11話後半 前奏の彼ら
大分薄暗い時間になってきた。
コアたちが侵入したサンクミー施設が見える距離の森林で、サラ、エディ、イルファーン、キースが待機していた。
このチームの中で唯一の前衛でもあるイルファーンは辺りを警戒していた。
姿はサラと同年代の少年ではなく、成人男性の姿だ。。
いつでも戦闘ができるように、彼の背丈を超える180㎝近い石柱を持っている。
「少しだけ不穏な波動を感じます。完全に日が落ちたら襲撃があるかもしれません」
イルファーンの言葉に、サラとエディはこっそりと耳打ちする。
「…イルの波動ってなに?ギフトの力じゃないんだよね?」
「さあね。修行で身に着けたらしいけど、あの波動で感じ取って外したところを、私は見たことがないわ」
「私も…」
そもそも、イルファーンは「修行中にギフトが宿った」らしく、「行かねばならない波動を感じた」その先でコアたちに出逢ったのだ。
彼のことがわからない…と首を傾げる女性陣に内心で同意しながら、キースはイルファーンの隣に立った。
「まずいな。暗いと俺の〝タキオン〟が一切使えなくなる」
「灯りを灯せるものはなにかありましたか?」
そう言われて、キースがリュックのなかみに手を突っ込んだ。
「懐中電灯はあるが、こちらの居場所も割れてしまう上、視野の確保は狭い。スピードと機動力のある相手が来たら使えないな」
「では最悪、その瓶を割って視野を確保してください」
「…。正気か?これは――」
「キース。二人の傍へ。来ました。戦闘用小型無人機戦闘型――〝トンボ〟です」
イルファーンの提案にキースが思わず目を点にさせたが、そんな悠長になっていられなくなった。
よく耳を澄ませればブウウゥウンン、と大きな羽虫のような羽音が聞こえる。
サラはエディに抱き着きついた。
キースがそんな二人を庇うよう構え、エディは小さな声で話しかけた。
「困ったわね。あなたは暗がりだと不利だし、私は相手が機械じゃ役に立てない」
「全くだ。〝トンボ〟は暗がりでも現実の情報を信号化してエンドレスシーで世界化できる。常に昼時のようによく見えるそうだ」
エディとキースの声は落ち着いてはいる。しかしそうなると、イルファーンしかまともに戦闘できないという状況に、少し冷や汗をかいていた。
だから二人の分まで、サラが騒いだ。
「そんな!これじゃあイルファーンの意味分かんない波動が頼みの綱になっちゃうよ!」
「意味分からないとは失礼な」
イルファーンはそう言って石柱をくるんとバトンのように回した。
(…3、4機。それに…この波動は…)
イルファーンは夕焼け色の瞳を細める。
微かに、人の気配がするのだ。
そうこうしている間に4機の〝トンボ〟が集まって来た。
腹にハルス弾のガトリング砲を抱えた〝トンボ〟は木々を縫いながら飛び、
―――鮮やかな黄色の火花を散らした。
ババババババッッ‼と木の枝が何本もそのハルス弾により破壊され、地面にも強烈な火花を炸裂させる。
キースたちもその激しく細かな点滅に目を瞑る。
イルファーンはハルス弾がキースたちに当たらないよう石柱で薙ぎ払い、彼の独特の感性〝波動〟によって〝トンボ〟の動きを読み、木ごと石柱で倒した。
「キース!先ほどの瓶を投げて下さい!」
「――はっ⁉本当に正気か⁉辺り一帯燃えるぞ⁉」
「上です!上空でそれに発砲して当ててください!」
指示を出すと、イルファーンは追撃を防ぎながら、周囲の木々を倒していく。
イルファーンの強力な武器を認識した〝トンボ〟は一斉に距離を空けてしまい、キースたちを守りながらではこれ以上倒せないと彼は判断した。
キースは青くうっすら光を帯びる液体の入った瓶を取る。
懐中電灯をエディに持たせ、上空へ向けて光を放ってもらう。
近くにいるエディやサラと共に、キースはゴクリと生唾を飲んだが、意を決して上空へ投げつけた。
夜空へ放たれた瓶が、懐中電灯の光に照らされ、淡く青い光が遠くで輝いた。
