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Causal flood   作者: 山羊原 唱
6/20

5話 オーバークォーツの花

 北アメリカアースローズ(内陸)で建物が飛んで落ちた…という場所にはすでに死体の一つも残っていなかった。

 というのも、内陸の一般人の多くが〝死体回収屋〟を行っているからだ。

 畑の収穫と同じ感覚で〝手作業の技術〟のプロのもとへ売り、金銭や部品などと交換する。


「ふむふむ。それではここにたむろしていたアロンエドゥがいなくなったおかげで、数日前から安心して暮らしているのですね」

 丁寧な口調で、中年の男性は内陸の住民と話していた。

 まさに回収した死体を解体中の一般人は、気兼ねなく、気さくに頷いた。

「沈没都市のやっつらはさ、内陸の住民全員がアロンエドゥと同じって思ってるだっけども、オレらのことも平気で撃ってくるやっつらなんかと、仲良いわけねっさ」

 歯が少ないせいで言葉を引っかからせながら、隣の仲間に「んなー」と話しを投げかける。

 隣の一般人は血抜きをして、一升瓶に詰めていた。

「あの背の高い奴、もしかしたら噂のギフト持ちかもな。なんでそんな奴がオーバークォーツの花なんて欲しがったんだろな?」

「あんなんできるなら爆弾なんっていらねーだろに!」

 わははは、と笑って、初老の老紳士にも「んなー‼」と言って肩を叩く。

 紳士もその勢いに合わせて「ええ!ええ!ですとも!」と微笑んだ。



 死体を解体していた男たちは「売りに行く」と言ってその場から立ち去った。

 一人になった紳士は地面に叩きつけられた建物の傍に寄り、じっとそこを〝視〟つめた。

 彼の目には現場で起きた記憶がリプレイされていた。

(間違いない。〝ヴィアンゲルド〟だ。ギフトの怪物化の際には必ず姿を現すようだが、オーバークォーツの花のある場所でも多く目撃情報がある)

 フードの人物――〝ヴィアンゲルド〟はそのまま西側へ向かうと、リプレイが終了する。

(〝メモリア〟ではここまでが限界か。まあ、会話の内容も再生できるのだから申し分はない。しかしだとすると余計に謎だ。〝ヴィアンゲルド〟はオーバークォーツの花が欲しいわけではない。その花が自生する場所に用がある?…〝メモリア〟で追いかけるとなると時間もかかる。なにより…)

 〝メモリア〟は場所から記録を再生させることができるが、効力範囲は決まっている。

 はっきり視える範囲は半径20m以内。それ以上は景色も薄れ、音も聞こえなくなる。


 加えて、ギフトすべてに言えることだが、持続時間と出力は意図的に制限する必要がある。ギフトを使い過ぎれば〝グラビティ〟のように宿主が食われ怪物化してしまうからだ。

 それはギフトの誕生であり、人間にとっては死である。


(どの程度の量を日本に運んだのかは知らないが、今あちらは日本のギフト持ちとヒヨリたちもいる。ソーマから二人へ知らせた方が良い)

 大きな箱のようなものを背負い直し、紳士はその場を後にした。



―――――――--


(タフだよね、内陸の人って) 

