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第七話

「お兄ちゃん?」

 そのか細い声に胸が締め付けられる。

「帰ってきたの?」

 廃教会の奥で少女が身じろぎする。

 やせた腕が毛布の端を掴んでいる。

 期待と不安の混じった声に僕はしばし言葉が出なかった。

「あの・・・」

 そこで少女は、僕が兄でないことに気が付いたのだろう。

「・・・誰ですか?」

 答えようとした。

 言い訳を重ねようとした。

 けれど僕は自然と涙をこぼしていた。

 そうして少女の視線が手元へと移る。

「お兄ちゃんの」

 ユーマが最後まで握りしめていた収穫物の袋。

 それを見て唖然としたあと

「・・・そんなの」

 蚊の鳴くような声で呟いた。

「うそだ」

 唇はわずかに震えていた。

「お兄ちゃんは帰ってくるって言ったもん」

 少女の身体の震えが治まらない。

「お兄ちゃんと約束したもん」

 零れ落ちていく涙が決壊したように大粒になっていく。

「うそだ!!」

 廃教会の静寂を破る大きな声が響いた。

「ねえ・・・うそでしょ?」

 すがるような目。震える手足。

 僕はうつむいたあと「ごめん」と一言謝った。

 長い沈黙が降りた。

「・・・っ」

 少女は口を噤んで

「お兄ちゃんのばかああああ!!」

 再び涙をこぼした。


 少女が泣き止むまで、長い時間がかかった。

 嗚咽は何度も途切れ、そのたびにまた戻ってきた。

 僕はその間、何も言えずに、ただ膝の上で拳を握っていた。

「ねえ」

 泣きはらした目が僕を睨んだ。

「あんた旅人でしょ?」

「・・・そうだ」

 言葉が胸に突き刺さるようだった。

「なんであんたは生きているの?」

 気づけば、僕の手は小刀に触れていた。

 昔から知っている、いちばん卑怯な逃げ道。

 ユーマのところへ行けるのだろうか。

 そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。

「ねえ。なんでお兄ちゃんは死ななくちゃいけなかったの?」

 僕の手がぴたりと動かなくなった。

「・・・僕が弱かったからだ」

「そんなことを聞いてるんじゃない!」

 少女の雄たけびが僕の脳裏までつんざいた。

「お兄ちゃんはかっこよかった! 立派だった! なんでこんな理不尽な目にあうの!」

 腫れた瞼からまた涙がこぼれる。

「なんで私が独りぼっちなの!」

 少女は遺されたものだった。

「なんで誰も私を助けてくれないの!」

 僕の手が刀から離れた。

 そうして膝をついて

「ごめん、なさい」

 声にならない声で土下座をした。

「・・・そんなもの求めてない」

 廃教会にひびく小さな抵抗。

「あんたは旅人なんでしょ? 何度も死ねるんでしょ!」

 少女が咳をする。細い腕に力が宿った。

「・・・殺してきてよ」

「え?」

「お兄ちゃんを殺したやつ、殺して私の目の前に持ってきてよ!」

 痛々しい身体で声を荒げながら

「私の目の前にひきずってきてよ!」

 僕は血の気が引いていくのがわかった。

「いまの僕には無理だ」

「なんで? なんで無理なの?」

「僕と同じプレイヤー・・・いや、旅人だからだ」

 無言だった。少女は何も宿していない目で呟いた。

「そう。同族なんだ」

 ぷつりと糸が切れた人形のようだった。

「同族なのに、私の目の前に立っているんだ」

 ねえ、と抑揚のない声が向かってくる。

「どういう気持ち? どんな感情で私に会ってるの?」

 口が震えるのがわかった。今にも吐きそうな気分だった。

「そ、れは・・・」

「私を見て、笑いに来たの?」

「違う!」

 僕はユーマを見殺しにした。

 死ぬ瞬間まで助けてあげられなかった。

 けれどNPCを、住民を救いたいという気持ちは本当だ。

「僕は必ず復讐する。何年かかっても復讐する」

「・・・偽善者」

「偽善者だ! でも泣くだけで終わる偽善者でいたくない!」

 その言葉でようやく彼女の瞳に光が戻ってきた。

「君のお兄ちゃんを殺した連中を、僕は必ず殺す!」

 ほの暗い瞳だった。

「・・・ははっ、変な人」

「僕をどう思ってくれても構わない。だから死なないでくれ」

 それだけが僕の口から言える本音だった。

「あとを追おうとしないでくれ」

 両足が震える。あの痛みを思い出す。

 それでも告げなければいけないことがある。

「ユーマの復讐をする。それまでは生きていてくれ」

「・・・わかった」

「本当か!」

 顔をあげるとそこには一人笑う女の子がいた。

「楽しみに待っている」

 でも、と言葉を繋げた。

「私は、あんたも許さない」

 黒い瞳が僕を射抜いた。

「ああ・・・それでいいよ」

 僕は大きく頷いた。

「それで君が生きていてくれるなら」

 僕は彼女に向かって歩き出した。

 彼女は止めようとしなかった。

「これを預けておく」

「・・・お兄ちゃん」

 収穫物の袋。みっともなく、汚れていたが、そこにユーマの遺志があった。

「お兄ちゃんのニオイだ」

 嗚咽を漏らす彼女に背中を向けた。

「行ってくるよ」

 どこへ、とは言わなかった。

 まずは彼女を治療しないといけない。

 そのためには強くならないといけない。

 必要なのは『星の欠片』。

 どこにあるのかもわからない、たった一つのアイテムを探して。

 廃教会の扉を閉める。

 扉の奥のほうから叫ぶような泣き声が聞こえた。


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