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『僕』が『私』になれるまで  作者: ときひな
16/23

『勇気』が『悠希』になれるまで 15

「じゃあ悠希(ゆうき)ちゃん、私たちは先に車に戻ってるから」

「うん、ボクももう少ししたら戻るね」


そうお父さん(・・・・)お母さん(・・・・)に伝えて、ボクはそれを見やった。

『西ケ谷家ノ墓』

と墓石に掘られたそのお墓の前で、ボクはしゃがみ手を合わせ、目を瞑った。

肩に髪がかかり、ノースリーブのワンピースから出た肌に当たり少しだけくすぐったかったけれど、ぐっとこらえて合掌を続けた。

周りには夏らしく蝉の声が忙しなくミンミンと鳴き止まない。

ジリジリと日差しが照らし、ボクの白く細った腕には痛いくらいに突き刺さっている。

考えるのは事故で亡くなった父さんと母さん、そしてボクの身体と一緒になっているであろう悠希(ゆき)のこと。

ボク1人だけが生き残ったあの事故からおよそ1年、やっとお別れを言えた気がした。


今年の春先、学年で言えば中学3年になった頃、どうにかこうにか松葉杖で歩けるようになったボクはいよいよもって退院の日を迎えた。

体調的には何も問題がないこと。後は歩くリハビリを通院で行えばいいだけということ、というのが理由だった。

紗枝さんからもお墨付きをもらい、後は自宅療養で充分だという事になったのだ。

自宅というのは他でもなく、東山(とうやま)の、悠希(ゆき)の家のことだ。


悠希(ゆき)の……いや、今のお父さんとお母さんとはたくさん話をした。

今後のこと、今のボクの気持ち、お父さんとお母さんの考え。亡くなった父さんと母さんの願い。悠希(ゆき)の思い。

ボクの周りの人たちのこと。匠や佳奈、紗枝さんに、佐倉さんとその家族の太一くんに真帆ちゃん。

病院で過ごした時間は全部で半年ぐらいと、人生で過ごした時間で考えたらとても短いものだけれど。ボクの過ごした中で、1番大切な時間だったのかもしれない。

その時間の中で決めたことがある。

お父さんに頼んで、名前を変えてもらった。

戸籍自体は悠希(ゆき)のものが使われているのだけれど、名前の読みだけを『ゆうき』に変えてもらった。

だから今のボクは西ケ谷勇気(にしがやゆうき)ではなくて、東山悠希(とうやまゆうき)だ。

ボクはボク(ゆうき)悠希(ゆき)にはなれないから。

だから勇気(ぼく)は、悠希(ボク)になろうと思った。


退院した時は春先でちょうど春休みだったから、匠や佳奈とも遊んだり話したりした。

その時に佳奈に口うるさく話し方や仕草なんかを注意された。今のままだと女の子というよりは少年っぽいから直すようにと。

結局話し方は直らなかったけれど、妥協点として『僕』が『ボク』になった。ニュアンスの問題らしいけど、字面にしないとわからないからあまり関係ないのかな。

その中で進路の話もした。

佳奈は進学校の桐ヶ丘高校を受験するつもりらしい。

じゃあボクもそこにしようかな、なんて言うと匠が「今から勉強して間に合うかな……」なんて真剣に悩みだした。

今でも土日には集まって受験勉強したりしてる。

ボクも今までの遅れを取り戻すのに大変だった。とはいえ入院中も自主的に勉強はしてたからそこまで苦ではなかったけれど。

学校は保健室登校になった。

そもそも見知った顔が多すぎるのと、説明するのが大変なので、学校側にお願いをして出席だけもらって保健室やら空き教室で自習していた。

たまに手の空いている先生が様子を見に来て個別に指導してくれたりもしてくれた。


クラスメイトにはなるべく会わないようにした。

自分で考えてもちょっと傷つくのだけれど、いきなり「中身だけ別人だけど仲良くしてね」なんて受け入れてくれる人の方が少ないだろう。

だから会わなかった。というよりも、怖くて会えなかった。

会って変に思われたら、何を言われるか、何をされるかわからなかったから。

あいにくと桐ヶ丘に進学する人は少なかったので、それもボクには都合が良かった。


そうして1学期も終わって夏休みに入り、お母さんに「どこか行きたいところとかある?」と聞かれたので、「お墓参りに行きたい」とお願いして、今こうしてお墓の前にいる。

ちょうどお盆時期に合わせてやってきたそこは、結構立派な墓地で、なんでもお父さんが都合してくれたらしい。

父さんと母さんはそれぞれの実家からは勘当同然になっているようで、どこも遺骨などを預かってくれなかったので、それならばとどうにかお墓の相続をボクにして、ここにお墓を作ってくれたそうな。


「父さん、母さん、悠希(ゆき)、ボクは元気にやってるよ。悠希(ゆき)の身体に、女の子になっちゃったけど、佳奈に色々な教えてもらってる。匠も気にかけてくれて助けてくれるよ。病院にいるときには担当の先生、紗枝さんにたくさん励ましてもらったっけ、普段おちゃらけてるのに真面目な時はかっこいいんだよ。後ね、太一くんと真帆ちゃんっていう兄妹とも知り合いになったよ。今もたまにあそんだりするんだ。それから、それから……」


いつの間にか、ボクの目からは涙がポロポロと溢れていた。

泣かないって決めてたのにな。

なんて思っている間にも、涙はどんどん溢れていく。自分でも止められない。

女の子になってからよく泣くようになった気がする。男の子の時は我慢できたはずのことでも、すぐに涙が溢れてしまう。

次第にボクは声をあげて泣いた。

ひとしきり泣いてから、自分の顔を両手でペチンと叩き、「よしっ」と1人で気合を入れた。


「泣いたりしてごめんね。もう父さんや母さん、悠希(ゆき)のことじゃ泣かないよ。お父さんとお母さんが待ってるからもう行くね。また来年も来るから、その時また、色んなことを話すね。じゃあ、またね」


それだけ言って、ボクはお墓の前から立ち去った。

決別じゃないけれど、ボクは前を向いて生きていこうと思う。

まず1度お別れだけれど、また話に来ようと思う。

ボクは元気にしているよって、報告しに来ようと思う。

それが、みんなに支えられて生きているボクができることだから。

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