最終話~一緒にいたい~
結婚式から何日か経ち、レーリヌは暇を持て余していた。レンは結婚して以来、レーリヌの攻撃にちっとも動じなくなっていた。あの手この手で迫っても、前みたいに新鮮な反応を見せてくれない様になっていた。レーリヌは今、慣れと言うのものは恐ろしいものだと、身を持って実感した。
何とかこの雰囲気を逃れたくて、レーリヌはいつもそのままの髪を、高い位置で結い上げ、ポニーテールにしてみた。これで何か言ってくれると嬉しいが……。僅かに期待をして、レンの部屋へ向かう。
レンは寝ていた。今は昼なので、昼寝でもしているのだろうか?寝ているレンの顔をじっと見つめる。普段起きている時は、ちゃんとレーリヌより年上に見えるのに、こうして寝顔を見ると幼く見える。
「……」
起こすのは可哀そうだと、心のどこかで思いつつも、それに逆らえないのが人間である。レーリヌはレンの顔をゆっくりくすぐり始めた。やがて、ピクピクと反応したかと思うと、目を徐々に開き始めた。
「旦那様、私を見て、何か気付くべきことはありませんこと?」
「そうだな……。髪型が変わった」
レーリヌを見つめながらレンは答える。レーリヌは一発で当てられたことを嬉しく思った。
「正解ですわ。さすが旦那様。ところで、この髪型の私といつもの髪型の私。旦那様はどちらの方がお好きかしら?」
「いつもの髪型は見慣れているし……今の髪型は新鮮で良いと思う。似合っているしな」
「ありがとうございますわ。これからはこの髪型にします」
レーリヌは笑顔を浮かべた。作戦成功。心の中で呟きながら。この流れをこのまま後に持っていけば――!以前の二人に戻れる!
だが、レーリヌのその作戦はあっさり見破られた。
「レーリヌ、その顔は何か、企んでいるな?」
あまりにもあっさり見破られたので、レーリヌは目を瞬いた。今までのレンだったら絶対自分に推されてたはずなのに……。せっかく一晩費やした作戦も、無効となってしまった。
「そうですわ。旦那様の前だと何でも見破られてしまいますのね」
「そうなのか?思ったことを言っているだけなのだが」
それが見破ると言うものだろう。レーリヌは思った。レンの考えは少しずれている気がする。まぁ、別にそれぐらい気にならないのだが。
「では、また別の作戦を考えてきますわ」
「ちょっと待ってくれ」
レンから思ってもいなかった、呼び止めをされ、嬉しさ半分、驚きもあった。
「何ですの?」
と、近づいた途端、レンに抱きしめられた。咄嗟のことで頭が真っ白になる。いつも抱きしめるのはレーリヌからだったからだ。強い腕の中でしっかり抱きしめてくれている。そのまま体を強張らせていると、やがて解放され、
「すまない……。最近、レーリヌが不足中だ」
レーリヌから視線を外し、レンはそう言った。レーリヌは驚いた。確かにこちらも不足気味だったが……レンから言われるとは思ってもいなかった。
「私も足りてませんわよ」
そう言い、今度はレーリヌから抱きついた。
前より仲良くなっていいのだが、やはり前の新鮮さが足りない。レーリヌは頭をフル稼働させて、考えた。……どうしようか。誰かの手を借りるとか。それだったら誰がいい?
王や王妃はもちろん無理だと思うし、メイドや執事も巻き込みたくは無い。では、誰が……?
