばしてノブナガに触れる。
まるで、それが本物であるか確認するようにベタベタと触り、やがて本物だとわかると、さらに涙を流してノブナガを抱きしめた。
「は、ハヤト……っ。ハヤトォォ……」
2度と抱き締められないと思っていた。
あの時、手を放してしまった事を何度も後悔した。
泣き叫ぶ息子の声が頭から離れた事はない。
そんな12年を、ターサは送ってきたのだ。
だが、ノブナガの言葉がすべてを救ってくれた。
自分の息子の、成長したような言葉に、ターサは許された気がした。
「ハヤトォォ……ハヤトっ」
2度と放すものかと、ノブナガを抱き締める力が強くなる。
少しは好きにさせてあげたいノブナガだったが、まだすべてが終わったわけじゃない。
ノブナガは心を鬼にして、ターサの腕の中から抜け出す。
「まだ、すべて終わってません。すぐ終わらせますから、後でいろんな話をしましょう」
「あ……う、うん。そうね。頑張って」
「はい」
立ち上がり、ターサの周囲に“ストレージ”から取り出した十字架を配置して、八点空間遮断を展開する。
それからレプランを飛び出し、外へ。
瞬間、ノブナガの頭上に影が射す。
一旦“蝙蝠化”を解いて、“魔素再生”で右腕を元に戻したコウモリ男が、またコウモリとなって死角である頭上から奇襲してきたのだ。
外に出てきた瞬間に襲いかかられば、対応が遅れてしまうのも無理はない。
が、“気配探知”でコウモリ男の居場所がバレバレな上に、動きで何をしてくるか予想できていたノブナガには通用しない。
身を晒す事で爪の突きを躱したノブナガは、振り向く勢いを乗せた左拳を放つ。
見事に腹部にめり込むも、コウモリ男が上へと飛んで行ってしまったせいで衝撃をすべて与える事は出来なかった。
さすがに、分身体の強化なしでは受け流させるようだ。
「チッ」
奇襲が上手くいかなかった事に舌打ちを1つ鳴らすと、両翼をはためかせて上空へと逃げる。
それを“空踏”で回り込むノブナガ。
翼を器用に打って進路変更するも、ノブナガが“空踏”と[+縮地移動]を連続発動させ、三角飛びの要領で回り込む。
回り込んだノブナガが“豪脚”の蹴りを放つ。
それを察知したコウモリ男が一瞬にしてノブナガの間合いから離脱する事で、ノブナガの右脚は空を蹴る。
内心で舌打ちしながらも、ノブナガは空を蹴ってコウモリ男に接近し、今度は“豪腕”の拳を振るった。
しかし、またもや器用に翼を操作して躱すコウモリ男。
空を跳ぶ事ができるノブナガだが、それでもコウモリ男のように翼で空を飛んでいるわけではない。
機動力を発揮する翼を持っていないノブナガでは、コウモリ男を捉える事ができない。
それがわかったのか、コウモリ男はニヤっと笑う。
「お前に笑ってる暇があるのか?」
が、次の瞬間には目の前から声を聞いて表情を凍らせた。
先ほど横をすり抜けて行ったはずのノブナガが、いつの間にか振り向いたコウモリ男の目の前にいたのだ。
“歩法術”の派生スキル[+無拍移動]。
相手の隙をついて間合いに入るスキルだが、地面でなくとも足場となる所であればどこでも出来る。
そうして間合いに入ったノブナガは拳を握って振るう。
が、先ほどと同様に翼を打って回避するコウモリ男。
敢え無く、ノブナガの拳は空を殴った。
「何度したって同じーーッ!?」
内心の心の荒れを隠しながら言うコウモリ男。
しかし、その言葉は最後まで言う事は出来なかった。
自身の胸元に一線の傷が出来ていたからだ。
ダラリと血が垂れる。
深いわけではないが、決して浅いわけでもない。
突然できた傷を片手で抑えるコウモリ男。
その顔は、痛みにと言うよりも訳がわからない事で歪めている表情だった。
何故なら、この光景を知っているから。
この傷を付けた光景を覚えているからだ。
そう、この技は間違いなく、アイツと同じーー
「初めて使ってみたが、なかなかの切れ味だな。“風刃”っていうからショボいと思ってたけど、効果の範囲はともかく使えるな」
ゴキ……Gのスキル“風刃”。
書いて字の如く、風の刃を纏うスキル。
鎌鼬のように対象を切り裂く事ができるが、その効果範囲は短剣の間合いと変わらない。
しかし、今回のようなギリギリ回避されるような状況であれば王手をかける事ができる。
「き、貴様……なぜアイツの技を……」
「知らないのか?なら、お前んところの王様にでも聞けよ」
空を蹴ってコウモリ男に接近、右手刀を横一閃に振るう。
今度は強く翼を打って後退し、両腕を目の前でクロスさせて防御体制。
その腕に傷が刻まれるが、先ほどよりも明らかに浅い。
仲間の技だっただけあって、その対策法も熟知しているようだ。
さらに追撃を加えようと空を蹴るノブナガ。
しかし、
「やられっぱなしでいるとお思いですかっ!!」
クロスさせていた腕を勢い良く解き、両手の平をノブナガに向ける。
