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Causal flood   作者: 山羊原 唱
48/50

36話 泥中でもまばゆい

 マナとキースは海底3階Aブロックに降りていた。

 その広大な実験広場には首から水たまりになるほど血を流したキヴォトス兵が3人倒れている。


 キヴォトス兵の死に方が異様ではあったが仲間(笛持ち)は誰もいなかった。


 二人はBブロック、Cブロックと歩く。


 マナは片膝を床につけ、それぞれのブロックで倒れているキヴォトス兵のマスクを外し、顔を確認する。

「ユリウスの小隊だ」

「ユリウス?」

「私の上官クラスの一人。指導力の高い人でこの人の率いる部隊はいつも一人残らず帰還していたんだけど…みんな死んでる」

「そんなことができるとしたら…リーヴスか、カマやヒヨリ…。ここにいないのなら…みんな先に海底8階に向かえているということか」


 どうかそうであってほしいという希望的観測を零すキースとは反対に、マナの表情は苦いまま動かない。


(…全員、()()()()()()()()()()()()だ)



 これではソーマたちと事前に話していた企みと異なる。

 加えて、指揮官たるユリウスの死体がいないという事実が不穏だった。



(ギフト持ちは死亡するとそのうち黒い繭になる。もし、万が一…ギフト持ちが戦ってここで死んでいたら…彼らの死体は残らない)


 目には見えない最悪の事態を考えていると、足元に変化を感じた。

 どこからか漏れ出しているのか、広大な施設の床に水が溜まっていく。

 海底施設の水没かと危惧したが、50㎝ほどまで溜まると水位の上昇が止まった。


 実験用で使われるステージ設定の一つだ。


 キースは青ざめながらマナに尋ねる。

「…〝イリュジオン〟の気配は?」

「違うね。本物の水だよ」


 キースほど顔にでないマナだが、迫りくる脅威に声が低くなる。



「キース。気を付けて。キヴォトス兵が来る」






―---------------―― 


「サラ‼」


 ペトラの一声と同時、サラはルカの持っているオーバークォーツの花の爆弾を銀糸で包み込んだ。


 瞬きの差であった。

 解き放たれる眩い光を銀糸で閉じた瞬間、爆発の衝撃波が銀糸を飛び越え、サラとルカを潜水艇の水場へ吹っ飛ばした。


 ペトラの持つツヴァイハンダー以外全ての銀糸を使ったが、それでも殺しきれない威力であった。


 だがその衝撃の刹那、ヒヨリが動いた。


 つむじ風を起こしそうな強風に周囲のキヴォトス兵が身を固くさせた。


 ニーナが「全員後退」と指示を出した瞬間、たちまち赤と青の光がそこら中でほとばしる。


 ボオゥンボウウン‼と熱風と烈風が海底8階を暴れ回った。


 守備のないキヴォトスでは防ぎきれず、場所が悪かった4名が赤と青の爆発に飲み込まれた。


 風に視界を閉ざされていたニーナはツヴァイハンダーを持ったペトラの気配を感じ取る。

 中々連携の強い敵にニーナは内心面白そうに微笑む。


(そっちもいくつか持っていたらしい)


