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Causal flood   作者: 山羊原 唱
12/65

10話後半 笛持ち御一行


「〝グラビティ〟はだめだった。人攫いの中にギフト持ちがいるって話しを聞いて追いかけたんだが、俺達も別のアロンエドゥに足止めくらったせいで全く間に合わなくて」


 コアは少し悔しさを滲ませてため息をつく。


 人攫いのトラックには当時2歳程度の幼子も含まれていた。

 容姿の情報を聞くにその子が〝グラビティ〟だったのだろう。


 …起動した直後に怪物になるほど、その幼子の身になにが起きたのか。

 推察することにもはや意味はない。

 コアは組んだ手を指で軽く摩りながら、話が脱線しないよう押さえるべき情報をまとめていく。


「でもこの〝グラビティ〟の起動で、未起動のギフトは三つまで絞れた。〝シメイラ〟、〝チューニング〟、〝フラム〟」


 コアの口頭をリーヴスが地面に棒切れで書いていく。


 ソーマが〈その三つの内、日本のギフト持ちの少年が一つ持っていると推測できる〉と言いうと、今度はサラがリーヴスに倣って地面に書いた。

 リーヴスから誤字を訂正されながらサラは勉強だと思って真剣に書き直す。


 勤勉なサラの書き取りを置いていかないようさりげなく気にしてコアはまとめていく。

「改めて、泥蛇が確保しているギフトを確認しよう」


 リーヴスが〝泥蛇が確保しているギフト〟の枠組みを書き、その下にサラが「所持者」と「回収済み」を書き出した。


 所持者

 〝ラダル〟

 〝エア〟

 〝イリュジオン〟

 〝ヴィアンゲルド〟


 回収済み

 〝グラビティ〟

 〝ミエ〟

 〝ブリッツ〟



「所持者ってのは生存しているギフト持ちだよな。〝エア〟と〝イリュジオン〟は未確認。

 ――〝ヴィアンゲルド〟、こいつは怪物で間違いないんだよな?」


 リーヴスの質問に、ソーマが〈ああ〉と答える。


〈最初にギフトが宿った女性の、怪物化したギフトだ。

 …サラとルカの祖母にあたる女性でもある。

 てっきりラクスアグリ島の沈没と共に〝ヴィアンゲルド〟は消滅したと思ったんだがな〉


 ソーマは〝ヴィアンゲルド〟に初めて会った時のことを思い出す。

 あの時は〝ブリッツ〟の襲撃に加え、ようやくコアたちと合流し、ヒヨリに〝ブースト〟が宿った時だった。混戦の傍ら、〝ヴィアンゲルド〟は自らソーマに会いに来た。

 その際は〝ヴィアンゲルド〟自身、己の行動動機が明瞭ではなさそうだった。ソーマの様子を見に来て、短い会話を交わして…それだけで終わった。

 ほんの一瞬だけ宿主であった女性を思い起こさせる瞳を感じたけれど、…今思い返せば泡沫のような人間の残滓を取り払うための行動のようにも思える。


 現在活動している〝ヴィアンゲルド〟の宿主が自分の祖母だったと言われても、サラはあまり実感を持てない。

 目をぱちぱちさせていると、横からエディが「気にすることではない」とサラの頭を撫でた。

 