瞬間、今日から強烈な音がノブナガを襲う。
ノブナガは思わず両手で耳を塞ぐが、その強烈な音は全身の体液を揺らしているのでまったく意味がない。
“空踏”のために集中していた魔力が霧散し、地面へと落下する。
ノブナガが落下し始めた頃には音は止み、コウモリ男は反転して全力で逃げた。
空を飛べるアドバンテージを使い、空高く飛び上がってノブナガから距離を取っていった。
然程高いところまで行っていなかった事が幸いして、それほどダメージを受けずに地面に衝突したノブナガは、空を飛ぶコウモリ男を“遠目”で眺めていた。
本体のノブナガであれば、本気の“空踏”と[+縮地移動]で追いつく事が出来るだろうが、分身体であるこのノブナガには物言わせる魔力がないのだ。
追いついたはいいものの“空踏”を使う魔力が無くなったでは笑いものである。
なので、分身体はただ眺める事しか出来なかった。
そんなノブナガを上空から見下ろしたコウモリ男は、ノブナガが追ってこないとわかるとあからさまにホッと息を吐いた。
あの強烈な音で、“蝙蝠化”を維持するMPしか残っていないコウモリ男にとっては生死に関係する問題なのだったのだから、安心するのも無理はない。
が、それがいけなかった。
気を抜いた事で、気づかなかったのだ。
ノブナガが見ている事に。
「?今何かひかーー」
コウモリ男が目端に小さな光を捉えた瞬間、それがコウモリ男が見た最後の光景となった。
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遡る事、数分前。
軍の拠点を目指して砂漠を歩いていたノブナガ一行は、ノブナガの分身体が魔族と交戦を開始したとの事で休憩に入っていた。
砂漠の上にどこでも野宿セットを広げ、ノブナガが認識阻害の空間歪曲を展開しているので気づかれることもない。
そこに机と椅子を揃えて座るエリーナたちは紅茶を飲みながらノブナガの実況で、魔族との戦いを見届けていた。
どうやら、相手の魔族は大した事はなく、分身体でも殺れそうだという話から、5人の雰囲気はまったりモードだ。
そんな紅茶に口をつけているノブナガの動きがぴたりと止まり、空を見上げた。
みんな釣られて、空を上げる。
ノブナガが遠くを見ているので、エリーナはメガネの“遠目”を使って空を見る。
すると、メガネのレンズに黒い物が映った。
他の3人は“遠目”が“生成”された虫メガネのような物を取り出して、黒い物を見ていた。
「コウモリが逃げ出したみたいだな」
「え、大丈夫なの?」
「ま、問題ねぇよ」
空間歪曲の結界から出たノブナガは“ストレージ”から銃を取り出した。
“ガンゼール”ではなく、それよりも1メートルほど銃身が長く、スコープが取り付けられていた。
どっからどう見ても狙撃銃である。
ザンが顔を引攣らせ、エリーナたちが首を傾げる。
そんな女子陣を余所に、ノブナガはスコープを覗き込む。
普通であればごま粒のようにしか見えないが、スコープに“遠目”を付けているのでハッキリと見えている。
「我が銃に宿れ雷。その弾丸は煌めく稲妻の銃ーー“サンダー・ガン”」
ぼそりと詠唱し、ノブナガが持つ銃に雷が宿る。
[+標的固定]でコウモリ男をロックオンし、呼吸を止める。
そして、静かに引き金を引いた。
瞬間、銃口から飛び出した弾丸は光の柱となり、天を貫いた。
もちろん、その途中にいたコウモリ男の身体を何事もないかのように貫いて。
天を衝いた光景に、一同はポカンとしている。
それをいち早く解いたザンが、満足そうに構えを解くノブナガに問いかけた。
「狙撃用の銃。本当の銃の構造は知らないから、[+魔矢]を弾代わりにしたんだ。さすがに届かないから電気加速も加えて」
“ガンゼール”を作った時から作っていた狙撃銃。
ちょっと遊び感覚で作ってみた物らしいのだが、どう考えても遊びで済むような品物ではない。
確かに、途轍もない威力を発揮しているがーー
「ノブちゃん、それはダメだよ」
と、真顔で言うザン。
「ノブちゃんがいた世界じゃ常識な武器かもしれないけど……それやっちゃったらファンタジー終了だよ?」
「……だよな。実は作った時にちょっと思ったんだ。世界観狂うな、って」
ザンが言いたい事は、すでにノブナガも感じていたらしく、この後すぐに封印する事になった。
狙撃銃をどこからともなく“錬成”した鎖で巻きつけ、『封印』と書いた紙を貼っている光景は、なんともシュールだった。
「さて、休憩もこれぐらいにして行こうか」
ノブナガが先ほどの事をなかった事にするように、みんなに言う。
それを感じ取った女子陣は、特に何も言う事なく荷物をまとめ、立ち上がる。
コウモリ男の魔石はノブナガが分身体を出して、取りに行かせる事にした。
そうして、5人はまた歩き出す。
次の戦場へ。




