負けません…!
ハーレム要員からの初参戦です。
のの視点の三人称となります。
「「キャーー〜ッ!!」」
グラウンドは熱気と興奮に包まれていた。女子の黄色い声援は各団の応援団をも凌駕し、一人の少年に注がれている。
力強く蹴る足は若獅子のようにしなやかで、前を見据えるその瞳は鷹のように眼光鋭くゴールだけを映している。
二番手に圧倒的大差をつけてゴールテープを切ると本日一番の歓声が大気を震わせた。
中心にいるはずの少年は涼しげな顔をして係りの案内に従い一位の列に並ぶときょろきょろと周囲を見回しある一点で止まった。にっと口角を上げると視線の先へとVサインを送る。途端、少女たちから悲鳴とも嬌声ともとれる絶叫が轟いた。
単純に少年の不敵な笑みに心臓を撃ち抜かれた者もいれば、『ごちそうさまですっ!!』と意味不明な叫びと共に鼻血を吹く者もいた。
そんな中、彼の視線の先にいるのは可愛い彼女ーーではなく、クラスメイトの美少女ーーでもなく、短期間で親友まで登りつめた少年、青葉浩一だった。
青葉は慣れたものでお疲れ様と手を振り返す。その隣ではユエルが面白くなさそうにそっぽを向き、反対隣で美和子とサラサが当然とばかりに頷いている。玉入れから戻ってきた雅人も憧憬の眼差しで静を見つめていた。
その様子を一歩離れた所から眺め、可憐な少女には似つかわしくない深いため息がこぼれる。
「……はぁあ。いいなぁ。…………二階堂」
一部を除き全校生徒憧れの的である静に対しジェラシーを抱くのは唯一仲間外れになってしまった井上ののだった。
「あたしだって青葉くんとハイタッチとかしたかったのに…。Vサインなんてずるい!二階堂のくせに〜!!」
地団駄を踏むとウサギ耳がぴょこぴょこと跳ねる。そんな彼女を団員がほっこりしながら眺めていることも気づかずに、ののは静に恨みがましい眼差しを向け続けた。
青葉と出会ったのは高校の入学式。
恵まれた容姿に生まれて受ける恩恵なん無きに等しかった。成長するにつれて異性から向けられる視線には不快なものが混じり、望んでもないのにちやほやされてそのために同性からは反感と嫉妬を買った。
生来の前向きさと朗らかな性格ゆえに友達は出来たし、注目される事にも多少は免疫がついた。
それでもののの容姿を誰もが意識せずにはいられず、見た目で判断される事を密かに寂しく思っていた。
高校に進学してクラスメイトを見た時ののが抱いた感情は安堵だった。目に映る全員がかわいい子とかっこいい子ばかりでこの中にいれば一人だけ目立たなくて済む、と。
それで気が緩んでいたのかもしれない。普段だったら男の子に自分から話しかけるなんて絶対にしなかった。
もともと男の人全般苦手だったが、隣の席の青葉が優しげな雰囲気を持っていたからか話しかけてみようと勇気を出したのが始まりだった。
『席、隣だね。あたしは井上ののっていうの。よろしくね!』
『僕は青葉浩一。こちらこそよろしく』
そう言って笑う青葉はあまりにも普通で。ののの容姿に見惚れるでもなく、値踏みするように見つめるでもなく、一人のクラスメイトとして目を見て返事をくれた青葉に最初はこの人と友達になりたいなと思っただけだった。
特進クラスの中でののは特別じゃない。それでもクラスの外に出ればたくさんの眼差しが向けられる。そこに悪意が込められていなくとも愉快な思いはしなかった。
そのことで青葉に愚痴をもらしたことがある。
青葉の隣はなんとなく居心地が良くて日頃の不満から口をついてしまっただけだった。なのに青葉から思いもよらない答えが返ってきた。
特進クラスの生徒を見てはしゃぐ女の子たちの気待ちが分かると言って、のの達を天上の花と例えた。
数日の付き合いでも青葉が容姿に頓着していないのは分かっていた。だからこそ美形に囲まれていても媚びるでもなく、他クラスに対して驕るでもなくのの達に普通の態度で接していたのだと。
なのに、これは不意打ちだ。
軟派にも聞こえるその言葉に不純な動機などなくて。打ち明けるようにひっそりと耳元で囁く声には本の少しの照れがあって。
ののの心拍数をはね上げるには十分な威力だった。
けれどこれはきっかけに過ぎない。
青葉を知れば知るほど、時間を共有すればするほど日増しに想いは募っていく。ののにとってその感情は初めてでも自覚せずにはいられなかった。
美形の集まる特進クラスでののと同じような境遇を送ってきた女の子は少なくない。青葉は“誰にでも”分け隔てなく思いやりがあって優しくて。
気づけば青葉を中心に人の輪が出来ていた。
一番最初に仲良くなったのは自分なのに……。
青葉の隣にいたいなら主張しなくちゃならない。その他大勢に埋れてしまわないように。
初めてのライバルを得て、初めての恋を成就させるために少女の熾烈な争いが始まった。
だけどいつだって一番の恋敵は……。
「でも良かった。青葉くん体調良くなったみたい」
開会式で青葉が倒れたのは知っていた。けれど団も違い、一番最初の種目に出なければいけなかったため様子を見に行く事も出来なかった。救護テントから戻っているということは競技に参加しても支障はないということだろう。先程とは意味合いの違うため息をつく。
静はずっと青葉の側にいてくれたのだろう。ありがたくも思うけれど、やっぱり面白くとないいう気持ちがあって。
ののが腹いせに静に向かって『転けろ〜転けろ〜』と念を送っているとするりと足下を何かが通った。なんだろうと下を向くとそこには一匹の黒猫がいた。
「ねこ?どうしてこんな所にいるの?迷子?」
動物が大好きなののはしゃがんで黒猫に話しかけるがもちろん答えはない。黒猫は甘えるように擦り寄ると「ミャ〜オ」と鳴いた。
『お前の望み叶えてやろうか?』
「……え?」
「ののちゃん!招集かかったよ!……て、どうかしたの?体調が悪いの?」
同じ団の生徒がののの顔をのぞき込んでいる。さっきまでいたはずの黒猫の姿はどこにもなく、夢でも見ていたんだろうかと首を捻る。
「……ううん。なんでもない。よし!頑張るぞ!目指すは一位!」
「ののちゃんやる気だね」
「もちろん!負けてられないんだから!」
ののは元気良く走り出す。猫の鳴き声に別の声が重なって聞こえたのは気のせいだと自分に言い聞かせて。