 そんなサラの顔をソーマは色んな感情を抱いて見つめ、話しを続けた。

〈ルカを追う道中では〝イリュジオン〟と〝エア〟に気を付けてくれ。もしかしたら訓練期間中で未だに見かけないのかもしれない〉


 コアは顎に手を当てる。ヒヨリたちからの情報では、日本にいる泥蛇の兵士は〝ラダル〟らしい。その兵士の情報も今回初めて聞いた。

 単身でヒヨリたちを相手取り、任務を任せられるほどに優秀だ。表立って今まで出てこなかったのは訓練期間中だったのだろう。

 あと二人、そんな予備兵がいると思うと少々気が重かった。

「ルカが何人と行動しているのか分からないけど、道中の聞き込みの情報の無さを考えるとかなり少数で動いているんだと思う。

 それでこの振り回されようだ。現状人数は絶対増えて欲しくないな。

 それに相変わらずルカとの距離も縮まらない。意図的に距離を空けているのは確かだ」


〈〝プレリュード〟をルカに使われているのなら、泥蛇にとって都合の良い記憶操作をされているはずだ。…追いかけているコアたちが悪者だとか言って〉


 ソーマの言葉にサラが「ゆるせない!」と拳を握る。

 そんなサラをコアが宥め「それに」と続けた。

「サラの感度とフレイアの方位測定を合わせて考えると、ルカが向かっているのは内陸ロシア連邦の旧サンクミー飼育施設じゃないかって思うんだ」


 コアは自分に回ってきたコーヒーを受け取る。もう一つは相棒のペトラへ渡した。

 リーヴスが約束通り食後のリンゴをエディに渡し、ルカの行先に懸念を示した。


「施設の中に俺らを誘い込みてぇんだろうな。沈没都市(ファルガーン)の建設物だ。泥蛇ならエンドレスシーからいくらでも制御できる。イング、てめぇなら対抗できるか?」

 話しかけられればいつも姦しいくらい反応するイングだが、間を置いたあげく歯切れ悪く答えた。

〈…。最善は尽くしますがあまり期待しないでください。〉

〈イングはドアの開け閉めくらいならできると思いますよ。〉

〈フレイア‼︎もっと言い方があるでしょうよ!〉


 映像の向こうで雫型ボディのイングがソーマの肩に飛び乗り、ビシッ‼︎と短い手をこちらに向けていた。

 リーヴスが「フレイア、あいつ機嫌を損ねるとうるせぇから優しくしてやってくれ」と言うと、金属球体から〈Of course!Yeah!〉と元気よく返ってきた。

「…分身も返事だけはうるさかったわ」

 リーヴスは疲れたようにつぶやく。


 結局やんややんやと騒いでいるイングをソーマも肩から降ろしている。

 ソーマはリーヴスと同じ懸念‐――サンクミー飼育施設が沈没都市所有の建物であることに――を抱いていた。

〈‥‥ルカが連れて行かれたその旧サンクミー飼育施設は、沈没都市から制裁を受けたせいで数年以上前から稼働していないんだ。よりにもよって空き家にしては高級すぎるその建物にコアたちを誘き出していることを考えると、いるのは精密兵器(ジャルグーン)ではなく――…〉


 コアとペトラが顔を合わせた。

 この二人はギフト持ちでもなく、サラやルカのような〝フルート〟を持っているわけではない。

 しかしある意味、泥蛇の計画をこの世で最も知っている二人だ。

 ――4年前。

 コアとペトラは泥蛇の誘いに乗せられ、内陸の被験者として彼らの計画に参加していた。


 その実験の名前は――〝プレリュード〟。



 コアはコーヒーカップを地面に置いた。焚き火の熱が彼の黒い瞳を照らす。

「この大陸から人間を一人残らず追い出す怪物だ。

 ――怪物の名前は〝アスタロト〟。俺達はシミュレーション実験で何度も記憶をリセットされて、何度も殺されながら戦った。…結局、ノルマとして言い渡された戦果は出せなかった」


 コアがペトラに視線を向けると彼女も頷いた。

「目覚める直前の実験で実は一回の実験で用意されるアスタロトは17頭だったって教えられたの。…でも一度も17頭全部倒すことはできなかった。目覚めた後も最悪だったよ。施設中本物のアスタロトがうじゃうじゃいてさ。…でも、」


 ペトラは自然と視線がサラへ向かっていた。

 サラはずっとこちらを見ていたようでぱっちりと目が合う。懐かしい気持ちと寂しい気持ちを込めて、サラがペトラの言葉を続けた。

「コアとペトラはその実験で私のパパに会ったんだよね」

 

