北東の教会
帝国の中心である帝都の北東方面にあるタルワーリア町。
都市というほど大きいわけではなく、村というほど小さいわけではない町。
その町の近くにある崖の上には、教会があった。
その教会からは神聖な場所には相応しくない、けれど不快にならない賑やかな声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!あそぼう!!」
「ちがうもん!お姉ちゃんはわたしとあそぶの!!」
「おれたちとだよ!!」
「わたしたちだもん!!」
「ほらほら〜、ケンカは良くないよ〜。遊びはみんなで仲良く遊ぶから楽しんだよー?」
桃色の髪の少女の下に5人の子供が囲んで、誰がその少女と言い争っている。
しかし、少女は手慣れたように子供たちに言った。
「みんな仲良く!これ大事!!わかった?」
「……うん。わかった」
「ごめんなさい」
桃髪の少女にビシッと言われ、しゅんと拗ねたように言う男の子と女の子。
それを聞いた少女はパッと明るい笑顔を見せる。
「よしっ。それじゃあ、今日はみんなで鬼ごっこをやるぞー!」
「えー、お姉ちゃんぜんぜん鬼にならないからイヤだ」
「お姉ちゃん、おとなのくせに手加減しないんだもん」
「つまんないよ〜」
「えぇ!?」
桃髪の少女ーーザンが決めポーズかのように出口を指差して宣言するが、まさかの返ってきたのが子供たちからの満場一致の大不評。
さっきまで言い争っていた2人ですら、途轍もない速度の変わり身で意見を一致させていた。
さすがのザンさんも何事かと驚く。
が、ザンがたとえ2桁に達していない年齢の子供に対してもまったく手を抜かない事は事実である。
ノブナガやエリーナもさすがに手を抜け、と言うが返ってきたのはーー
「わたしはザン。たとえ相手が子供だろうと一切手を抜かない女」
と香ばしいポーズを取りながら言った。
いや、言い切りやがった。
ちょっとイラッとしたノブナガは指先に[+身体強化]を集中させたデコピンをぶっ放した。
ザンが額を抑えてゴロゴロと地面を転がったのは言うまでもない。
すぐにエリーナが回復魔法をかけたので問題はないだろう。
が、どうもそのデコピンは効いていないようだ。
なんせ、今のザンの反応から手加減する気は皆無のようだし。
「なら、かくれんぼにすれば?それなら関係ないし」
「あ、それいい!お兄ちゃんのかくれんぼしよう!」
「うん!わたしもかくれんぼがいい!!」
教会の奥からノブナガがやって来て、公平な遊びを提案する。
子供たちからは大好評のようだ。
「ねぇねぇ!お兄ちゃんも遊ぼうよ!!」
「ごめんな、レイヤ。今からイクレさんと買い物に行くんだ。また今度遊ぼ?」
「うん!わかった!!」
「なんでノブちゃんの言う事は素直に聞くの……?」
ノブナガの言う事を素直に頷く男の子ーーレイヤを見て、ザンはなぜか悲しそうな顔になった。
「お姉ちゃん!早くかくれんぼしよ!!」
「わっ、わぁ!引っ張っちゃダメだよ〜」
そんなザンを知ったこったねぇ、とばかりに手を引く女の子ーーサチ。
サチに手を引かれて教会を出るザンを追うように、他の4人の子供たちも外へと駆け出して行った。
それを微笑ましい笑顔で手を振って送るノブナガ。
「ごめんね。子供たちの相手をさせちゃって」
そう言いながら、ノブナガと同じ奥からシスターの格好をした女性が現れる。
「イクレさん。いえ、ザンも楽しんでますから」
イクレはこの教会に仕えるただ1人の“神官”。
親のいない子供たちをこの教会に集め、親代わりに育てているそうだ。
まだ20代の身でありながら、である。
「まだ子供なのに、本当にノブナガくんはしっかりしてるのね」
「そうですかね?」
「えぇ、そうよ。エリーナちゃんもしっかりした女の子になって……前にあった時はちょっと暗かったから心配だったし」
「そうなんですか?まぁ、確かにいろいろあったみたいですし」
エリーナと出会いたてを思い出してみるが、そんなに暗い印象を感じなかったとノブナガは思った。
暗いといえば、あの帝国の話について話している時ぐらいだろうか。
「それより、買い物に行きましょう。夕食の支度が遅れると子供たちが拗ねちゃいますよ?」
「あははは、それもそうね。それじゃ、行こう」
イクレが麦わらの鞄を手に教会を出る。
その背中を追い、ノブナガも教会を出る。
