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Causal flood   作者: 山羊原 唱
49/65

37話 青い鳥は白い鳥にただ逢いに行く

 正直、「うっかり殺しちゃった!」みたいな状況になっていてもおかしくないな、とオーウェンは思ったものだ。


 ヒヨリの歓迎会兼チーム対抗フラッグ戦も行い、親睦は確かに深まったのだが。


 あの後、地上組は二手に分かれ、一時期オーウェン、ヒヨリ、カマの三名で活動していたことがあった。

 こちらは〝ヴィアンゲルド〟とオーバークォーツの花を調べ、かつ万が一内陸の〝サンクミー〟飼育施設にアスタロトの気配があれば向かうつもりだったチームだ。


 ヒヨリの〝ブースト〟の援護が一番上手く務められたのはカマだったので、戦力的にはバランスが良いと思われた。



「アンッッタの顔見るだけで世界が三回くらい死にそうになるわネェッッッ‼」


「じゃあそっちがこの世とおさらばしたら⁉それなら終わるのは一回だけだよアラ良かったわー‼」





 が、いかんせん、この二人は仲が悪かった。




「毎日叫んでいて疲れないのでしょうかね」


 一通り二人の喧嘩を見守り、さすがにちょっと本気の殺し合いかな?と思ったあたりでオーウェンは止めに入った。


 頭が沸騰している二人をあっという間に制圧し、カマの上にヒヨリを置いてその上に座りながら、オーウェンは静かに言った。


「あなた方が争ったってなにも改善しません。ストレスが溜まるだけでしょうに。非合理的な行いだとは思いませんか」


 屍となっているカマは震えながら言い返した。

「わ、わるい、わネ。アタシはね、あんたら、と…違って、内陸…ヴヴ」


 ガクッ、と力尽きて顔を地面に伏せる。

 そのまま気絶してしまったカマの代わりみたいに、ヒヨリも言い返した。


「私は喧嘩さえ売られなければ買わないもの。毎回突っかかってくるのはこのオトコでしょ。怒るのならこっちに言ってよ」


 カマよりは手心を加えた。だから彼女はまだ目がランランとしている。

 余力のあるヒヨリの上で足を組みなおし、オーウェンは冷ややかな視線を送った。


「だからあなたには加減したつもりですよ。これでも贔屓していると思っています。…私があなたに対して思うことは一つです。カマの言葉を、沈没都市の住民として返さないで下さい」

「はぁ?なんでよ。この人は内陸住民として自分の意見を主張するのに、私はダメなわけ?」

「だめです」


 はっきりと言われてしまい、ヒヨリは言葉を失う。

 不平等とか、不公平とか、言ったらカマと同じ目に遭わせると彼の瞳が冷血に告げている。さすがに言えなかった。


 オーウェンに気圧されているヒヨリに、彼はそのまま続けた。


「カマが言いすぎなのは分かっています。ただ、彼は我々との距離を近づけようとして、こんな不器用な態度になっているんだと思います」

「そ⁉…そう、かしらね~」

 

 そんなわけないと叫ぼうとしたが依然としてオーウェンの視線は変わらない。ヒヨリはすぐさま言い換える。


 他人の心中を推し量れるほど思慮深い女性ではないが、表面の空気を読み取るのは得意なようだ。

 オーウェンはある意味、一般人の若者らしいヒヨリに苦笑した。



「ヒヨリ。彼はね、

 彼は私やソーマを見て不思議に思ったのでしょう。

 自分の知っている沈没都市の人間なら仲良くなんてなれるはずないですから。

 なのに、同じものを食べて、同じ苦難を背負って、共に戦えた。


 今まで内陸でため込んだ、沈没都市への嫌悪の正体とは何だったのか。

 彼はそれを確かめようとしています。


 では。


 あなたはどうでしょうか」



 オーウェンの視線が凍てついたものから、血の通った体温のあるものに変わる。

 ヒヨリの瑞々しい黒炭の瞳は鏡のようにオーウェンを映した。



「沈没都市の住民であることを否定しろとは言いません。私だってそうです。

 ただ我々には二つの人間性があります。


 証明されるほど善良な一面と、証明できない毒性の強い一面。

 片方だけに囚われていてはなにも変わりません。


 だから今は、沈没都市の住民ではないあなたと向き合って下さい。


 まさに今ならばわかりやすいでしょう。

 あなたは沈没都市の住民ではなくなった。

 何にも証明されない、なにものでもないあなたがカマという人間と出逢ったんです。


 あなたが沈没都市の住民としている限り、カマから跳ね返るものは変わらない。


 …ふふ。相手は〝エスタ〟ですよ?

