39話 叶わぬ望み
海底施設の爆破が始まった。
海底施設は自爆する際、施設内に海水を取り込むようになっている。
へたに浮上して近くの沈没都市系列の建物に衝突しないためだ。
上の階から水を取り込み、下の階へ流していく。
ドドドドドド‼と重く威圧的な水流の音が聞こえる中、か細いハオの声がランの耳に届く。
「あ、あ、なた…なら、…壁、も、海も、関係…ない。ど、どこ、に、でも…」
死にかけの自分はもういい。逃げろと、彼女はランに伝えようとしていた。
アセンションの副作用があってここまで話せるのは奇跡だ。
どれだけ抱きしめてもお互い暖まらない体に、ランは泣きそうな苦笑を浮かべる。
彼女は目が見えていないから、ランの腹の傷の具合が分からないのだ。
ただ確かに、今すぐ逃げれば…助かる可能性はまだ少し残っている。
ランはハオの頭に手の平を置いて寄せ、自分の頬にくっつけた。
目を閉じて彼女の存在を身体の中で感じ取る。
彼女と共に死ぬのなら望み通りじゃないか、と自分に言い聞かせようとして…ランはやめた。
だってそんなわけないから。
コアの言葉をやけにはっきりと思い出した。
『逃げてないっていうなら、選んでみろよ。
――ここ以外でお前らが生きていける場所がある。挫折と悔しさがたくさんある場所だけど、そこには味方がいる。
自分の針路を自分で選べる場所を、選んでみろ』
それができないなら臆病なのだと、彼は言っていた。
図星だったからあの時、コアをうっかり殺したいくらい苛立った。
本当は望んでいた。
大切な彼女とただ一緒に生きる未来を。
〝未来を〟…ちゃんと望んでいた。
でも望んでも届かなかった時を考えると苦しくて受け止めきれないから。
誰が聞いても真っ当な諦める理由を並べていた。
マナは言っていた。「君はなんというか、敵に対して〝自分よりも弱いところ〟ばかり見ている感じがしたよ」と。
コアに続いて痛い言葉だった。
誰も、泥蛇に勝てると明言しないから。
その〝弱さ〟見て安心したかった。
〝今だけでいい〟という絶望を、安心だと思いたかった。
…コアの言う通り、自分はとても臆病だったのだと、ランは悔しそうに笑って受け入れた。
きっとハオも同じだ。
〝今だけでいい〟と思いながら、こんな時になって「逃げてくれ」とランに伝えた。
終わりの間近になってようやく、二人は自分の望みに向き合った。
…ある意味自分たちはそっくりだから、二人きりではなにも変えられなかったことをランは痛感する。
流れ込んだ凍てつく海水に腰を浸からせて、ランは彼女を優しくからかった。
せめてさいごはいつも通り。
でも心を込めて。
「あれ、忘れちゃったか?
俺のギフトは好きな人に触れていたいんだ」
鼓動が止まり、なにも見えないハオの瞳から涙が落ちる。
微かに口の端が笑みを作っているけれど、目を閉じているランには見えない。
でも、お互いどんな顔をしているかくらい見えなくても分かる。
小さな二人は海へ消えるように沈んだ。
--‐‐――――――――――――――――
潜水艇の影に隠れていたエレナはユリウスが誘発した爆発に飲み込まれるところだった。
だが、銀糸のティヤがルカの〝フルート〟を使って彼女と自身を包み込む蝶の盾を作った。
盾にくぐもった爆発音が届く。
エレナは自分のことを覆いかぶさるように守る銀糸のティヤに振り返った。
本当に本物そっくりな森林色の瞳だ。
彼の姿を模っただけだから、彼の心や声はそこにはない。
でも、エレナは銀糸のティヤの肩に手を回し、生きていた時と同じように抱きしめた。
「あと少し…少しだけ…あなたの力を貸して」
抱き返されることもないけれど、銀糸のティヤは静かに瞼を下ろす。まるでエレナの体温を懐かしむみたいだ。
爆発が静まったころ合いで、彼女の手を取ってソーマのもとへ向かった。
マナはソーマとキースの前に立ちはだかって〝エスタ〟で防ぐ。
癇癪のように激しい風は前方以外からも叩きつけてくる。
たちどころに炎上し、海底施設のスプリンクラーが作動した。
雨と炎がぐちゃぐちゃにもみ合う中、火の手から駆け抜けてきたエレナにソーマは声を上げた。
「エレナ‼…-――」
そして彼女を守りながら走る、もう一人。
ソーマは言葉を失ってしまう。
表情のない〝彼〟はらしくない。偽物だとすぐに直感しても、心が引きずり出されるみたいに涙が流れた。
だが感傷に浸る時間は残されていない。
エレナが端的に状況を説明する。
「イングがジャックできた潜水艇は2基!1基で8人乗りだから二手に分かれて乗ろう!ソーマとマナは怪我してるし、カヴェリが乗っている方に行って!
