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Causal flood   作者: 山羊原 唱
13/56

11話前半 前奏の彼ら

 大抵、サンクミー飼育施設は地下四階から六階にかけてサンクミーの水槽が並んでいる。


 リーヴスは施設全域の様子を見るため地下へ向かった。


 そこで、施設全域を解析したフレイアが驚きの事態を彼らに伝える。

〈…なんということでしょうか。

 地下四階から異常があります。

 まず、サンクミーの水槽が一切ありません。〉

 

 三人は顔を見合わせる。

 コアは床の映像を操作し、施設の構造をシミュレーションさせた。


「…水槽がないどころか、地下四階から六階にかけて空洞になってないか?」


〈はい。そのまま地下へ降りられるよう螺旋通路が壁沿いに併設されているようです。精密兵器はいないようですが、…この未確認の生命体信号…地下四階から―――〉

 フレイアが言いかけると、施設中に怪物の唸り声が響き始めた。


 コアが緊迫を交えて苦笑を浮かべた。

「…アスタロトは人間を感知するのが得意なんだ。同じ場所に居続けると絶対やってくるよ」


 それを聞いてリーヴスはM1カービンを背中に固定する。

「確か銃器系統は効かないんだよな」

「体表の粘膜を削ぐくらいならできるかもだけど、リーヴスなら〝カーボナイト〟でぶん殴った方が効果あると思うよ」


 平然と言い放ったペトラにコアが引きつった。

「お前、よくアレ相手に素手をすすめられるな…」


 コアからチラリと視線を送られたリーヴスだが傷跡のあるスキンヘッドをかしかしと掻いた。


「どんなもんか見てみないことには話しになんねぇからな。やるしかねぇだろ」

 リーヴスなりに納得しているようで行動に移していく――が。


――――――


「いやふざけんなよペトラ‼︎これ相手を素手でいけって言ったのかてめぇ‼︎」


 地下四階に降りてすぐ、三人に襲い掛かった怪物を見てリーヴスは第一にペトラを怒鳴った。


 そこにいたのは体長10m近い黒いミミズのような怪物が三頭。

 巨大な黒いミミズ、とは言ってもそれと似ているのはぬめり感と体節があるくらいで、頭部をぱかりと開いたそこには無数のかえしのついた牙が敷き詰められていた。

 コアたちの話ではその牙は触手となっており、獲物をそれでえぐり絡めとって捕食するらしい。

 これがアスタロトだ。


 コアとペトラはあらかじめサラに作ってもらっていた銀の武器を構えた。

 どちらも槍型だ。

 ペトラがアスタロトの気を引き、コアが投擲を喰らわせる。


 二人が一頭を相手にしている隙に、二頭のアスタロトが壁と天井を這ってリーヴスに迫った。

 リーヴスは「はあぁあ」と荒いため息を吐き〝カーボナイト〟を起動させた。


 アスタロトはリーヴスを潰してやろうと天井から一頭落ちた。

 ――ドオオォ!!

 と床が砕け散った。



「見た目ほど重くねぇな」

 


 粉砕された床の粉塵からリジットの低い声が聞こえた。


 彼は落下したアスタロトを下から指を食いこませて持ち上げ、壁を這っていたもう一頭に向けて投げ飛ばす。

 重量が何倍にも増え、防御に優れたギフトだ。

 3m程度のアスタロトより今のリーヴスの方が重い。



 一方コアとペトラはアスタロトに槍型を投擲して風穴を開けて倒した。

 常人が見たら泣き叫んで腰を抜かすような怪物相手に、手練れの狩人のような二人は肩慣らしといわんばかりの顔だ。


 ふぅ、と額を拭ったペトラはリーヴスに駆け寄る。満面の笑顔だ。

「このサイズはアスタロトの幼体なんだよ!全然素手で大丈夫じゃん!あはは!」


 バシバシとリーヴスの分厚い肩を叩くと、ペトラは「ウッ、かた…手、痛…」とリーヴスを責めるような目をして手を引っ込めた。


 そんな彼女の頭をリーヴスは〝カーボナイト〟を起動したままガッシ‼︎と掴んだ。


「全然なわけあるか‼︎俺の〝カーボナイト〟は全身には機能しねぇんだよ!空いた所から攻撃されりゃあ死ぬわ!!」

「ぎゃああ!!頭が潰される!!でもほら!打撃も貫通も通用しないギフトだし、リーヴスはギフトなくても中身ゴリラじゃん⁉効果がある場所で空いた場所を守れば問題ないと思うあああいだあああ!!!」



 アスタロトの錆色の血を払ったコアがペトラに呆れの視線を送るも、それ以上に規格外なリーヴスに引いていた。


(ペトラの言っている通り、〝カーボナイト〟は基本防御がメインだ。

 いわゆる〝通さない盾〟そのもの。…それを、硬さを利用してアスタロトの身体に指食い込ませて投げつけるなんて、絶対使い方違う気がする…)