 オーバークォーツの花の爆弾を。


 形は手りゅう弾そのものだ。

 中の火薬だけ取り換えたのだろう。


 そしてヒヨリが疾風の速さで爆弾を置き、ペトラの活路を残して爆発させた。

 怯んだキヴォトス兵をカマが〝エスタ〟と拳銃を使って押さえ、ヒヨリはキヴォトス兵が反撃する前に剣の風のように駆け回る。


 あっという間に10人やられた。



 その間、サラとルカは潜水艇の水場から顔を出した。

「ぷっはぁ!ルカ!大丈夫⁉」

「ゲホッ、ごほ…っ!えぁ、ケッホ!痛いよぉ…身体がバリバリするぅ…」


 涙なのか海水なのか全部水浸しの顔でルカは嘆いた。

 爆発の衝撃は子供の彼らには全身強打の負傷になった。

 しかしサラはカッ!と言い放つ。


「泣いてる場合じゃないよ!ほら!はやく上がるよ!」

 サラは足場まで泳ぐ。

 ルカは優しくないサラにべそをかくが、大人しく彼女の後を追って泳いだ。


 ルカを叱咤しつつ、彼が泳ぎを忘れていないことにサラは内心、安堵していた。

 運動能力に関係することは一通り〝プレリュード〟でも鍛え直されたのかもしれない。以前より、泳ぎ方がしっかりしている。


 二人は足場からなんとか身体を這い上がらせる。




 そんな子供たちを視野に入れながら、ニーナは髪一本分の距離でペトラの斬撃を避ける。

「随分容赦ないな。お前の剣以外の銀糸を使わせたとはいえ、オーバークォーツの花の爆発を抑えられるかどうか賭けだっただろ?子供相手に冷たいお嬢さんだ」


 ほのかに口角を上げているニーナに、ペトラは舌打ちする。


(当たらない‼剣速ならコアより速いのに‼)