 ぶつけるならば〝角度〟を考えねば」



 オーウェンは小さく笑って腰を上げた。


 ようやく解放されたヒヨリはまだ不満を残している。

 けれど、もう言い返そうとは思わなかった。


 …正直、「自分は沈没都市の住民である」という前提が前に立ちふさがっている、という点には自覚があった。


 誇りではある。

 でも今ではそれが壁のようなのだ。

 カマがいる場所はその壁の向こうだと、理解できる。


 

 何度も何度も、カマと喧嘩をして、オーウェンに諭されて。

 ある日、ある国のウォームロードに立ち寄った。


 偶然、そこでミュージカルの野外公演が行われていた。


 沈没都市の支援の中にはこうした娯楽も含まれることがある。

 …沈没都市と内陸住民の混合によるお芝居で、どうしてもヒヨリは素通りできなかった。


 その気持ちを汲んだのはオーウェンだけでなく、カマもそうだった。


 しかし運悪く、その公演は最後まで観られなかった。

 付近でオーバークォーツの花を持った人間を見つけたからだ。



 沈没都市の支援を拒否する武装集団が関係していた。


 ヒヨリは即決して、舞台を守ることにした。


 その時の暴動は彼ら三人が未然に防ぎ、ボロボロの状態で舞台に戻った時は演者たちの終わりの舞台挨拶だった。



「…見ごたえのある映画で好きだったんだけどネ。メインのカップルがくっつかなかったのは頂けなかったワ」


 舞台の片づけをただ眺めるヒヨリの隣にカマは立って言った。

 この公演はある映画がもとになっていた。それを彼が知っていたので、ヒヨリは驚いた。


「だいぶ前の映画だけど、知ってるんだ?」

「アタシ、こう見えても内陸のエライおじ様たちに気に入られてたのヨ。映画はイイ栄養になるからネ。いかがわしいことしながら映画デートってコトで連れてってもらってたのヨ」

「…うん。私も映画を観るのは、本当に…大好きだった」



 カマに向けていた視線を、ヒヨリはまた舞台の片づけをする彼らに向けた。

 沈没都市と内陸住民が協力している光景はどうしても。〝ブースト〟が宿る日になったあの時の合宿と重なる。


 切なくて悔しい想いが湧き上がって、ヒヨリは静かに涙を零した。


「私も…あそこにいたかったなぁ…」



 喚かないように、懸命に笑みを作って気持ちを誤魔化す。

 理不尽な目に遭ったのは自分だけではないのだから。ここで泣くのは自己愛が過ぎると我慢しようとする。



 そんなヒヨリの頭に、カマがコッ、と拳を当てた。

 少し乱暴にそうして…静かに拳を下ろす。


「…生きてりゃいつか、できるわヨ」


 それは自分への激励のようでもあった。

 涙を我慢できなかったヒヨリは、震える声で彼にあの日の発言を謝罪した。


「この前、〝死にたくないって理由だけで戦ってるくせに偉そうにすんなガバ股開き〟って言ってごめんね」

「いいのヨ。アタシも〝沈没都市に帰れば?殺人級悪臭屁こき女〟って言って悪かったワ」



 お互い目の端に涙を滲ませしばらく黙ったが。


「そうだよ帰りたいよ沈没都市に‼泥蛇の性能考えたら死んでもできないよね⁉馬鹿なの⁉無神経なの⁉あと私よりそっちのオナラの方が毒ガスなんですけど⁉間違ってもオーバークォーツの花の傍でオナラできないね‼」

「同じ理由でアンタも戦ってるでしょうがブーメランだって分かんないのかしらネェ⁉頭が良いのに分からないってことはネジが緩いのかしらァ⁉――誰の股がガバガバだ裂くぞこの高慢ちきブスがッッッ‼」