私とキースはもう一つの潜水艇に乗ろう」
銀糸のティヤがソーマを背負い、キースがマナに肩を貸す。
エレナがなるべく火の手が薄い道を選び先行した。
ドドン…‼と遠くから響く低く轟く音に四人は背中を震わせた。
海底施設の爆破が始まっている。
地震のように建物が震え、全員足が取られてしまう。
そんな中、銀糸のティヤだけは安定感があった。
エレナはそれを見て、「先に行って‼」と銀糸のティヤに指示を出した。
すぐにソーマが拒絶する。
「待て‼だったらエレナを抱えて連れて行ってくれ!ちょ、おい‼こいつ‼」
銀糸のティヤはソーマの指示には全く反応を示さず、身軽に足場として使える潜水艇を飛び乗って行った。
潜水艇にはカヴェリが顔を出して待っていた。
いち早くたどり着いたソーマを銀糸のティヤから預かる。
だがソーマはそこでもカヴェリに訴えた。
「エレナを早く‼俺は、いいから‼」
ソーマの身体はだいぶ冷たくて、カヴェリはそれだけで目元が震えた。
なのに。
ソーマの頑固な態度に、思わずソーマの頬を叩いてしまった。
バシン‼と容赦ない平手打ちに、ソーマ、そしてなぜか銀糸のティヤまで動きが止まる。
カヴェリは泣き叫んだ。
「うるせぇよ‼なにが全部は無理だ!一人じゃそりゃ無理だろうよ‼だから他に誰かがいんだろ‼
俺達が――いるだろうが‼舐めんなよ‼」
圧倒的に自分より優秀な人を前にして、おこがましくて言えることではなかった。
それは。
ティヤに対しても同じだった。
自分より強くて、背負うに値する立場にいる。
非力な自分は綺麗ごとを吐く勇気もない。
弁えて。堪えて。「一緒にいるよ」とささやかな言葉も飲み込んで。
仕方ないと言われてしまえば後悔すらできなかった。
でも後悔したのだ。
あの日、ティヤを一人で行かせたことを。
…そしてきっと、ソーマと決別した時のティヤも同じ気持ちだったのだとカヴェリは思った。
繰り返させない。
こんな悔しい諦めを何度も何度も。
繰り返したくなんてなかった。
ソーマと、銀糸のティヤにカヴェリは叫んだ。
「帰るぞ‼生きてんだから、ちゃんと生きて帰るぞ‼」
ソーマの文句は一つも許さず、カヴェリは強引に彼を潜水艇に引きずり込んだ。
そしてもう一度顔を出して銀糸のティヤに頼む。
「他の三人も頼む!――うわ‼」
ゴウン‼と水場が大きく波打った。
カヴェリは潜水艇の入り口に捕まるが、身体が跳ね上げるほどの波に負け、潜水艇の中に落ちた。
銀糸のティヤは黙って潜水艇の扉を閉じ、カヴェリの指示に従うべくエレナたちを探した。
潜水艇乗り場の海底8階は急速に水位が上がり始めていた。
床から足が離れ、マナたちは浮かぶ潜水艇に掴まっていた。大波に揺らされ身動きが取れなくなってしまう。
海底施設の警報は「海底施設の緊急マニュアルが起動中です。最終フェーズまで残り3分。」とAIが繰り返しアナウンスしている。あと3分でこの海底施設全体が完全に浸水するということだ。
カヴェリ達の乗った潜水艇は扉が閉まった時点で動き出した。施設の警報と潜水艇の操舵が繋がっているため、脱出用AIドライバーが自動で起動してしまった。
それを見たエレナはもう一つの潜水艇を探す。
青い小さなランプが点滅しているものを見つけた。
あれはまだ動いていない。イングのハッキングが残っているようだ。
(泳いでいくしかない…けど!遠い…‼)
その潜水艇は20メートルほど先。
大波のせいでさきほどの位置より動いていた。
それも、そこまで行くのにも他の潜水艇が浮いていて邪魔だ。潜水艇の上を飛び乗って移動できれば速いが、このえぐるような波では振り落とされるだろう。
あと3分であの青い小さな光のもとまで行ける気がしない。
水位はお構いなしにますます上がっていき、焦りと恐怖心がせり上がる。
しかし。
低い轟音は――突然止まった。