 自身の強みが相手に届かない。

 それも。

 ニーナは新しい戦法を使うことにしたようだ。


 ペトラの強みを踏み潰すように。

 彼女の冷徹な声はいっそ可憐だった。



「キヴォトス、〝起動(アウレウス)〟」



 ニーナが自分の指に取り付けられた黒い指輪にしっとりと口づける。

 すると箱を開ける音と共に、黒かったキヴォトスは銀色に輝いた。


「〝ミエ〟」


 光の糸はニーナの声に従い、ギフトの(つるぎ)()んだ。


 ペトラのツヴァイハンダーとそれより太く重みのある剣がぶつかり、海底8階を震わせる。


 だがそのぶつかり合いは一瞬で、力負けしたペトラが弾かれた。



「〝ブリッツ〟」

 ニーナの攻めは終わらない。

 その機能は人一人簡単に消し飛ばす熱量そのものだ。


「ペトラ‼」


 コアは相棒を叫ぶ。

 キヴォトスを知っているからこそ、ニーナの手に編まれていく武装に戦慄した。



 それはペトラも同じだろうに。

 彼女は――〝フルート〟のツヴァイハンダーをコアに向けて投げた。彼の目前の地面に突き刺さる。


 キヴォトスと拮抗できる貴重な武器を捨てた彼女は。


 ニーナと同じように、自身の指に口づけていた。




「キヴォトス、――〝起動(アウレウス)〟‼」




 かつて何度も死んだその実験は、まるで泥の中にいるみたいだった。

 それでも戦う前の宣誓のように何度だって海に叫んだ。



 ペトラの指には先ほどカマから渡されたキヴォトスが装着されている。

 彼女の声にキヴォトスが反応を示すと、泥をかき分けるほど強い、眩い光の糸が放たれた。





―--------―― 

〈それにもう一つ。未完成のキヴォトスゆえに悪用できることがあるかもしれません。〉


 この海底施設に来る前。

 イングはペトラが負傷して寝込んでいる時そう言っていた。


 キヴォトスの悪用、なんて言うので、マナは怪訝な顔で首を傾げたものだ。

 しかしキヴォトスのシステム化で重要な一つが健在であることに気づいた。


「〝ソルジャー〟がまだ搭載されていない…」


 マナの呟きに、イングが彼女をぴ!と手で指した。


〈ですです!そうなのです!コアたちから聞いた情報では、〝プレリュード〟での〝ソルジャー〟は使用者認証という重要な役割を持つのです!〉


 機能選択もそうであるが、こちらは〝チューニング〟があることで〝適切なモード選択〟ができるようになる。

 〝ソルジャー〟がないままであれば〝プレリュード〟でのキヴォトスほど、現実のキヴォトスは多くの戦法を使えない。


 なおかつ。

 現状、その役割よりもイングが上げたものの方が重要だ。


 ピンときたのはヒヨリだ。カマやキースにもわかりやすく説明してやる。

「〝ソルジャー〟が搭載されていると、キヴォトスは指定の人しか使えないようになるってことね」


「ああんなるほど。アカウントとパスワード的なやつネ。本人でないと使えないってのは」


 カマは指を弾く。キースも合点がいった顔になった。


 ソーマが企みを一つにまとめた。


「逆を言えば今のキヴォトスならばペトラとコアが使えるということだ。


 どのキヴォトス兵から盗み取っても」




―-----‐‐‐ 

 だから。

 カマとヒヨリはリーヴスと別れた後、なんとしてでもキヴォトス兵からキヴォトスを奪うことにした。

 ペトラに渡せるとしたらそれは、自分たちだろうから。



「〝ミエ〟‼」



 ペトラは死んでも忘れない友人の力を叫ぶ。



 ニーナの〝ブリッツ(FNP90)〟の銃口に光が集まり、落雷の音と共に雷撃が放たれた。



 あの時は受け止めることもできなかった〝ブリッツ〟を。

 死んでも忘れられない悔しさと一番の強みである根性を剣に込めて。

 ―――――天井へ打ち払った。



 ゴッッッォッッ‼


 と天井に大きな穴が開き、ゴドゴドと低い音を立てて瓦礫が床に落ちた。


 塵が霧のように充満し視界が悪くなる。



 敵の位置は〝ラダル〟で把握できるので至って平然としていたニーナだが。

 視界が悪いせいで彼の声は目立った。



「キヴォトス、〝起動(アウレウス)〟!」



 ペトラが投げつけたツヴァイハンダーで手錠を破壊したようだ。

 そしてそのツヴァイハンダーに紐で引っ掛けていたキヴォトスを使ったのだろう。



 塵の霧を切り開く光の束はグラディウスを編み、それを持ったコアが踏み込んできた。


 ニーナはコアの斬撃を避けつつ彼女もまた〝ミエ〟を起動させる。


 ニーナの背後からはペトラが迫った。


 ニーナは弱っているコアの懐へ入り込み、グラディウスを持つ腕を直接掴み上げ、ペトラの剣を自分の剣で防いだ。


「お前の相棒は子供にも兄弟にも容赦ないな?

 こんな傷だらけなのに戦えってさ」


 ニーナの握力が強まり、コアは顔をしかめた。

 踏ん張ろうとすると腹の傷が鈍く痛んだ。コアがまともな戦力にならないように治療は加減されている。

 傷口はあっけなく開いた。



 ニーナがそのままコアを引っ張り、ペトラへ投げつける。

 二人がもたれるもニーナはなぜか追撃せず、二人が体勢を立て直すまで待った。



 ペトラがコアの背中を支えながらニーナを睨みつける。


「コア。援護射撃だけでいいよ」

「わかってるよ。ちょっと肩慣らししたかっただけ」



 少しだけお互い軽口を叩く。

 それだけでお互いの状態が分かる。


 前衛と後衛、相談は一切なく決まった。


 ペトラがコアを庇うように彼の前に立った。



 闘志を燃やす虎のようなペトラと、相手の隙を見逃さない鷹のようなコアを見て、ニーナは納得する。

 泥蛇が気に入るはずだと。



「〝ボア〟は〝人間〟が好きだからな。お前たちみたいな頑張り屋はたいそう好みなんだろ」


 キヴォトスの形状を〝ブリッツ〟に戻していると、ペトラがニーナに声をかけた。


「ギフト持ちなのに泥蛇ために戦うんだね。どうしたら納得できるのか、私には分からないよ。

 …きっと、ジアンも。

 分からなくなったから…泥蛇から与えられたものが彼の身体を動かすものじゃなくなったから。

 あなたたちの味方でいることを辞めたんだと思う。


 あなたを動かしているものは本当に泥蛇から与えられた使命だけなの?」



 これは最後の交渉だとペトラの眼差しが告げていた。


 どれだけ泥蛇のために戦ったとて、その最後は回収だ。

 例外なくニーナだってそうであるのに。

 彼女(ニーナ)は――


(どうしてそんなにも、()()()()()()()()()()()()()泥蛇のために戦えるんだろう)


