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奴隷からはじまる下克上冒険  作者: 明石 遼太郎
タルワーリア教会編
29/123

ドラゴン退治です?

「後は俺がやります。撤退して下さい」

「え?でも、相手はドラゴン……」

「問題ないです」


 ノブナガはアリンカから離れるように前に出る。

 左手に持つ盾はセインズ村の近くの山から発掘される鉱石、断魔鉱石を主軸に使った盾である。

 断魔鉱石は魔力を弾く特性を持つ鉱石で、初級魔法程度の魔力であれば簡単に弾いてしまう。

 それを使って作った盾は最高の対魔法用盾と言っても過言ではない。


 と言っても、今回のドラゴンの炎はどう考えても上級魔法ぐらいの威力があったので“金剛”を合わせたのだが。

 ノブナガが今纏っているローブには認識阻害の術式が込められていて、正体がバレる事はない。


 ドラゴンに歩み寄りながら、ノブナガは盾を“ストレージ”に仕舞い、代わりに剣を右手に転移させる。

 剣も自身の力に合わせて自作したロングソードだ。

 上から下まで黒い剣。

 厨二の人が見れば、心擽ぐられるの間違いなしである。


 剣を抜いた瞬間、“剣術”の[+身体強化]を発動させ、炎竜に向かって駆け出す。

 そんなノブナガを黙って近寄らせるわけがないドラゴンは前足の爪を突き出してノブナガを貫こうとする。

 ノブナガは跳躍して、それを回避。

 空中に回避したノブナガに向けて、ドラゴンは4つの炎球を出現さて放った。

 さすがのノブナガの空中での回避は不可能だ。


 仕方なく“ストレージ”から転移させてきた短剣4本を投擲して迎撃する。

 炎球が爆発し、風が吹き荒れる。

 その爆発音に紛れ、風の防御魔法“ストーム・フォート”を唱えて爆風を凌ぐ。


 爆風を防ぎ、空中にいる状態で接近したノブナガは“剛力”を使いながらドラゴンの頭に振り下ろす。

 がドラゴンの鱗は硬く、カンッという甲高い音を立てながら弾かれた。


(ッ、やっぱ硬いか!!)


 ノブナガのバグったSTRを持ってしても斬れないようだ。

 剣が当たった衝撃しかダメージを与えられていない。

 地面に着地すると同時にドラゴンの足元に滑り込む。

 今度は[+武器強化]も乗せ、ドラゴンに斬り掛かる。

 [+身体強化]と“剛力”と[+武器強化]を乗せてもドラゴンの鱗を突破出来ない。

 だが、今回は鱗に傷を入れる事が出来た。


 しかし、ドラゴンも足元に居られてジッとしているわけがない。

 大きな翼をはためかせ、上空へと飛翔する。

 上空へと逃れたドラゴンはノブナガに向かってブレスを放つ。


「重力は輪廻するっ。すべては重軸に集うべし!ーー“重束(グランディア)”!!」


 それに対し、ノブナガは重力魔法を発動させ、頭上に黒い球が出現する。

 瞬間、ドラゴンが放った炎がまるで掃除機のように黒い球に吸い込まれ消滅する。

 それにドラゴンがグェッという驚いたような音を出す。


 重力魔法“重束(グランディア)”。

 もちろんノブナガのオリジナルで、出現した黒い球はあらゆる物を吸い込んで消滅させる、超小型のブラックホールである。

 ブラックホール同様、光すら吸い込んでしまう為に黒く見えているのだ。

 ただ、小型な為に吸い込めるのは物のみだ。


「風・纏う・疾風ーー“ゲイル・ラビット”」


 ドラゴンが硬直している間に、ノブナガはさらに魔法を唱える。

 風が纏わり、推進力を得たノブナガは大きく跳躍する。

 一気にドラゴンの鼻先までやって来たノブナガは剣を両手を持つ。

 スキル“豪腕”を発動させ、さらに腕に通力を流して強化する。

 [+身体強化]、“剛力”、“豪腕”、通力強化が乗った力を使い剣を振り下ろす。


 が、ドラゴンの頭に振り下ろすのは刃ではなく……柄頭だった。

 柄頭を本気で打ち込まれた炎竜は衝撃が貫通し、勢いよく地面へと落とされた。

 地面を凹ませる勢いで落下するドラゴン。


(あー、ちょっとやり過ぎた……?んんっ、まぁいい。さっきので鱗の強度はわかったし、これで終わらせる)


