第一話
自殺に失敗した。
クソだと思った。それ以外に言い表す感情がなかった。
僕は過去について根掘り葉掘り聞かれた挙句、精神病棟に入院した。
薬を飲んで、寝て、飯を食べるだけの日々を送る。たまにリハビリに通って折れた両足を回復する日々。やはり人生はクソである。
「悟」
「・・・母ちゃん」
週に一回。土曜日に決まって母は見舞いにやってくる。辟易する僕は、若干の照れと恥ずかしさと後悔をブレンドした表情で見つめ返す。まだ若い母は、僕のせいでちょっと老けた顔と白髪を隠そうとせず、素直に見つめてくる。
「暇でしょ。今日はゲームを買ってきたの」
「いらないよ。ゲームなんて」
「パソコンばっかりじゃ飽きちゃうでしょ」
「だからいらないって」
嘘だった。母が持ってきた最新の没入型VRを見て、とびつきたい衝動に駆られていた。でも僕にはそんな資格もないし、人生を楽しめる余裕もない。
「・・・持って帰ってくれ」
「悟。あのね」
腰かける僕の隣の椅子に座った母はこう言った。
「自分ばっかり責めてないで。これからの人生のことも考えなさい」
「これからの人生ってなんだよ。両足骨折した状態でまともに生きられるわけないだろう」
「だからVRを買ってきたの。これなら未来がちょっと明るくなるかと思って」
「なんで」
そんなに優しいんだよ、とは口にできなかった。
「お母さんにはあなたの面倒を見る義務がある。それじゃダメ?」
「義務でやってんのかよ」
「そうよ。義務でやってるの、愛じゃなくて、義務でやってるの」
真面目に告げてくる母にしどろもどろになってしまう。
「・・・愛って言えよ。そっちのほうが陳腐だろう」
「私はね、愛って言葉が嫌いなの。全部美化するじゃない。でも義務は違う。ダメな部分も大切なことも全部一つで説明できる。だからね悟」
優しく手をつないできた。
「生きてくれてありがとう。残りは私の義務よ」
* * *
「ったく。どうするんだよこれ」
僕はにやけ面を隠そうとせず病院の四人部屋で呟いた。
本体はベッドの上で、コンセントをこっちにつないで、ケーブルはこっち、と。
「よし、できた!」
幸いにも周囲に人はいなかった。僕は最近発売されたばかりのクロスゲートオンライン、略称はCGOを開く。通称なんでもできるゲーム。五万人の初期プレイヤーたちが好きな職業、好きなプレイをしながら、新しい自分を探すMMORPG。
攻略サイトは見ない。解説書も読まない。
僕は痛む両足を引きずりながらベッドに寝転ぶ。
「リンクスタート」
なんとなく声に出したい気分だった。
電子の線が目前を通り過ぎていき、意識が微睡のなかに落ちていく。
「はっ」
水面で息継ぎするように上昇した僕は平原の上に立っていた。
「ここは・・・」
「ようこそ! クロスゲートオンラインへ!」
現れたのは一匹のウサギだった。
「新入りさん! チュートリアルを始めるね!」
「ああ・・・」
足が痛くない。死にたい憂鬱感もない、それが酷く新鮮な気分だった。
「よろしく頼む」
「まずプレイヤーには職業とレベルが与えられる。ステータスをオープンしてみて」
「ステータスオープン」
【名前:未定】
【職業:未定】
【レベル:1】
【称号:なし】
「レベルが1になっているのは確認できた? 次は名前を決めよう!」
「サザンカ、と」
「良い名前だね! 次は職業を決めよう! 何がいい?」
目の前に一覧表が映し出される。スクロールしていく。
一つの職業が目についた。
「・・・サムライ」
「侍だね! 攻撃に特化した職業だよ。本当にこれでいいの?」
「ああ、侍にする」
【名前:サザンカ】
【職業:サムライ】
【レベル:1】
【称号:なし】
「これで設定は終わりだね! 次は容姿変更をしよう!」
「このままでいい」
「え? でも多少はいじったほうが身バレ防止になるよ。運営は容姿変更を推奨しています!」
「なら髪型だけ、少し変えてくれ」
「了解しました! 別人になるように侍っぽい髪型にするね!」
ちょんまげにはならなかった。
「これで準備万端だよ! この世界では何をしてもいい! 自分の人生だと思って楽しく生きてね! それじゃあゲートオープン!!」
黒い扉が突如として現れた。
「楽しく生きる、か」
ゆっくりと開いていく不気味な扉。どこかにつながるクロスゲート。
「まあ精々頑張るよ」
後ろにいるウサギに手を振りながら扉をくぐっていった。




