8話 火はまだ種の中
―――時は少し遡り。
「ちゃんと説明してください‼︎」
流未は軍人に食い下がっていた。
サクタを連れて行ったあとしばらくして、軍人は地下6階に戻った。
かすかに火薬の臭いを残した軍人は鶴津、流未を含めた生徒全員、バスで学校に戻るよう告げたのだ。
半ば強引に駐車させたバスのもとまで全員連れ出した軍人だが、バスの所で流未に抵抗された。
「サクタをどこに連れて行ったんですか⁉︎もう一人女子生徒がいなくなっているんですよ‼︎」
「女子生徒は知りませんが、少年は勝手に地上へ出て姿を消したと言いました。我々には自ら沈没都市の支援から外れた者を追う義務などありません。ご存じでしょう。これ以上の説明があなたに必要ですか?沈没都市の住民の、あなたに」
軍人の氷のような声音にも臆さず、流未の眼光は揺るがない。
彼女は生徒たちに慕われているのだろう。彼女がそうやって軍人に訴えていると、バスに乗り込んだ他生徒も軍人を怪訝な目で見始めていた。
いざとなったら加勢に行く――そんな声が聞こえてきそうな圧だ。
軍人は内心鬱陶しそうにため息をつく。
―――――――
イングに乗っ取られた精密兵器と交戦していた時。
もう一騎、精密兵器が出動した。
その一騎は沈没都市の保安部のものでイングの精密兵器と交戦後、倒すことができた。
保安部の精密兵器は軍人に改めて指示を出した。
《あの少年がギフト持ちかどうか確認はできませんでしたが、沈没都市に危害を与える行動が無い限りは追わなくて結構です。こちらの別動隊が代わります。》
『コード:nf1414972cf…。話は聞いていましたが初めて関わりました。ギフトについては、原則沈没都市は積極的に追わないと決定していますので了解しました。…ただ、その…そこの精密兵器は一体なんですか?これもギフトの機能によるものですか?随分ふざけた人格でしたけれど』
冷静な物言いだったが、軍人はふざけた人格の精密兵器を指差して気味悪そうな表情を浮かべる。
保安部の精密兵器は金属球体に戻り、コロコロと転がって倒した精密兵器に近寄った。
エンドレスシーから調査と修復の信号を送りながら、軍人の質問に答える。
《これもギフト関係です。ただ沈没都市関係に危害を加えることを望まないモノなので、忘れておいてください。》
そう言われて、軍人はこの精密兵器から「傷つけたくない」と言われたことを思い出す。
勢力図がまるで見えない事態だが、沈没都市の手足である自身は指示通りにこの身体を動かすまでだ。沈没都市がいつだって合理的に正しい判断を下すと信じている。だから軍人はこれ以上詮索はせず納得した。
『‥‥了解。…アロンエドゥはどうされますか?』
《代表者議会で下された決定の通りです。…それでは、今日の講義の参加者には速やかに帰還するよう案内をお願いしますね。外のアロンエドゥはじきにいなくなりますので。》
―――――
そして軍人は流未たちをサンクミー飼育施設から連れ出した。
まともに取り合おうとしない軍人に、流未は懇願するように俯いた。
「お願いです。サクタとマナちゃんの捜索を沈没都市に要請して下さい。私の要請では、…慈善活動では要請できないんです。現場にいた軍人のあなたからなら受け付けてくれるはずです」
一向に引く気のない流未に、生徒をバスに入れた鶴津が降りてきて流未の隣に立った。
「流未…。とりあえず学校に戻ろう。ここにいたらアロンエドゥが戻ってくるかもしれない。…日本にいなかったアロンエドゥが現れたんだ。可哀想だけど内陸の子供の捜索より、沈没都市はアロンエドゥの対策に追われるはずだ。流未の気持ちはわかるけど…」
鶴津が流未の腕に軽く触れると、彼女は身を捻って避けた。
「分からないわよ。分からないから、あなたもなにも協力しないんでしょう?」
怒りと悲しみがまじった瞳は少し潤んでいて鶴津を睨んだ。しかし、彼から返されたのは哀れみの眼差しだ。