 ペトラは本能的にニーナのことが嫌いだと思った。

 感情が入るとどうしても目つきが鋭くなる。

 だがニーナはむしろペトラのそんな眼光に好感を抱いていた。



 ニーナは形の良い唇の前に人差し指を当て、子供に秘密を隠すような仕草をした。



「悪いがあたしのなかみは一人だけにしか晒さないと決めている。

 ――だからお前たちはあたしを本気で殺していい。言葉は要らないよ」



 コアとペトラは背中が冷えた。

 ニーナの心境など知らないが、先ほどはなぜか手を抜かれていた。

 負傷しているコアとペトラなんぞ、先日の内陸の建物での戦闘より弱いだろう。


 〝挨拶〟は終わりだと彼女の空気が告げていた。


 心臓が直接冷えるような殺気を纏わせて、ニーナは艶やかに微笑を浮かべる。


 優しく、妖しく。

 血が通っているのに冷たい声音は蛇のよう。

 健気なかわいい双子の前に影を落とす。


 その「一人だけ」を想う彼女の影には隠し切れない愛情が溢れていた。


「どうせ、お前たちじゃあたしのことは殺せないから」


 





―--------------‐ 

 私の名前を呼ぶ声が聴こえる。


 素っ気ない言い方のくせに、心の底から呼んでいるような強い声。


 思わずその声を求めてしまうこの身体。

 あなたの肌に触れてそのまま沈んでしまえたら、どれだけ…。



 同じ雨に打たれてくれたあなたともう一度。

 同じ道を歩ける日は来るのだろうか。



 私が諦めさえすれば同じ道を歩ける?

 私が納得すればこの歩みを止められる?



 ……きっと…。

 また身体が勝手に動いてしまうの。

 この身体を動かす燃料の名前は相変わらず分からないのにね。


 諦めるなんて簡単だった。

 初めから納得していたはずだった。



 あの子と出逢ってから…、

 新しいなにかが身体に溜まるたびに思い知らされる。

 愛している人がいる場所は、「ただの終わり」であることを。

 あなたの声が〝正しい場所〟から聴こえるものだったら良かった。



 ねぇ、ニーナ。

 帰る場所のない私たちは怪物が用意したあたたかい泥の中にいる。



 …仮に。

 仮に今の私なら這い上がれるとして。

 あなたを置いてなんて行けないの。



 でも。

 花が咲いている土の上を歩くあの子は、泥に浸かりっぱなしの私に手を差し伸ばした。

 彼の存在が泥を照らして初めて、私は暗い場所にいるんだと気づいた。


 "一緒に行こう。"


 今でも忘れられない。

 掴めそうなほど重くて暖かい彼の言葉が、私の身体に残っている。






―-----‐‐―――― 


「キース‼手持ちのオーバークォーツの花の爆弾全部水中に撒いて爆破させて‼それをあなたの〝フォア〟で停止!」


 オーバークォーツの花の爆弾はマナが三つ。

 キースが五つ持っている。


 それを全てここで使うと彼女は言う。


 それだけ切羽詰まった戦況になった。


 相手のキヴォトス兵は計7名。

 〝グラビティ〟を使って水面を滑走し、圧倒的な機動力で二人に迫っていた。



 キースはなるべく一つ一つをばらけさせるように投げ、マナはキヴォトス兵の進行を妨げるように投げた。


 ドォオオンドオォオン‼と八回の爆発音が響き、天井に届きそうな水柱を立ちあげた。


 キースの〝フォア〟がそれらを停止させ、即席の障害物を作る。



 キヴォトス兵は荒々しい水しぶきに視界を遮られ、次に開けた時、そこに佇んでいたのはキースだけでマナがいなかった。


 2人のキヴォトス兵はキースのもとへ向かわせ、残りの5人がマナの襲撃に備えた。



 小柄なマナにとってこの水深は潜れる。


 ガーバーナイフを手に、彼女は下から一人のキヴォトス兵の足の腱を切り水中にひきずりこんだ。


 