キースはその宝石のような瞳に輝きを映し、〝タキオン〟を起動させた。
物の動きを停止させるギフト〝タキオン〟。
瓶だけが時が止まったようにピタリと動かなくなった。
そしてすかさず、キースはグロック17を発砲する。
2発外したが、3発目で瓶を撃ち抜いた。
オーバークォーツの花で作った火薬は弾の熱で着火し、
―――赤と青、それらが混じった儚い紫の影を一帯に走らせ爆発した。
その爆発すら、キースは〝タキオン〟で止めた。
強烈な熱もその場に留まり、全員が熱さに汗を噴き出す。
けれど、鬱陶しいほど明るくなったその場所、そしてイルファーンがあらかじめ倒した木々。
それらのおかげで〝トンボ〟は丸裸も同然だった。
3機いる内、イルファーンが2機、即座に打ち飛ばした。
最後の1機をキースが射撃してイルファーンが来るまで時間を稼ぐ。
彼のいまいちな射撃を〝トンボ〟はかいくぐってキースたちへガトリング砲を向けるが――イルファーンが石柱を巨大化させ、直線状に投げ付ける。
回避しようにも面積が拡大した石柱に、〝トンボ〟は激突した。
一同は一度その場から離れ、安全を確保してからキースが〝タキオン〟を停止させた。
途端、切り離された光の大玉がドオォオン‼と空気を震わせた。
辺りの木々がなく、上空への爆発だったため、熱風が吹き荒れた程度で終わった。
「…あれ。‥‥あれ⁉」
サラが青ざめて声を上げた。
エディがどうしたのかと腰を下げると、サラがパニックになってエディの肩を掴んだ。
「ルカが離れて行くよ⁉どうしよう‼追えなくなる!」
「落ち着いて。…コア、聞こえるかしら?」
エディが通信機に声をかけている間、キースとイルファーンも目を合わす。
――サラが追えなくなる。
その感覚は、ルカが海に出たと思われる時の反応だ。
コアの代わりに、フレイアが答えた。しかし音割れと途切れが激しく、聞き取るのもやっとだった。
〈泥蛇…妨害信号が――閉じ込め…アスタロ…交戦――〉
通信機を持つサラが半泣きになってしまう。
てきとうな石ころを一つ拾ったイルファーンが代わりに通信機を受け取った。
「フレイア。こちらの声が聞こえていますか?」
〈は――い…聞こえ…〉
「分かりました。では、今から10分後に施設をぶっ潰しますので、コアたち3人は一か所にかたまって〝フルート〟の防御の中に入っていて下さい」
〈Yes I d――え⁉…っ潰す…今、仰っ――〉
驚いているのはフレイアだけでなく、サラ達も同じだった。
「し、施設を潰したらコアたちも潰れちゃうよ‼」
サラが叫ぶように言うと、イルファーンがおもむろにサラを抱えた。
「いいえ。あなたが彼らを守ります。合図したら全ての〝フルート〟を使って彼らを包んで下さい。あとは――多分リーヴスがなんとかします」
「そこはリーヴス任せなんだ⁉」
イルファーンはキースにエディを任せると、二人の返事を待たずに豪速で走り出した。
サラの小麦色の髪がなびき、必死にイルファーンの首にしがみつく。
「サラ、近ければより正確に〝フルート〟を操れますね?」
「う、うん!でも3人守れているかどうかなんて分からないよ⁉」
「大丈夫です。その辺りの勘はペトラが優れていますから、なんとかなるでしょう」
「今度はペトラ任せだ‼」
施設の付近に来ると、イルファーンは足を止め、石柱を一度縮めた。
人一人乗れる程度の幅を広げ、そこに立つ。
サラは嫌な予感がして、きゃるんっ、と瞳を潤ませた。
「‥‥あ、えっと、もっと離れてても私は上手に〝フルート〟を操れるよぉ?」
「サンクミー施設の建物は特殊な金属を使っていてとても重いんですよ。さすがの俺もこの規模の建物の重さに〝カタム〟を使えば怪物になってしまいます。あの重量を打ち砕くには出来る範囲で全力を出さなくてはいけません。より正確に、強く〝フルート〟を使ってもらう必要があるんですよ、サラ」
「い、いや、だって、まさか、―――――ぎゃあああああああああッッッッ‼」