流未は言葉にならない絶望に奥歯を噛みしめる。
「…分かってる。だから沈没都市が正しいって‥‥。でも、捜索すら後回しにさせられるようなことをサクタはなにかしたの?追って処刑をしないってことは、あなたに逆らったわけでもないんでしょう?」
流未はまた軍人へ視線を向ける。
目を合わせてもやはりその軍人はなにも答えない。流未のことなんて見えていないようだ。
「ねえ、子供の未来をどうしたらそんな簡単に諦められるの?…沈没都市が正しいのなら、そこの住民適性があるあの子たちだって守る価値があるでしょう」
こんな説得などしたくない、と流未は顔を歪ませた。
沈没都市の価値観を引き合いに出してサクタやマナの命を測りたくはないのだ。
でも軍人の口を開かせるにはこのやり方しかない。
軍人はため息をついた後、口を開いた。
「証明された価値を守ることが我々の仕事です。少年が沈没都市の住民になった時は、この命に代えても守ります。…もうよろしいですか?鶴津氏の仰っている通り、本当にアロンエドゥが戻ってきてしまえば、私は生徒を置いて鶴津氏を守らねばなりません。それだってあなたにとっては不本意ではありませんか?」
軍人一人ではアロンエドゥの数によっては鶴津を守るために〝荷物〟を切り捨てるしかなくなる。
軍人なりの善意はここまでなのだと、残酷に告げた。
結局、流未は折れるしかなかった。
――――---ー
そんなやりとりがあったとは知らず。
とりあえずボロボロの駅舎の屋根にマナとサクタは入り、傾きつつある日を眺めていた。
サクタはうずくまってめそめそと鼻を鳴らす。
「いや…うん…。俺が勝手に地上に出て走り回ったわけだし、避難できるならここから離れることを考えるのは当たり前だし…。みんなは悪くない。悪いのはいつだって暴力野郎だよ…ウウゥ…」
くぐもった声でごちゃごちゃと喋るサクタには視線をくれず、マナは顎に指を当てながら行動を考える。
(基本、こういった駅舎は運転手のトイレ休憩に使われる程度で、人はこない。アロンエドゥが周辺に現れたっていう情報は流れているだろうから次の便も来ないだろうし…)
マナは駅舎の窓から中を見る。
侵入されないよう、窓ガラスは横に細長いタイプだ。小柄なマナですら入れない。
(…中に入るために裏のシャッターを銃で壊すってのもアリだけど、あまり消費したくないな。学園に戻らないと銃弾の補給もできないし、そもそも持ち込んだ分もそう多くはない)
今後の戦闘を考え、マナはここから移動することに決めた。
「ここに来るまでの途中で山小屋があったでしょ。日が暮れる前にそこまで下りよう」
嘆いている暇はないのだと暗に告げて、マナは先に歩き出そうと―――近くの木の枝に引っかかっているものに気づいた。
まだ嘆いているサクタを置き、その木の下へ向かう。
「これ、サクタのリュックじゃない?」
サクタは驚いて顔を上げ、すぐにマナのもとへ駆け寄ってきた。
マナの背丈では届かない位置に吊るされていたので、サクタが背伸びをしてなんとかそのリュックを下ろす
「ほんとだ…俺のリュックだ。なんかメモが…」
リュックの中を確認していたサクタはノートの切れ端を見つけた。
〝もしバスに戻って来ていたら、ごめんなさい。
先生たちは先に学校へ帰ります。
リュックの中の教科書は私たちが持って帰りますが、みんな君たちの帰りを祈って、水とお菓子を分けてくれました。
動けそうだったらふもとの八百屋さんへ向かって下さい。
あなたたちの帰りを待っています。
河童流未〟
メモの通り教科書といった重い荷物などはなく、500mlのボトルが2本と携帯食、負傷した場合を考えてかハンカチやティッシュなども入っていた。
…ハンカチは今日課外授業に来た友人たちのものだ。
ハンカチとメモを握り、サクタはぽろりと涙を零した。
マナはギョッと小さく反応し「え?なにに傷ついたの?」と尋ねる。