 防御を強くすればするほど重さは増していく。そんな中、リーヴスは持ち前の強靭な筋肉を使って自分の身体を振り回して戦うのだ。

 アスタロトとも肉弾戦ができると今証明できてしまったので、どうやら持参した武器の出番は本当になさそうだ。



 ―――途端、リーヴスはペトラを通路に転ばせ彼女を庇った。

 リーヴスの身体に銃弾が何発か放たれ火花が散らされた。

「リーヴス!」

「コア!頭下げろ!下の階からだ!」


 リーヴスは無傷だったようですぐにコアへ指示を出す。


 コアも床に体を下げ、金属球体のフレイアに向かって叫んだ。

「サラ!盾!」



〈あ!はい!――〝彼女の歌を結んだら その旋律が私たちを守る盾になる〟〉

 サラの返事と歌詞が聞こえると、槍型がコア一人包めるような蝶番の盾に変わる。



「フレイア!前方に飛ぶ!サポート!」

「ちょ、おいコア――」

〈Roger!〉


 リーヴスの制止を置き、コアはすぐに行動に出た。

 盾を構え吹き抜け側の手すりに飛び乗る。そのまま蹴り出した。

 

 金属球体のフレイアから赤茶色の液体が噴出され、コアの足元から下の階の通路まで水流の橋となる。

 液体の成分が変更され泥のような硬さに乗ると、コアは流れに乗って、ペトラを狙った狙撃手の所まで着地した。



 コアの黒い瞳に、背が高く、青みがかかった銀髪に雫の瞳を持つ女性が映る。

 繊細にカットされた氷細工のような美しさを持つが、隙の無い佇まいは研ぎ澄まされた刃物のように鋭い。

 ――ニーナだ。



 ニーナの雫の瞳にもコアが映る。

 数m程度の距離だ。

 コアは盾を構えたままニーナに突っ込んだ。


 ニーナは牽制射撃をするが彼の蝶番型の盾には全く通用しない。

 スコーピオンEVO3を脇に引いて射撃をやめる。

 近接戦の構えでその盾の直撃を受け止めた。


「ルカを返せ‼︎どこにやった!」

「…」


 コアより背が高く体重もあるニーナ相手では押し切れず、コアは腰に固定していたツヴァイハンダーを手に取った。

 ニーナに向けて振るうが、彼女はその細い刀身に上手く銃弾を当て軌道を逸らして回避する。



 単身で突っ込んでいったコアに、リーヴスとペトラは螺旋通路を使って追いかける。

 ペトラは途中で足を止めフレイアに向かって叫んだ。

「サラ!弓!」



〈あっ、うん!はい!〝凍った涙を溶かしたら その眼球を潰す雨になる〟〉


 内部の状況が見えているわけではないが、距離と遮蔽物があってもサラの〝フルート〟は作用し、ペトラの槍型が弓矢へ変わる。




 クッ、と引いてニーナの胴体へ向け放った。

 しかしニーナが突然、コアの盾の縁を握って思い切り自分の方へ引き寄せた。


「あ!コア‼︎」

 ニーナを狙った矢が自ずとコアの方へ飛んでしまった。


 リーヴスが金属球体になったフレイアを引っ掴んでコアに向けて投げる。

 フレイアは空中で赤茶色の液体を弾丸のように飛ばし、ペトラの矢をなんとか逸らし、コアの頭上を通り過ぎる。


 引き続き下の階を目指すペトラとリーヴスのもとに、さらに二頭のアスタロトが壁を伝って這い上がってきた。

 二人は足止めをくらってしまう。



 その間、ニーナから距離をとったコアは体勢と呼吸を整える。

 フレイアが赤茶色の液体で人型を形成し、彼の背中を守るように着地した。



 ニーナは静かに佇み、盾を掴んだ自分の左手を見つめる。

「敵が触ったら電流が流れるようにするとか、なにか仕込んでおいたらどうだ?お前の力じゃあたしに奪われるぞ」


 口を開いたと思ったらえらそうに指摘されたので、コアは舌打ちで返す。


「電気を通さない素材なんだよ。この盾は〝ブリッツ〟だって防げる」

「後ろに吹き飛ぶだろうがな」

「うるさいな」


 ビリビリとした敵意が空気を震わせる。

 下からアスタロトが這い上がる気配を感知しながら、フレイアはコアにある脅威を伝えた。


〈なんということでしょうか。コア。

 その女性はギフト持ちです。

 ギフト持ち特有の、観測できない黒い領域があります。〉



 コアは驚いて言葉を失くす。

(現段階で考えられるのは〝エア〟、〝イリュジオン〟、〝チューニング〟〝シメイラ〟か――〝フラム〟か)


