序章
アルブレオ・カディラスは、等々に前世の記憶を取り戻した。ステージで演奏中のことだ。
思い出すタイミングは他にあっただろうに、よりによって今かと、パニックに襲われながらも、指は弦を奏でている。
思い出したのは前世の記憶。優秀なベーシストだった。
酒とタバコと女が好きな、わかりやすいバンドマンだった。
記憶の渦に飲まれ混乱の極みの中にいるか、今とそう変わらない嗜好と境遇に、ちょっと笑いそうになる。
現世のアルブレオは、酒とタバコと女が好きな音楽家だ。言葉にすれば、前世とそれほど変わらない。
産まれたのは西の国、人よりも羊の数か多い田舎の次男。精霊の加護の強い土地の田舎貴族は、先祖返りと呼ばれる魔力持ちが多く生まれる。
魔力言って力は薄く、本人の意思でどうこう出来るものでもない。カディラス家には風の精霊の加護があると、司教に叙階している大叔父が言っていたので、そんなもんかと納得したくらいだ。実際、アルブレオが奏でる楽器の音色は、風に乗り何処までも響いた。
魔力は薄いが、西の大国イルテアの中央都市では珍しいので重宝する。
田舎を出たのは2年前。金もなく行くあてもない。中央都市名物の地下鉄に乗り、何となく降りた駅の下街通りで演奏すると、人だかりが出来た。
相棒は太い4本弦のヴェルリュート。リュートより低く響き、指で弾いて多彩な音を引き出せる。
巧みな楽器の音色はもちろん、女神の恩寵と呼ばれる光の粒が、下町を盛り上げだ。
楽器のリズムに乗るように、小さな光の粒が踊る。
下町に魔力持ちは珍しい。何処のお貴族様だと囃し立てる民衆に、田舎貴族の落ちぶれと嘯き、チップを稼いだ。
ポケットに押し込んだコインを数え、今夜の宿をどうしようか思案していると、数人に男に絡まれた。鼻息荒く、シャバ荒らしだのなんなのと因縁を付けてきた男の一人の肩を抱く。
「俺、田舎者だから、礼儀知らずでごめんなさいね。あんたは何の楽器やるの?みんなで一緒に飲まない?奢るからさぁ、良い店知ってる?」
柄の悪い相手でも、ヌルっと懐に飛び込めるの一種の才能だろう。
安物のエールで乾杯して仲良くなった。ひとしきり騒ぎ、いつの間にか隣に座っている女の腰に手を回しながら聞いたのは、ソリオス国の話題だった。
きっかけは紙煙草だ。南の方で流行している簡易な紙タバコは、若者の間で定番商品とっめいる。アルブレオは煙草が好きだが、汚れたり指で楽器に触るのが嫌で、年寄りのようにパイプを使って吸っていた。
ここ最近は、ソリオスから輸入された煙管を愛用している。火皿と吸い口は金属だが、羅宇と呼ばれる持ち手の部分は竹で作られている。煙草を葉のまま購入して、細く削らなければならないが、その作業は嫌いじゃない。
吸い口に、小さな絵柄が刻まれている。東では有名な花なのだろう。木彫りの煙草入れにも、揃いの模様がほられている。
無骨なパイプと違い、こちらは所作がスマートで女子ウケも抜群だ。
東の最果ての国、ソリオス王国。
その存在が一般に知られたのは、アルブレオの曾祖父さんが産まれるずっと前。
東には魔法帝国が存在した。古代魔法が発動し、一晩で滅びたと聞く。
魔法の余波を封じる為、数百の魔術師と数千の軍人り、数万の国民の命が奪われた。古代魔法の爪痕は深く、近づくだけで命を落とす。東は今でも周辺地域は海も含め、立ち入り禁止区域に指定されている。
魔硝石のない西諸国は、化学が発展した。
古代魔法発動の危険区域周辺の海域の調査していると、海の魔獣の群れに襲われた調査隊の船が、偶然流れ着いたのがソリオス国だった。
東の最果てに位置する小さな島国は、魔法帝国の影に隠されていた。
貴重な魔硝石の、採掘場だったからだ。
魔力持ちは多いが、現代魔法と呼ばれる化学の発展は遅れている。貿易と同時に植民地とする計画が持ち上がった。が、すぐに断念された。
東は魔法が発展した。東では魔力を持たない平民の日常生活にも、魔法が使われている。
魔法発動のエネルギーとして、魔硝石が使われている。それだけ多くの魔硝石を、どうやって採掘しているのか、答えは簡単。
魔獣の巣窟である北部にまで国土を広げ、日々、命懸けで採掘している。
蛮国と蔑んだソリオス国は、とんでもない魔力と軍隊を持つ、武装国家だった。
西の諸国は、何度か小さな衝突を繰り返して、大き戦争を仕掛け大敗した。
時世の国王は、その責任で斬首された。ずっと昔の話だ。
その後、西はいくつかの内戦を繰り返した。祖父の時代は大きな戦争があったが、
今では時世が安定している。
一時な絶たれた国交も回復した。ソリオスの南に位置する小さな島々で形成されたウチナヴィアは、東を繋ぐ貿易諸島だったがソリオスと合併して、ソリオスに入国する唯一の門となった。
魔硝石の流通は再開されたが、高価で魔力のある貴族にも扱いが難しい。西独自に開発された科学は、魔力を持たない平民の生活を支えている。そんな経由で時が流れ、西の中央都市は、魔法と科学が融合する不思議な街に変貌した。
