『勇気』が『悠希』になれるまで 13
「ゆうおねーちゃんたのしいねー」
「うんっ、僕も真帆ちゃんと一緒で楽しいよー」
楽しそうな真帆ちゃんを膝に乗せたまま、僕たちは院内の散策を楽しんでいた。
楽しんでいたのは僕と真帆ちゃんだけだったかも知れないけれど。5歳の女の子の体重が加わったことで、車椅子を押す紗枝さんはちょっと苦しそうだ。
なので太一くんと交代で押しているが、小学生の太一くんに長時間車椅子を押すのは難しい。なのでまぁ一方的に紗枝さんの疲労が蓄積されていた。
「ねぇ勇気ちゃん?そろそろ休憩しないかい?」
「俺も、紗枝さんに賛成だな」
疲れた2人を尻目に真帆ちゃんは上機嫌だった。僕としてはどっちでもよかったけれど、ずっと真帆ちゃんを膝に乗せたままだったので、足が疲れてきているのも事実だった。なので休憩には一応賛成だった。
「えー、もっといろいろみたいー」
と、そんな僕達の考えをよそに、1人上機嫌の真帆ちゃん。まぁ僕の膝に乗ってるだけで何もしてないからね。仕方ないね。……この子にやたら甘くなっている気がするけどまあいいや。
「真帆ちゃん、2人とも疲れてるみたいだから休憩させてあげよう?」
僕が諭すように真帆ちゃんにそう言うと、
「うん、わかったー!」
と元気よく返事をしてくれました。素直な子どもってやっぱ可愛いなぁ。
自分に子どもができたらこんなに可愛いのかなぁ、なんて考えてみたけれど、そういうことはまだ早いかなと思う。
そもそも、自分に子どもができるってことは、僕が男性に抱かれるわけで……まだそこまで自分の性意識が定まってないから難しいなぁとは思う。
そんな風に考える僕をよそに、車椅子は進んでいった。
落ち着いて休める場所がなかったので、ひとまず僕の病室へと戻ってきた。
僕は車椅子から降りてベットの上に、その横には真帆ちゃんが、なんだかんだ言って疲れたのかぐっすり眠ってしまっている。
足元の方には太一くんが、椅子に座ったままベットに前のめりになって寝ていた。そうとう疲れていたんだと思う。
紗枝さんはしきりにストレッチをして身体を伸ばしていた。
僕は真帆ちゃんの頭を優しく撫でた。真帆ちゃんはすやすやと寝息を立てている。とっても気持ちよさそうだ。
「ところで勇気ちゃん?」
「何ですか紗枝さん?」
紗枝さんが僕に声をかける。いったいどうしたと言うのだろうか。
「真帆ちゃん見てて、可愛いなぁとか考えていたでしょ」
「いやまぁ、可愛いとは思ってますけど、それが?」
紗枝さんが何を言いたいのかが僕にはわからない。
だけど紗枝さんは何か驚いたような残念そうな顔をしていた。
「いや、うん、私としてはもうちょっと慌てて欲しかったというか、こう、求めてた反応と違いすぎて驚いてるというか」
そう言われてハッと気付いた。
普通の男の子だったら、こんな小さい女の子を見て素直に可愛いなどとは言わないんじゃないかと。
そう思ったら、今更恥ずかしくなってきた。
「うぅ、紗枝さんがいじめる……」
「いや、私が言うのもなんだけど、今回のは自爆じゃないかな……」
紗枝さんが人差し指で頬を掻きながらそういう。
確かに僕の自爆なんだけど、きっかけは紗枝さんじゃないかと思う。
ところで、と紗枝さんが話を切り出してきた。
「その反応から見るに、今の勇気ちゃんは、どういう認識なのかな?」
「認識って?」
「勇気ちゃんの性別は?」
「そんなのもちろん……あれ?」
僕はどうなんだろう。
男の子だったんだけど今は悠希の身体で女の子だし、だけど自分は……
「あぁ、ごめんね勇気ちゃん。あんまり無理して考えなくてもいいよ。ゆっくり答えを出していこう」
うんうんと頭を抱えて唸っている僕を、紗枝さんは優しく抱きしめてくれた。