 水面からザッパとマナが立ち上がった――と思ったキヴォトス兵は一気に〝ブリッツ〟を放った。


 だがすぐにそれが引きずり込まれた仲間の一人だと分かり、射撃を止めるよう指示を出す、


 前に。


 指揮官の下にもぐっていたマナは一瞬だけ上半身を水面から出して指揮官を射殺する。

 水面に倒れる指揮官を盾にしながら残り二名に発砲する。


 彼らは迅速に動き、マナから離れながら〝ブリッツ〟で牽制した。


「…――‼ちっ、だめだ」


 人一人分の盾では〝ブリッツ〟を二発程度しか防げなかった。 


 指揮官の死体は粉々になり、マナはまた潜った。敵の肉塊と鮮血が彼女の身体から流れ落ちる。



 ドゴンドゴン‼と撃たれる〝ブリッツ〟を、マナは〝ラダル〟で感知しながら回避して潜水する。

 


(こっちも〝ブリッツ〟が使えたらいいんだけど!)


 キースがいるので〝フラム〟の出力を上げた状態は保持できるだろう。

 しかし補助機能となる〝チューニング〟や〝メモリア〟がいないとなると最適化できない。

 現状に合わせたギフトと繋げられるかはシメイラの時より運に任せることになる。


 立ち上がったままの水柱を盾にして水面から顔を出し、呼吸を確保する。

 位置を混乱させるために発砲するとまた潜って移動した。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 マナは腰ポケットから黄色い物体を取り出した。ちょうど手の平に収まるくらいのサイズだ。

 それを水中でスイッチを入れると、ブアアアッ‼と波を立てて解き放たれた。


 キヴォトス兵の一人がそのミサイルみたいな未確認物体に向けて〝ブリッツ〟を撃つ。

 が、なんとそれはヴブウゥン‼と水滴が石のような硬さになるくらいの羽音を立てて()()()()()()


(鳥⁉)


 思わずマナを狙っていた兵士も、その物体を狙っていた兵士の視点も上がる。

 その一瞬でマナは一名の頭を撃ち抜き、残りの一名の額を掠らせる。

 ぎりぎり、マナの動きは読まれた。



 顔のマスクと軍用ゴーグルのおかげで額からの出血で視界は遮られていない。兵士は〝ブリッツ〟の銃口をマナに向け直した。


 兵士は内心舌打ちをしていた。

 なぜならマナの態度が気に食わなかったからだ。


(-――避けられると思うなよ‼)


 〝ブリッツ〟を向けられているというのに、彼女は真っすぐ自分にSIG M18を構えていた。

 火力を比べれば彼女の金属の弾丸など〝ブリッツ〟に飲み込まれる。



 ――だから。

 差し違うことすらできない抵抗を、〝あのマナ〟がするだろうかと兵士は背筋に寒気が走った。



(ブラフか⁉)



 だが撃たねば撃たれる。

 二度目の舌打ちをしている猶予などない。




 兵士の〝ブリッツ〟が放たれる。

 ボボボ‼と、散弾だ。

 マナが防ぐ可能性を考えて広範囲の攻撃に切り替えた。


 マナも撃った。

 自分に当たる分とキースに被弾しかねない〝ブリッツ〟の雷撃に当たるように。



 〝ブリッツ〟の雷撃とマナの銃弾がぶつかった――瞬間


 ドッッドッッドッッッ‼

 と低い轟音が何発も響いた。

 鼓膜を破くような暴発は床の水を吹っ飛ばすほどの勢いだ。


 針のように飛んでくる水滴に兵士は怯んだ。

(この爆発‼オーバークォーツの花か!ギフトを弱体化させたキヴォトスの〝ブリッツ〟では火力が同等…‼)