 夕焼けの綺麗な空で、二人の血なまぐさい喧嘩が始まった。


 後ろで見守っていたオーウェンだが、今度は止めなかった。


 誰の前でも泣けなかった彼らは、お互いの拳が痛くて泣いていた。

 我慢しなくてもいい、なんて言われても彼らは泣かなかっただろう。

 でも涙を我慢してしまったら、その悲しみはいずれ毒として身体に残る。


 そんな涙を流し合える関係になってオーウェンは心底安堵したものだ。



 その日を境に。

 相手を拒絶するような喧嘩は嘘みたいに二人の間でなくなった。


 足りない箇所を補い強くなる二人の連携もコアやペトラに近いところまで取れるようになった。


 だから、ソーマから日本ウォームロードにギフト持ちの少年がいると聞いたオーウェンは、文句なしの信頼を二人に寄せて。

 少年の保護に彼らを行かせた。

 




―--------――--------


 海底8階のキヴォトス兵はおよそ20名。

 彼らの砲撃は周辺の損壊を気にしないものだった。


 ヒヨリはすでに今までにないくらい高出力で〝ブースト〟を起動させていた。

 ヒヨリが一歩踏み出せば鮮血のように真っ赤な火花が飛び散り、キヴォトス兵の死角に入り込んで仕込みナイフで腱や脈を切断する。



(やっと――5人‼)


 汗で目をかすませる暇もない。


 ヒヨリの動きを読んで他のキヴォトス兵が彼女の軌道線上に〝ブリッツ〟を撃ちこむ。


 ヒヨリが最も苦手とする先読みと詰めの勝負だ。


 持ち前の運動神経と〝ブースト〟を頼りに回避するも、だんだんと息が切れてきた。



 彼女の弱点を補うため、カマは果敢にも〝ブリッツ〟の軌道へわざわざ立ち入る。


 ゴゥ‼ゴゥ‼

 と一発一発が息が止まるような砲撃を、彼はなるべくキヴォトス兵のいる方向へ返す。


 明確な防御手段のない今のキヴォトスでは、兵士たちも自力で回避せねばならない。

 だが人数は圧倒的にキヴォトス兵や有利だ。数でヒヨリたちを翻弄し、決定打を打たせなかった。



 キヴォトス兵を5人、ヒヨリが殺した後はほぼ膠着状態となった。



 こうなってしまえば人数の少ない方がいずれ負ける。

 ヒヨリとカマが倒されれば負傷したコアとペトラに全ての敵が向かうだろう。


 二人の命はおろかもう、ルカも、サラも。

 誰も助からない。

 ヒヨリとカマは徐々に気持ちが急いてしまう。



 〝ブリッツ〟の砲撃が停まっていた潜水艇一基に着弾した。



 ッッッゴッッドオオオ‼


 と一度音を飲み込んで爆発した。


 他の潜水艇の影に隠れ、蝶番の盾で身を守っていたサラとルカは小さな悲鳴を上げる。




 暴風の中なんとか目を開けて、サラは状況を見渡した。


 コアとペトラはニーナの〝ブリッツ〟と〝ミエ〟の俊敏でいて重い殺気に押されている。

 防御を取ってもペトラの身体は吹っ飛ばされる。彼女を守るためにコアが援護しても矛先が彼に向けば彼もまた致命傷をなんとか躱すことで精いっぱいだ。

 二人があんなに追い詰められているところは初めて見る。


 ヒヨリとカマも似たような状況になってきた。


 サラは琥珀色の瞳からたくさん大粒の涙を落として、自分にできることを必死に探した。


(…ない‼ない‼今‼みんなのためにできること‼私が〝フルート〟を使って戦えたら‼)


 死にそうなほどの悔しさと生きている限り終わらない絶望に泣いた。

 ペトラに託していた長剣はすでに解き、〝フルート〟はサラとルカ、それぞれの指にある。


 けれど、たとえ弓を作ったとして、一瞬の予断も許さない戦場で戦う味方を援護するなんてできなかった。


「パパ…パパぁ…」


 堪えきれず、サラは泣き言を零した。

 強い存在をかきむしりたくなるほど求めた。


 …サラがこんな状態になることはきっとすごく珍しいのだろうと、ルカはもらい泣きをしながら思った。


(…だめだ)


 ルカは弱弱しい自分に言い放った。


(思い出より先に思い出さなくちゃいけないことがある)