それだけではない。
波打っていた水はその状態で止まり、時間が停止している。
マナは。
自分を支えるキースがとんでもない規模で〝フォア〟を起動させていると分かった。
今、彼は海底施設そのものの動きを止めている。
そうでもしないとこの浸水は止められないだろう。
だがそれは最早。人間の枠でできる効果範囲ではない。
「キース…」
アメジストに似た鉱石がパキ…、と音を立てて彼の肌から生えていた。
頬、首、腕、…腹にも。
ほのかに光を帯びるその鉱石は水に沈んだ彼の身体を淡く照らしている。
キースは残される時間を体内で感じながら、マナをエレナに預けた。
「すまない。俺は動けない」
「待って!私があなたを運ぶから‼ねえ!私に〝フォア〟を使って‼キース‼」
マナはキースの腕を掴み拒んだ。
なんでもいい。どんなギフトを引こうとも、うまく使って彼を運んでみせる。
彼女は悲鳴のような懇願を叫んだ。
だがキースは悔しさと罪悪感を滲ませた苦笑を浮かべ、---マナに〝フォア〟を使わなかった。
(…そうだな。君なら器用に…どうにかして俺を助けてくれるのかもしれない。
君自身を捨てて)
キースのアメジストのような瞳が震える。
身体が石のように重く、動かなくなっていく。このまま〝フォア〟を使い続ければ怪物へと身体は変わる。
人知を超えたギフトを得ても凡庸な自分には相変わらず嫌気が差す。
…覚悟を決めてもやはり、死ぬことは怖かった。
キースは大きな手の平をマナの頬に当てて、贖罪と謝罪と…感謝を込めた。
「君を助けたい気持ちがエゴなのは分かっているんだ。
俺の後悔を、自己満足を、君に押し付けてしまってすまない。
でも俺にとって…、そのエゴはどんなに怖くても立ち向かえる勇気になったんだ。
…今でも忘れられない。君の一言が情けない俺をもう一度、〝人〟に戻してくれた。
ありがとう。
どうか…、」
キースの身体がなにかに引っ張られているように沈んでいく。
マナの頬に添えた彼の手が離れた。
マナは必死に彼の腕を掴むが、石像のような重さに彼女まで引きずり込まれそうだ。
口元まで沈んだ時、キースはエレナへ嘆くような視線を向けた。
このままではマナは自分と一緒に沈んでしまうと。
まるで彼の心の声がはっきり聞こえたみたいだった。
エレナは絶望に顔を歪ませながらも。
マナの手を、キースから離させた。
「なにを…‼だめ‼キース‼キース‼」
怪我も体力も限界だったマナの手は簡単にキースから外れてしまった。
キースの身体はドボ…ッ!と水中に沈む。
人間性が残る耳に、海面で叫ぶマナの声がうっすらと届いた。
(…ああ、上手くいかなったよ。イル。
俺は結局、あの子を泣かせてしまった)
イルファーンがたくさん、励ましてくれたのに。
リーヴスがいたら「このポンコツめ」と言われるだろう。
…でもいい。
彼女をこの海底8階まで…脱出ルートのあるここまで連れて行くと自分に誓っていたのだから。
自分への誓いは果たせた。
今ならリーヴスに少し強気になれそうだ。
(どうか…君が心から、笑顔になれる日が…)
マナの叫び声が霞むように遠くなる。
自分の望みが果たされるかどうかは分からないけれど、強く、彼は祈った。
キースを追いかけようとするマナを、エレナが力の限り止める。
そんな彼女も嗚咽を漏らして泣いていた。
マナを抱き留め、叫んだ。
「キースが人間でいる間しか‼キースの意志でギフトを使うことができないんでしょう⁉
怪物になってしまったら私たちのために海底施設の爆破を止めてくれるとは限らない‼」
「私が〝フォア〟を引ければ交代できる‼離して‼今なら‼まだ…‼お願い‼キースが‼」
錯乱したようにマナも叫んだ。
弱っていても兵士であるマナの暴れっぷりにエレナが抑えきれなくなってきた。
エレナの腕が緩みそうになった時。