 銃弾全てがオーバークォーツの花の火薬だと理解した、その直後。


 兵士の目にSIG M18のマガジンが映った。


 マナの眼差しはニーナそっくりだ。

 血の通わない冷徹なその目で、マナはカーアームズK9に持ち替えて――兵士に投げつけたマガジンを撃った。



 マガジンの中にはオーバークォーツの花の火薬を使った銃弾が13発、入ったままだ。

 カーアームズK9の銃弾がSIG M18のマガジンに引火する。

 ババババンッッ‼と切り裂くような爆発が瞬時に何発も起こった。


 発砲したすぐにマナは水中に潜り鋭い爆発に巻き込まれないよう避難していた。

 水の中でそんな爆発音が伝わり、〝ラダル〟によって敵の死亡を感じ取る。





 キースは〝フォア〟を使って〝ブリッツ〟の砲撃を停止させていたが、徐々に兵士二人から距離を詰められていた。


「-――く‼」


 キースの視界に外れるようにして〝ブリッツ〟が撃ち込まれる。

 足元をすくわれるような衝撃が波となって襲い、キースはふらついてしまう。

 〝ブリッツ〟の追撃が放たれたのでそれを停止させるも、体勢は崩れてしまった。


 バシャン!とキースの体重で水が跳ね、顔も体もずぶ濡れになる。


(まずい!近接戦は本当に‼)


 イルファーンと同じく〝フォア〟は他者に作用するギフトではない。

 純粋な格闘の距離に持ち込まれてしまえば瞬きしている間に殺されるだろう。


 兵士は容赦なく〝グラビティ〟の滑走でキースに攻めようとした。



〈とっっっりゃぁぁぁぁ‼

 お久しぶりのイングっ子でございまアアアァァァアアす!〉



 マナの手から解き放たれた黄色の物体はイングのコピーAIを搭載させたセキレイインコのロボットだ。

 速度は〝トンボ〟に近く、キースと兵士の間を一閃するように水面を飛行した。


 ババッバババババッッ‼と大人一人飲み込むくらい高い波が壁のように広がった。

 すかさずキースはその波を停止させ、スコーピオンを構える。

 