 寂しくて心細いから、その希薄なところを埋めたかった。

 だが。


 この少女は自分にとって、記憶がなくとも大切な存在である。

 今はそれさえ分かっていればいい。


 ルカは自分の手を自分の胸に当て、己を叱咤する。

 そしてサラの小さな肩に手を置いた。


「…お名前、サラ、で合ってる?」


 少し切ないルカの質問に、サラは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。



 鏡合わせのように愛くるしい二人はじっと見つめ合う。



 サラがコクリと頷いた。

 ルカは〝フルート〟をつけた両手で、サラの手を包むように握った。



「僕も一緒にいる。二人だったらできることを考えよう」



 サラが目を丸々とさせた。

 思わず、ルカは自嘲しそうになる。…どうやら自分は以前から、怖がりで甘えたがりのようだ。

 だから今のルカが、サラにとって珍しいものに見えたのかもしれない。


 元気づけられるなんて珍しい、とサラの表情が少し明るいものになった時。




 二人は妖艶で凶悪な影に覆われた。


「かーわいいね、君たち」



 施設の省略通路から降りてきたユリウスは、偶然見つけたサラたちに接近していた。


 〝プレリュード〟を経て、キヴォトスが実物化した今、〝フルート〟はただただ面倒なだけだ。

 それを――世代を超えて――生み出せる〝種〟は消しておくに限る。


 子猫を愛でる眼差しと口調で、ユリウスは笑った。



「二人そろっても一発で消し飛ばせそうなほど、ちっちゃくてさ」



 〝ブリッツ〟の銃口を向けられたサラたちは息を吸うことも忘れる。




 理解より先に、身体全身に鳥肌が立ったユリウスが身をひねった時。



 ――ダアアン‼


 ある意味、その音は目立った。


 ずっと〝ブリッツ〟の姦しい砲撃の音が響いていたから。



 ユリウスの黒に近いくらいの深い青の瞳も見開き、驚きで動きがかすかに止まる。

頭を避けようとして傾いたら肩に当たった。

 それもただの銃弾。



 MP-443グラッチを構えたソーマが、海底8階の入り口にいた。



 ユリウスはすぐにサラかルカを盾にしようと動くが、ユリウスの身体にカヴェリがしがみつき、その隙にエレナがサラとルカを両脇に抱えて潜水艇が浮かぶ水中へ飛び込んだ。



 驚いたユリウスだが、悪辣な笑みを浮かべて〝ミエ〟に変更する。

 カヴェリに致命傷を負わせて盾にしてやろうとした。


 だがそもそも。

 ソーマの発砲が終わったわけではなかった。



 ダァンダァンダァン‼と計3発の銃弾が撃ち込まれる。


 カ(・)ヴ(・)ェ(・)リ(・)ご(・)と(・)、ユリウスへ。



「…ッ…あ」

 ユリウスは今度こそ、驚きで満ちた。



 ギフトもなく、ソーマほど身体能力も高くないカヴェリの切り札は酷なものであり、ある意味心もとないものだった。


 潜水艇〝イング〟に保管されていた細胞再生シートは全てカヴェリが持っている。

 ――撃たれることを前提に。


(こっちから肉壁になるとは思わなかっただろ…‼)


 カヴェリは痛みを耐え、心の中で吐き捨てる。

 ソーマの技量のおかげで、カヴェリの右耳、左肩、脇腹、の着弾だ。

 反対に、体格の大きなユリウスに当たった場所は頸動脈付近、右胸、左肺。かなり際どい傷となった。


 カヴェリはユリウスを突き飛ばし、彼も水場へ飛び込む。

 気力が続いている間に離脱しなければ痛みで動けなくなる。内陸暮らしで撃たれ慣れているからこそ、動ける時間が身に沁みついている。

 彼の動きは野生動物のように速かった。



 ユリウスの判断も速かった。

 カヴェリを追うことはやめ、近くの柱に身を転がしてすぐさま自分に応急処置を施す。


 傷を固着させるクリームを塗る間、ソーマの戦力を観察する。


(持ち物はあのグラッチくらいかな。あとあり得るとしたらナイフか、オーバークォーツの花の爆弾か)