サクタはふるふると首を振って涙を拭った。
「先生、きっと軍人とかに無理言ってここに置いてくれたんだと思う。みんなも、水を分けてくれて…ちゃんと帰らなきゃだね」
ふにゃ、と笑ってサクタはマナにそう言った。
マナは目をぱちくりとさせる。
さっきまでめそめそと情けない姿だったことが嘘みたいだ。
面食らって返事ができないでいると、「よし!とりあえず今日は山小屋で休もう!」とサクタは元気を取り戻して歩き出した。
サクタの行動も気持ちも読めないマナはついサクタを見送っていたが、今度はサクタから「はやく行くよ!」と催促されてしまったので、おとなしく彼の後に続いた。
基本は下りであったため、山小屋までは思いのほかスムーズに降りられた。
マナは山小屋に浮浪者などがいないか確認する。〝ラダル〟から脅威も人の気配も伝達されない。
(…いたとしても、アロンエドゥの銃撃を聞いて逃げたか)
小屋の付近には足跡がいくつかある。滑っているようなものもあるので慌てて逃げたのだろう。電子機器がほとんどない内陸であれば情報を取得することも難しい。先住民は少なくとも今日中は帰ってこないと判断し、マナは山小屋の扉を開けた。
山小屋には小さな囲炉裏があるだけで他にはなにもなかった。
「サクタ。そのお尻が半分落ちそうな椅子持ってきて」
「え、うん」
狼狽えながらもマナの指示に従ってそんな壊れかけの椅子を持ってきた。
「?」と目を丸くさせている彼に、マナはリュックから道具を取り出しながら指示を出す。
「それだけボロなら手で壊せるでしょ。壊して薪にしよ」
「…ここ、絶対誰かいた気がするんだけど怒られないかな」
「少なくともその椅子は使ってなかったと思うよ」
「…それもそっか。すみませんが薪として使わせていただきます」
「…誰に言ってんの」
ご丁寧に合掌するサクタに、マナは呆れる。
サクタが椅子を壊し薪を作ると、マナはファイヤスターターも含まれたツールナイフで火を起こした。
煙を逃がすために窓を開けたサクタは振り返り、手慣れた様子で火を起こすマナを見てなにか言いたげな様子で尋ねた。
「…マナのリュックはなに入ってんの?」
「大したもの持って来れてないよ。ツールナイフと拳銃と軍用ナイフくらいだから」
「大したものだって」
サクタが速攻でつっこむが、なにか諦めたようにうなじを掻いて、マナの隣に座った。
自分のリュックから分厚いビスケットとマシュマロを取り出す。
「枝だと燃えるかな…。マナ、ナイフ貸して」
「なんで」
「ナイフにマシュマロ刺して焦げ目つけてビスケットに挟んで食べよう。スモアだよ」
「……。なに美味しく調理しようとしてんの」
まさか〝ボア〟から支給される高級なナイフをスモア作りにされるとは思わず、マナは貸すことを渋った。
だがサクタの毒気のない顔を見ると神経を尖らせる方が阿保だと思ってしまった。柄の方を向けてナイフをサクタに渡してやる。
サクタはマシュマロを焚火に近づけ、少し焦げ目をつけたらビスケットに挟んだ。
「はい」とふにゃついた笑顔つきでそれを渡され、何か言う気も失せたマナは黙って受け取る。
自分の分も作ってもぐもぐと黙って食べ、水を一口飲む。
食べるものと飲み水があるだけでも気持ちが落ち着く。
思い出したようにマナへナイフを返すと、彼女は少し嫌そうな顔をして刃の部分を誰かのハンカチを拭いた。
しばらく静かな時間が流れた。
スモアを食べきったサクタはふぅ、と一息ついて、思い切って口を開いた。
「聞いていい?」
「‥‥チッ。うん。いいよ」
「舌打ち聞こえてるよ‼︎あとそれやめてよ!本心でもないのにそうやってにっこにこ笑うの‼︎」
舌打ちをしてすぐ、朗らかな笑顔を貼りつけて頷く彼女に、サクタは堪らず嫌そうな顔になる。
そんなことを言われてしまい、マナはハァとため息をついた。友好的に接しようとして文句を言われるなんて心外だ、と心の中で零す。
