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 戻ってから、いつも通りのごみ捨てとかやって。

 眠って。起きて。家事やって。食事に苦労して。仕事手伝って。

 気が付けば数か月が過ぎ、季節は冬へと深まっていた。

「もうそろそろ頃合いなんじゃないのか?」

「もう自室でこぼしてないです」

「最近顔も普通だしな」

「どういうことですか」

「お前、数か月前はちょっといかれていたぞ……そう思うと変わったな」

 そういえば、僕はちょっといかれていたというか、自分自身を見失っていたなって。

「僕は僕と和解しましたし」

「哲学的だな。俺が貸した本は生物学の本だった気がするが」

 あまりに混乱しすぎたときに理論で理解しろって。

 じゃあなんか貸してくださいって言って出てきた本。

「確かに。でも、”牙人とは”が分かったんで、自分に聞いてみたんですよ」

「ほう、何が聞こえた?」

「僕の拒絶はただの綺麗事でしかないって。わかったらその鎖を解けって」

「文学的だな。お前、本書いたら?」

 なんかこの哲学的だとか文学的だとかって、数か月前にも言われた気がする。

「ちゃんと聞いてくださいよ」

「聞いているとも。要はちゃんと自分の本能に忠実に生きろって話だろ」

「……そうですよ」

 何なら僕が言いたいことをコンパクトにまとめてきた。

 でも、ちょっと違うとすれば決して本能だけじゃない。本心もある。

「心構えもできているなら、ここで食してもらっても構わない。ちゃんとできているかテストしてやる」

「卒業試験ですね」

「三十分で済ませろ。俺もさっさと食ってくるから」

 三十分といえばルフスの実家の食室で経験した時間。

 思えば酷い状態だったなって。

 思い出に耽っているともうルフスは書斎へ。

 昔は自分じゃない自分に逃げていたけど、今は自分でこうすることを選んでいる。

 だから、僕も慣れた手つきで相手の懐に入って目を覆う。

 そのまま壁に押し付けて首から行く。

 脈には百発百中かって言われると外れることもある。

 でも今日は一発で当たったみたい。

 手は、相手の眼から口へ。

 叫びはくぐもっていく。

 力が抜けてきたと思ったら支えて。

 ゆっくり流れの速さに合わせて体を床に近づけて。

 弱くなった圧力でも出てくるように。

 もう出てこないって思ったら口を離して。

 罪悪感は離れてくれないけれど、それが生きるってことだし。

 正直言うとまだちょっと心は痛いけど。

 背後に気配。

「長かったな」

 笑っている。

 その笑顔はちょっと感動交じりの祝福だと僕は受け取る。

「僕は卒業できましたか?」

「できているんじゃないか?」

 僕はほっと胸をなでおろす。

「少し時間オーバーしているのを除けばな」

 時計を指さすルフス。五分超過。

「げ」

「職場が時間厳守じゃなくてよかったな」

「使用人としてそれはダメでしょ」

 急いで最終支度。

「おい、今日のスケジュールは?」

 スケジュールを見る。

 頭を抱えた。

 侯爵イベント……!

 書斎からあのでかいアタッシュケースを取ってくる。

 少しだけ力もついたみたいで、ある程度なら片手でも持てるようになった。

 やはり、食の影響は大きい。

 リビングに、パリダが立っている。

 僕は無視して先に行く。

 すれ違いざま、少し手を付けたい気持ちもなくはない。

 でも、それを抑制することもまた、自分との付き合い。

「もう私を見て何も思わなくなったのね。不思議な吸血鬼」

 牙人の侮蔑に使う言葉が飛んでちょっと怒りも湧く。

 だけど、耳を傾けるだけ無駄だって。

 彼女の言葉は災いへの唆しだから。

 だけど、これだけは言っておきたい。

「パリダさん、僕はもう、変わったんだ」

 彼女は一瞬だけ僕を見て、淡い笑みを浮かべる。

「そうね。随分変わった気がする」

 僕は彼女が洗面所へ向かうのを見送り、玄関へ。

 外は雪が降っている。うっすら積もっている。

「お前、車出せるか」

 僕はこの雪の中事故らずに運転できる自信がない。

 僕らは車を買って、僕が運転することになった。

 もちろんオートマ車で、そこそこのものを買ってもらった。

 サンディークスは早めに出勤して大量の書類とにらめっこしているそう。

 ルフスは外交特化として今日も大量の打ち合わせ。

 皆、それぞれ季節と共に変わっていく。

「難しそうなら、歩くか」

 まあ、その方が安全だ。

 しかし……歩いたら……四十分はかかるな。

 右手に持った重たいアタッシュケースを見た。

 気合入れないとなと、強く握り直す。

 傘を差し、歩き始める。周りに人影はなくとても静かだ。

「こんな日に誰も出歩くまい。今日くらいは職場までは喋っていいぞ」

 無言で四十分はキツイなと思っていたところ。嬉しい。じゃあ、早速。

「職場まで歩いたことあるんですか」

「ないことはない。サンディークスに置いていかれた日は歩いて帰ったな」

「そんな面白エピソードあったんですか」

「ここが外じゃなかったら蹴っていたぞ」

「助かった~」

 ちょっと茶化していく。

「覚えとけよ」

 後でシレっと蹴られている気がする。

 ま、もうそれも慣れましたけど。

「お前の事も落ち着いたし、丁度あいつも報告期間に入るはずだ。三男から連絡があった」

 パリダが一時帰国して、アルビオン家の三男も帰国する。

 おおよそ三週間ぐらいらしいが。

「と、言うことは」

「ようやく結婚の舞台が整ったというわけだ」

 婚約者ファベルからは連絡が月一ぐらいで来ていた。

 もちろん、中身は見ていない。

「で、どこの絶景スポット行くんですか」

 数か月前に買った”死ぬまでに見たい絶景”って本を思い出した。

「お前なあ……俺も考えてはいたが、ファベルがもう指定してきた」

 なんか意外だ。

「どこなんですか」

「言ってもわからん」

「もったいぶらないでくださいよ」

「実家の近くとだけ言っておく」

「なんですかそれ……」

 全然面白くないぞ。

「どうせお前も連れていくからそれでいいだろう」

「わお、やった」

 楽しくなってきた。

「最低限の礼節は覚えろよ」

 本気のトーンが飛んでくる。

「はい、本読みます」

 多分、かなり格式高い感じなのだろう。

 大丈夫かな。急に不安になってくる。

「そうビビるな。一対一だと緩いなとは思うが、職場での姿勢とかは少しマシになっているぞ」

「ほんとですか」

「他の黒服に比べればまだまだだがな」

 また余計なことを……。

「それでもちょっとは成長しているみたいでよかったです」

 フフッと笑ったときに出た白い息。

 それを聞いて隣からも笑いと白い息。

 たわいもない話は続いていく。

 しんしんと降る雪はしばらく止む気配がなく、静かに積もっていく。

 僕らの歩みもまた止まることなく、積もった雪に二人分の足跡を残していく。

 その足跡は消えることなく、常に前を向いていた。

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