出る瞬間、思った。
『なんで、俺教会に住まわせもらってるんだろう?』
と。
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というわけで振り返りましょう。
セインズ村を出たのは5日前。
そして、タルワーリア町に着いたのは2日前の夜だった。
セインズ村を出たノブナガは旅路を歩きながらある魔法を創っていた。
“賢者”だったベリンの魔法の研究本を見ながら、ベリンも完成できなかった魔法に挑戦していたのだ。
その魔法は重力魔法。
名前の通り、重力に干渉する魔法だ。
ベリンから“賢者”の天紋を受け継いだおかげで、ノブナガも理に操る魔法を使えるようになった。
この魔法があれば、旅が楽になると思ったノブナガはセインズ村に滞在している時から完成に向けて作業していた。
しかし、ベリンが完成できなかっただけあって困難だった。
が、それはセインズ村を出た1日目にして完成した。
興奮が収まらない中、ノブナガは重力魔法を主にしたアーティファクトを“生成”する事にした。
一晩掛け、そのアーティファクト完成させた。
飛行型移動機“スカイローブ”。
見た目は平べったい絨毯のようだが、起動ワードを唱える事で魔力を消費して動く仕掛けになっている。
怪しまれないように“隠形”、あと推進力を生み出す為に風魔法“ゲイル・ラビット”を組み込んでいる。
それから風を防ぐ為に空間魔法を展開させ、風除けともし視認された時の為の認識阻害も完備である。
この“スカイローブ”を使った移動を行ってから、移動速度はバカみたいに速くなり、本来であれば1週間掛かる道のりを3日でたどり着いたのだ。
そして、予定よりも少し北になった北東の町タルワーリア町にたどり着いた。
しかし、到着したのが夜という事もあり、宿を取る事ができないという問題が起きた。
宿の人に聞くと、なんでも明日の朝には騎士の人たちが遠征に来るらしく、どこの宿も予約でいっぱいのようだ。
騎士が来るという情報には驚いたが、今は今夜をどうするかが問題だった。
ノブナガが少し考えていると、エリーナから提案があった。
なんでも、この町には前に来た事があるらしく、その時にお世話になった“神官”がいると。
その人は身寄りのない子供を教会に集めて育てているのだと。
その子供たちの様子も気になるとの事だったので、エリーナの言う教会に向かった。
結論から言って、しばらくの間泊めてくれる事になった。
エリーナの髪色が変わっている事でわかるか不安だったが、イクレは簡単にエリーナだとわかったようだ。
みんな忘れているかもしれないが、ノブナガはまだ12歳でエリーナも13歳と子供だ。
子供を想う気持ちが強いイクレは快く受け入れくれた。
そして、旅路でノブナガのレベルは45。
エリーナは49。
そして、ザンは相変わらず311だった。
それから1日、教会の家事の仕事を手伝いながら子供たちと遊び、現在に至る。
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「んー、こっちの方が大きいわね。こっちにしよ」
「イクレさん。ニンジン、安くて大きいの持ってきました」
「あ、ありがとう。それじゃあ、買って来るね」
「はい」
現在、ノブナガはイクレと共に買い物をしている。
子供が5人、それにノブナガたちやイクレの分を考えれば食料の消費は随分と早い。
イクレが言うには2日に1回は買い物が必要なようだ。
「お待たせ」
「あ、持ちますよ」
「ありがとう。男の子だね」
買い物はこれだけじゃない。
次もあるのだから、荷物を持っているのは邪魔だろう。
麦わらの鞄を持ち、また次のお店へと向かう。
「次は……あ、フライパン壊れたんだった。買い直さないと」
「フライパン、ですか?それなら、俺が直しますよ」
「え?あ、そっか。ノブナガくんは“錬成師”だったもんね。お願いできる?」
「任せてください」
「それじゃあ、あとはお肉かな?んー、出費が多いなぁ」
「お肉でしたら、自分たちが蓄えている干し肉があります。それで大丈夫でしょう」
「え!?いいの!?」
「はい。足りなければ、狩りに行くのもアリですし」
「助かるよ〜。ありがとうね〜」
「ちょっ!抱きつかないでください!!」