「我が剣に宿れ五帝。その刃は自然に恵まれし天命の剣ーー“エレメント・ソード”」


 右手に持つ剣に五色の属性が付与される。

 自然の光を掲げながら落下してくる姿は、まるで天罰を下す天使のようにも思える。

 自然落下に身を委ね、ドラゴンに迫る。


 地面に叩きつけられ怯んでいたドラゴンは頭上の異常な明るさに気がつき、ノブナガを見上げる。

 ノブナガが何やら五色に光る剣を掲げながら落ちてくるのを見たドラゴンは本能が鳴らす警告を感じ取った。

 どうやらドラゴンは自身の命の危機を察したようだ。


 ドラゴンは慌てふためいたように叫んだ。


『ちょっ、ちょっと待ってくださいッス!謝りますから許してくださいッス!!』


 急に人の言葉が聞こえ、ノブナガの動きが止まる。

 聞こえたというより、ザンと念話しているような感じだった。


 ドラゴンの身体から光が放たれ、だんだん光が小さくなっていく。

 光が霧散し、姿を現したドラゴンはーー人だった。

 それもノブナガよりも年下の女の子だった。


「えっ?ちょっ!!」


 さすがのノブナガも子供が出現すれば、驚くのも無理はない。


「重力は無に還る!我が身は空を浮遊せよ!!ーー“無重(アンチグラビティ)”!!」


 ノブナガに掛かる重力をゼロにする魔法を発動させ、静かに女の子の前に着地する。

 地面に着地するとノブナガは目の前で土下座している女の子を見下ろす。


「すいませんッス!ごめんなさいッス!!なんでもするんで殺さないでッス!!」


 見事な土下座を披露している女の子をノブナガは何とも言えない気持ちになる。

 どうしてドラゴンが女の子に?とか、どうしてドラゴンがこんな所に?とかの疑問が一瞬にして吹っ飛んだ。

 今のノブナガには土下座する女の子が哀れにしか見れなかったようだ。


 とりあえず、我に戻ったノブナガはドラゴンだった女の子に事情を聞こうとする。

 が、“気配探知”である人物がこちらに近づいてくる事に気がついたノブナガ。

 その人物はノブナガが助けた少女ーーアリンカだった。

 それに撤退していた騎士の中の何人かがこちらにやって来ている事もわかった。


 今のノブナガは認識阻害をしているので顔がバレる事はないだろうが、女の子がどうなるかはわからない。

 ドラゴンである事がわかれば、きっと殺されるか監禁はされるだろう。

 それが少し後味が悪い、と思ったノブナガ。

 こんな哀れな女の子でも、人である事は変わりないのだ。


「はぁ……」


 ノブナガは先の事を思うと自然とため息を漏らした。

 そんなため息に敏感に反応する女の子。

 それを無視し、ノブナガは詠唱する。


「深闇・溢れる・靄ーー“ダーク・スモーク”」


 目眩しの魔法が発動し、ノブナガの身体から黒い霧が溢れ出る。

 通力で魔法を強化する事で、霧が広まる範囲を広くする。


「きゃっ!」


 霧がアリンカを覆うと同時に“隠形”を発動させ、ドラゴンだった女の子を抱える。

 そして、霧が晴れる前にその場を離脱した。


「ちょっと!どういう事!?」


 霧に呑まれ身動きが取れないアリンカ。

 アリンカも“気配探知”を発動させて位置を探ろうとするが、当のノブナガは“隠形”中なので捉える事が出来ない。

 そして霧が晴れ、周りを見渡してみるアリンカ。