 遠い思い出の父はもうすでに薄れていて、でもティヤの存在が色濃く記憶に刻まれたコアたちを見ると不思議な感覚を抱いた。

 一度も父に置いて行かれた気がしないのは、きっと彼らが自分たちのもとへ流れ着いたからかもしれない。

 サラの目と合わせられず、コアはカップの縁を指でなぞって苦い表情を浮かべた。

「…結局、俺達はティヤの…ルカやサラの父親のおかげで助かったけど、他の内陸被験者は全滅だった実験だ」


 映像の向こうからカヴェリが顔を出す。コアの声に元気がなくて心配になったようだ。

〈慰めにしかなんねぇけどさ。コア、ペトラ。ティヤが死んだのはお前たちのせいじゃないからな。…とにかくあの時は戦力が足りなかったんだ。ティヤの妹も殺されて、〝フルート〟を扱えたのはあいつだけだった。最初から、捨て身の時間稼ぎのつもりで実験施設に行ったんだよ〉


 サラとルカの父であるティヤ――その人の親友であるカヴェリはそう言った。

 ティヤが〝プレリュード〟が行われている施設へ一人で行くまで、ティヤには家族の他にカヴェリのような仲間がいた。

 …コアたちがサラやエレナと合流した時はすでに、生き残っているティヤの仲間はカヴェリだけだった。


 一人ひとりが後悔と失敗に苛まれ、それでも進んだ道でお互いが出逢った。

 知らず俯いていたコアは顔を上げ、そしてペトラの方を向いた。

 双子である彼女は真っ直ぐとコアを見つめている。

 ひとりではないし、もう二人だけではないと。

 そう言っているような彼女の強い眼差しに、コアは羨望を抱く。――悔しいので絶対に顔には出さないが。


 コーヒーを飲み切ったリーヴスが低いため息をついた。

「…泥蛇の計画を止めるためにも、本当は沈没都市の力を借りられたら、話しは早ぇんだけどな」


 このメンバーの中で沈没都市生まれなのはリーヴスとキースだ。

 キースは途中で成績落ちしたため内陸暮らしの期間があるが、リーヴスは沈没都市所属の軍人まで上り詰めた生粋の沈没都市住民だ。

 故に沈没都市の強さを知っていた。

 それはソーマも同じであり、しかしこの場にいる誰よりもそれが不可能であることを知っている。


〈日本の沈没都市はギフトがいることを把握している。今のところ日本沈没都市の動きはないが、留意しておくに越したことはない。…ギフト持ちを始末した方が沈没都市の安全を守れると判断されれば、敵は泥蛇だけではなくなる。〝ラダル〟がサクタ少年の回収を見定めている間は大丈夫だとは思うが…〉