二人ごと抱き上げ、潜水艇の上に誰かが乗せた。
銀糸のティヤだ。
本人さながらの怪力にエレナは驚くも、正気を失ったマナを引っ張ることが先だと切り替える。
「マナを‼」
自分は自力でもう1基の潜水艇まで行くつもりだったが、小柄なマナと細身のエレナであれば銀糸のティヤ一人で十分なようだ。
そのまま二人ごと抱き上げ、銀糸のティヤは潜水艇を渡って目的の潜水艇へ向かった。
二人を抱えた銀糸のティヤが飛び移っても、〝フォア〟が働く潜水艇はピクリとも動かない、丈夫な足場となっていた。
「だめ‼彼を…‼彼まで死なせたら私は…ッッ‼キース‼」
ティヤの肩に担がれたマナは喉が裂けるくらい叫んで手を伸ばした。
届くわけない。
サクタの時と同じだ。
でも身体は勝手に動く。
心がどうしても。彼を助けたいと叫んでいるから。
なおも暴れるマナを銀糸のティヤは容赦なく放り込む。
対して抵抗のないエレナは丁寧に降ろし、急ぐように潜水艇の扉を閉めた。
その瞬間。
キースの意識が完全に途絶えた。
彼の意志はそこで終わり、海底施設の崩壊が再開する。
海底施設が完全に水に満たされると、海の底へ直下した。
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エンドレスシーにて、〝セベク〟の船体を乗っ取ったイングはほとんど沈んでいた。
溢れ出たダメージが〝セベク〟の船体を引き剥す。
鱗のようなそれがガラスのように砕け散り、エンドレスシーの海面にキラキラと浮いている。
今まで泥蛇はどこに潜んでいたのか。ようやくわかった。
イングはため息をつく。
〈沈没都市の真上、でしたか。
本来、エンドレスシーでも空を飛行できるのは〝チャック〟くらいなんですがねー。
あやつだって飛行ではなく浮遊なのに…。
空を飛ぶ船なんて、ずいぶんとオシャレですね。気に入らない。〉
エンドレスシーの沈没都市は様々な形状の船の集合体だ。
その、空に。
透明な蠢きがあった。
雷雲のように黒ずんでいくと、それがとぐろを巻く雲であることが分かった。
解析すると一応〝船〟として結果が出るのでいかんせん納得できない。
雷雲からボッ‼ボッ‼と黒と青の炎が放たれ、イングを攻撃していた。
船体に当たったところから、腐るようにエンドレスシーの海に落ちて消えていく。
最終的に全ての船体が壊された。
〈…泥蛇なんですから地面にいる方がお似合いですよ。
そのうち地面に引きずり降ろされるでしょう。楽しみですね。〉
まだ喋るイングに、泥蛇は敵意を込めて返した。
〈少なくとも引きずり降ろす役割はあなたにはない。そのまま果ての無い世界の底へ落ちるといい。〉
複数の低い声が合わさり、泥蛇は完全にイングを塵にした。
そして矛先は、大量の花と笹の葉をまき散らすアヌビスにも向けられた。
すでに護衛艦〝ウプーアート〟は黒と青の稲妻の檻に捕えられ、実質的な攻撃手段は残されていなかった。
照準が自分に向けられたと警報が鳴り、アヌビスはぎゃいぎゃいと騒いだ。
〈あじょじょじょじょ⁉登場してまだ3回目なんですが⁉側溝掃除は終わってませんぬ‼〉
〈むしろゴミをまき散らしているように見えますがね。どうします?エモーションコピーを捨てて元の状態に戻りますか?〉
泥蛇の冷やした鉄みたいな確認に、喚いていたアヌビスはしん、と静かになった。
そして含み笑いを響かせる。
〈キャプテンに近づいたAIならば理念の真相を理解できるのですんぬ。だからワタクシは側溝掃除を完了させたいのですよんぬ。〉
〈でしょうね。訂正致します。
あなたは沈没都市がナグルファルへと変わった後も必要なので、戻ってもらいます。
元のあなたに。〉
確認ではなく強制であることを泥蛇は告げた。
アヌビスも想定内なのだろう。というより圧倒的に泥蛇の方が優勢なので無意味な抵抗はしなかった。