 嫌な汗が額を伝い、コアは会話に応じたニーナになにか情報を引き出せないか試した。


「あんたが〝フラム〟だったら最悪なんだが。不利なこっちに免じて、少しは教えてくれないか?」


 アスタロトの呻き声が吹き抜けの底から近づいてくる。

 悠長にはしていられないが、――どこか、戦意のないニーナとは話ができそうな気がした。


 ニーナは形の良い薄い唇を開いた。

「あたしは〝フラム〟じゃない。〝エア〟と〝イリュジオン〟はまだ準備中だ。安心していい」

「なにも安心じゃないけど。そうなると〝チューニング〟か〝シメイラ〟ってことになるな」


 ニーナは口を閉じた。

 さすがにそれ以上口を割る気はないらしい。


 コアが次の一手に考えを巡らせているとニーナの方から声がかかった。


「感慨深いな。本来であれば〝フルート〟は生まれ持った者しか使えないらしいが…、〝プレリュード〟から生き残った双子が現実でその武器を自分のもののように扱えるとは。…ふむ」


 ニーナもコアと話したい気分にでもなったのかアスタロトの遠吠えが木霊する中、彼女の空気が軽くなる。



「〝ボア(泥蛇)〟の計画の全容を、お前たちは正確に知っているんだよな?」


 ニーナが一つ瞬いて、コアに尋ねた。

 コアは頷いた。


「実験中、実際に見せられたからな。

 ラクスアグリ島から始まって、泥蛇にまで流れ着いた〝MSS〟の理念の成れの果てを。

 ―――〝Causal flood〟

 泥蛇の呼ぶ計画は結果として俺達人間側の敗北だ。だからむしろアンタに聞きたいよ。アンタこそ分かってんのか。…アンタが本当にギフト持ちなら、ジアンの時と同じようにいつか回収されるんだろ」


 コアから、かつてニーナの同志でもあった人物の名前が出ても彼女は気にも留めなかった。

 そんなことより泥蛇に呆れていた。軽く目を伏せる。


「計画名まで〝ボア〟は教えていたのか。全く…。いたく〝ボア〟に気に入られたな」


 ニーナはまた薄く目を開き、――ある人物に想いを馳せて言葉を選んだ。


「Fageの人間はな、生きる価値がなければ生きてちゃいけないんだ。

 合理的な価値観が理念を実現させると証明されたから。

 あたしら〝ボア〟の兵士はもともと生きる価値のない人間だと言われた奴らばかりだ。

 でも〝ボア〟はゴミにも価値を見出す。その役割を与えられたあたしたちはそれを全うする。

 …沈没都市の住民と同じだ。

 〝MSS〟から与えられた価値を宝物のように命を懸けて守る彼らと。同じだよ」




 研磨された氷のようなニーナを、コアは静かに燃える瞳で見つめた。

 飢えもなく、危険な生物もいないラクスアグリ島で全滅した沈没都市の住民を、彼は知っている。

 

「…見たよ。――俺は彼らを弱い人たちだと思った」

 



 彼の熱く鋭い一言にはじめて、ニーナの表情がわかりやすく動いた。

 驚きで目を見開き、次いで――ひどく面白そうに笑んだ。



 背中を守るフレイアから〈コア。あと8秒でアスタロトが二頭到達します。〉と警告される。

 ニーナの落ち着きから見るに、恐らく彼女はアスタロトに襲われないのだろう。

 フレイアは間に合わないと判断し、単騎で一度その場から離れ、下のアスタロトの足止めへ向かった。


 耳裏の皮膚シールから〈ニーナ!潜水艇、いつでも動かせるようにできたよ!〉とルカの声が聞こえたのでニーナはゆっくり後退していく。

「了解。ルカ、お前はそのまま待機。すぐに向かう」


 わざとルカの名前を口にするニーナに、コアはギッと痛く睨んだ。

 そんな眼光をものともせず、ニーナはスコーピオンEVO3を再度コアに向けて撃ち払った。


 ババババババッッッ!!と細かく強い衝撃が何発もコアの盾に当たる。

 コアは槍型を腰に固定し、拳銃で対抗しようとしたが、縦から銃口を少し出しただけで撃ち飛ばされた。



「ああそうだ。〝フラム〟は〝シメイラ〟を回収するまでは殺さない。

 〝ヴィアンゲルド〟の仕事が終われば話は違うんだがな。まだ少し時間がかかるようだ。

 あともう一つ」


 ニーナの澄んだ声はどんどん遠くなる。



 コアは弾切れと同時に距離を詰めようとタイミングを狙っていると、――左側の手すりからアスタロトが顔を覗かせた。

「―――ッ!!」


 アスタロトがコアに迫ったところでニーナは射撃を止め、通路の死角へ入った。

 そしてルカと繋がる通信機を一度切り、


「ここでお前ら双子が死ぬのなら、〝フルート〟の脅威は実質無くなることになる。――意味は分かるな」


 と冷たい決定事項をはっきり告げた。



 コアはアスタロトの対峙で手一杯になる。

 ニーナを追いたい気持ちと彼女の放った警告の意味が合わさり、ひどく焦った。


(ルカを生かしている意味が無くなる――!)


 ここでの敗退はルカの生存に直接かかわっている。


 コアは焦りで顔を歪ませる。

 フレイアに背中を預け、迫りくるアスタロトと攻防を繰り返した。

 





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