 二人の兵士の進行が止まった時、一人の兵士が一発の発砲音と共に水面に倒れこんだ。


 正確な射撃は…

 マナだ。


 しかし兵士が振り返るが彼女を見つけられない。

 だからその兵士は自分の敗北を理解した。


 幻想的に時が止まった水の壁の向こう。

 光が乱反射して見えにくいが――すでに。

 キースのスコーピオンの連射が水の壁を貫いていた。



 ドドドドド‼と顔面から身体全体に散弾を食らった兵士はそのまま天を仰いで倒れた。






 先に倒した兵士の死体の下に隠れていたマナが立ち上がる。

 マナとキースは二人ともびしょ濡れだ。


 備え付けの建物は5階建てほどのアパートらしきものがいくつかある。

 二人はひとまず水場から足を上げられる場所を見つけ、そこで呼吸を落ち着かせることにした。


 自分たちの状況も含め、マナは顔に張り付いた髪を耳にかけながら辺りを見渡す。


 なんとか、7人の兵士を倒した。


「…〝ブリッツ〟の砲撃とか、水とか、こうやって止まっていると綺麗だね」


 触れば手が爆散する強烈な照明だが、動きが止まっている激しい水の反射がフロアを一層明るくしていた。 

 確かに幻想的かもしれないが、水面には7人の死体が浮いているので戦場の一部を切り取ったようにしか見えない。


 ゼェゼェと息を切らすキースは精神的に余裕のあるマナへ畏怖と敬意を感じて苦笑を浮かべた。


「……ちょっとさすがに死ぬかと思ったよ、俺は。生きてる心地もあまりないんだが」

「だね。あと一人でも相手が多かったら危なかった」


 マナ自身、顔に出さないだけで余裕のない戦闘ではあった。

 そんな二人を元気づけようと、イングっ子はキースの頭に降り立って片翼を上げた。


〈大丈夫です!エディとリーヴス、ヒヨリとカマのおかげでキヴォトス兵の約半分が減らされました!あとは海底八階に集結してるのでその可能性は非常に低かったのですよ!〉


 そしてもう片翼を上げて頭上の上で拍手してみせる。

 次いでイングはぷんぷんと怒った。


〈しかし水の中でスイッチを入れるなんて!おかげで熱電池が残り僅かなのです!〉

「防水だったみたいで良かったよ」


 イングの姦しさを気にしないマナに、キースは軽く笑った。

 少し呼吸も落ち着いてきたからか、イングの発言が気になって表情を暗くした。



「みんな海底8階に向かっているのに、残りのキヴォトス兵もそこに集まっているのか…。みんなは無事か分かるか?」


 キースの質問に、彼のくせ毛を羽で弾いていたイングはプン!と両翼を組んだ。


〈イングっ子はイングの完全分化コピーです!本体から切り離されたベイビーAIですのでさっぱりわかりません!〉


「イマイチ役に立たないな…」

〈んな⁉なんですってぇーーー⁉〉


 思わず呟いてしまったマナはすぐに自分の口を押えたが時はすでに遅し。

 イングがキースの頭から飛び立ち、マナの顔を激しくつついた。


〈AIに向かって!

 そ!れ!も‼

 沈没都市の‼‼

 キャァァプテンのAIに向かって役立たずとはなにごとですかッ!

 さっきだってこのイングっ子があってお二人は助かっているようなものなのです‼謝って下さい!〉

「ちょ、ちょっと…ぷっ、口に!羽がっ、入るから、やめて」


 敵勢力なら鷲掴みにして水中にぶち込んでいるところだが、それができないマナは必死に手で自分の顔を守る。

 キースに助けを求めた視線を送るが、彼は「ハハハ」と疲れ切って笑っている。イングの姦しさに付き合うほど体力はまだ回復していないらしい。


 イングは〈しかもォ⁉アイアムマイミーは沈没都市の中でも屈指の上位AI‼本当ならランクステラの人間でなければお話すらできない超すごーちぃAIなわけで‼‼〉と叫びながらマナをつつく速度を上げていく。


(…うるさい。ほんとに定義上は〝ボア〟と近い存在なんだろうか…)