 不覚を取ったが焦るほどのことでもない。

 キヴォトスの前では火力不足だから。



―---―― 

 エレナは火事場の馬鹿力で子供たちを引っ張り、反対側の潜水艇乗り場の足場へ這い上がった。


 子供たちは11歳だ。両脇に抱えるなどと普段であればできなかっただろう。

 一刻の猶予もない追い詰められた状況だからできた芸当だ。


「イング‼」


 エレナの襟に必死にしがみついていたイングはぴょん!と降り、一番近くにある潜水艇へ小さな手をつけた。


〈一度にジャックできるのは2基が限界ですね…‼10秒で終わらせます!終わったらあなたたちは先に脱出してください‼〉


 カヴェリも追い付いた。

 エレナは潜水艇なら中に非常食や消耗品があるだろうと思い、彼に先に潜水艇に入るよう言う。


「傷口に細胞再生シートを貼るにしても、せめて水気取って消毒してからじゃないと!サラとルカを持ち上げるから中で受け取って!」

「お、おう!悪い‼」


 気遣いではなく、最も合理的に動くための指示だ。

 だからカヴェリも遠慮なく、子供たちを守るためにもエレナの指示に従った。

 潜水艇の上部ハッチをイングが開けてやり、彼は身軽に上って中へ入った。



「…あ、…あ!」


 エレナの腕の中で、ルカが声を上げた。


 エレナはようやく出逢えたルカを一度ぎゅ、と包み込むように抱きしめ、「どうしたの?」と優しく問いかけた。



 てっきりエレナに抱き着くと思っていたエレナ自身とサラだが、ルカは目を見開いたまま動かなかった。



「一番、難しいやつ…思い出した…」



 エレナを食い入るように見つめて、ルカはそう呟いた。



 エレナとサラは顔を見合わせ、なにごとかと思った。

 その間に作業が終わったイングが〈よし!行けますー!〉と三人に振り返った。


 エレナがとにかくルカを潜水艇に入れようと手を差し伸ばすと、ルカは「ううん‼」と激しく首を振った。

 そしてサラの手をもう一度握る。さきほどより、力強く。



「一番難しいやつ!僕だけじゃだめだ!サラの力がないと!」




―-------――


「--‐‐カマ‼」



 ヒヨリは叫んだ。

 

 キヴォトス兵は〝ブリッツ〟の使用をやめ、〝ミエ〟でカマを襲った。

 体力の限界が近かったカマは体重と体幹のバランスが崩れ、壁際まで飛ばされた。


 基本正面のカウンターである〝エスタ〟は接近戦で対応できる手数が自ずと決まってしまう。

 三人のキヴォトス兵のうち一人は〝ブリッツ〟を構え、二人が〝ミエ〟を構えてカマを追いかけた。



 ヒヨリはすぐさま向かおうとするも、12人のキヴォトス兵の行き届いた連携の〝ブリッツ〟は回避で精いっぱいだった。


 カマは苦い顔で顔を歪める。


(〝ブリッツ〟を防げば両脇から〝ミエ〟の攻撃が来る。〝ミエ〟の攻撃を防げば〝ブリッツ〟で撃たれる)


 正面が一つである以上、防げるのは一方だけだ。



(…正面が、一つ、なら…)



 カマは皮肉そうにフッと笑った。


 〝ミエ〟を持った兵士が視界に入った。

 2秒とか、3秒くらいの間なのに随分とゆっくり見える。



「人間の基準で考えすぎネ」



 カマの足元から黒い帯が巻き上がる。今までと違い、それは天井まで届くほど高く伸びた。



 〝ミエ〟の剣が弾かれた。その衝撃は兵士を吹き飛ばすが、それはつまり。

 前方の〝ブリッツ〟への防御を捨てたことになる。


 〝ブリッツ〟の銃口に光が集まる。

 その兵士はカマと目が合って少々気味悪く感じた。



 自暴自棄にでもなったのか?彼は笑っていた。



 ――――ドッッッッ‼と雷撃の砲は―――兵士の身体に穴を開けた。


 兵士は死にながら驚いた。

 自分の周囲にいつの間にか黒い帯が巻き上がっていた。



 本来、〝エスタ〟は宿主に現れるものだ。

 しかし怪物に近いくらい出力を上げたカマは、敵(・)の(・)正(・)面(・)に(・)逆(・)回(・)転(・)す(・)る(・)〝エスタ〟を起動させた。


 前方に飛ぶはずの雷撃はほぼノータイムで兵士にお返しすることになった。



(人間性を残すなら他者への起動は2人が限界かしラ。――十分よネ)