マシュマロの暖かで柔らかい甘さと、ビスケットの塩気が思っていたよりおいしい、と思いながらマナは考える。
(さてどうするか。サンクミー飼育施設以降、〝ボア〟から連絡が来ない。計画の全容やらギフトの詳細やら、なにをどこまで話すべきか。友好的な関係の維持に努めるなら、この子の場合…)
「黒い雲」
マナの発言に、かたいパンをかじっていたサクタが視線を向けた。
「黒い雲を見たことは?」
逆にマナから質問をされ、サクタは拍子抜けする。
「黒い雲?なにそれ…そんなの…」
ない、と言いかけてサクタは不意に母が死んだ日のことを思い出した。
月も星もない夜空だから暗いのか。
雲が黒いから暗いのか。
そんな夜だった。
――どれもないから使えない。
――同胞がいるなら使える。
(…俺、さっきなにか使ったような気が…)
言葉の途切れたサクタに、マナは静かに様子を窺う。…どうやらさすがに、サクタ本人も身に覚えがあるらしい。
「聞いたことない?黒い雲と共に魔法みたいな武器が現れるって話し。内陸じゃ、割と有名な噂話なんだけど」
「ちょっとだけ…。でもそれは都市伝説みたいなものだよね。…なんで今、そんな噂話を俺に振るの?」
今日の騒動に全く関係のない話をするはずがないとサクタは思った。
マナに、もしかしたら自分に関係がある話なのだと。
感情を悟らせない彼女は静かに続ける。
「日本にはアロンエドゥがいなかったから、都市伝説くらいの認知度なんだね。現実にあるものだよ。
アロンエドゥはその魔法みたいな武器を欲しがっててさ。持っている人を殺して奪おうって考えてる」
サクタはぼんやりした性格だが馬鹿ではない。
彼女のいわんとしていることはここまで言われればすぐに分かった。
「俺がその魔法の武器を持っていると?だから軍人は俺を施設の外に出そうとしたって?」
「そう。私はね、君のその武器を他の人に取られないように見張りに来たの。だから銃を持ってるんだ」
機微の無いマナの茶色の瞳は囲炉裏の炎に照らされている。
彼女のことが怖いのか、まだ情報不足だから落ち着かないのか、早く打つ鼓動にサクタの頬に汗が伝う。
「…一年前の大火災のせいで、北アメリカから避難してきたって話しは嘘?」
「そうだね」
「君は沈没都市所属の軍人?それとも内陸政府の人?」
「ううん」
「それなら…君は誰なの?君の目的は、俺を見張るだけ?」
マナの手にはさきほど見知らぬ女性と交戦した拳銃が握られている。
温和な顔立ちに似合わない、物騒な道具を平然と使う彼女。
怖い、と感じるのに。
逃げた方が良いとは思わない自分の心境がサクタは不思議に思った。
恐怖や警戒を感じながら隣に座り続ける彼をじっと見つめてから、マナは囲炉裏の炎へ視線をずらした。
「私は沈没都市の人間でも内陸政府の人間でもないよ。別機関の兵士。沈没都市が存続の危機って話は知ってる?」
「……いや…、あ、もしかして人口が少なくなってるって話?それなら聞いたことあるよ。沈没都市の住民は年々数が減ってきてるって」
「んー。まぁそれも理由の一つなんだけど、大きな要因はね、内陸が沈没都市を攻撃できる手段が確認されてるってこと」
「内陸が沈没都市を攻撃できる?そんなもの…。…それが…〝魔法みたいな武器〟…ってこと?」
「〝今〟はそうだね。以前はそれがオーバークォーツの花だったんだけど、この〝魔法みたいな武器〟はそれを遥かに超えて危険なものなの。
…まあどんな手段であれ、沈没都市が内陸より衰弱してしまったらFageの存続は絶望的になる。Fageの存続が危ぶまれるならその要因を排除するし、そうでないなら…守るよ。
君の命も、武器も。
そのためにあるものが私の組織で、私はそのために動いてる。
嘘をついたことを怒っているなら、ごめんね」
パチッと火花が音を立てた。
〝ボア〟から指示がこない限り任務は現状維持が原則だ。