 先日の誘拐騒ぎ程度で学校の授業予定が変わることはない。

 マナはバスに揺られながら、そのことに感心した。


 向かっているのは〝サンクミー飼育施設〟。

 そこはFage、特に沈没都市で主要な燃料と資源の〝もと〟になるキメラを育てている施設だ。

 ミミズやヒゲムシなどをベースに作られたキメラは日本語で〝浄水虫〟とも呼ばれている。

 人や動物の糞・工業廃水などのゴミを餌として食べ、体から燃料の代わりとなる粘液や、良質な土の原料を糞として排出する。


 沈没都市を取り入れた国には必ずあり、地形的に取り入れられずとも支援を受けたい国の内陸などにも

建設されている。


 沈没都市に住むのであればサンクミーの存在は常識の範疇であるため、重要な校外学習だった。


 ところどころシートが破けたバスの中で、13歳から最年長の17歳の生徒が参考書を読んだり、サンクミーについて話し合っている。

 今回は13歳が4人、14歳が2人、15歳が1人、そして17歳がマナとサクタ。計9人が校外学習に参加している。


 周囲の空気に合わせてマナも参考書を読んでいると、隣のサクタが「ひぃ」とか細い悲鳴を上げた。

「サンクミーの見た目が…」

 呟くサクタに、マナはふっと鼻で笑う。

「成人男性の二の腕くらいの長さに、クマムシを大きくさせたようなムチムチボディ。可愛いって言う人もいるみたいだけど?」

「こんな黒茶色のぬめぬめが?まあ近くの売店にサンクミーのぬいぐるみが売ってるらしいけどさぁ…」

「見た目より、サンクミーは臭いを覚悟した方が良いんじゃない?」

 マナはそう言って、参考書の一文を指差した。


 ガスマスクをつけていても、肌で感じる汚物臭。


 と書いてある。

 しかしサクタはふるふると首を振った。

「内陸の人間ならある程度臭いにおいとか慣れてるからさ。それに直接サンクミーを触るわけじゃないらしいから、大丈夫。においなんて怖くない。見た目だけヤダ」

「物理的に有害なのはにおいなのに、変なこと言うんだね」

 マナは理解できないと首を傾げ、窓の外を眺めた。


 残暑の時期なので蒸し暑さが残る。

 バスの冷暖房はほとんど機能していないので窓が全開だ。

 ないよりはマシの暖かい風を感じていると、バスが目的地にて停車した。




 アースローズ(中間地域)中部(Fage長野県域)


 Fageの内陸の生活様式は19世紀レベルと言われているので、木製や石材の建物が多い。

 そのため、サンクミー飼育施設は余計に異質に見えるだろう。

 約3600㎡という大きさの建物が山の中に一つあるというだけでなく、欠けやヒビなど一切ないなめらかな外壁はもっと特徴的だ。

 加工したジルコニウムのように太陽の当たり方で色が変わり、鈍色や青色、ほのかに虹色にも見える。


 サンクミー飼育施設には軽武装した軍人と白衣を着た男性が待っていた。

 生徒を引率していた流未が白衣の人物と握手を交わす。

「久しぶり。鶴津」

「おう!無事で良かったよ」

 親しい二人に、後ろの生徒がニヤニヤしはじめた。

 生徒の一人が「カレシ!絶対カレシだ!」と冷やかす。


 確かに年齢的に見ても流未とは年の近そうな男性だ。

 鶴津と呼ばれた男性は生徒たちににっかと笑った。

「そうそうカレシ!うちの嫁に悪さしてないか?」

 鶴津がそうてきとうに言うので、多感な13歳組から黄色い声が上がる。

 年長組のマナとサクタは「彼氏なのに嫁はおかしいだろ」と冷めた顔でいる。


 当の流未はぺしんと鶴津の肩を軽くはたき、隣の軍人にも手を差しだす。

「今日はよろしくお願いします。河童流未です」

 軍人はその手に静かに視線を落とし、すっと握手を交わした。

「…自分は鶴津氏と、サンクミー飼育施設を守るためにいます。生徒たちにはきちんとお話しをされていますでしょうか?」

 軍人の声は低く、あたたかみがなかった。


 内陸の住民は、資源の価値を分からぬものは自制心をきかせず物を破壊することがある。

 沈没都市生まれ・育ちの偏見でもあるが、実際にそういう内陸住民と戦う軍人にとっては事実でもある。


 だから、これは警告だ。

 沈没都市の資源に傷をつけた場合、子供でもその場で処刑します、という警告。


 軍人が早々に手を離そうとしたが、流未は今一度しっかり握った。

「ええ。理解しています。私はこれでも沈没都市の住民ですので。…そしてここに居る子たちも、いずれあなたが守るべき対象になる子たちだと理解して下さい」

 鶴津が生徒たちの相手をしている間、流未は軍人に釘を刺す。


 両者に不穏な空気が静かに流れ、握手が終わった。

 