ノブナガとイクレが買い物する姿は、どこか親子のような姉弟のような印象を受ける。
それを感じているのか、ノブナガも注意しながらも満更でもないようだ。
奴隷だったノブナガにとって、家族からの愛というモノがどういうものか知らないでいた。
だけど、それはきっとこういうモノの事を言うのだろう、とノブナガは今感じていた。
「それじゃあ、あとは生地を買って帰ろ」
「生地、ですか?」
「うん。子供たちの服を作るためにね」
「あぁ、なるほど」
お店に出ている服は“裁縫師”という天紋を持った人が作ったもので、銀貨単位で売買されている。
教会に1人1人の服を買うお金がないので、そこはイクレが自作しているのだろう。
町を歩いていると、ノブナガは宿の看板が目に入りある事を思い出した。
「そう言えば、今って騎士の人たちが遠征に来ているんですよね?」
「そうね。月に一度のペースで来るのよ」
「ここに遠征に来る理由ってなんなんですか?」
「それはアレよ」
そう言って、教会の方向から少し離れた方を指差すイクレ。
そこには少し赤くなった山が聳え立っていた。
「アレは、火山ですか?」
「うん。あの火山はダンジョンになってて、すでに攻略はされたらしいんだけど難易度が随分と高いらしいのよ。だから、攻略されても遠征場所に使われてるんだって」
「へぇ。なんか今にも噴火しそうな雰囲気ですね」
「ははは。そうだね。と言っても噴火した事はないんだけど」
それがフラグだったのだろうか。
地面が急に揺れ出し、身動きが取れなくなる。
町の人たちも突然の揺れにパニックを起こし、地面に倒れる者やどこかに捕まる者が続出する。
「きゃっ!」
「イクレさん!」
イクレも揺れに耐えかねて倒れそうになる所をギリギリで支えるノブナガ。
ノブナガの腕にしがみ付き、必死に揺れを耐える。
数十秒もすれば、揺れは収まり町の人たちはざわざわと騒めき始める。
「イクレさん、大丈夫ですか?」
「うん。でも、さっきの揺れは何なの?まさか、サファル火山が噴火した?」
イクレが呟いたサファル火山がさっき言っていた火山の事だろうと察するノブナガ。
「いえ、違います。初期微動をまったく感じませんでしたから。これは自然現象から来た揺れじゃありません」
「え?じゃあ、一体……」
「……とりあえず、教会に戻りましょう。子供たちが心配です」
「そうね。そうしよう」
こういう時、大抵嫌な予感は当ててきたノブナガ。
最悪を想定し、急いで教会へと戻った。
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ノブナガとイクレは急いで教会に戻ってきた。
教会に入ると祈りの場にはすでにエリーナとザン、それに子供たち5人が集まっていた。
「みんな、無事で良かった」
子供たちを見るなり、駆け出して子供たちを抱きしめるイクレ。
それを目端にノブナガはこの場の空気が少し重いのに気がつく。
エリーナとザンに視線を向けて見ると、2人はノブナガと話があると言うように視線を動かし祈りの場の端に移動する。
ノブナガもそこに移動し、話を聞く。
「何があった?」
「わたしとかくれんぼして遊んでたんだけど、ちょうど地震が起きる前にみんな集まってたの。その時にニルが、空飛ぶ赤いモノを見たって言ってるの」
「赤いモノ?」
「ニルくんが言うには、大きな翼でトカゲみたいだったって」
「……ドラゴン、ですか」
「多分ね」
ドラゴンは幻想種の中でも有名な名前だ。
硬い鱗に覆われ、口から火を出すアレである。
正直、それしかわかっていないノブナガ。
ただ、すごく厄介なのはザンとエリーナの雰囲気から察しがつく。
ノブナガは“気配探知”、それと“魔力探知”も発動させる。
すると、それほど遠くない所に遠征に出たであろう騎士たちと強力な魔力を持つ魔物がいる事がわかった。
方向的に木が生い茂っているので、まだこの場所を認識していないだろうが、木々を薙ぎ払われるのも時間の問題。
少し考えて、ノブナガは動き出す。
「ザン。ここの守りは頼んだ。エリーナさんは野営ように作った気配遮断のアーティファクトを教会の周囲に起動させてください」
「おっけー」
「わかりました。ノブナガさんはどうするんですか?」
「俺は様子を見てきます。もし教会の方向に向かって来るようでしたら、倒してきます」
2人に軽く指示を出すと、ノブナガは出口へと向かう。