だから、彼女の言葉は友好的な関係のための、事実と嘘を交えた方便である。
ギフト持ちの回収については言わなかった。
…だというのに、マナの言葉が嘘に聞こえなかったサクタはまたふにゃ、と笑った。
「そう。とりあえず、マナは俺の味方ってことだね」
「…そういうこと。他になにか質問は?」
「え?うーん…俺の武器ってどういう武器なの?」
「…むしろ教えてほしいんだけど…」
「え…分かるもんなの?」
「分かるもんだよ。私も分かるし」
「え⁉︎マナも魔法みたいな武器持ってるの⁉︎」
「…持ってるけど…、もう寝ない?話しは明日でも…」
「いや気になるよ!なんていう武器?どういうの?俺とは違うの?」
マナはひく、と目元を動かす。
味方と理解した途端、彼から恐怖や警戒が溶けたようになくなった。
賢いのか浅はかなのか、勇敢なのか楽観的なのか…
騙しやすいのに御しにくい彼の質問攻めはしばらく続いた。
―――――――――
ヒヨリとカマはサンクミー飼育施設の山のふもとの商店街にいた。
健全な商店は店を閉め、夜に開かれているのはストリップ劇場やスナック、あとはホテルだ。
ヒヨリの負傷が見えないよう彼女を抱え、カマは安いラブホテルに入った。
傍から見れば動けない女性を連れ込んでいるようにも見えるだろうが、ヒヨリの容体を考えれば周りのことなど気にしている場合ではない。
日本の内陸政府は比較的〝生きている〟方なので万が一保安機関を呼ばれてもヒヨリから説明できればやり過ごせるだろう。
カマはひとまずヒヨリをベッドに寝かせ、イングっ子からソーマの指示を聞きながら手当てを行った。
彼女の左頬と耳は火傷を負ったが命に関わる状態ではなかった。
ヒヨリは「いてて…」とカマの治療にぼやきながらも、「サンクミー飼育施設での状況は?」と胸に降り立ったイングっ子に尋ねた。
〈泥蛇に操作された精密兵器が登場しました。長く交戦しますとソーマたちの居場所を割り出されてしまうので、いたしかたなく負けてやりました!ほんとはもっと戦えたのでございます!(ぴよぴよ!)〉
ふんっ、と翼を胴に当ててふんぞり返る。
そんなイングっ子にヒヨリとカマは顔を見合わせて笑う。
〈とりあえず、現状の整理をしましょう。…予想外のことも起きましたからね。〉
イングっ子はそう言って、ヒヨリにも見えるようにベッドの向かい側の壁に画像を映した。
日本初のアロンエドゥ。
泥蛇が操作した精密兵器。
そしてマナの手から放たれた電撃。
〈先に泥蛇の兵士の少女についてから。目測ですが彼女のギフトは〝ラダル〟で間違いがなかったのに、この時の攻撃は〝ブリッツ〟――すでに泥蛇に回収されたギフトでした。〉
それを聞いて、カマが驚いた。
「なんですって?〝ブリッツ〟?アタシはアレと戦って、現場にいたオーウェンたちが回収まで確認してるワ。あり得ない」
〈ええ。ギフトとは同じものは存在しないとされます。…それはジアンさんから〝ソルジャー〟で聞き出した情報ですから間違いはありません。サクタさんの様子になにか違和感などはありましたか?ヒヨリ。〉
「サクタ君はこの女の子のことを〝マナ〟って呼んでたけど、それなりにお友達になってるっぽいよ。すごく心配した様子ではあった。ただ、〝ブリッツ〟を使ったのはマナちゃんに見えたけど…」
ベッドに腰かけるカマが頭をゆらゆらさせながら唸った。既知の情報と想定がこんがらがっている。
「あれよね…もともとサクタ君が〝フラム〟じゃないかって予測だったのよネ?泥蛇の計画をぶっ壊せるギフトっていう」
〈ええ。どんな機能のギフトが定かではないので、なぜ〝フラム〟が泥蛇の計画をぶっ壊せるのかは今はさておき。この〝ブリッツ〟を起動したのはサクタさんとマナさん、どちらなのか、という点です。〉
イングっ子も頭を捻っている。
いくつかの仮定は出ているようだがなにか見落としている。それをはっきりさせる方が重要だとイングは考えていた。