多分答えはもうでてるけど、今はまだ結論を出したくなかった。
だから今日は、紗枝さんに甘えておくことにした。
その後しばらくすると、見知った顔の看護師さんが、私服姿でやってきた。
「勇気さーん、潮見先生きて……ってこんなところに、太一と真帆まで」
「佐倉さん?どうしたんですか?」
佐倉さんは僕の担当になっている看護師さんで、僕の身体のこともよく知っている人の1人だ。
そんな彼女が病室に入ってくるなり何事なのかと思ったけれど、すぐに紗枝さんがどういう事か説明してくれた。
「あー、この2人はね、佐倉さんとこの子どもなんだよ」
「えぇっ?!そうだったんですか?!」
思わず大声を出してしまい、はっと両手で口を押さえる。
真帆ちゃんは起きなかったけれど、太一くんは起きてしまったようだ。
「んん、やべっ、寝ちまってた……って母さん?!」
「太一……あんた人様に迷惑かけて……」
佐倉さんが太一くんを叱ろうとするので、僕は慌てて止める。
「僕は迷惑じゃなかったから良いんですよ!それよりも僕の車椅子を太一くんにも押してもらってたから、僕の方が迷惑かけてますし……」
実際間違いなく僕の方が迷惑はかけている。だから太一くんが怒られるのは筋違いだと思う。
そんな思いが佐倉さんに伝わったのか、
「はぁ、今回は勇気さんに免じて水に流すけど、あんまり迷惑かけるんじゃないよ?」
と言ってくれた。
「わかってる……というよりも真帆の方がゆう姉ちゃん気に入ってるからあれだけどな」
「起きたらきつく言っておかないといけないわね」
「いや、真帆ちゃんはまだ子どもですし……それよりも、たまにでも遊びに来てくれた方が退屈しないでいいです」
「そう言ってくれると嬉しいわ、前に託児所で遊んだ時も良くしてもらったみたいだし、真帆も相当勇気さんのこと気に入ってるみたいだからたまに連れてこようかしら」
「ぜひ連れてきてください。僕も待ってます」
多分家で僕と遊んだことを真帆ちゃんから聞いていたのだろう、佐倉さんはちょっと申し訳なさそうにしていたけれど、今度また真帆ちゃんを連れてきてくれると約束してくれた。
太一くんが帰る準備を終え、佐倉さんから荷物を受け取り、佐倉さんが真帆ちゃんを背負ってから僕にこう言った。
「じゃあ勇気さん、また明日。今日は早番だから後のことは遅番の看護師に伝えてるし、潮見先生もいるから。ほら、太一帰るわよ」
「ゆう姉ちゃんまたな。また今度お見舞いに来るから」
「うん、いつでも来てね。佐倉さんもまた」
そう言って佐倉さんたち家族は帰っていった。
病室のドアからはすぐに見えなくなってしまうけれど、院内は静かだから、少しだけ声が聞こえてくる。
家族の中での、とても暖かい会話だ。
家族、か。
僕は死んでしまった父さんと母さんを思い出した。
仕事で平日はほとんど家にいなかったけど、休みの日には僕とたくさん遊んでくれた優しい父さん。
ちょっと口煩くて厳しかったけど、いざという時にはいつも僕の味方だった母さん。
もう二度と会えない家族。
「勇気ちゃん。大丈夫かい?」
紗枝さんが僕に話しかける。
「大丈夫ですよ。どうしたって言うんですか?」
「だって勇気ちゃん、とても悲しい顔で、泣いてるから」
自分でも気がつかなかった。いつの間にか僕の目からは涙が溢れていた。
さっきの佐倉さんたちを見て、僕は寂しくなってしまったんだ。
だから死んだ父さんと母さんを思い出して、泣いてしまった。
自覚すると、僕は紗枝さんに抱きついて声をあげて泣いた。
1度決壊したそれはどうやっても止めることができなかった。
紗枝さんはただ僕を抱きしめて頭を撫でてくれていた。