 カマはヒヨリに叫んだ。


「アンタから見て3時の方向潰すワ‼そこから攻めなさい‼」



 体力の消耗も重なり、カマは動けない。

 動けずともそれができるという彼の指示に、ヒヨリは全く疑わなかった。



 ヒヨリを狙っていたその方向の兵士に〝エスタ〟を起動させ、さきほどと同じように屠り返してやる。

 他のキヴォトス兵はすぐに事態を理解し、カマの視界から数人が消える。〝ブリッツ〟を持ったままだ。

 残った兵士は〝ミエ〟に切り替え、ヒヨリの近接戦に備えた。




 ヒヨリもまた怪物に近いところまで出力を上げる。


 切り裂くような烈風が、今度は無くなった。

 速さに慣れていたのはこの風のおかげでもあったのに、それが無くなったのだ。



 〝ミエ〟を持った兵士10人は――ドチャドチャドチャ‼と身体がバラバラになって床に落ちた。



 姿が一切見えない速度で切断したヒヨリは地面に激しく転がった。

 皮膚は真っ赤にただれ、内臓全てが破裂しそうなほどの熱と膨張に過呼吸となっている。



 キヴォトス兵はギフトの使い過ぎで動けなくなったヒヨリより、――遠隔で攻撃できるようになったカマの回収を急いだ。


 残りの4名のキヴォトス兵は狙撃と近接戦の二手に分かれた。



 狙撃は潜水艇と柱の影に隠れカマの視界から消える。


 隠れたキヴォトス兵をカマは見つけられない。


 近接戦のキヴォトス兵を〝エスタ〟で防げば必ず開いた場所へ狙撃を受ける。

 狙撃の状態であれば味方の兵士を避けることも可能だろう。


 カマは一人も道連れにできない布陣に忌々しく舌打ちした。




 だがキヴォトス兵の美しい剣は、カマには届かなかった。





 自分の呼吸がやけに近く聞こえた。

 いや、他の音が聞こえないだけだろうか?

 ヒヨリは霞んでいく視界の先にいるカマに手を伸ばす。



『あんた、Fageの空ってなんだと思ってんの?』



 こんな時に。

 よりもよって海底施設にいる時に、彼女の言葉を思い出した。


 ヒヨリの目じりに涙が浮かぶ。


「〝遠い〟よ。遠いに決まってるじゃない…」




 Fage以降に生まれた若者は空の飛行を知らない。

 空を飛んでいいのは沈没都市を守る機械と、内陸の善良さのかけらもない連中だけ。


 制限と引き換えに、Fage以前では考えられないほど綺麗な星空が帰ってきたという。


 …でもきっと、Fageの空気が綺麗だとか、空の規制は間違っているとか、

 ハンナの言いたかったことはそんなことではない。




 紳士の皮をかぶった、容赦のない鬼教官の言葉が脳裏に響いた。


『沈没都市の住民ではないあなたと向き合って下さい』


 向き合った。だから、手にしたではないか。

 ハンナの時では見つけられなかった答えを。



(飛べる力を手に入れた青い鳥は、白い鳥のもとに帰ってくる。

 …そうだね。今の私ならそうするかも。だって…)


 焼けただれた肌が全身に広がっていく。

 足先から怪物になることが分かる。それが全身に行き渡るまでは人間性を残して、自分の意志でこの身体を動かせる。


「飛べるかどうかなんて、そんなことは後でいい。


 友達、だもの…一緒に行こうって…誘いたくなるもんだよね。


 遠くたって…私には距離なんて関係ない。


 -――私はこの力を…そうやって使うの」






 〝ミエ〟を持つ兵士の後ろに、彼女の姿がカマの目に映っている。

 …彼女がいるということはすでに。


 キヴォトス兵はぶつ切りにされていた。



 〝ミエ〟を持つキヴォトス兵の四肢と首がおもちゃのように取れてしまった。


 カマは声が出なかった。

 兵士の肉塊の隙間から見える彼女は――

 健康的な肌は赤く染まり、彼女の両足は精巧な時計の歯車のように赤い金属となっていた。



 怪物になる直前、彼女を恐れた狙撃の兵士が照準を彼女に変えた。



 彼女の身体に二発、鋭い雷撃の狙撃が当たった。


 後方に吹っ飛んだ彼女の身体を、カマが受け止める。


 …見た通り、金属みたいに冷たい彼女の身体にカマは言葉もなかった。呆然とした顔でヒヨリを抱えて膝を床につける。


 けれどおかげで。



(狙撃の位置は分かったワ)