11歳の人生の中で一番叫んだだろう。
イルファーンはサラを抱えたまま石柱をサンクミー施設よりも高く、上空へ伸ばした。
イルファーン自身体重を増加させているので、激風でも振り落とされずに済んでいるが、夜空から真下は真っ暗である。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い‼むりむりむり死んじゃう‼」
「さあサラ!〝フルート〟の出番ですよ!コアたちを守れるのは君だけです!」
「ひいいいいい‼そっ、そんなこと言われたらやるしかないじゃあああああんんんん‼」
サラは自分の胸の前に手を組んで、泣きながら集中する。
イルファーンはサラを片手で抱き直し、先ほどてきとうに拾った石ころを握った。
そして―――気を高めてコアたちのいるサンクミー施設へ投げ落とした。
―-----ー
ぞっっっ――――と、ペトラの肌に鳥肌が立った。
「2人とも!多分そろそろ時間だよ‼イルファーンがこの施設ぶっ潰すよ!」
3人はアスタロトの交戦で散り散りになっていたが、さきほどフレイアからイルファーンの狂った提案を聞いた後、合流していた。
ペトラが声をかけた瞬間、コアとペトラが使っていた武器が全て銀糸となって解けた。
リーヴスがぎりぎりまでアスタロトを追っ払う。その銀糸が2人を包み、繭となって閉じる前に滑り込んだ。
銀糸の繭にアスタロトが体当たりする衝撃が伝わるが、充分耐えられている。
―――…
〝カタム〟により、イルファーンが投げ落とした石ころは大岩の大きさまで膨らみ、
――――流星のようになって施設に落ちた。
そんな輝きを放った爆発と、地響きさせる轟音だった。
遠目から見ているキースとエディはどん引きである。
まるで夜明けのような光は、しばらくすると萎んで消えた。
―――…
夜が白けてきた頃、サンクミー飼育施設が見えてきた。
巨大な方解石を砕いた跡のように、施設は特徴的に壊れていた。
サラとイルファーン、後から来たキースとエディは施設に生き埋めにされた3人を探した。
サラが〝フルート〟の気配を辿って唸っていると、突如イルファーンに抱え上げられた。
と同時に、サラの一歩前の所からドカアアアン‼と瓦礫の中から黒い手が出てくる。
「殺す気かイルファーンンンッッ‼」
そんな怒号と共に出てきたのは――リーヴスだ。
〝カーボナイト〟で硬化させた体で、穴をあけ続けたようだ。
リーヴスの後には懸命に這い上って来たボロボロのペトラやコアもいる。
それを見つけたサラは、イルファーンに降ろしてもらい、リーヴスの逞しい首に抱き着いた。
ひとまず全員生き残り、一同は胸を撫でおろした。
そんな中、イルファーンはふと後ろを振り返る。
〝トンボ〟の襲撃の時にも感じた、人の波動――。
目に見える距離ではないが、誰かの視線を感じていた。
イルファーンの視線の先。
森林の向こうで二人の若者が笛持ち一行を観察していた。
一人は背が高く、短髪と垂れ目が元気の良さと甘い雰囲気を持たせる青年。
「うっわー。あれが〝タキオン〟か。爆発まで止められるなんて、すげーじゃん」
青年は耳のピアスを弄りながら言った。
もう一人は長い黒髪を二つのお団子にまとめた、色香の漂う美少女。
「〝カタム〟、も、厄介。あんな、重そうなもの、鉛筆、みたいに、投げる」
短く言葉を切って話す癖があるが、付き合いの長い青年は気にならない。むしろ、彼女の表現がツボだったので笑った。
「鉛筆!確かにありゃ鉛筆投げだったな!」
青年はそう言って、コアたちに背を向けようとした。
少女は指を差して彼を止める。
「まだ、〝ソルジャー〟を、見て、ない」
「いいのいいの。命令は下見だろ?見た感じ、あの女は前衛でも後衛でもない。本当にただギフトを持ってるだけだ。あの女がいる前で戦う時は耳栓してりゃいい。対策は簡単みたいだぜ。帰ってピザでも食べようぜ~」
青年が少女の手を引き、2人は冷える夜の森へ消えていった。