「ノブナガくん!どこ行くの?」
「少し外の様子を見てきます。安全を確認したらすぐに帰ってきますから、心配しないでください」
イクレはドラゴンの事を知らない。
今は混乱する情報を与えてはダメだと思ったノブナガはそれだけ言い残し、教会を出た。
教会を出たノブナガは“ストレージ”から黒い球状の物を2つ取り出す。
野球ボールぐらいの球をフワッと上に投げるとその球は重力に逆らってふわふわと浮き続ける。
視界共有型偵察球アーティファクト“ハール”。
重力魔法による浮遊と投擲術の派生スキル[+感応操作]を“生成”した偵察球。
“ハール”の目の部分にある魔石には“遠目”と“夜目”、それに“ハール”自体にも“隠形”の機能を発揮している。
2つの“ハール”を操作し、騎士たちや魔物のいる方へと送った。
ノブナガは“ストレージ”から視界共有用のメガネを掛け、“魔力探知”を発動させながら現場へと向かう。
“ハール”から送られて来る視界に騎士たち、それに騎士の目の前にいる巨大な影が映る。
巨大な影、それを別の“ハール”から送られた視界を見て確信する。
「ドラゴン……炎竜だな」
日の光で反射する紅い鱗が綺麗に見える。
だが、やはり巨体を前にするとその存在感に圧倒されてしまう。
ドラゴンを視認した後、また騎士たちの方を見てみる。
前衛で戦っている少女が隊に指示を出してドラゴンと対峙しているが、いつ隊列が崩れて町にやって来るかわからない。
少女は強いが、他の騎士たちは疲労気味だ。
時間が経てば経つほど、教会にやって来る可能性は高くなる。
となるとーー
「行くか」
前衛に飛ばしていた“ハール”を回収し、ノブナガも戦場に向かって駆け出した。
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「頑張ってください!ここで食い止めなければっ、ドラゴンは町を襲ってしまいます!!」
剣を振るいながら、若き“剣聖”であるアリンカが隊に向かって叫ぶ。
まだ13歳という若さでありながら、“剣聖”という上級紋を持っている事から隊長に任命された才女である。
だが、アリンカがどんなに強かろうと、隊にいるのはアリンカと年が近い子供しかいない。
どんなに遠征を重ねようとも、ドラゴンと対峙するなどまだ経験が足りなさ過ぎる。
「アリンカちゃん!もう隊が保たないよ!突破されちゃう!!」
アリンカと同じ13歳でありながら副隊長である“魔弓士”の少女タヤが中衛からアリンカに向かって叫ぶ。
「くっ!撤退してください!!先行部隊は町に戻って避難を呼びかけて下さい!!」
アリンカが撤退を判断し、隊全体に指示を出した。
瞬間、ドラゴンは腹の部分を膨らまし、一気に口を開いて吐き出した。
ドラゴンの口から炎が吐き出され、隊を飲み込む。
防御魔法を唱えられる者は[+省略詠唱]で瞬間的に唱え、自身の身を守る。
唱えられない者や詠唱が間に合わなかった者は炎に包まれ、身を焼かれた激痛に気絶した。
「被害報告!!」
「先行部隊全滅!中衛は6割負傷っ、前衛は9割が戦闘不能です!!」
「私が殿を務めます!戦闘不能者と負傷者を回収して撤退を!!」
最早これ以上の対峙は不可能だ。
そう判断したアリンカは撤退を急がせる。
ドラゴンが前足の爪を振るって襲いかかって来る。
剣で受け止めるが体格が違い過ぎる。
[+身体強化]しているにも関わらず、アリンカの身体は容易く吹き飛んだ。
地面を転がりながら体勢を立て直して立ち上がったアリンカ。
が顔を上げた瞬間、その顔が絶望に染まる。
ドラゴンはアリンカに向かって口を開き、火を吐き出した。
これには詠唱を唱えている暇もない。
数瞬後には炎を包まれ、焼き殺される。
(あ、これで終わりなんだ……)
アリンカは無意識に死を覚悟する。
がこれを阻む者がやって来た。
横から炎とアリンカの間に入ってきた人影は左手に構えた盾を構えて防いだ。
炎が人影を避けるように左右に分かれ、完全にドラゴンの炎を防いでいる。
炎が晴れ、アリンカは目の前に立つ人影を見つめる。
そこにはフード付きのローブに身を纏い、フードで顔を隠していた。
顔がチラッと見えるが、なぜか顔が認識出来ない。
そんな人影はアリンカの方を振り返り、言った。
「後は俺がやります。撤退した下さい」




