『勇気』が『悠希』になれるまで 7
「2人とも、ありがとう。『僕』はここにいるよ」
僕の口から発せられるソプラノぐらいに高い声は、明らかに悠希の声そのものだったけれど、はっきりと僕であることを告げた。……つもりだった。
「……ごめん何言ってるかわかんねぇ」
「冗談は大概にしようか、悠希」
……あれぇ、おかしいなぁ、これ僕が悪いのかなぁ。
その後長い沈黙が続いた。ものすごく気まずい。伝え方が悪かったのだろうか、そんなことを考えながら、つい考えるときの癖である腕組みをしていると、
「……それも勇気の真似か?」
と匠の声。
いやいやいや。そんなことまで真似されたで済まされると僕の立場はなんなのだろうかと思わざるを得なくなってくる。というかこの身体の信頼度に絶望しつつある。
そんなわけで僕が勇気である事の証明をとるべく、かなり予定が早まってしまったけれど、あの話をするしかないか。
そう考え、僕は匠の方を向き、その言葉を放つ。
「……匠の部屋の本棚の1番下の段、右から2番目の「まてまてまてまて!!」
むぅ、僕が話してるのに遮るとは酷いじゃないか。
「それを知ってるのは勇気だけのはず……まさか、マジで勇気なのか……?」
「さっきからそう言ってるじゃないか」
「いや、だけど……」
そういう反応になるのも無理はないよな、と思い僕に何があったのかを全部説明した。
ちょっと拙い説明だったけれど、悠希のお母さんも説明を手伝ってくれたので、どうにか伝わったのではないかと思う。
匠も佳奈も、それを静かに聞いていた。
「……というわけで、身体は悠希なんだけど心は勇気なんだ」
全部の説明を終えて、僕は2人の方を向いた。
匠はじっと僕を見ている。
佳奈は変わらず僕に抱きついていた。
再び長い沈黙が始まる。
これはやってしまったなと僕は思った。
いくら状況を説明したところで、はっきり言って男の僕が女の子の悠希になってしまったなんて気持ち悪いに決まっている。
それでも僕は、2人には嘘をつきたくなかったんだ。
だから2人と会えるのもこれでお終いかな。
……それは……寂しいなぁ、嫌だなぁ。
そんな風に考えていると、突然匠までも僕を抱きしめてきた。
「ちょっ!?いきなり何!?」
「馬鹿野郎……だったら早く言いやがれよ……!」
匠が僕を抱きしめながら、声にならない声を上げる。肩が熱く濡れていく。
「ごめんね……ごめんね……わかってあげられなかった……」
佳奈がさっきよりも強く僕を抱きしめる。わかるわけないだろ、なんて思ったけど。
それよりも不思議だったのだ。いきなり幼馴染が中身だけ変わっちゃいました、なんて冗談としてもタチが悪いし、男が女になったなんて気持ち悪いと思われても仕方がないと。そう思ったのに。彼らは僕を抱きしめてくれる。そんな彼らに僕はポツリと呟く。
「……気持ち悪くないの?」と。
「馬鹿かお前は!」
「馬鹿なの?!」
同時に馬鹿呼ばわりされた。不名誉極まりない。
「確かにびっくりしたよ。だけどさ、どんなに姿が変わったって、心が変わったって、お前は俺らの幼馴染で親友だろーが。今更なこと言ってんじゃねーよ。それとも何か?例えば俺が佳奈の身体になったって言ったらお前は俺のこと気持ち悪く思うのかよ?」
そんなわけない。どんなに姿になったって匠は匠で、佳奈は佳奈だ。そこまで言われないとわかんなかったなんて、僕はやっぱり馬鹿だったんだなぁ。
いつの間にか、僕の目から温かいものが溢れる。それは、この身体になってから初めて出てきたものだ。
2人もそれ以上は何も言わなかった。ただ僕に抱きつき、泣いている。
僕の中でまた何かが変わろうとしている。この身体を自分のものだと認識できたときのように。だけど、それはいいことなんだと思う。
こんなにも僕を大事に思ってくれる2人のために、僕自身も変わらなくてはいけないのだから。
いつの間にか僕は声をあげて泣いていた。父さんに母さん、悠希はもうこの世にはいない。それはすごく悲しい。そう思うと涙が止まらない。
だけど、僕にはまだ匠も佳奈もいる。悠希のお父さんやお母さんも僕を支えてくれようとしている。
そのことに気がつき、それがとても嬉しいと思う。
だからその嬉しい気持ちにも涙が止まらない。
いろんな感情が僕の中に流れてくる。それはきっと、僕が今まで止めていたものが一気に流れてきたのだと思う。
僕は2人に抱きつき、目覚めてから初めて。2人のおかげでやっと泣くことができた。
「ところで」
みんなが落ち着いたところで、思い出したかのように匠が切り出した。
「……うん?どうかしたの?」
「あー……いや、やっぱやめとくかな。なんか雰囲気壊しそうだし」
ちょっと困ったような顔で匠が言い淀む。
「……そこまで言ってたら気になるじゃない。何が言いたいのよ」
佳奈も匠の言いたいことが気になっているようだ。僕だって何が言いたいのかすごく気になる。
「今さら隠し事なんて必要ないんじゃない?僕だってちゃんと大事なこと言ったんだし」
今の状態のことを説明するのにはかなり勇気が必要だったんだけど、でもちゃんと言えたんだ。匠も隠し事はやめてちゃんと言って欲しい。
「いや、でも……あーもう!じゃあ言うけど特に勇気!絶対後悔すんなよ!?」
「後悔なんてしないよ。それで何が言いたいのさ?」
あまりにも焦らす匠にちょっとイライラしたけれど、この後の匠の言葉に僕は本当に後悔することになる。
「いや、大した事じゃないんだけどな?今日の勇気の服装、似合ってるぞ、って……」
え……?
「…………なっ!?にゃにいって……!?」
突然のそれに一気に顔が熱くなる。紅潮していくのが鏡を見なくてもわかる。
「……言いたいことってそんなこと?確かに似合ってるけどさ」
「佳奈まで何言ってるのさ!?」
あまりにも恥ずかしいので、足元の布団を引っ張り頭から被る。もう誰とも顔を合わせたくなかった。
「……こうなるのがわかったから止めとこうかと思ったんだけどなぁ」
「だったら初めから言わなければいいのよ。そしたら私が先に褒めてたのに」
どっちに転んでもこの辱めは避けられなかったようだった。
僕はその後1日中、顔を真っ赤にして過ごすのだった。