 嘘でも謝らなければ収まりそうのないAIにマナは折れた。


「ごめん。謝るよ。…あなたの本体はエンドレスシーで今どんな状態?」


 言わされた感が満載な謝罪だったせいか、イングはつつくことはやめてくれたが妙に煽ってきた。


〈おや!泥んこ蛇の元兵士さんだというのに分かりきったことを聞かれるなんて。皆さんの状況が分からないということは本体のイングのことだって分かりません。

 珍しいですね。無意味なことは嫌うのに。〉


 イングの無神経な発言にキースは諫めようとしたが、思いのほかマナの表情が澄んでいたので口を閉ざす。

 マナ自身、そう思ったらしい。


 マナを煽ったイングは〝セベク〟を乗っ取る算段があることは言わなかった。

 〝セベク〟を乗っ取れば一応、この鳥型ロボットもエンドレスシーを介して信号を使うことはできた。そうすれば他の仲間の安否は分かるが…。


 おそらくじきに泥蛇の反撃がくるはずだ。

 たとえ無力であってもこの鳥型ロボットはさいごまで生き残れるように。

 あえて無力でいなくてはいけない。



 イングはフィギュアスケートのように空中でくるくる回った。


〈このイングっ子のカメラに映らない情報を知る術はナッシングでございます!〉


「分かったよ。多分私たちが一番上の階に追いやられているはずだから、このまま下に降りて合流できる人と合流していこう。

 …というか…どんな設計でそんな動きができるのさ…」


 すでに出ていた結論だったのになぜわざわざイングに尋ねたのか。

 マナは自分を不思議に思いながら、イングの機敏で優雅な動きに眉をひそめる。

 するとイングは回転をやめてまたキースの頭の上に降りた。


〈あ、この機体は人間の関節とホウジャクを参考にしてます。〉

「鳥ですらなかった」

「ホウジャクって?」


 とことんみょうちくりんなAIにマナは堪らず突っ込む。

 キースは聞きなれない生物の名前を彼女に尋ねた。


 マナはカーアームズK9とSIG M18の状態を確認しながら答える。


「虫だよ。見た目は蜂に少し似てるけど、蛾の仲間」


 カーアームズK9のマガジンは残り一つ。

 SIG M18のマガジンはもうない。弾は銃に残った6発のみ。

 泥蛇の兵士が通常の武器をほとんど持っていないせいで弾の補充もできない。

 

 キースもまたマナに倣ってスコーピオンの残弾数を確かめる。こちらのマガジンは残り2つ。

 戦えてあと一戦か。

 それ以上長引けば確実にこちら側が負ける。


 崖っぷちの戦況だというのに、イングは良くも悪くも空気をぶち壊す。

 キースは音もなくため息をついて呟いた。


「…なんでわざわざ虫の要素を取り入れているんだ?しかも人間の関節と合わさったらもうそれ、モンスターだろ」


 キースの発言がしっかり聞こえたイングは彼の頭を刺すように突いた。


〈ハァアっっ、これだから!アイアムマイミーの凄さが分からない人は!

 そもそもですねぇ、沈没都市のAI…つまりキャプテンの船員AIである我々の性能を活かすには動物や人型だけでは全くもって足りないのです!

 人の技術が動物止まりなのは…、ヘッ、そういう意味です。〉


「いっ、痛い!ちょっと、いった!なんでこんな時に限っていつも以上に挑発的になってるんだ」


 先ほどのマナみたく、キースはマナにイングを止めて欲しい視線を送るが、彼女もまた「ふ」と微かに鼻を鳴らす。さっき助けなかったことの仕返しらしい。


「〝トンボ〟みたく、虫を機械化するのはとても難しい技術らしいよ。内陸のロボット技術も、四足歩行の動物や魚をモデルにしたものが限界だったみたい」


「いたいいたいいたい。分かった。分かったから…。…よし」


 そろそろ小さな穴でも開きそうな痛みになってきて、キースはイングっ子を両掌で包んで頭から降ろす。

 そして一つ息を吐いてから立ち上がった。



 武器の点検はマナも終わり、うんと背の高いキースを見上げた。

 キースのアメジストのような瞳を見る度、マナは思った。


 きっと死んでも忘れないだろうな。と。

 それくらい彼の瞳は綺麗だ。


 綺麗だと思った感覚だけはかろうじて残っていた。

 〝シメイラ〟との戦闘時に彼を初めて見た気がしなかったのは、そんな霞のようなかけらがたしかにあったから。


(……お礼を言われても返せるもののない私が、あなたにできることは)


 キースに気づかれないよう、口元を結んだ。

 サクタにしてやれなかったことを、別の誰かにしたいだなんてエゴもいいところだ。

 自分だけが気持ちの良い、気持ちの悪い自己満足だと身体の中の自分が囁いている。


 でもキースからの、心からの「ありがとう」はまた一つ、マナの身体に落ちたものだった。

 身体を動かす燃料になるくらい、そのエゴは小さくとも強く燃えていた。

 

(本当に不思議。たった…一言なのに)


 かつて自分がキースにそうしたという。

 今なら、「生き直し」と言ったキースの気持ちが少しだけ分かる気がした。

 …今なら…、この小さなエゴは泥を少し照らせそうだ。



 だから今の自分にできる彼へのお返しは…。

 必ず彼を脱出用の潜水艇のある海底8階までたどり着かせることだと、胸の奥でその瞳に誓った。


 マナは凛としてキースに言った。


「行こう」

「ああ」


 キースも同じくらい、はっきりと力強い声で応える。


 数分の休憩だが、呼吸も気持ちもひとまず落ち着いた。

 二人は海底3階から降り、迅速にみんなのもとへ向かった。














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