 もうノブナガの姿はどこにもなく、何もない空間しか広がっていなかった。


「あ、あの人……一体何者だったの……」


 ドラゴンを圧倒した人影を思い出す。

 ドラゴンの攻撃をすべて凌ぎ、ドラゴンにダメージを与えていた。

 顔がなぜかまったくわからなかった。


「アリンカちゃーん!!」

「タヤさん……」


 撤退して行った方からタヤが率いる騎士たちが駆け寄ってきた。

 タヤはドラゴンがいない事に驚きながら、アリンカが生きている事に嬉しそうに駆け寄る。


「ドラゴンを倒しちゃったの!?」

「あ、いえ……私は何も……」

「さすがアリンカちゃん!!“剣聖”の名に相応しいよっ!!」


 アリンカが否定するが、タヤはまったく聞く耳を持たないようだ。

 いつもの事なので、アリンカは否定するのを諦める。

 そこでふと、思い出した。


「そう言えば、タヤさん。ドラゴンのブレスは大丈夫でしたか?」

「へぇ?あ、あー、うん。大丈夫!咄嗟に炎に向かって水矢を放ったら、どうにか耐えられたよ!!」

「そうですか。よかったです。それでは、早く隊に戻りましょう。負傷した騎士たちが心配です」

「わかったー。みんな戻るよー」


 タヤは連れてきた騎士たちに指示し、撤退した隊の元に戻る。

 アリンカもそれに付いて行こうとする中、ふと振り返る。

 さっきまでドラゴンがいた場所を眺め、思った。


(あの人、どこに行ったんだろう……)


 自分を助けてもらった人影を思い、胸の中でそう呟いた。



 **********************



 アリンカたちが撤退している一方、ノブナガはと言うとーー


「あの、これは?」

「縄だけど?」

「いえ、それはわかるッスよ?自分が聞きたいのはーーどうして木に括られているのか、って事なんスけど……」


 そう、今現在、ドラゴンだった女の子は木と一緒に縄でぐるぐる巻きにされていた。

 子供をぐるぐる巻きにしている状態を眺める少年、と虐待を疑われる光景である。

 だがもちろん、理由もなしに木に括り付けているわけではない。


「お前、ドラゴンなんだろ?得体の知れないお前を自由にするわけないだろう?」

「いや、まぁそうなんスけど……この縄ビクともしないんスけど……殺さないッスか?」


 女の子を括り付けている縄はアーティファクトだったりする。

 人を拘束する機会が奇妙に多いノブナガが作ってみた物だ。


 固定型拘束アーティファクト“ボーブ”。


 縄の部分は断魔鉱石製で魔法での強引な突破を無効化し、縄の両端に付いてある魔石には空間固定の術式が込められている。

 アーティファクトを起動させると、たとえ空中であろうと拘束が可能なのだ。

 ビクともしないのは当たり前である。


 まぁ、女の子の不安もわかるノブナガはため息を吐きながらも安心させる言葉をかける。


「はぁ……魔物ならともかく、魔物じゃない時点で殺す気はさらさらない。自由は……お前の返答次第で自由にしてやる」

「ホントッスか!?」

「あぁ。とりあえず、名前を教えてくれないか?俺はノブナガ。お前は?」

「ノブナガさんッスね!自分は竜人族のカレンッス!!」


 女の子ーーカレンは驚くほど素直に答えた。


(そんなに殺されるのが嫌なのか……)