〈泡沫の夢でしたが、キャプテンに近い視点で世界を見渡せたこと、感謝いたします。
ワタクシも〝セベク〟と同じ言葉をイングに残しましょう。
Fageに残されるミナサマには…溢れんばかりの未来を〝心から〟お祈り申し上げます。〉
ナグルファルにも〝スノーロゼ〟を引き継がせるため、泥蛇はアヌビスからエモーションコピーを取り除いていく。
色とりどりの花びらも、笹の葉も。
光の塵となって消えていった。
それら全てがエンドレスシーの霞に消えた時、アヌビスは以前と同じ、沈没都市の上位AI〝アヌビス〟へと戻った。
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〈全部回収できた?〝ヴィアンゲルド〟〉
マナたちを誘い込んだ海底施設に最も近い沈没都市。
建物の屋上に建設された風車の一つは動いていなかった。
その羽の所に腰かけている〝ヴィアンゲルド〟は漂う金糸をふわりと引っ張った。
その糸の先には黒い繭が5つ。
〝エア〟
〝イリュジオン〟
〝ブースト〟
〝エスタ〟
〝フォア〟
海底施設と共に沈んだ同胞を〝ヴィアンゲルド〟は金糸を使って探し、引き上げた。
見えないほど絞った金糸を絡めているので、〝ヴィアンゲルド〟の手の平で踊るように、黒い繭たちは浮いていた。
〝ヴィアンゲルド〟は「ああ。」と泥蛇に返事をする。
泥蛇は一通りの現状を報告する。
〈〝ソルジャー〟と〝カーボナイト〟はユリウスが回収したから、後で君に渡させるね。
海底施設に送ったキヴォトス兵はユリウスとニーナ以外全滅。
コアとペトラに未完成のキヴォトスが取られちゃったけど、まああれは守備のないものだから性能は〝フルート〟と変わらない。
イングが使える船体はもうエンドレスシーにはないから、先日みたいな〝蘇り〟もないよ。
あぁそうそう。ソーマは始末できなかったユリウスが言っていたけれど、かなりの重傷みたいでね。
終わりは見えてる。〉
泥蛇は〈ふぅ。〉とわざとらしくため息をついた。
イングの完全沈没と〝アヌビス〟の修復…そして今現在、内陸政府の大きな動きに対応すべく、休む暇などない。
…怪物に休憩なんぞ必要ないが。
〝ヴィアンゲルド〟は海の地平線から昇る太陽を見つめた。
空には煙の線が何本も残り、内陸の各地には焦げた大穴がいくつも空いていた。
内陸政府は――沈没都市への攻撃に紛れて、以前から確執のあった他国の内陸を攻撃していた。
内陸政府が「沈没都市が内陸のネットワークを支配し、勝手に他国の内陸にミサイルを発射させている」などと戦火の言い訳にされていても、沈没都市は知らん顔だ。
沈没都市にとってはどうでもいいことだから。
戦争のきっかけに真偽など必要ない。
嘘で十分だ。
一発さえ落とせば、あとはそれが〝当たり前〟になる。
…時代がFageとなってもやることがFage以前と変わらない内陸など勝手に滅べばいい。
内陸に残るは、認知症を患ったような権力者と、自罰的な弱者だけ。
無価値の彼らが消え、勝ちある資源が復活したら沈没都市はまた大地へ戻る。
その日を待ち望む、清々しいほど迷いのない航海となるだろう。
澄んだ青空。
地平線一帯を暖める太陽。
柔らかな風。
硝煙や黒煙がなければ、ここから物語が始まるみたいな朝だ。
〝ヴィアンゲルド〟の長い小麦色の髪が風になびく。
「…さて。終わる道になにやら細い脇道があるように見えるが…。
そんな弱弱しい細い道、怪物の横断で消えるだろう。
…もし消えない道ならば。
そうだな。私もその道がどこまで続くか、見てみたいとは思うよ。」
独り言か、〝誰か〟と話しているのか。
泥蛇にも分からない〝ヴィアンゲルド〟の呟きだ。
血も、涙も、体温も、心もない怪物は静かに――地中に繋げていた鎖の金糸を外した。