 今ならカマを撃てると思ったのだろう。

 間髪入れず、一人の兵士がカマへ砲撃した。


「よせ‼」


 他一人の狙撃は気づいて仲間に声をかけたが一歩遅かった。

 狙撃の兵士は自分の周囲に起動されていた〝エスタ〟によって〝ブリッツ〟をそのままお返しされた。



 残った一人の兵士は自分の周りにも〝エスタ〟があることを確認し、カマから完全に見えなくなるため水場に飛び込んだ。




「あーぁ…アタシが道連れにできたのは一人だけかぁ…アンタに負けちゃったワー」


 水場に飛び込む音が聞こえたので、カマは察していた。

 心底残念そうな声だ。



 ぎゅ、とヒヨリの亡骸を抱きしめる。

 あんまりにもたくさんの感情が溢れ出てしまい、カマは柄にもなく大粒の涙を流した。


「なぁんでアンタの方なのヨ。帰りたい場所がある奴がさぁ、他人の盾になってんじゃないわヨ。…帰りたいって、やりたいこともあるって、言ってたじゃなイ。だめヨ、死んだら。それは…アタシの役割だと思ってたのに」


 怪物になった瞬間に殺された彼女の顔は、ちゃんとヒヨリのままだ。人形のように目を閉じていて、開くことはないとよくわかる。

 カマの涙が彼女の顔を濡らした。


「ねぇ…ねぇヒヨリ。アンタは沈没都市の人間だから魂が云々とか絶対信じないでしょうケド…でもさ…でも、アタシね…」



 正直、カマだってそんなものあまり信じてない。

 …だが今は縋らなければ心が耐えられなさそうだった。



「もしまたアンタと逢えるなら、もう一度友達になりたい。


 最悪な出逢い方でもいい。

 年寄りになってからでもいい。


 絶対、アンタとは仲良くなれるから。

 …またアタシを見つけてヨ。

 アタシもアンタを見つけるカラ」




 水場から、さきほどの兵士が上がる。

 仲間を抱えたまま動かないカマにトドメを刺すため、〝ミエ〟に切り替える。



 音を殺して接近しようとした時。



 ダダダダダダダ‼と散弾が見舞われた。


 兵士は自分を狙った銃弾から逃げるように柱へ身を転がす。

 しかし兵士を狙った相手の一人は…



 先読みに特化した相手だった。



「--――貴様‼」



 すでに柱に回りこんでいたマナに、兵士は苦し紛れに叫んだ。

 だがもうマナの距離だ。


 顎下から脳天を貫く一発が撃たれた。

 兵士は天井を仰いで即死する。




 兵士を陽動したキースがカマのもとへ駆けつけたことを確認し、マナは走った。




―‐‐‐‐‐‐‐‐‐――――― 


「ペトラ‼」



 コアの叫び声には血がまじってそうだった。



 そうだろう。

 コアを庇ってペトラは右肩から、ニーナに切り落とされたのだから。



 ペトラの意識が一気に遠くなる。

 限界なんてとっくに超えていたから、この負傷は致命傷だった。


 ペトラの身体が崩れ落ちる前にコアが支えるも、彼の負傷も重い。そのまま一緒に倒れるように床に落ちた。



 ニーナは〝ブリッツ〟の銃口をコアに向ける。


(-----当たる‼だめだ――防げな――――)


 ニーナの無情な指先がコアの黒い瞳に映る。




 引き金を引く、彼女の指が――――なぜか止まった。





「ニーナ‼‼‼」




 この場所を叩くような力強い声が、ニーナの注意を引いた。



「コア‼ペトラを連れて離脱して‼行って‼」



 カーアームズK9を構えて走るマナはコアに叫んだ。


 二人が直接対面するのはこれが初めてだ。

 だがコアは直感で彼女が――〝フラム〟所持者だと分かった。



 コアは最後の気力を振り絞り、ペトラの襟首を噛み抱えて水場に飛び込んだ。


 敵前逃亡だ。

 背中を撃たれることを覚悟していたが。



 かろうじて振り返ったニーナの視線は自分たちの方には全く向いていなかった。



 その時の彼女の表情も印象的で。

 一瞬だけコアは目を奪われた。



 待ちわびた唯一の宝物を見る、嬉しさと優しさと――闘気。

 笑みをも浮かべて、ニーナの全てがマナに向けられる。




 コアはマナとニーナの戦いを見ることはなく、彼は自分の宝物を守るため、


 -――――エレナたちのもとへ向かった。











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