表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『僕』が『私』になれるまで  作者: ときひな
7/23

『勇気』が『悠希』になれるまで 6

あの事故から1ヶ月。未だベットから動けない僕だけど、身体の調子はだいぶ回復してきたように思う。上半身に関して言えばもう何も問題がないほどに普通の生活を送れるようになっていた。

下半身も座ったり、着替えで動かしたりという動作については問題ない。後は立ったり歩いたり走ったりできるようになるだけだ。

問題があるとしたら、僕の心だろうか。

前に学校の話を持ち出されてからずっと考えていたことがある。


僕はこの身体で、女の子として生活できるのだろうか。今この瞬間でさえ、看護師さんがいなくなったらブラジャーを外そうと頭の片隅に置いている僕が、学校という集団生活の中で生きていけるのか。

いや、きっとそうじゃない。学校だとかそういうものの前に、僕のこの状態を。大好きな幼馴染達に受け入れてもらえるのだろうか。

身体は悠希(ゆき)なのに、心は勇気である今の僕を、受け入れてもらえるのだろうか。

ちぐはぐな身体と心が、執拗に不安だけを生んでいく。いつか彼らに会えた時、僕は何を言えばいいのか。答えはいつまでたっても見つからないままだ。


お昼より少し早い時間に、悠希(ゆき)のお母さんがやってきた。いつもよりかなり早い時間なのに。

なにやら、両手いっぱいに荷物を持ってきたようだけど、それが何か僕には見当がつかなかった。だけれどいい予感はしない。逃げるべきだと、脳内でアラートが鳴り響く。


「おはよう勇気くん、早速着替えましょうか」


足が動かない以上当然逃げられるわけもなく。笑顔で告げられたその言葉は。僕にとっては死刑宣告にも聞こえたのだった。


どこに出かけるわけでもないのに、無理矢理におめかしをさせられて、僕はベットの上で膝を抱えていた。

用意された大量の服から最終的に選ばれたのは、リボンタイ付きの白いブラウスに、赤いチェックのスカートだ。スカートは膝よりも少し上の短めの丈で、中から白いフリルを覗かせている。足首程までの短さしかない靴下なので、生足が晒されていてとても恥ずかしい。

さらに頭の高い位置に、服装に合わせるようにピンクのリボンでツインテールが作られている。


鏡に映るのは、客観的に見ればすごく可愛い女の子が映る。これが自分じゃなければどれだけ良かったことか。

布団も捲られてしまっているため、足元が晒され、すごく心許ない。なんで世の中の女の子達はこんな格好で外を歩けるのだろうか。今の僕には理解に苦しむばかりだ。

はぁ、と溜息をつき、満足そうに僕を見る悠希(ゆき)のお母さんに質問を投げる。


「なんでいきなりこんな服を?」

「今にわかるわよ」


と、笑顔を崩さず質問をはぐらかされてしまい、僕はただその時を待つしかなかった。


その姿のまま昼食をとり一息ついていると、普段は悠希(ゆき)のお母さんか看護師さんぐらいしか開けないドアが少し開いており、そこから誰かがこちらを伺っているのが見える。

ドアの隙間から見える2つの頭。1つはツンツン頭の男の子。もう1つは三つ編みの女の子。どちらも、勇気にとっても、悠希にとってもよく知る顔であり、ある意味では最も会いたくない相手だった。


ツンツン頭の男の子は幼馴染の河北匠。

身長は170cmと今も昔も僕と比べて20cmも高く、サッカー部に入っていて筋肉質でがっちりとした身体つきの男の子だ。

勉強もそこそこでき、顔立ちもいわゆるイケメンであり、僕と比べると月とすっぽんだ。

家が近いためよくゲームをしたり、運動をあんまりしていない僕を無理矢理連れ出して、一緒にサッカーをしてみたり。

僕にないものを匠はたくさん持っていて、嫉妬することもあったけれど、匠は僕を親友だと言ってくれた。

だから何があっても匠は僕の大切な幼馴染で親友だ。


三つ編みの女の子は南海佳奈。

世話焼きな女の子で、よく僕や悠希(ゆき)の面倒を見てくれていた。僕らから見れば余計なお世話でしかなかったけれど。

クラスの委員長とかも引き受けていて、人望厚く、相談役というかまとめ役というか、僕から見れば損をしていそうな性格だった。

背は女の子としては普通ぐらいの152cmで、悠希(ゆき)よりは胸とかは出ていなかった。

4人で遊ぶ時なんかはいつも僕たちを引っ張っていってくれる、喧嘩した時には仲裁役に回る、頼りになる女の子。

佳奈も、僕にとってはなくてはならない大切な幼馴染だ。


しかし。しかしである。いくら大切な幼馴染とはいえ、今の僕の姿、ひいては今のこの状態を彼らが知ればどう思うだろうか。一般的に見て、いきなり幼馴染の中身が変わっちゃいました、なんて荒唐無稽な話を誰が信じるのであろうか。当の本人ですらいまだに夢であって欲しいと思っているのに。

あれやこれやと悩む間も無く、悠希(ゆき)のお母さんが2人のほうに振り返り、手先を降り招き入れる。


「「悠希(ゆき)!!」」


と勢いよく病室に入ってくる2人を、ベットから動けない僕が止められる訳もなく、事情を知らない2人にツインテールで可愛く気取ったこの姿を見られるという羞恥プレイを受けるのだった。


「心配したんだぞ!1ヶ月も病室には入れないって言われて、でも元気そうで良かった…」


匠は僕の頭にポンポンと手を置き、本当に安心した様子で僕に話しかけてくる。その目には普段見せないような涙が潤んでいる。


「良かった……本当に良かったよ……」と抱きついて泣きじゃくっているのは佳奈だ。

女の子に抱きつかれるのは慣れていないのでちょっと恥ずかしかったけれど、それ以上に心配かけてしまったなと、僕も佳奈を抱きしめる。

わんわんと僕の腕の中で佳奈が泣いている。そんな彼女に僕は、「大丈夫だよ」と優しく伝えることしかできなかった。


こんな時でさえ僕はどうするべきか考えていた。素直に再会を喜ぶべきはずなのに、気持ちの整理が追いつかない。感情が働かない。

僕の今の身体は悠希(ゆき)なのだから、2人が悠希(ゆき)だと思ってこちらを心配するのは当然だ。

じゃあ僕は、勇気はどうすればいいのだろう。

佳奈を抱きしめながら考えていると匠が言う。


「勇気のことは、その、残念だったな。だけれどあいつが悠希(ゆき)を守ったんだろ?俺の親友はやれば出来るやつなんだよ」


違うよ。僕が悠希(ゆき)に守られてるんだ。今だって、悠希(ゆき)の身体で生きている。

佳奈が泣きじゃくりながら僕に言う。


「ぐすっ、勇気が……勇気が……」


僕はここにいるよ。そう佳奈に言ってあげたい。

ふと、悠希(ゆき)のお母さんのほうを見る。

さっきと同じ笑顔だ。だけれど、僕が見た瞬間に首を縦に振って頷いた。

これは多分、そういうことなんだろう。

だから僕は2人に言う。

大好きな幼馴染達に嘘はつけないから。真実を語る。


「2人とも、ありがとう。『僕』はここにいるよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