 そんな空気を読めず、13歳組の少女の1人が鶴津を通り過ぎ、軍人に近寄った。

「ねえ!沈没都市の軍人って超強いって聞いたけど、1人で何人倒せるの⁉」

 軍人へ憧憬の念を抱いている瞳に、軍人は気難しそうな表情を浮かべる。

 すかさず、流未が「今日は軍人さんじゃなくて、サンクミーの勉強よ」と割って入った。

 少女は不満げに「えー…」と零すが、流未の強い視線を感じ、素直に生徒たちの列へ戻った。



 鶴津がサンクミー飼育施設の扉を開き、生徒たちへ「ではまずエントランスから」と手招いた。

 地表に見えるサンクミー飼育施設は1階だ。

 メインラボは地下2階からなり、サンクミーを飼育する水槽は地下5階と6階。

 まずは1階で施設の講義を受ける。


 折り畳みの椅子を人数分並べて、壁に映像が投影される。

 生徒たちはメモを取りながら、鶴津の講義を熱心に聞いた。


 マナもメモを取りながら、後ろに控える軍人の様子を窺う。

(HK416とコルトM45A1 かな。内陸に制裁を与える時は金属の銃弾だけど、今回みたいな護衛を主とした任務ならハルス弾を使うはず)

 ハルス弾は塩で作られた銃弾で、金属の銃弾より貫通力が弱い。しかし発砲後、薬莢を残さないので内陸住民に回収されずに済む。


(さっきのルミとの会話を聞くあたり、典型的な沈没都市所属の軍人だね)

 沈没都市所属の軍人は〝MSS〟の理念を守れる能力がある、と()()()()()()()()()守らない。

 サンクミー飼育施設には必ず警備ロボットが配置されているので、この状況下で軍人が真っ先に守る対象は鶴津という研究員だ。

 次が河童流未。

 しかしその次はない。沈没都市の住民適性がある子供たちだろうが、それはまだ証明されていない。だからあの軍人は警告だけでなく、「何かあっても守りません」と流未に宣言していた。

(あのルミって人。それに対して真向から喧嘩を売ってたな)

 ますます、あの女性教師がわからないと、マナは内心で首を傾げていた。

 

 とはいえ、サンクミー飼育施設内に入ってから、マナは別の存在に気を張っていた。

(沈没都市の資源を守る警備ロボット――〝精密兵器(ジャルグーン)〟。エンドレスシーにも接続できる性能があるから、内陸の持つ電子機器は全く通用しない。加えて、対人戦能力も基本は人間では勝てないよう設計されている。間違ってもここで事件は起こせないね)

 軍人がいるだけでも、服の裏に隠してあるカーアームズがバレないか気を張っているというのに、精密兵器まで現れる事態となったらもうサクタを殺して逃げに徹するしかなくなる。

 今回はとにかく普通に授業を受けることにし、周囲の空気感に合わせた。



―――――――――――


〈ふぬぬ…ふぬぬ…。〉

 ヒヨリとカマ、そして彼らの間で飛ぶ黄色のインコは唸っていた。


「どうイング?」

「がんばんなさいヨ!こういう時はアンタしか頼れないんだかラ!」

 目視でサンクミー飼育施設が視える距離まで近付いた2人と1機は、サクタが施設に入っていくのを見守り、中の様子を盗み見れないか試していた。

 イングっ子はついに地面に降り立ち、翼で頭を抱えた。

〈沈没都市の保安AIは優秀なんですよ⁉奴は〝ペルセウス〟の名をキャプテンから授けられた猛者…頭でっかちで融通が利かないAIなのです。〉

「いや、融通の利くAIなんてイングだけでしょ…。日本のエンドレスシーには潜伏できているの?」

 ヒヨリは屈んでイングっ子の背中をつついた。

 すると、イングっ子の両目から映像が投射された。

 イングっ子は〈あ、アイアムマイミーは超すごーちぃAIなので草域(グラスエリア)にはとっくに入ってるです!でも〝ペルセウス〟が…ァア!あっち行け!ハエがァ!〉とごちゃごちゃ喚いている。


