『勇気』が『悠希』になれるまで 8
匠と佳奈がお見舞いに来てくれたその日の夜、僕は大泣きしたということと、匠のあの発言が恥ずかしく、未だに寝られずにいた。
まだ顔が赤い気がする。でも、不思議とすっきりとしていた。
思えばこの身体になってから泣いたのは初めてだった。泣いたこともそうだけど、感情が溢れてしまったのという事実が、これ以上なく僕を辱めていた。
悠希の身体になってから、この先どうしたらいいのかだけを考えていた。性別が変わったという事実だけでも受け入れがたいのだが、それはまぁこの2ヶ月で嫌という程わからされた。
だから性別が変わったのはもう慣れるしかないのだろうと諦めている。問題はそれが幼馴染の身体だということだ。
悠希と僕じゃ性格が違いすぎるから違和感がありすぎるだろう。
それでも匠と佳奈はそんな今の僕を受け入れてくれた。まぁそれが嬉しくて泣いてしまったから、この思考はループし続けるだけなのだけれど。
いい加減にして寝ようと、布団を被り目を閉じて思考を放棄するのだった。
「匠と佳奈には会えた?」
声が聞こえる。どこかで聞いたことがあるような声が。
いつか来たことがある白い世界に、いつまにか来ていたらしい。あんまり覚えてはいないのだけれど、そこに悠希がいたことは覚えていた。だから、「うん、会えたよ」と悠希に振り向く。なにか違和感を感じたけれど、それ以上に驚いた。
そこに立っていたのは、紛れもなく僕だったから。
「それは、なによりだよ」……なんでちょっとイケボ意識なんだこのお調子者は。
違和感の正体は声だった。目の前で話すのは僕の身体だけど、なんとなく悠希だとわかった。なにより僕の身体も悠希のものになっていたのだから。だから当然その身体のだす声もそれぞれのものだった。
「これは……」
「だって私の身体はもう勇気にあげたから。代わりと言ってはなんだけど勇気の身体を使わせてもらうわ」
僕の疑問を余所に、そう言ってのける悠希。
「いやいやいや、あげたってそんな……」まるでお菓子でも配ったかのようにそう言ってのける悠希。
「前にも言ったと思ったのだけど、意味が伝わってなかったのかしら。でも、今ならわかるでしょ?」
そう、だ。たしかに前に言われた。「身体は勇気にあげるから」と。
「うん、わかるよ。でも、やっぱりあれは借り物の身体だよ。僕のじゃない」
そう悠希に伝える。今の僕は、悠希の身体を使って、仮初めの命で動いてるのだと思う。だから、いつになるかわからないけど、借りたものは返さないといけない。
「勇気の身体をもらってそれで交換、ってことにはならない?」
悠希はそんなことを言う。けれど、
「ここは多分夢だから、そうやって僕の姿ででてきているだけだと思うんだ。だからやっぱり僕は身体を借りて生かされているんだと思うよ。本当はぼ……」口を遮られる。
「そういうことは言わないで」
すごく悲しそうな、怒ったような顔をする悠希。
「とりあえずはそういうことでいいわ、匠と佳奈は大丈夫だった?」
わかりやすく話題をそらされたけど、気にせずそれに乗ることにする。
「うん、2人とも今の僕の姿を受け入れてくれた……と思う」
思う、というのはやっぱり不安だということ。男の心に女の身体なんてちぐはぐなものをいつか見限ってしまうだろうという不安。
それでも、今だけでも受け入れてくれた2人には感謝をしなくてはいけない。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、
「はぁ、時間がかかるかなとは思ったけどこれはよっぽどかな、やっぱ勇気はわからんやつだわ」
とか横で言ってる悠希の真意の方が僕にはわからなかった。
「今はいいよ、それでも。でもいつかちゃんとその身体のことは受け入れてほしいな……パパとママのこともね」
「っ!」
見透かされているようだった。今の僕の悩み全てが、筒抜けになってるようだった。
そう、身体が悠希になった。それだけじゃなく、今後どう生きていくのかも考えなくてはいけなかったから。リハビリがあるからと考えないようにして逃げていたけど、いつかは決めなくてはいけない。
選択肢はある。以前悠希のお父さんが提示してくれていた。1つは事情があって家族と一緒に暮らせない子どもたちのいる施設に入ること。もう1つはこの町で悠希の家族と一緒に暮らすこと。
僕の親戚は、僕の現状を受け入れてはくれなかった。だから、僕が悠希の家族と暮らすことを受け入れられないのであれば、そういった施設に行くほかないという事だった。悠希のお父さんは「どちらにしても君は私たちの家族だと、そう思ってるよ。だから、どう決めたとしても君のことを援助していくつもりだ」と言ってくれている。
僕はきっと怖いのだ。僕だけが生きていて、僕だけがまた家族と暮らせることが。僕の父さんと母さん、そして悠希は死んでしまったのに、のうのうと僕だけが生きていることが怖いのだ。
だけど悠希は言う。
「勇気は馬鹿だから、すぐ決めれないだろうけど、パパとママのこと、できればお願いね」と。
その言葉を最後に、この白い世界は霧散していった。