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 仕事帰りだった。いつも通り道に見えるでかい賭場。

 この街のシンボルではあるがなんだかんだ入ったことはない。

「おい、久しぶりだな」

 旧友とバッタリ。

「えっ、この辺に住んでたの?」

「おうよ。お前もか?」

「うん、まあね。帰り?」

 ついついせっかくならと話をしてしまう。

「いや、そこの賭場に行こうとしてて」

「そういや僕はここ入ったことなくてさ」

「いいじゃん、行こうぜ!」

「え、ちょっと、急すぎない?」

 ちょっとまずい雰囲気。

 友人は僕の手を掴み、受付まで強引に連れて行く。

 一階のロビーを抜けて地下へ。直感がヤバいって叫んでる。

 いや、ホント、そんなに遊ぶ余裕ないんですけど……。

 気力も、資産も。

 何なら賭け事のルール、全然知らないぞ。

 地下に降りたら今度は空気がドッと重くなった。

「やばいって、帰ろうよ」

「なんでここまで来て帰るんだよ。ほら、登録済ませて来いよ。ちょっとくらい遊んでいこうぜ」

「ホントに、ちょっとだけだよ?」

 友人はさっと受付に何か伝えると奥の部屋に入っていった。

 置いていくのかよ。

「お客様、登録はお済ですか?」

 うじうじとしている僕に受付が声をかける。

「あー、初めてです」

「でしたら印章をお願いいたします」

 そうなるよね……僕そんないい身分じゃないから恥ずかしいけどなあ。

 右手の甲を差し出す。

「お客様、採血もよろしいですか」

「ですよね。身分証明要りますよね」

 右手の印章と血を合わせてやっと身分証明になる。

 でも、自分の戸籍から資産情報まで何でも筒抜けになるし、あんまりしたくはないんだけど。

 観念していつも携帯しているケースから採血針を出し、受付が出してくれたガラス板に一滴落とす。

 僕が直そうとする前にその板は引かれ、分析器に入れられた。

 せっかちな人だな。

 僕はゆっくりといつも持っている布で針を拭いて、止血した。

「後は通名を決めてもらいます。オーナーの計らいでダーツにて決めることになっています」

「かぶらないそれ?いいの?」

 純粋に気になった。

「いいんです。皆さん意外と識別されてますから。ではどうぞ」

「そうですか……」

 矢をもらう。投げた。慣れてないのがバレバレな、なっさけない投げ方。

「あっ、やった」

 声が出た時には矢が刺さっていた。それもまた、ギリッギリの縁に。

 なんだかあの枠、他のより小さい気がするのは気のせいかな。

「……逆にすごいですね。ではホワイトで」

 受付は紙に何か書いていく。

「では、お客様の階層は男爵エリアからになります。後ほど奥でチップを交換してください」

「なんのことやら。説明は……」

「目の前の扉が男爵エリアです。どうぞお楽しみください」

 困った。受付完了してしまったぞ。とりあえず友人を探そう。

 扉を開けると別世界。

 驚嘆混じる沢山の声と後ろに流れる音楽。とにかく耳がびっくりしている。

 煌びやかで熱気に包まれた空間と場違いな僕。

 その場に突っ立っていると黒服にもっと入れと促された。

 すると友人の声が。

「オールインだ!」

 えっ。僕が来る前にそんな大局迎えてるの?

 急いで友人の元に駆け寄る。

 結果は出たようだ。

 負けてるし!手持ちすかんぴん!?どうすんのこれ。

 友人は豹変した。

「アァァ!クソが!」

 こんなに荒れている友人は見たことがない。

 それをその卓の別の人に詰められている。

「おい、お前どうするんだ、もう十分赤作ったろ。借りるツテあんのか」

「いるよ、そこにな」

 目が合ってしまう。最悪だ。

 ――もうこんなやつ友達じゃない。

 お前なんかもう「元友人」だ。なんで僕の友人ってロクな奴がいないんだろうか。

「まって、僕そもそもまだチップに交換してないよ!」

 椅子から降りた元友人は飢えた目で僕の肩を掴む。

「チップなんてすぐ引き出せる!でも多分それだけじゃ足りない。お前のカタまで必要なんだよ!」

「勝手に僕の身体まで賭けないでよ!後さ、唾飛んで汚いんだけど!」

 嫌悪と焦燥で語気が強くなる。

「僕、帰るよ!」

「おいおい、冷たいこというなよ。このままじゃ俺飛ばされちゃう」

「は?」

 何を言ってるのか。あ、もしや。資産ない人に適用されると噂の強制労働法……?