その瞬間、レーリヌはピンと来た。いるじゃないか。手ごろなレーリヌと同年齢で、レンをよく知っている人物が!レーリヌはその人物がいる部屋へと向かった。
「デレク様。いらっしゃる?」
「いるけど……って、お前か」
デレクからは失望がありありと感じられた。レーリヌはそんなデレクを見つつ、デレクの部屋へ入った。デレクの部屋は少しだが、散らかっており、日常生活をしていることがよく分かった。
「少しだけこの部屋で、匿ってもらえませんこと?」
「いいけど、何でだよ?」
明らかに不審そうな顔をして怪しんでいる。それはそうだ。今までレーリヌはデレクに頼ったことは一度もないのだから。
「それはですね、最近旦那様がお相手をしてくれませんの」
「は?」
「ですから、私がどんな作戦をしても旦那様は以前のように、反応を示してくれませんの」
レーリヌは切実に訴えた。これはレーリヌにとって大ごとだ。今の今まで対した苦労を味わったことの無かったレーリヌにとっては、少し嬉しい悩みでもあったりする。
「お前、でも仲良いからいいじゃん」
「それとこれとは別ですわよ。ですから、あなたが協力してくれませんこと?」
「はぁっ!?」
先程より大きな声を発したデレクにレーリヌは耳を塞いで対処する。何もそこまで驚かなくとも……。レーリヌは大げさに目を見開いてみせた。
「ただ、黙っていればいいだけですのよ」
レーリヌは自分の作戦を頭の中で組み直しつつ、デレクにそっと近づいた。
「な、何するんだよっ!」
「何を焦っていらっしゃるの?ただ、お近づきになっただけですわよ」
と、その時、コンコンと音がして、扉が開き、目の前にレンが現れる。
「ここの資料を見てほしいのだが……ん?レーリヌか?」
「ええ、そうですわ」
レーリヌはにっこり微笑んで見せた。
「おい!兄貴!勘違いするなよ!この女が勝手に入ってきただけだ!」
確かにレンは勘違いしたかもしれない。目の前では自分の妻と弟が至近距離で話していたのだから。この場面を勘違いしないはずがない。
「レーリヌ、これはどういうことだ?」
レンが声に苛立ちを含みながら言う。レーリヌはそんなレンを珍しくて、可愛いと思いながら、しっかりと理由を説明する。
「ただ仲良くお喋りをしていただけですわよ。御心配なさらず」
レーリヌは何かあったとでも、言いたげな表情でレンを見つめる。レンの表情は次第に険しくなっていく。レーリヌはその様子を楽しんで見ていた。
「とにかく、こちらへ来てもらおうか」
レンは静かに告げると、レーリヌの手を引き寄せ、自室に向かう。
「デレクに心変わりしたのか?」
「あら、何を仰ってますの?私のお相手は世界中探しても、旦那様だけですわよ。デレク様には少し手伝ってもらっていたのですのよ」
レンはきょとん、とした顔をした。確かにそんな顔もしたくなるだろう。自分でも何を言っているのか分からないのだから。
「何を手伝ってもらっていた?」
「旦那様との仲ですわ」
そう。レンとの仲を手伝ってもらっていた。レンが嫉妬をしてくれるように。
「なぜ、今更――」
「だって、旦那様、前みたいに新鮮な反応をしてくれなくなったでしょ?私はずっと、トキメクような関係でいたいのです」
レンはポカン、と口を開けて、呆れたとでも言いたげな顔でこちらを見た。レーリヌは自分の思いをさらけ出して、スッキリとした表情をした。やがて、そのまま沈黙が続いた後、
「何も心配しなくとも、俺は毎回毎回、驚かされているよ」
レーリヌを自分の胸に預け、いつも通りそっぽを向きながら言う。レーリヌはそんなレンをやっぱり好きだと思いながら見る。
「では、これからは驚いて下さる?」
「それで、レーリヌが満足ならな」
レンはしっかりと言った。その瞳は嘘や偽りがなく真剣な瞳だった。レーリヌも己の身をレンに預けた。
「約束ですわよ。ずっと一緒にいてくださいな」
「ああ、もちろんだ」
レンは笑顔で答える。レーリヌはもっと我が儘を言いたくなる。
「十年後も、百年後も千年後もですわよ」
「もちろんだ……と言いたいところだが、さすがに生きていないだろう」
レンの真面目な答えにレーリヌはクスッと笑った。これだから、ずっと一緒にいたいと思うのだ。丁度バランスが取れたレン。やはり世界中を探しても一人しかいないはずだ。
「では、死んだあとは?」
少し無理なお願いのような気がしたが、気にせず言う。きっと認めてくれると信じて。
「ああ。ただ、俺はレーリヌとの今を生きたい。死後のことはそれから考えさせてくれ」
「それは一理ありますわね。死後のことは老後が来てから、ゆっくり考えましょうね」
レーリヌは途中で聞いた。生きている方がずっといい。楽しい死後は精一杯生きてから考えよう。時間はたくさんあるのだから。
終わりました!今まで長くお付き合いしていただき、ありがとうございます。
「迷惑花嫁~」は今までの中で、一番楽しめた作品なので、少し寂しいですが……。
次は楽に、短編を書く予定です。