〈ヒヨリの話しを聞くに、起動したのはマナさんかもしれません。しかしあの状況での〝ブリッツ〟の起動は、いささか無作為のように見えます。〉
「かもね。マナちゃんも驚いているような感じはしたよ」
あまり感情が表情に出る少女ではなかったが、手練れだからこそ〝ブリッツ〟を使いこなしていたのなら、あの時ヒヨリは死んでいたはずだ。
マナにとっても予測外のことが起きたような動きだった。
〈サクタさんがいたからできた芸当なのだとしたら、あの〝ブリッツ〟の起動にはサクタさんも関わっている可能性が非常に高いのです。…とまあ、現場にいたヒヨリもどちらが起動させたものか分からないのであれば、これ以上は推測の域を出ないでしょうね。お二人にはマナさんが〝ラダル〟と〝ブリッツ〟を使えると想定しておいてください。〉
〈できるだけ早くオーウェンを応援に行かせる。戦闘はなるべく避けてくれ〉
イングっ子からソーマの声も聞こえてきた。
ヒヨリとカマは顔を見合わせ「…問題児ペアは大人しくできないのよね」と無言で意見を交わす。
そんな空気を感じ取ったソーマから「返事」と促され、二人は「ハァーイ」とやる気のない返事を返した。
まるでやる気のない生徒みたいな二人を注意するように、イングが〈まだまだ!〉と声を張り上げた。
〈問題は山積みですよ!次はアロンエドゥ関連です。日本に持ち込まれたオーバークォーツの花の量は約1t。これだけあれば本島は五日で焼け落ちます。〉
「今度は日本で大火災が起きちゃうんじゃないノ?」
苦い表情を浮かべるカマに、イングっ子は〈可能性はあります。〉と答える。
〈オーウェンの〝メモリア〟で、銃弾にオーバークォーツの花が使われていると〝ヴィアンゲルド〟が発言していたそうです。先の襲撃では旧式の弾薬でしたが、これ以降の戦闘ではオーバークォーツの花を使われている可能性が十分に高いでしょう。…しかしより深刻な問題はそこではありません。〉
イングの懸念がオーバークォーツに留まらないというので、ヒヨリとカマはどういうことかと表情を曇らせる。
ソーマが続けた。
〈オーバークォーツの花の銃弾は貫通力が高くなる。殺傷力も上がり被害も広範囲に広がるリスクがあるというのに、日本の沈没都市は未然にオーバークォーツの花の密輸を防がなかった〉
ソーマの声は暗く「考え得る結末」に至る、息苦しい根拠を吐いているようだ。
そこで、カマは「花の密輸に沈没都市が気付いていなかったってことはないの?」と素朴な疑問を提示した。
しかしソーマはそれを否定する。
〈花の状態はエンドレスシーでは見えないらしい。だが船を使った運搬だ。絶対にエンドレスシーで捕捉される。…気づいたうえで、放置されているんだ。今も〉
ソーマの言葉に、ヒヨリがゆっくり目を見開いた。
「ソーマ。軍人の命令コードには、サクタ君がギフト持ちだって表記はあった?」
〈さきほど解読できたが、――あった〉
「…そんな…、理念を守るためにギフトを処刑すべきだと命じられていたのなら、サクタ君のことを追いかけてでも処刑を強行したはず。でも処刑を後回しにした上、オーバークォーツの花が日本に入ったのは――……」
カマがピンときていない顔をしていたのでヒヨリは説明しようとしたが、寒気を感じる程の、沈没都市の答えに口を閉じてしまった。
ソーマが代わりに答える。
〈沈没都市が泥蛇の計画に乗り始めたということだ。
〝MSS〟の理念は〝MSS〟自身が停止しても続いている。
理念はラクスアグリ島へ姿を変え、叶わなかった。
そして泥蛇とギフトへ姿を変え、彼らは叶えようとしている。
〝MSS〟がつくった沈没都市は〝MSS〟の理念が全てだ。
方針も、優先順位も、なにもかも。
〝人々の未来を繋げる〟ためなら。
沈没都市は〝もうすでに〟内陸を捨てる準備を始めているのかもしれない〉