整備された都市の裏を行けば、平民の暮らす下町が広がっている。通りのガス燈はオレンジ色の、何処が隠微な光を灯している。
魔硝石の存在で、科学技術が衰退したと嘆く学者は多い。
「俺の田舎では、たまに魔獣が出るからね、駆除すれば少しくらい魔石が手に入るし…俺から見たら西の新しい科学魔法が新鮮だけど…」
「とか言って、そのジーンズはソリオス産だろう?」
「まぁね、俺の一張羅」
鉱山を掘る作業着がファッションとして定着した。後ろポケットの上に縫い付けられた皮のネームタグには、太陽に右斜め上から線が貫くマークはソリオスの一流メーカーで、デニムの生地には魔硝石を削った染料が使われている。
「俺の田舎の羊毛がソリオスに輸出してて、知り合いの伝手でね」
加護付きで高価な品だが、アルブレオが気に入ったのはネームダクの太陽の方だ。
太陽の神は美しい男神だが、眩しさで直視できず孤立している。姿を持たない音の神を共なっているため、音楽の神とも呼ばれている。
「いいな、ソリオスの大商人!」
一番最初に因縁をつけてきた男は、豊満な女を両脇に抱えながら叫んだ。
西の諸国で産まれた男が大商人になり、貴族の地位を手に入れた逸話は劇の演目になり、平民の間で人気がある。
そこの三男は音楽家で、貴族の間で話題なのだと誰が言った。
貴族の夜会で絶大な人気で、王族の招待も順番待ち。
「少し前までイルテアに遊学してたが、活動的だった」
「花嫁探しの?」
「音楽活動さ」
噂を持ってきた男は誇らしげだ。顔も知らない他国の貴族が、音楽仲間のような気がするのだろう。
「平民街の教会でも、歌声を披露してくれる」
歌や踊りは神に捧げる神事だ。珍しいことではないが、平民も多く集まる場所で、貴族が自ら参加することは滅多にない。
「俺も遠くから見かけたらだけだが、とんでもない美形で、誘惑と恋の姉妹神の加護を受けてると言われるほど…」
「あらま、そりゃあ…ありがたいことで…」
その後、ソリオス国の演奏家や職人の話になったご、アルブレオは向かいのテーブルに座る女に口説く方に意識が向いたので覚えていない。
それからしばらく女の家を渡り歩き、演奏仲間を作ったり解散したりを繰り返し、顔馴染み店で、演奏すればただ酒が飲める。
アルブレオの顔と名前が知れ渡った頃、少しだけ格式の高く貴族も出入りするような有名店からお声がきったアルブレオは、普段のとおり気持ちよく演奏をすませるとあ、男爵夫人に声をかけられた。
顔を隠すように目の下まで伸びが髪を掻き上げ、まじまじと覗き込む。
「貴方、わたくしの生き別れの弟か何か?」
「…違うと思います」
確かに、顔立ちは似ていた
薄く青い瞳。真っ直ぐに流れる黒髪。垂れ目の右下にある泣き黒子の位置まで、アルブレオとそっくりだ。
アルブレオが女装をしたら、肩幅の広い男爵夫人になるかもしれない。
そのまま中央郊外にある屋敷にお持ち帰りされた。古いが立派な屋敷だ。馬車で1時間なら不便を感じない。商人が乗るような自動車であれば、半分の時間で済むだろう。
馬や使用人を使い、わざと手間と時間をかける貴族特有の懐古趣は、田舎も都市部も変わらない。
犬猫みたいに拾ってこないでくださいと、年老いた筆頭側使いに叱られる声を聞こえないふりをして、アルブレオには使用人と部屋の一室を与えられた。
「しばらくは、面倒みてあげるわ」
黒いレースの扇で口元を隠し、男爵夫人が微笑んだ。芸術家なら、誰もが欲しがるスポンサーの出現だ。
そうは言っても、音楽家らしい仕事はない。身だしなみを調えろと風呂に入れられ髪を整え、白いドレスシャツに着替えさせられた。
「こう言うのは好きにご夫人は多いの。私のお下がりだから、貴方にも似合うわよ」
仕立て屋で仕上げる時間がないので、既製品だが高級なフォーマルスーツが用意された。それと、レースが多い白いシャツに鮮やかな腰紐。どう見ても女物たが、アルブレオのサイズに直してある。
「私の遠縁ってことにしておくわ」
羽飾りのついた鍔広の帽子まで被せられたら、中世の吟遊詩人の出来上がりだ。
ありとあらゆる夜会に同伴出席。程よく愛想笑いをし、演奏をして喜ばれ、また呼ばれを繰り返し。元男爵夫人が主催すれば、妻に内緒で愛人を連れてくる。名士がわんさか訪れる。
昔はどこぞの国のどこぞの劇団の花形だったが、倍以上歳の離れた男爵の後添いに迎えられ、今の地位を手に入れたと、どこぞのご令嬢が噂話を耳打ちした。
社交界のでは繋がりが物を言う。見目良いのヴェルリュート弾きは評判になった。宮廷は無理でも、中級貴族の集まりなら歓迎される。その噂を聞きつけたのか否か、あるブレオは招待状を手に入れた。西にルーツを持つ大貴族、ウェスペル家主催の夜会。
招待状には、優秀な音楽家の同伴を歓迎すると明記されていた。
男爵未亡人のは、同伴者にアルブレオの名前を書き、喜んで出席すると返事をした。