 その発言に一番に反応したのはキースだ。

 彼の反応にいち早く気づいたリーヴスは即座に彼を諫めた。

「キース。多分お前の知り合いのギフト持ちだろうが、お前はここにいるんだ。…今は気に留めておくな」

「わ、分かっている」

「分かっててもお前の場合、行動に出るんだよ。このぽんこつめ」

「…うぐ」

 キースに厳しいリーヴスに、ソーマは苦笑を浮かべて発言を控える。二人がかりで彼に注意する必要はない。

 キースはサクタに接触したという〝ラダル〟所持者の話を聞いた時、以前会ったことがある人物だと言った。

 彼にとってその出逢いは泥蛇との戦いから逃げない理由となったものだ。


 だがだからといって感情が先走って早計な行動を起こせば命とりになるだろう。

 これから彼らが向かうべき場所には――未来で大陸から人間を一人残らず追い出す怪物がいるのだから。




――――――


 想定される状況を踏まえ、コアたちはあれからさらに北上した。

 森林を抜ければ更地だ。

 一同は森林を抜ける前に目標の建物を確認する。


 双眼鏡で視える建物こそ世界で最も大きな抜け殻のサンクミー飼育施設だ。内陸政府には解体する技術はなく、再利用することもできず、手に余らせて長年放置されている。


 吹雪が一時止み、コアは振り返ってメンバーの6名に向き合った。

「サンクミー飼育施設にアスタロトがいるのなら、最悪地上に出て来る可能性もある。待機組はイルファーンを筆頭に、エディ、キース、サラ。施設には――」

 コアの指示にサラがぴょんと跳ねていやがった。

「コアとペトラの武器は私が作るのに!私がいないでどうするの!私も行く!」

「あらかじめサラには武器を作ってもらうよ。都度、要望をその受信機に飛ばすから。サラはここにいて」


 コアはサラに持たせた、補聴器に似た機械を指差した。

 それはフレイアと通じる媒体なのでコアたちがフレイアを持っていればサンクミー施設からでも通話ができる。


「でもでも!」

 ルカが目前に迫った今、サラは聞き分けが良くなかった。

 それを後ろからサラの両肩を軽く押さえてエディが制する。

「施設は閉鎖された空間よ。閉じ込められる可能性が高い。それらなら迅速に動ける人でないと邪魔になるわ。子供のあなたや私みたいなのは一緒にいない方が良い。

 …家族が心配なのは分かるけれど、こういう時ほど冷静でいないといけないわ」


 サラの肩に置いた手を回し、エディはサラを柔らかく抱きしめる。

 サラは泣きそうになったが口を噤んでコクンと頷いた。


 コアはそんなサラの頭を撫で、ペトラとリーヴスに視線を送る。

「施設には俺達で。それと…」


 ペトラの持つ金属球体が雫型ボディに代わり〈このフレイアがお供しましょう。〉と短い手足を器用に回してお辞儀した。


 

 サンクミー飼育施設へ向かう準備を始める中、サラはぽてぽてとペトラに近寄った。彼女の裾を握って引っ張る。

「…いいな、ペトラは。いつもコアと一緒に戦えて」


 いつもの威勢の良さはなく引っ張る力もか弱かった。

 からかってやろうかと思ったペトラだが目にいっぱい涙をためているサラを見て思い直す。


 片割れがいない不安は、自分自身も片割れであるからこそ分かる。

 …何より家族なのだ。


 しゃがんでサラと目を合わせた。

「今、コアと一緒に戦えるのはサラがいるからだよ。…それに、サラとルカのことは少しでも守らせてほしいよ」


 珍しくペトラの声が少し暗くなったので、サラは顔を上げた。

 僅かに罪悪感を滲ませて、ペトラは言った。

「二人のお父さん…ティヤのおかげで私たちはここにいる。

 ティヤが命を懸けて泥蛇の実験施設から逃がしてくれたから。

 ティヤの最期の言葉は多分、私たちじゃなくて、エレナやカヴェリ…ソーマ。そしてサラとルカのために贈られたものだもの。

 もしルカが忘れてしまっているのならもう一度伝えるよ。

 そのための力を私たちに貸して。それはサラじゃなきゃできないんだから」


 ペトラの声音が明るいものに戻った。

 ペトラの笑顔や言葉には暖かさと強さを感じる。そんな彼女に嫉妬と羨望が尽きなくてサラは悔しそうに頬を膨らませる。

 憎まれ口でも言われるかと思ったペトラだがサラはしゃがんでくれたペトラの首にぎゅっと抱き着いた。


「帰ってきてね」


 サラが自分に可愛いのは本当に貴重なので、ペトラはぎゅーっと抱きしめてやった。


 「苦しい!力が虎‼」と言われてしまい、結局あまり可愛くないサラにペトラは「イィイィ!」と苛立った。



 そして準備が終わった。

 コア、ペトラ、リーヴスがサンクミー飼育施設へ歩き出す。


 リーヴスを筆頭に進んでいたが途中で彼から止まれと合図を受ける。

 コアとペトラは岩場に身を隠し、リーヴスの手信号を読む。

 岩場から少し顔を出して施設の入口を確認する。

 二人の眉間に皺が刻まれた。



 施設の入口には背の高い女性が一人立っていた。

 わざと顔を見せているので、彼女の銀髪が強い風に舞っている。

 そんな彼女の手にはなにかあった。

 銀糸で作られた薔薇を、リーヴスたちに見えるように口元に寄せた。

 そして音も無く施設の中へ入って行った。



 コアとペトラはそれを見て悪い笑顔を浮かべる。

「随分粋な喧嘩の売り方だな」

「ああいう喧嘩は内陸じゃ高値で売れるよね」


 同じ顔をしている双子にリーヴスは呆れた。

「てめぇら喧嘩となると仲良しだよな。まぁいい。――行くぞ」



 3人と1騎が、ニーナの後を追いかけ――サンクミー飼育施設へ入った。
















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