 若干涙目なカレンを見て、申し訳ない想いになるノブナガ。

 というか引いた。


「カレン。竜人族って言ってたけど、カレンは異世界から来たのか?」

「え!?ノブナガさんっ、人間族なのに異世界の存在知ってんスか!?」

「あ、あー、まぁな。で、どうして騎士を襲ってたんだ?」

「お、襲ってないッスよ!!あっちが自分の住処に踏み込んで来たんスよ!!」


 そこからカレンの話を纏めるとこうらしい。


 カレンは半月ほど前に人間界にやって来たそうだ。

 そこで近くにあった火山に住み付き、安らかに眠っていたという。

 すると、今日人が火山に入って来て、ドラゴン姿のカレンを見るなり攻撃して来たらしい。

 騎士たちを火山の外まで追いやり、二度と来ないように恐怖を刻み込もうとしたようだ。

 それからノブナガも知るように、ノブナガが介入するなり一瞬にしてぶちのめされたんだそうだ。


「自分は殺す気なんてなかったんス。炎だって手を抜いて吐いてたんスから」

「まぁ、俺にはともかく、騎士の中に死人が出なかったって事はそういう事なんだろうなぁ」

「そうなんス。そうなんス」

「……」


 カレンの「そうなんス」という言葉で、某水色のモンスターを思い出してしまい遠い目をするノブナガ。

 すぐに頭を振って忘れると、ノブナガは疑問に思った事を聞いてみる。


「そう言えば、なんで人間界に来たんだ?」

「え?え、えーと……その、なんといいますか……」

「なんだ?言えない事でもしに来たのか?」


 歯切れの悪いカレンを目にし、ノブナガは怪しげな目で聞いてみる。


「い、いやっ、ないッスよ!ただ、その………………出ッス」

「え?よく聞こえないんだが?」

「っ!家出ッスよ!家出!!親が嫌になってっ、世界超えて来たんスよ!!」

「…………は?」


 珍しくノブナガの目は点になった。

 間抜けな顔とはまさにこの事であると代弁しているかのような顔だった。


 当たり前だ。

 なんせノブナガが知る子供の家出の規模は近所までだ。

 異世界までやって来るなど聞いた事がない。

 というか想像もした事がない。

 ノブナガがど規模を抜かれたのは当然と言えるだろう。


「なんスか!?その顔は!?」

「え、あいや。すまん。何でもない」


 逆ギレ気味に言われるが、ノブナガは気が動転し過ぎてそれにまったく気づいていない。


 とりあえず、事情はわかったノブナガは“ボーブ”を解いて拘束を解いた。


「家出だったら、早く自分の世界に帰れ。人間界じゃ、居ずらいだろし」

「あー、それが帰れないんスよ」

「帰れない?帰る為の魔法がないとかか?」

「いや、竜人族には世界を渡る事が出来る時空魔法を生まれつき持ってるんで、それで帰れるんスけど……自分の世界ーー竜界と繋がらないんスよ」


 聞く話によると、カレンは10日程して竜界に帰ろうとしたそうだ。

 しかし、どうしても人間界と竜界を繋ぐ事が出来ないらしい。

 別の世界でも試してみると、どうも原因は人間界の方にあるのだとか。


「つまり、その原因をどうにかしないと帰れないってわけか」

「そう言う事ッス」

「で、その原因ってのはわかってるのか?」

「それがよくわかんないんスよ。別世界へとアクセス自体は出来るんスけど、接続が出来ないんスよねぇ。まるで人間界から出られないみたいに線が伸びないんスよ」


 アクセスとか接続とか線とか、ノブナガにとってはちんぷんかんぷんだが大体の想像はつく。

 時空魔法には興味があるが、今は目の前の問題だ。


「その原因なんだが、俺に1つ心当たりがある」

「ホントッスか!?」

「あぁ。ここからは内緒の話なんだが……」

「絶対に誰にも言わないッス。約束するッス」

「わかった。実はだなーー」


 ノブナガはカレンに今この世界のこの国にいる魔族の存在について話した。


「えっ!?魔族がこの世界にいるんスか!?」

「あぁ。間違いない情報だ。これも含めて考えると、魔族の仕業だと考えられないか?」

「あり得ない話じゃないと思うッスけど、魔族に世界を渡る力なんてないッスよ?」

「俺が出会った魔王の娘の話じゃ、今回の魔神にはそれが出来る、らしい。俺もまだよくわかってないが」

「精霊界が不穏な状態だとは聞いてたッスけど、まさか魔族に滅ぼされていたなんて……酷い話ッスね」


 ノブナガの話を聞き、カレンは確信めいたもの感じる。

 魔族の存在と今回の原因が無関係とは言い切れないような時期の合致である。

 手掛かりもない今としては少しでも可能性のあるモノを潰していくしかない。


「で、それを自分に話して、ノブナガさんは自分に何を望むんスか?」

「……」


(へぇ、結構頭が回るんだな)


 今まで哀れな子だとばかり思っていたノブナガはカレンの言葉に感心する。

 タダほど怖いものはない、とわかっている目である。


(ま、今回はそんな深刻な事じゃないけど)


「俺がこの話をしたのは、カレンを勧誘する為だ」

「勧誘?」

「そうだ。帰る原因がわからない今、お前は少しでも可能性のあるモノを潰したい。そうだな?」

「はいッス」

「俺の組織“奪還者”の目的の中にも魔族を潰す事が入っている。つまり、目的の一致だ。そこで勧誘する。竜人族カレン、“奪還者”に入らないか?」

「まぁ、そうッスね。ノブナガさんと旅出来るのは、なんだか楽しそうッスからね。自分も仲間に入れてくださいッス!」

「あぁ、よろしく。カレン」


 勧誘、と言っているがノブナガはただ放って置けなかっただけである。

 小さな女の子を無法の地に放り出すのは気が引ける。

 それにここまで関わっておいて、今更無視など出来ない。

 要はノブナガのーーいや、信長の優しい心から来た気持ちだった。


 こうして地震から始まった騒動は幕を閉じた。

 “奪還者”に新たな仲間カレンも加わり、また賑やかな旅が出来そうな予感が、ノブナガの心を踊らした。

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