「強制労働の事を言ってるなら、勝手にしろよ!」

「おっと、まあ、そうなんだけどさ。実はまだ生かさず殺さずなんだ」

「だから何?」

「せめてお前の手で引導を渡してくれ」

 意味が分からない。呆れて物も言えない。

「おい、担保取るから適用してくれ」

「担保だって?」

 思わず聞いてしまった。

「担保取って、それすら失ってから法律が適用されんだ。最終防衛ラインまで来ちまったんだよ」

「知らないよ!」

「で、お前が受付してる間に実はお前の信用全部引き出しちゃってんのよ」

 血の気が引いていった。

「なんで……なんでそんなことできるんだよ」

「いやぁ、そうでもしないとお前、土俵立ってくれないだろ?」

 いくら何でもひどすぎる。もうどうやったかなんてどうでもいい。

「……僕の信用、全部……全部返せよ!」

「そう来なくっちゃ」

 嫌な顔だ。僕は睨みつけるも向こうは一切揺らがない。

 同卓の勝者はニヤニヤと椅子を空ける。人気の減った空気は冷たい。

「面白そうだな、新参者のお手並み拝見ってやつで」

 席についた僕へディーラーが尋ねる。

「お客様、チップは交換できる上限いっぱいでよろしいでしょうか?」

「よくわからないけどそれで」

 二人の前にチップが置かれる。彼の分は僕の半分ぐらいだ。

「このスリルがたまらないんだよ」

 ホントにイかれている。

 勝負のセオリーなんて知らない。どうしよう。できるのかな。啖呵を切ったことに少し後悔する。

 だけど、卓に座った以上、やるしかない。

「よろしいですか?」

 二人とも頷く。カードは配られていく。

 

 数十分後。

 しばらく負け続け、手持ちが薄くなってくる。

 さらに数十分後。

「あ……嘘、そんなことある?」

 開かれた結果を見ても、自分の置かれた状況を飲み込めない。

 目を見開いて状況を何度も確認する。何度見ても変わらない事実に苦笑いがこぼれる。

 一夜にしてこの何十年生きてきた信用も資産も失った……?

 強制労働という言葉がよぎり、息が乱れる。どう頑張っても勝てない。実力なのか。運なのか。

 何が原因なのかわからず、思考がオーバーフローして頭痛がする。

「これがギャンブルだよ。悪いな、これで俺はまたツキと資金を取り戻したわけだ。ありがとよ」

 元友人は煽るためだけに僕の肩に手を置き、顔を覗き込む。

 もう怒りっていうか、自分を呪うしかない。

 消えていく場のチップ。

 僕の目の前には何も残っていない。ただ茫然とするだけ。

 周囲の視線は敗者をあざ笑うものに変わっていく。

「えっと……その……どうしたものか」

「強制労働行きです。あなたはもう、ただの動くモノですから」

 強烈な言葉が飛び交うがその刺激は貫通して通り過ぎる。

「またまた、そんなこといっちゃって」

 そんな強がりにも似た現実逃避の言葉。

 どうも焦点が合わない。

 そこに現実を叩きつける屈強な男が二人。無気力な僕の腕を掴んで席から剥がす。あまりに無抵抗で、男たちは少し驚く。

「現実なのか……?いや、ちょっと待って、ちゃんと脚ついていますし、引きずらないで」

 引きずられる姿勢はつらかったので、自分の足で歩く。

「あいつ、無駄に堂々としてんな」

「ある意味かっこいいわ」

 そんな声と場内の雰囲気が気持ちをふわふわさせる。一歩が重い。

 扉から出る。あらゆる視線が消え、浮かれた気分もすっと消えた。

 エレベーター前で僕は矢継ぎ早に語りだす。

「あのさ、アレどうしたら勝てたんだろう。いや、別に単に気になっただけなんだけどね。後さ、そんなに筋肉あるってことはさ、ここの報酬すごいんだろうなあ~きっと。僕どっちかというと小食だからさ、あはは」

 最期の笑いは完全にごまかしだ。事の重大さに気づき始めている。しゃべらないと気持ちが落ち着かない。

 そこに一人、明らかに雰囲気の異なる男が通る。

「そいつ、本当に農場行きか?まるで遠足だな。面白い奴だ。ちょうど前の使用人が死んだし、そいつはまるで面白くなかった。男爵なら安いし面白そうだから試しに買ってやる」

 ちょっと待て、前の使用人が死んだって、この人、やばい奴なんじゃないか?

 そもそも買うって何。面白そうだからって理由はどういうこと?

「そうだな、六リッターぐらいか?」

 聞き間違いでなければ僕の価値は僕の一日の食費程度。……僕ってそんな安いのか?。

「十ぐらいが妥当かと」

「まあいい。六も十もたいしたことない」

 僕にとっては大きな数字、彼にとっては小さな数字。少量のトークンで支払いはすぐに済まされ、僕は彼の家に連れていかれた。

 そこで、僕の日常は終わりを告げたのだった。

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