 投射されたそこには、数字の羅列が球状になるよう並び、斜め下にはそれを〝世界化〟したものが小さく映された。

 カマはムムム、と顔をしかめ、「相変わらずエンドレスシーの見方がわかんないのよネ」とぼやく。

 ヒヨリは指先で数字をタップして、〝世界化〟の変化を確認する。

「エンドレスシーって現実世界を信号化させた世界なんだ。例えば…。

 AIは役割に応じた船の姿。

 沈没都市は船の集合体。

 内陸は草原。

 人や機械による反応は光の点滅…みたいなね。

 現実世界では見えづらい、AIの働きっぷりを映像化で見せてくれてるんだよ。それを〝世界化〟って呼んでるんだ」


 〝世界化〟は海と光が点滅する街を映していたが、ヒヨリが何か操作すると、それが緑の芝生が広がる景色に変わった。

「内陸の〝世界化〟は草原…だから草域(グラスエリア)って呼ばれててね。イングは擬態してこの芝生の大地を進んで、このサンクミー飼育施設まで来ようとしているんだけど…見て」

「だめ。結局理解ができな……え⁉この羽虫みたいな大量のチラチラがその〝ペルセウス〟⁉」

 理解する意欲を手放したカマだったが、〝世界化〟は思いの外分かりやすいものだった。

 緑の小麦畑の上を蚊のような虫が大量に飛んでいた。

 

「そう。例えば内陸のミサイルとかの電子操作を行うと、光の点滅が確認できる。

 その点滅にこの羽虫が寄ってたかって制御不能にさせるの。

 だからイングは蜘蛛みたいな姿で草を揺らさないように移動してるってわけ。人間でいう忍び足状態の移動だから時間がかかるのよ。あと10分はかかるかな…」

〈セキレイインコです‼あなたたち人間にとってのイングの姿はウルトラプリティボディです‼はわわ‼話しかけないでください!このッ、ハエが!アァっ危ない!〉

「話しかけてないからアンタは集中してなさいよ…」

 カマが呆れてつっこむ。

 ヒヨリは小さく笑い、〝ペルセウス〟の厳重な巡回に声をかたくする。

「施設内部でサクタ君が危ない目に遭うとは思わないけどさ。内陸じゃいつ何が起こっても―――」



 ヒヨリの声は、強烈な爆発音で掻き消された。


 地震のように地面が震え、カマは反射的にヒヨリを庇った。

「――ッ、秒でフラグ回収なんてっ、さすが〝ブースト(最速のギフト)〟ネ!」

「冗談言ってる場合じゃないよ!イング‼潜水艇の方からここの状況観測できる⁉」

 熱風が届くということは、近い距離で起きた爆発だ。

 イングっ子から少し間が空いてから〈オーウェンから連絡です‼〉と返ってきた。


〈この爆発の威力…オーバークォーツです‼

〝北アメリカから日本へ、オーバークォーツの花を乗せた船が出航されていた〟と!〉

 

 ヒヨリは顔をしかめた。

「火薬に加工してくれていたらエンドレスシーに引っかかってたはずだけど。原料で入れたのか。加工自体は日本でしたのね。――いいわ。イングはそのままサンクミー飼育施設内への到達を急いで」

 ヒヨリの指示に、カマは「え⁉」と眉をしかめた。

「サンクミー飼育施設内なら内陸で一番安全な場所でしょ⁉アタシたちはサクタ少年の安全な帰路のためにも爆弾魔を倒さないといけないワ!イングのサポートを――」

「だめ。あの施設のセキュリティはサンクミーを守るためにしか働かないわ。軍人も生徒を守ることはしないはず。ほんとに最悪な話しだけど、研究員を守るために生徒を施設から追い出す可能性だってあるの。万全を考えるなら、サンクミー飼育施設に安置されている精密兵器をイングにジャックさせた方がいい!」

 カマはぐっと唇を噛んだ。

 内陸出身でもあるカマにとって、沈没都市の嫌いな一面である。

 人を殺して(命を捨てて)でも守るべきものを、沈没都市はしっかり線引きをしている。

 そこに年齢なんて関係ないのだ。


 説得するためとはいえ、ヒヨリの表情も苦いものだ。

 カマは彼女の表情を見て自分の額をペチペチと叩いた。

 彼女の頬を軽くつまんで笑ってやる。

「…アタシ、大人げないことはキライなの。沈没都市出身だからって、アンタに八つ当たりなんかしないわヨ。そんなカオしないで。分かったワ。施設内のサクタ少年はイングに任せて、アタシたちは外の安全を守りましょう」

 すっくと立ちあがり、カマはヒヨリに手を差しだす。

 ヒヨリはつままれた頬をさすり、フッと笑みを浮かべ、その手を取った。








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