『勇気』が『悠希』になれるまで 12
ここ、潮見記念総合病院はとにかくでかい。
この間の託児施設もそうだけど、入院患者やそのご家族、関係者の様々な要望を叶えるべく、下手な商業施設なんか目じゃないほどに様々な施設が併設されている。喫茶店、レストラン、コンビニ、クリーニング、理髪店に美容院まで。街中までわざわざ出かけなくてもここに来れば1日遊べるんじゃないだろうか。それぐらい施設が充実している。揃いすぎてて気味が悪いくらいだ。そのほとんどは紗枝さんが患者さんたちの声を元に各企業と直接交渉をして出店しもらったものだという。……この人の本業がよく分からなくなってくる。まぁ不気味だとか言っていたら、今僕の車椅子を押しているナース姿の女医さんがうるさいので絶対に言わないけれど。
「何か私か病院施設の悪口を言われた気がするなぁ」
……何故そこまで勘が鋭いのか。
それはさておき。
今は車椅子を紗枝さんに押してもらいながら、病院内の散策をしている。かなり長くこの病院にお世話になっているけれど、病室から動けなかったのでどんな病院なのかは全然わからなかったのだ。なので紗枝さんに案内をしてもらっている。
それにしてもこんなに大きな病院だとは思わなかった。娯楽系の施設もたくさんあるみたいだ。あ、本屋さんまである。車椅子じゃ邪魔かもしれないから今度寄ってみたいな。
「うん?勇気ちゃん、あそこ寄ってみたい?」
紗枝さんがさっきの本屋さんを指差し、僕に話しかける。
「え、いや、車椅子じゃ邪魔になるじゃないですか。歩けるようになってからでいいですよ」
「んー、まぁそれもそうだね。じゃあ次行こうか」
そんなことを言って移動しようとすると、1人の男の子が本屋さんから出てくるのが見えた。見たことのある顔だったので、つい話しかけてしまう。
「あれ、太一くん?」
「ん?ああ、ゆう姉ちゃんか、紗枝さんもこんちは」
「うん、こんにちは太一くん。今日は1人かな?」
この子は佐倉太一くん。先日の託児所体験の時にすごくリーダーシップを発揮していた男の子だ。小学6年生で僕より2つ年下なのに、身長が10cmも大きいなんて生意気な少年だ。
なんでもあの託児所に妹さんが通っているらしく、この病院で看護師をしているお母さんに代わってお迎えをしたり一緒に遊んだりしているそうだ。ちなみにその看護師さんが、紗枝さんが休みでいない時に代わりに僕の担当になっている看護師さんだと知ったのはもうちょっと後の話。世間とはなんて狭いのだろうか。
そんな太一くんに僕は「ゆう姉ちゃん」と呼ばれている。これは先日名前を聞かれた時にうっかり「勇気」と名乗ってしまったからだ。幸いにも口頭だけで文字にしてないので、「じゃあゆう姉ちゃんだな!」とそのまま呼び名が決定した。後ろで紗枝さんが爆笑していたけれどあなたも普段から勇気ちゃんって呼んでるから同罪だと、心の中で判決を言い渡しておいた。
しかし姉ちゃんと呼ばれるのはなんだかなぁ。一人っ子だったうえに、幼馴染達の中でも身体の小さかった僕は末っ子ポジションだったので慕ってもらえる分にはすごく嬉しいものがあるのだけれど、姉なのには幾分抵抗があった。なのでちょっぴり苦笑いだ。
「いや、これから真帆のところに行くとこなんだ。ついでに真帆が好きそうな絵本と、俺の漫画を買ってただけだよ」
と手に持っていた紙袋の中を見せてくれる。中には太一くんの言う通りに絵本と漫画のコミックスが入っていた。
真帆ちゃんは太一くんの妹で、5歳になる女の子だ。この間の託児所体験の時にずっと僕から離れなかった子なのでよく覚えている。
「じゃあ真帆ちゃん連れて散歩にでも行こうか?勇気ちゃんもいいかい?」
と紗枝さんが提案してくる。僕としては何も文句はない。けれども太一くんは、
「いや、ゆう姉ちゃんに悪いよ。真帆のやつ妙にゆう姉ちゃんに懐いてるから相手にするの疲れるだろ?」
「いやいや、真帆ちゃんと遊ぶのは僕も楽しかったから全然いいよ」
「そっか、ごめんな。じゃあ真帆連れてくるからここで待っててくれよ」
そう言うと、太一くんは駆け足で真帆ちゃんを迎えに行った。後ろで紗枝さんが「私には迷惑かけてもいいのかよ〜」と拗ねてたけれど放っておくことにする。
「ゆうおねーちゃんこんにちは!」
「真帆ちゃんこんにちは」
10分ぐらい待っていると太一くんが真帆ちゃんの手を引いてやってきた。
僕の姿を見つけると走って駆け寄ってきて挨拶をする小さい女の子。なんて可愛いんだろう。……一応言っておくけど僕にロリコンだとかそういう気は毛頭ない。純粋に僕を慕ってくれているこの子が可愛くて仕方がないのだ。
ただ困ったのは、挨拶するや否や車椅子をよじ登って僕の膝の上にちょこんと陣取っていることだろうか。そして若干のドヤ顔。なにこの子可愛い。紗枝さんは微笑ましくあらあらと笑っている。兄である太一くんだけが慌てていた。
「ちょ!真帆!ゆう姉ちゃんに迷惑かけんなよ!早く降りろ!」
「えーやだー、ゆうおねーちゃんにだっこしてもらうー」
あぁもう、甘えん坊さんだなぁ真帆ちゃんは。ぎゅっと僕に掴まる真帆ちゃんの頭を優しく撫でる。真帆ちゃんも嬉しそうだ。もうずーっとこのままでいたいなぁ。
「太一くんや、勇気ちゃんが1つも迷惑そうにしてないから大丈夫じゃないかと私は思うのだよ」
「それは俺も思ったけど、兄貴として言わないとダメじゃない?」
「うむ、その心意気やよし。しかし勇気ちゃん幸せそうだねぇ、あれかい、母性本能にでも目覚めたのかね」
「あー、確かにそんな感じかも」
ひそひそ話す彼らを尻目に、僕と真帆ちゃんはずっとぎゅーっとして、頭をなでなでしていた。
何か男の尊厳が失われてた気もしたけど、この時ばかりは気にならなかった。
書き溜め切れました、今後投稿遅れるかもです…




